第558話 √5-39 より幸せに
雨澄の戦いを見届けて、今度は俺が戦う番だ。
神裁となったことで、視線上に展開することのできる地図には異の所在が点で記されている。
緑の点が小規模異で、地図上にはいくらでも存在する。
そして青の点は中規模異で、その緑の合間合間に少なくはあるが存在していた。
そんな中の現在地からほど近いところに俺が”目星”を付けた異が点滅している……今日戦う相手だ。
移動中に雨澄から教えられたが異には小規模・中規模・大規模と三段階に分けられ、更に細分化されA~Fで分類される。
FEが小規模、DCが中規模、BAが大規模と単純なものでAに近づいていくにつれて大規模の異となり、非常に力を秘めた存在となるとのこと。
確かに貢献度の数値もおかしかったが、ホニさんは雨澄曰くAの中でも隠れ階級とばかりに特Aと呼ばれるものらしい。
しかしホニさんと接している俺からすれば全くピンとこないもので、その分類も案外正確なものではないのかと疑ってしまうのだった。
「――ここ」
「ああ」
これまでは小規模の、正直鉈を横に振りかざすだけで”浄化”されてしまうような微力なものばかり相手にしていたので緊張する。
実際雨澄はあっさり倒していたが、雨澄が経験を積み貢献度を上げて、能力などを手に入れていった故のことなのだ。
俺には技と呼べるものもない、喋る鉈ことナタリーが俺唯一の武器に違いない。
「”虚界”っ」
そうして世界は塗り替えられる。
先ほどの雨澄の張った結界のモノトーンの色合いとは対照的な、淡く色とりどりのパステルカラーな結界の色だ。
「――……可愛い色」
「そ、そうか」
俺としてはもっとクールなヤツでもいいとは思う……別に嫌いな色合いではないが、どうにも女子っぽい。
結界はその異と接触する前に発動させて、俺と雨澄は走る。
「――お出まし」
「頼む、ナタリー!」
『はーい!』
目の前に現れたのは――鬼だった。
確かに神裁となったことで得られる情報によれば鬼というジャンルになるのだが、その見た目は頭に角を生やしただけの単なるスーツを着込んだサラリーマンであった。
平日の月曜、サラリーマンが歩いていること自体あまり普通ではない……はずである、が良く考えてみると昼休みに会社を出て外で昼食を済ませた帰りなのかもしれない。
決して妻や娘にリストラされたからと平日の昼間に町を歩いて時間を潰していたのではないかとか、そんなことは考えてはいないぞ……うん!
実際ここら辺はそういう食堂も少なければ、オフィスビルからも遠い住宅街だしな……やっぱりこのサラリーマンが出歩いているのは不思議である。
「おれを狩りに来たか、異殺しよ。いいだろう、人間に馴染もうとして肩がこっていた頃だ……うっぷん晴らしさせてもらうっ!」
すると鬼は手に持っていたサラリーマンが持っているようなオーソドックスなビジネスバッグを――長さ一メートル半はあるであろう金棒に変化させた。
なるほど異はこの世界にいくらでも存在しているというのが良く分かる。
というのは分かっても、いくらゲームの設定がハイブリッドにしたってこの藍浜という町がいつの間にか良く分からないものの巣窟となっている現状頭が痛い。
幽霊が憑いているというのは……まぁいい、ありがちだ。
神様は……ホニさんは可愛いので良しとする。
しかしさっきの吸血鬼といい鬼といいどうなんだ!? というか鬼が被ってる、鬼に好まれているのかこの町は。
そしてこの鬼、対峙した者が知ることのできる情報として点…社会人に扮してサラリーマンを演じつつもストレス発散に深夜通り魔のようなことをやっていたらしい。
ニュースで見る通り魔や犯罪の数々は異が悪かったらしい、なんもかんも異が悪い、異が悪いよ異がー、コ・ト・ナ・リ・のせいなのねー。
「お前に恨みは倒させてもらうぞ!」
「おもしろい、やれるものならやってみろ」
そう鬼は不敵に笑うと、金棒を振り下ろした――結果地面が抉れた。
金棒の先が当たった半径一メートル、深さ数十センチにわたってアスファルトが沈み込んだのだ。
「え……」
『――パワー系なので、一つ一つの打撃が強い。注意が必要』
見れば分かりますとも雨澄サン、あんなの喰らったら人溜まりもないですって。
「怖気ついたか、ならにげるがいい……おれは追うがな!」
鬼が地面に刺さった金棒を引き抜くと、重量感あふれるサウンドと共に駆けてきた。
「……ナタリー、あの金棒に耐えきれる気がするか?」
『……多分粉々です』
というか見た目ひょろっとしたサラリーマンの体躯なのにどっからその力が出てるんだよ! 鬼ゆえか、鬼ってすげーな!
