第556話 √5-37 より幸せに
俺と雨澄が昼食を食べ終えて公園のベンチで話していた頃に、大柄連れがいる細身の男子が声をかけてきた。
平日の昼間、そして夏指定制服のワイシャツに黒いパンツを着ていることから同じ藍浜高校の男子生徒だろうか。
「――……どうも」
すると雨澄にさっきまでの空気が消え失せ……俺と最初にすれ違った頃のような拒絶するオーラを纏い始めた。
「仲良く談笑中に悪いね。それでも通りかかったからには……新人”神裁”君に挨拶しなきゃと思ってね」
「へー、こいつが新入りか」
後ろの大柄の男子が覗きこむようにして俺を見る。
どうやらここまで彼らが言っているところを見ると、彼らも俺と雨澄と同じ神裁なのだろう。
しかしその大柄の男は俺からすぐに興味を失ったようで「じゃーあとは頼むわS」と言うと、そこら辺のベンチに寝転んでイビキをかきはじめてしまった。
「どうも、最近神裁きになった下之です」
「あー、別に名前は良いんだけどね……じゃあ君は適当にUとでも呼称しようか」
なんか呼び方を勝手に決められた、Uってどこから来たのだろうか。
「取って食おうってつもりはないよ、単純に顔を見ようと思ってね」
「そうですか」
「それにしても驚いたよー、貴重な神への願いまで使って――異を守るなんてね」
その時の細身の彼の目は笑っていなかった。
「まぁ、ちょっと事情がありまして」
「それにY、彼はもとその異の接続者らしいじゃないか。面白いねえ、君が獲物を譲り渡すなんて」
「――……取引の結果」
「へー、それはどんな」
「――それは言えない」
確かに何度も倒れたのを助けた上に、弁当と交換条件とは言えない……と内心で思ってしまったが黙っておこう。
「ふーん、そっか。まぁいいけどね……ところでU、君も僕たちの仲間にならないかい?」
「仲間?」
「――……私も情報共有の為にアロンツという組織に入っている」
神裁というのはてっきり個人ばかりと思っていたが、確かに組織が存在することは変ではないだろう。
「組織に入ったからってなれ合いはしないし、干渉だってしないさ。ただ情報の共有と、それぞれの狙っている獲物を分かりやすくするためだよ」
「異狩りの効率化のための情報共有と、それぞれの取り分を分かりやすくする協定を結ぶ……と」
「話が早くていいね、単純にそういうこと。入会金は無料だし、年会費だって無料! 入って損はないよ」
「情報が共有できるのは新人の自分にはメリットがありますね……でも、本当な自分を囲いこむというよりも監視する必要性があるんでしょう?」
「……物わかりがいいね。正直特A級異を神の願いで囲い込まれたのは痛手だったんだ、Yが脱落すれば次はボク達が狙えるようになるからね」
……探りをなんとなく入れてみたが、まっ黒だった。
彼の言い分では、まるでYと呼ばれる雨澄が脱落するのを望んでいたかのようだ……あくまでアロンツが協力関係というわけではなく、打算的であり損得勘定というのが分かる。
それが今の時点で分かるなら、こちらとしても好都合だ。
「神の願いはそう何度も使えるわけじゃないけど、好き勝手に貢献度の高い異を保護されると困るからね。そう言った意味での監視というよりも牽制だね」
「分かりやすくていいですね」
「ということはアロンツに入ってくれるのかな?」
「はい、俺も異を保護するのはあれっきりですから」
「そう言ってもらえると嬉しいよ――ということでようこそアロンツへ」
正直いけ好かないヤツではあるが、敵に回したところでしょうがない。
ようは「異狩りの邪魔をするな」ということなのだ、そのための組織であるということが分かりやすい。
そして情報共有できるメリットも俺には有り難い、雨澄以外に伝手と作るのも悪くないことだろう。
「よろしくお願いします……えっーと」
「Sでいいよ。で、あっちでバカみたいにイビキかいてるのがTね。それと彼女Yのこの地区は君含めの十数人の小さい組織だけど、歓迎するよ」
「はい、これからよろしくお願いしますS」
そうして俺はSと握手を交わした。
晴れてアロンツに入ることとなったのである。
するとアロンツに入ることが決まると。
「じゃー、時々集会するからその時はよろしくねー」
と言って大柄の男ことTを叩き起こすと二人は帰っていった、本当に顔見せであり俺をアロンツに入れる為だったらしい。
「……なんか疲れた」
「――……私も苦手」
「意外だな、雨澄がそう思うなんて」
「――Sは生理的に厳しい……けれど、手段は選んでられなかった」
雨澄にここまで言わせるSとは一体、むしろそこまでの言われようは可哀想にも思えてくるが……俺が知らない間に彼の嫌な面も知っているのだろう。
なぜかそう思うと、少しだけ胸がちくりと痛んだ……これはSへの嫉妬なのだろうか。
「――そう、弁当を作ってもらう代わりと言っても些細のことだけど。中規模の異の倒し方とかのレクチャーとか、どう?」
「中規模の異!」
俺はこれまで実力不足経験不足だと思い小規模の、貢献度ニケタの異しか狙ってこなかった。
このペースでは貢献度が溜まる速度は遅く、例えば数日寝込んだり、事情で異狩りが出来なければ貢献度が心許なくなるであろうことは分かっていた。
最近でこそ毎日早朝に出ては異を狩っているが、それも波があり一日に二ケタの小規模の異を探知出来る時もあれば、一体の異だけしか成果の無い日もあった。
実際探知に小規模しか引っかからないように設定していたのもあり、避けてきたのだが……機会があれば中規模も狩っていきたいとは思っていた。
「それは有り難いな! 俺なりに経験も積んで中規模を狩ろうと思ってたんだ、雨澄が倒しかたのコツとか教えてくれるな願ったりだ」
「――そう、ならこの後時間は空いてる?」
「あ、ああ大丈夫だ」
「――なら、早速狩りに行こう」
雨澄は俺に空の弁当箱を返すと、先を歩きはじめた。
雨澄は早速レクチャーしてくれるらしい、俺も自分の弁当箱と雨澄の弁当箱を鞄に仕舞うと彼女の後を追った。