第561話 √5-42 より幸せに
そういえば神裁となったことでの、見返りについて触れていなかったかと思う。
基本的に異を倒し貢献度を溜めていくにつれて、一定の数字のタイミングで見返りを受け取ることが出来る。
人によっては金、または食料、それとも……?
俺の場合は単純に金にした、食料は幸いにも困らずに家の間食用の貯蔵をじわじわと削ってこそいるがなんとかなっている。
ということで金にした、バイトをしたつもりになって給料を受け取るつもりで――ということを当初は想っていたのだが、すっかり忘れていたのだ。
「……なんか増えてる?」
見返りのことも頭から抜け落ちた頃に、貢献度が一万を超えたタイミング、ふと財布を覗くとお金が増えていた……一万円ほど。
「千円札しか入れてなかったはずなんだがな……」
と考えて思い至る、まさかこれが見返りなのかと。
「……いいんだよな? どっかから俺が無意識にちょろまかしたとかじゃないんだよな……?」
見返りで、正統な報酬のはずなのだが突然財布の中身が増えていると逆に不安になってしまう。
一万円なら何が買えるだろうか、アニメのBDが一つは買えるし、ライトノベルなら新品でシリーズ揃うだろう――
「……とりあえず貯金しよう」
考えた末のことだった、というか何の言葉もなくすっと財布に見返りが入っているのは不気味だからと今後は通帳に振り込んでもらうよう頼んでおこうと心に決めた。
* *
それはとある日の早朝。
中規模異を安定して狩れるようになったことから、一週間に三回ほどの早朝時間を設けるだけで良くなった神裁での異狩りは順調で、貢献度も上がっていく一方だ。
おそらくは一か月以上神裁の仕事を休んでも問題ないぐらいには貢献度も溜まっている。
そんな頃合い、早朝に一体のC級中規模異を倒し浄化申請をした直後のことだった。
『あ、ユウさん』
「なんだナタリー」
『貢献度が五万超えたので、新しい私のモードが使えるようになったらしいです』
「新しいモード……?」
まだ結界が残った状態でパステルカラーの世界に居る中で、ナタリーがそんなことを言ってきた。
ナタリーの新しいモード?
そういえば雨澄も貢献度を上げて追加効果の機能を付与していく的なことを言っていた、ポイントを溜めてもらえる特典みたいなものなのだろうか。
『”七変化”と言えばいいそうですよ』
「……とりあえずやってみるか――”七変化”」
するとナタリーが突如として光だした、そして手の中で少しナタリーの持っている感触が変わったように思えた。
『”薙刀モード”です!』
「おおおおおおおおおお!」
なんとここに来てナタリーが変化したのだ……鉈が薙刀に進化した!?
『力を感じる……!』
「すげえ勝手が良さそう」
マジか!
今までどう考えても戦闘に不向きな武器で異相手に戦ってきたが、ここにきてようやくマトモな武器っぽいものになった。
いやだって鉈ってまき割りとかに使うものですし、バールのようなものと同じで戦うための武器じゃないですしおすし。
「おお……ナタリーカッコよくなったな」
『スタイリッシュな感じです!』
まぁ……読みは同じでも漢字は違うし、本当にあった薙刀の一部が鉈に類似しているだけで、読み方ぐらいしか共通性が無さそうだが――
この際いいのである!
薙刀を持ってこんな具合かと周囲の空気を切り裂く……長くなり細くなり重量が分散したことで、機動性が増し駆けながらの戦闘にも向きそうだ。
『また”七変化”と言えば戻るそうでー』
「なるほどなー”七変化”……おお、いつもの鉈だ」
つまりは俺が七変化と言うごとに、武器の種類の切り替えが出来るようになったことを意味する。
完全接近型の鉈と違って、長さを稼げることから中距離とまでは行かないが戦いに幅が出たかもしれない。
そして後に、鉈モードと薙刀モードを使い分けることによって勝手が良くなり着実に貢献度を上げていくようになった。
七月十九日
学校に関してはなんとか期末試験も終えて、いよいよ外は夏の虫が耳障りになり、そして太陽は照り付け気温を上げていく。
神裁に関しては小規模異と中規模異の比率が逆転して、貢献度も日に日に上がりつつあった。
そして今日は月曜日、終業式を週末に控えて通常授業最後の雨澄ベントウ・デイである。
ちなみに終業式は金曜ということもあって、午前授業よりも早くに学校が終わることから公園で落ち合うことを決めていた。
「――もう少しで夏休み」
「ああ、これからも月曜と金曜に公園でいいのか? ……暑くない?」
「――気合で」
気合でなんとかする……根性論みたいのがまさか雨澄から出るとは想わなかった。
炎天下の下、ベンチで昼食か……暑さでそれどころじゃなさそうだ。
とりあえず日影の藤棚のようになっている飲食スペースが一応は公園にあったはずなので、それが空いていることを祈るしかない。
今後の弁当デイの扱いから、神裁の仕事についての話を聞いているとあっという間に昼休みは終わってしまう。
「――多分、この階段で二人食べるのはまた夏休み明け……少し残念」
そう俺に空の弁当を手渡し、俺にそうを言い残して雨澄は去っていった。
「少し残念……?」
雨澄が残念といったのはなぜだろう。
やっぱり口ではそうは言っていたが、それなりに空調も効いていなくない、そもそも屋根のがあるこの学校内で弁当を食べる方が快適だと言いたかったのだろうか。
しかし心の中では、もしかしたらこうして二人階段に座って昼食を食べるということ自体を雨澄はそれなりに楽しんでいたのかもしれないと……少しそう思いたくもあったのだった。
そして夏休みがやってくる。