第557話 √5-38 より幸せに
そして公園から少し歩いたところの、また路地に入ったところだ。
景色に見覚え無い、一応この町の住人だというのに情けない話ではある。
意図的に避けるべく探知の小規模異のみ反応するようにしたフィルターを解除して、俺にも中規模の異の現在位置が表示されるようになった。
「――近くに二体いる、まずは一体私が浄化するところを見せる」
「分かった」
「――アロンツに入っている者は、異に基本的に”目星”というものを付けておく。そこに左に私は目星をつけた、右の方に下之は目星を付けておいて」
「なるほど、こうか」
この周辺の地図に、点滅する点に触れると”U”という文字マークが付き、隣の点には”Y”の文字マークが付いた。
なるほどアロンツに入ったことで異のそれぞれの獲物はこう管理するのか。
「――それでいい。ならまずは私が例を見せる」
そして世界はいつものように壊れた。
周囲の色がモノトーンに塗りつぶされ、俺と雨澄とその異を除いて気配が消える。
雨澄の意図からすると、今の俺は観客のような立場であるようだ。
『――』
目の前に人の形をした存在があった。
見た目は完全に至って普通な妙齢の女性にしか見えないそれだが、神裁となった今の俺には分かる……彼女が吸血鬼であることを。
これまで俺は幽霊が人の身体に憑いたものとばかり戦ってきたが、神が言っていたようにこういう例もあるのだ。
『――脅威度:中。人間への死傷行為あり……中規模ですが、その中でも上位』
俺に解説するように雨澄は言ってくれる。
その異の情報は対峙している者のみが分かるもので、俺から分かるのはその異が吸血鬼というジャンルに属するというものだけ。
「ふふ……私を倒しにきたのね。いいわ、相手になってあげる……それに吸血鬼ハンターの血なんてとても美味しそう」
じゅるりと舌なめずりを吸血鬼の女はすると、上を仰ぎ両手を空へと掲げた。
「働けしもべ達よ!」
するとどこからともなく百匹はくだらないコウモリが姿を現した。
雨澄目がけて降りかかってくるそれは黒い雲の塊のようだった――
……ぶっちゃけアニメやマンガや映画で見たイメージまんまで、拍子抜けというか。
ここに来て、そういえばギャルゲーと現実のハイブリッドだったと冷静になってしまう。
そういえば今は昼だが吸血鬼が太陽に焼かれないのはなんでだろうと思ったが、アニメでその太陽への耐性がある吸血鬼も存在していたので、多分それだろう。
『――”レイニーアロー”』
雨澄は弓を上方向へと向けると、弓を引いた――いつか経験した一回の射出から複数の百本はあろう矢が飛び出す技のようだった。
気のせいか矢の量も以前と比べて多く、そして向かいくるコウモリへの狙いも良いように思えた。
いつもはエネルギー切れを考えて省力していたのを、もしかするとさっきの弁当で惜しげもなく出来るようになったのかもしれない。
そして矢は百発百中と言ってもいいだろう、一回の矢ですべてを撃ち落とし雨澄にたどり着くコウモリは存在しなかった。
「私のしもべを残さず撃ち落とすなんて……私も本気を出さないといけないようね!」
すると雨澄の視線上に存在していた吸血鬼が消えた。
と思いきや次は別の場所に姿を現しての繰り返しだった、おそらくは吸血鬼にありがちな身体能力の高さなのだろう。
俺はどこに行ったかと目を追うが、雨澄は捉えていたかのように弓を構える。
『――”銀の矢”』
雨澄は弓を引くと、放たれた矢が何かを射抜いた。
「そ、そんな一発で……何百年も生きながらえてきた私がぁあああああああ」
射抜いたのは吸血鬼だった、丁度心臓を矢が貫いていたのだ。
そしてその吸血鬼の身体は塵となって崩壊していき――消え失せた。
観客の俺からすればあっという間の出来事だった。
そして世界は元に戻る。
元の色を取り戻した世界で、割と俺は呆然としていた。
というか中規模の異にしてもあっさりすぎるとか、そもそも根本的に雨澄のアーチャー的な”神器”と俺のナタリーでは参考にしにくいとか。
「これで終わったのか……?」
「――”浄化申請”……をして終わり」
あ、あっけねえ!
何気に何百年生きながらえてきたとか断末魔に叫びながら死んでいった吸血鬼がものの数分である、叫びたくもなるだろう。
「中規模でも上位なんだよな……あれ」
「――相性が良かった。貢献度によって”神器”の階級が上がり色々な能力を使うことが出来る。今回の場合は吸血鬼専用の矢でトドメを刺した」
……そういえば銀のもので心臓撃ちぬくと吸血鬼は弱いんだっけ、太陽に耐性が出来ても心臓までは対策出来なかったようだ。
人間でも心臓は守りようがないけどね!
「――”銀の矢”が無ければ、心臓に普通の矢を二十本ほど打ち込まなければならない」
なるほど専用武器というか、専用能力というやつですか。
そういうのもあるのか。
最初に使った一本の矢が百本ほどに分裂して敵に降りかかるのも能力とか、俺と戦った時の見えない矢とかもそんな能力の一つなのだろう
「じゃあ俺も異を倒していけば、技とか効果を覚えられるのか」
雨澄はこくり頷いた、そういうことらしい。
『経験を積むごとに色々な能力を使えるようになるとか……なかなかロマンありますね!』
ナタリーはずっと黙っていたが、ここに来てそんな感想を漏らした。
なかなか分かってるじゃないか……ナタリー、お前とはいい友達になれそうだ。
「――……ところでその喋る神器は一体?」
「ああ、これか? 神器になる前から喋るんだ、ナタリーって言うんだけど」
「――ナ、ナタリー」
『よろしくです、雨澄さん! 今はこんなですけど、こう見えても私前世は普通の女の子だったんですよ』
「――……そ、そう」
何言ってんだコイツと思っていることだろう――俺も少なからず思っていることである。
「――喋る鉈、異としての素質はあるのに反応しない……下之の周囲は接続者として認識されない幼女などのイレギュラーが多くて困惑する」
「ははは……」
雨澄が言う幼女の接続者というのは、おそらく桐のことだろうか。
異と深く関わる者、異の行動を補助するものを接続者と呼称するようだが桐はそういう風に認識されなかった……と雨澄は言っているはず。
「――それでは、次は実戦。下之が戦う番」
「ああ、分かった」
俺は地図を呼び出して、その俺が目星をつけた異の場所を探す……さっきの時点で近くに居たが、あまり移動もしていないようだった。
そして俺は雨澄と、その初の中規模異との戦闘に向かった――