第548話 √5-29 より幸せに
雨澄はさすがに弁当を食べさせてもらって、容器を洗わずに返すというのは申し訳ないと言っていたが。
下之家はいつの間にか大所帯であり、ユイが住むようになったことと、転校生のホームステイ合わせて弁当箱など買い込みはしたが、雨澄も恒常的となるとそこまでの余裕はなくなるものだ。
だからむしろこちらの事情としては弁当箱を即日返却してくれる方が有り難いのだ、という旨を話して俺と雨澄の二人分の空になった弁当箱を持って教室に戻る。
と、戻った先の俺の机の前で待っていたのはユキと姫城さんとユイだった。
ユキと姫城さんは明らかに不機嫌そうなオーラを醸し出し、ユイはその二人に巻き込まれて流れで来たかのようだった。
正直俺の席で待ち構えられ、昼休みが終わり授業が始まるまで質問攻めに合うかと思うと気が重く、思わず回れ右したい衝動に駆られる。
……それでも雨澄が異について説明する約束を守った以上、俺もさっき教室を出る際に(説明に関して)後にしてくれと言った以上は腹は括らなければならないだろう。
「えーっと……ただいま」
「おかえりユウジ」
「おかえりなさいませユウジ様」
字面だけ見ればさながら学校の美少女クラスメイト二人に出迎えられるという、ハーレムアニメも真っ青な展開なのだろうが。
じっさい絵面はというと、ユキと姫城さんは明確に表情には出さずひきつった笑みを浮かべてこそいるが――大変不機嫌でいらっしゃった。
「ユウジ、前もって言っておくけど……すまなかったな、許してくれ」
ユイが気まずそうに、俺にそう謝罪する……少しだけ嫌な予感がしてきた。
「「ユウジ(様)が雨澄さんと付き合っているのは本当 (ですか)!?」」
重なる二人の結構な音量での声、クラスの美少女二人がそんなことを大声で言ってしまったならば視線を集めてしまうのは仕方のないことだと思う。
……とりあえず、俺も言っておきたい。
「どうしてそうなった!?」
とこでそう事実が歪曲してしまったのか考え・精査しなければならない。
「まず最初に言わせてもらうが……俺は雨澄とは何もないぞ?」
「……本当? だってユイが、ユウジが雨澄さんのこと気になってるって言ったのを聞いたらしいけど」
「……ついな、口を滑らせてしまったんじゃい」
俺が雨澄のことが気になる? そんなこと言った覚えは――
無い、ことは無い。
以前に雨澄との二度目の戦闘の後に、ユイに雨澄との関係を訝しまれたことがあり、その中でユイに「(雨澄さんって)気になる?」という質問に対して「まぁ、それはあるな」と返してしまっている。
「なんというかだ、それは誤解だ。確かにそうは言ったが、雨澄が気になるというのは――」
「で、でも! ユウジが雨澄さんを……お、お姫様抱っこをして運ぶ姿を見たって友達が」
ああ、うん。
それは誤解ではなく真実だ、しかしお姫様抱っこというロマンあふれる印象と違って時間を争いかねないことであったが故の行動だ。
「あれは雨澄が倒れているのを見つけてな、保健室に運んだんだ」
「倒れている女性を見過ごすことのできない……さすがユウジ様。しかしユウジ様、私はユウジ様のお宅から雨澄さんが出てくる場面を目撃したのです」
「それ本当なのマイ!?」
「この目で確かに」
……姫城さんの家って商店街を挟んで俺の家の真逆の方向で、本来俺の家の前を通ることってまずないはずなんだが。
そして雨澄が家を出たのは少し早めの夕食を食べて時間を空けずに、だ。
既にその頃は夕方六時を回っていて、いよいよ姫城さんが俺の家の前を通りかかる理由が分からない……気にしたら負けなのかもしれない。
「そして決め手は今日の雨澄さんとの昼食! これでユウジは雨澄さんとは何もないと否定出来るの!?」
完全に二人は熱くなっていた、そして情報漏えい先の一人であるユイは申し訳なさそうにしている。
このまま誤解を与えて、教室の注目を集め続けるのも難なので俺は弁明を試みることとする。
「そうだな……やっぱり俺と雨澄は何もないよ。あくまでも最近知り合った女子でしかない」
「最近知り合った人をお姫様抱っこしたり、家に連れ込んだり、お弁当を作ってあげたりするの!?」
……言われてみれば確かにそうだ。
ユキがその事実を羅列した結果、これは出会ってすぐの知り合いとの行動ばかりではない。
「まずはそうだな……俺が雨澄が気になるって言うのは、彼女の家庭事情についてだ」
そこまで嘘は言っていない、実際雨澄の家庭事情も理由の一つに雨澄が常に腹を空かしている現状があってもおかしくないからだ。
