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第553話 √5-34 より幸せに

 それはあやふやな空間、教室の形を模した場所。

 私はこの場所に自由にやってきて、時間がある限りこの場所出来ることはいくらでもしている。


「鉈として不都合はないですか?」

「うん、意外と大丈夫みたい」


 私は現実ではナタリー、しかしこの空間では――


「そうですか。下之ユウジのサポート感謝します――中原蒼」


 中原蒼、私が人間だった頃の自分の名前だ。

 

「そういえば今の世界でも病院には”私”はいるの?」

「はい。あなたはあくまでナタリーとして存在しているので、中原蒼は別に存在しています」

「そっか」


 私はナタリーと名乗って鉈の姿をしているけれど、実際にこの世界には私とは別に中原蒼がいて、私が二人いるらしい。

 そしてこの世界の中原蒼は、きっとユウさんと出会うことはなく死ぬまで病院で過ごすのだと思う。

 想像するだけで暇で退屈で何の楽しみもなく死にそうだ……まぁ最終的には死ぬんだけどね。

 前の世界でユウさんと出会えて、そして今は鉈であっても多くの景色を見ることが出来ている……それが私にとっては得難いものがあった。


「私ユミジに感謝してるんだよ。鉈としてとはいえ私に機会をくれたんだから」

「こちらとしても感謝しています。実際この世界ではナタリーのサポート無しでは厳しかったはずですから」

「うーん、確かにそうかも」


 私は鉈となったせいかは分からないが、敵の殺意? みたいなものを感じ取れて、自分を動かすことが出来る。

 だから私ことナタリーがユウさんの手の中で動いて、雨澄の矢などを弾き返すことが出来た。


 鉈に矢が当たるとほんの少し痛い、といってもチクっとする程度で耐えられないほどじゃない。

 それでも仕方ないことだけど、異に憑かれた鳥に攻撃した時は……少しだけ辛かった。

 あの生き物の身体を弾き飛ばすという感覚は慣れない……が、慣れないといけないことだとは思う。


 この教室で見たアーカイブと、ユウさんが見せてくれた小説ではナタリーで雨澄に怪我を負わせることだってあったのだから。


「頑張るよ。なんだかんだで私がユウさんに一番近いところに居れるしね」

「よろしくお願いします」


 私はユウさんに前の世界で助けられたのだ。 

 これまでユウさんがやってきた戦って物理的に助け出すのではなく、私と手紙のやり取りをしてくれて、自分の命を投げ打ってでもやり直して私と会ってくれて。

 私もあのあとアーカイブを見て知ったのだ、一度ユウさんがやり直したことを。

 本当ならあれで終わるはずだった、そして私もきっと鉈になることも無かったかもしれない、結末を覆す為にユウさんは戦ってくれたのだ。

 そしてつまらない、永遠に繰り返される私の病院での生活から連れ出してくれた……助け出してくれた。


 感謝してもしきれない、あのまま終わるはずの私が鉈になっているとはいえ、病院の中ではテレビや本越しでしか見れなかった景色を自由に見れる様になったのだから。

 だから何かユウさんの手助けを出来ればと思う、何かサポート出来ればいいと思う、鉈としてでもユウさんを支えてあげられればと思うのだ。



* *



 それから早朝はランニングを兼ねて異狩り、学校に行って普通に授業も受け、放課後は生徒会か福島・姉貴による鍛錬、そして合間に家事が入る……そんな生活が続いた。

 神裁となったことで体力が底上げされ、桐の謎ドリンクも手伝ってギリギリながらも生活に支障をきたすことなく神裁と学生を両立させることが出来た。

 水曜は生徒会、木曜は姉貴に付き合ってもらっての剣道指南。

 

「ユウ君筋が良いかも! さすがユウくんだね!」


 思い鉈を振るう甲斐あって、剣道の竹刀の動きもだいぶこなれてきた。

 最初は姉貴から一本を取ることも叶わなかったが、今は十回に一度ぐらいはまぐれでも一本を取れるようになった。


「姉貴の教え方は上手いなー、助かるよ」

「そんな褒めても夕飯のオカズが一品増えて私のユウくんに対する好感度がグングン上がるだけだよ~」


 最近神裁もやるせいでカロリーを消費しがちでお腹が空きがちだけに有り難い……まぁ好感度は置いておくとして。

 そうして一時間ほどの練習で、帰り支度をして姉貴と二人帰路に就いたのだった。



六月四日



 今日は月曜と同じく、弁当を余分に一つ作ってあった。

 そう雨澄に献上するというか、弁当を雨澄に持って行く約束の日である。


 昼休みになって、すぐさま廊下を覗くと。


「――……」


 まだチャイムが鳴って一分も経っていないというのに、雨澄が待ち構えていた。


「悪い、今日は雨澄と飯にするから」

「う、うん」

「……はい、分かりました」

 

 ユキと姫城さんは渋々という様子で承諾する。

 今内心で思ってしまったのだが、ユキ達への理由付けで家庭環境故に弁当を作るのはいいとしても、わざわざ雨澄と二人食べる必要はないのではないかと思う。 

 それを突っ込んでこないあたり空気を読んでくれているようで、ありがたい。


 廊下に戻って雨澄に今日の弁当を渡す……無表情ではあるが、少しだけ緩んだような気がしないでもない。


「――では、行こう」

「お、おう」


 また雨澄に連れられるがままにすると、またあの資料室近くの閑散とした階段だった。


「雨澄っていつもここで昼食にしてるのか?」

「――……ご飯がある日は」


 そう聞いて申し訳なる以上に、無性に悲しくなってしまった。


「……なんか申し訳ない」

「――今日はあるから問題ない」


 そう言ってくれると助かるのだが。

 そうして俺と雨澄は階段に腰を下ろした。


「――それでは、頂きます」 

「じゃあ俺もいただきます」


 それから二人黙々と昼食の弁当を食べた。

 少し汚い食べ方にはなってしまうが、男としてのプライドというか女子である雨澄に早食いで負けるというのは情けなく思い弁当をかきこんだ。

 

 結果は雨澄の勝利である、俺も相当急いたのに雨澄は見た目はとにかく箸のスピードが速いだけであり、どういう原理なのかと頭を傾げてしまう。


「――神裁としての近況はどう?」


 ごちそうさまと言って、弁当の包みを直すまでした後に何の前触れもなく雨澄が口を開き俺は少なからず動揺する。


「ん? ああ、神裁ね。まぁまぁ……ってところだな」 


 俺はそう言って手の甲の数字を見せる。

 この手の甲の数字は風呂で洗っても落ちないのだが、俺以外には視認できず桐でさえ数字を読み取ることは出来なかった。


「――……六一〇。初期貢献度を超えているということは、それなりに活動出来ていると」

「まぁ一応連日早朝に、小さいのをちょこちょことな」

 

 神裁になった初日に出会った異とほぼ同規模のものを狩る対象に見定めている、経験を積むまではゲームでいうところの”雑魚狩り”に勤しむのが正解だろう。


「――そう……それと貢献度の譲渡、今更ながら感謝する」

「いや、大した数字じゃないし。今は盛り返してるから――」

「――あの時の私は厳しかった。譲渡がなければ三週間も持たなかった、今は中規模の異を浄化して成り立っている」


 三週間と聞くと初期貢献度であり、そこまで少なくないようにも思える。


「――対価を払えない私は、最終的には貢献度に頼るほかない。貢献度も対価として差し出してまで戦わなければならなかった」


 結界を張ったり、能力の追加効果などには対価を必要とする。

 一番容易でリスクが少ないのはカロリーなどであるが、雨澄はいつも食に困っているイメージで考えるとカロリーに頼れるものではなかっただろう。


「――それに、神にあなたが願ったことで狙っていた異……今はホニ神? の諦めも付いた、感謝する」

「いやそれは……」


 俺が雨澄の獲物を奪ったと同じなのだ、憎まれることはあれど感謝されるいわれは無いのに。

 しかし少しだけ気にかかる、俺が願って諦めがついたのは分かった。

 だがそこまでしなければ諦めきれなかった、ホニさんは一体どれほどの貢献度を有していたのが気になってしまった。

 別に貢献度が高いからとホニさんを守ることにおいて譲る気はないのだが……ちょっとした興味でもあった。

 

「なぁ雨澄、今だから聞くと言うか……かなり身勝手なんだが。実際のところホニさんの貢献度ってどれぐらいだったんだ……?」

「――二百万」

「に……にひゃくまん!?」


 予想外の数字が出てしまって腰が抜けてしまう、階段に座っていなかったら地面に尻餅を付いていたことだろう。

 俺が今日早朝に狩った異の貢献度二十だった……ざっとその異十万体分がホニさんだという。


 ……本当にホニさんってすごかったんだな。

 おそらく雨澄はその一発逆転に賭けていたのだろう、二百万もの貢献度を手にするために最後の戦いでは全力を尽くしたのだ。


「――現状では非常に浄化しやすい上に、貢献度が異常に高かったから私は狙った」

「そ、そうか……」


 そこで申し訳ないという言葉を出そうとして押しとどめる。

 俺の行動は間違っていないと今でも断言できる、例え先に雨澄からその貢献度を聞かされても俺は首を横に振っただろう。


「――それに、私にはまた貢献度を溜めて叶えたい願いがあった」

「……ああ、神からそんなことも聞いたな」


 貢献度は随時増えるごとに見返りがあるが、百万という数字に乗った時。

 その百万もの貢献度を消費して、もう一度神に叶えてほしいものの願うことが出来たらしかった。


「――その願いごとは」


 そう雨澄が言いかけたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。


「――……ご馳走になった。また月曜も期待している」

「あ、ああ」


 こうして雨澄が口にしようとした言葉の先を知ることは叶わず、俺たちはそれぞれ教室に戻ったのだった。

 雨澄がまた願いたいと思った事とはなんだったのだろう、そして最初に雨澄が願ったこととはなんだったのか……かなりプライベートなことで野暮でこそあるが気になってしまったのだ。

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