「……雨澄のプライバシーとかを無視して話させてもらうが。彼女はどうにも三食をまともに食べられない環境にあるようで、実際保健室に運んだ際も空腹が原因の一つらしかった」
雨澄と別に和解しているわけではなく、あくまでギブアンドテイクの関係性でしか今は無い。
弁当の代わりに情報を、ということなのだ。
それも情報に限っては一回限りと考えている、何故ならば俺はこれから雨澄を半分裏切る行動に出るからであり、継続的な情報提供は期待できないと考えていた。
といっても別に雨澄と信頼関係があるわけではない、だから裏切ると言うのは語弊があるかもしれないが……少なくとも俺の行動が雨澄にとって不利益をもたらすことには変わりない。
「そ、そうなんだ……」
「見るに見かねてってヤツだ、同じ学校の生徒に餓え死なれるなんて寝覚めが悪いだろ?」
「そのような事情が合ったのですね……」
流石にそんな家庭の事情という伝家の宝刀を抜いてしまえば、彼女らも強くは言えない。
さっきまでヒートアップしていた二人はどこへやら、勝手に盛り上がっておいた自分を恥じるように申し訳なさそうな表情すらしていた。
「といっても雨澄の家庭の事情に突っ込むのはまた違う、だから出来ることとしたら弁当を作って渡すぐらいしか出来ないからな。まぁ弁当はいつも作ってるし、一人分増えようがそこまで変わりないしな」
「ごめんねユウジ……ユウジは純粋に雨澄さんの力になりたいからだったんだ」
「申し訳ありませんユウジ様……かなり早とちりをしてしまったようです」
「分かってくれたなら良かった」
しかし彼女らには言えないことがある。
それは俺が雨澄にすべて善意で協力しているわけではないということ、あくまでも交換条件に異の情報提供あってのものであるのだ。
もちろん俺がこれから戦いの日々に身を置くなんて、厨二病真っ盛りなことを言いだせばドン引き確実であり、学校だとホニさんと雨澄以外には誰にも言えないことだ。
「私にも何か出来ることがあったら言ってね」
「私にも遠慮なさらず、ご協力できることならばなんなりと」
「ああ、今は気持ちだけ貰っておくよ」
さすがに俺が勝手に背負いこんだことであり、日替わりで弁当を作ってほしいなどと頼めるはずもない。
少なくともこのことは俺の中で完結させたいことであり、間接的にも弁当を作る姉貴にも影響が及ぶのが申し訳ないくらいと思っていい。
そうして丁度話がひと段落、俺と雨澄との関係性に関しての議論は幕を閉じ、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。
それから雨澄には昨日前もって伝えてあった、生徒会で遅れる旨を伝え、合流したのは夜も六時の藍浜高校校門前だ。
生徒会が終わるタイミングを見越して再度学校に来たか、はたまた数時間に及んで雨澄は校門前で待っていたかは不明だが、雨澄が校門前で待っていた。
「姉貴、悪いけど昨日のことがあって雨澄が心配だから遅らせてもらうよ……昨日家に招いたことも家族に話した方がいいかもしれないしな」
「そうなの? 分かったわ、あまり遅くならないように気を付けてね」
「分かったー」
そうして姉貴を見送って、俺は雨澄のあとをついて行くように歩き出した。
訪れたのは学校から歩いて十分ほどの、俺が通る機会はないであろう路地に入った先の閑静な住宅街だった。
実際周囲にあるのは普通の住宅ばかりであり、特別珍しい場所ではない。
そんなところに雨澄は案内してくれた。
「――観測では、この周辺に異が存在している」
「こんな何の変哲もないところに出るんだな」
「――異は世界にいくらでも満ちている、場所を選ばない」
なるほど、俺は頷いた。
「――比較的小規模であり、強制は低い……貢献ポイントも低いので私たちは手を出すことは少ない相手」
「それは俺が”神裁”とやらになる為には手っ取り早そうだな」
「――”神裁”に選ばれる条件は、異を倒すこと。手段は択ばない」
「なるほど、俺が使っている武器も構わないってことか」
雨澄は同意の意思を示すこくりと頷いた。
「――異が目の前に現れる、覚悟して」
弁当効果なのか、雨澄の初心者用レクチャーは本当にありがたい、至れり尽くせりと言える。
「ナタリー!」
『はいっ、私ナタリーお役に立ちますよ!』
俺の手に収まるナタリーの柄、そしてある程度の重量感。
これまで雨澄とは彼女と共に戦ってきた。
「ナタリー、これから俺と一緒に戦ってくれるか?」
『もちろん! そのために私は存在しているのだからっ!』
頼もしい相棒に恵まれた。
そして俺は――初めて敵対する”異”と対峙した。