「とりあえず、当たらないようにしないと……なっ!」
いつまでもビビってはいられない、俺も地面を蹴って駆けだした。
金棒がそれなりの重量があるのか、それに加えて足そのものの早さは大したことないのか、俺から見れば鈍足に見える。
そして鬼に接近、鬼まであと一メートルというところまで迫る――金棒の射程範囲に入っている。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
鬼が大声を発しながら金棒が振り下ろされる、身体に掠りもせずに回避行動が出来たが近くに居るだけで風圧を感じた。
なんなのこのパワーバカ……中規模異の初戦にしては難易度が高いのではないでしょうかね。
しかし足自体も遅く、いちいちの動作に時間がかかることで一度振り下ろして次の攻撃に移るまで多少のラグがあった。
それが狙い目に違いなかった。
「たぁっ!」
俺は鬼の後ろに回り込んで、ナタリーを振り下ろした。
「ぐわあっ!?」
鬼は背中を切りつけられて痛みに声を上げた。
効かないわけではないようだが、小規模の異と違って神器となったナタリーが振り下ろされただけで浄化という訳には行かないようだった。
そして決して手加減したわけでもないというのに傷も浅く、致命傷には至っていない。
「やってくれた……しかし、それでは倒れぬっ」
「っ!」
すると鬼もタダでは済まないと、回り込まれてから動いていないわけがなく俺に向き直ったかと思うと金棒を横に払い俺の身体にぶち当てた。
「うっ――」
俺の腹部に食い込んだ金棒は棘で抉るように、そして体重のかかった打撃によって俺は弾き飛ばされ、五メートルは滞空した後にアスファルトの上を転がった。
「……いってぇ」
神裁かつ、この結界内であり、そしてある程度ナタリーが力を相殺してくれなかったら致命傷だったかもしれない。
実際金棒の棘に抉られて服は千切れ皮膚は結構に裂けて血が噴き出している、それでも骨が折れていないのは奇跡に違いない、むしろアスファルトを転がってあちこちを打撲している。
『私も痛いですー! ジンジンしますよー』
本人 (人?)は痛がっているが、幸いヒビなどは入っていないようだった。
しかし身を以て味わうと、やはり当たらないこしたことが無い事が良く分かる打撃だった。
「ははは、もろに受けて生きているとは丈夫なやつめ」
鬼は高笑う。
今は桐も居ない、そして雨澄は――
『――』
見守っているだけだった。
レクチャーとは、というかコツとかないんですかね。
雨澄は割と放任主義のようだった。
「……くっそ痛い、けどもこれで痛いだけってのは損だ」
絶対に浄化して貢献度獲得してみせる……!
思いついたことというか、いわゆるフィクション、アニメなどではお約束のことを思いだしたのだ。
俺は痛みを我慢してまた駆けだした、また鬼に向かってナタリーを片手に走っていく。
「わはは、何度やっても弾き飛ばすだけよ」
鬼はまた振りかぶる、しかし俺も同じ手は二度は食わない――
「はぁっ!」
桐に時折支給してもらっている簡易結界を目の前に一つ、鬼の前に一つを投げつける。
その簡易結界を踏み出しにして、俺は飛んで上方向に身体を向かわせ――そして鬼のとある部分目がけてナタリーを振り下ろす。
「たああああっ!」
「っ!? がああああああああああああああああああああっ」
鬼は先ほどとは比べ物にならない、空気を震わすほどに絶叫した。
俺が狙ったのは頭にある角だった。
いわゆる鬼というか角がある敵のお約束である「弱点は角」というのが大当たりだったらしい、見ててよかったアニメーション、読んでいてよかったコミックブック。
しかし接近戦を許すと、有効範囲の広い金棒によって弾き飛ばされてしまうことから――少し頭上からを狙った。
桐が居ないので重力制御は使えないというこもあって、あくまでも簡易結界を踏み台にして一メートル二メートルの高さから攻撃出来るように上がってからの、ナタリーを鬼の角目がけて振り下ろした。
効果はテキメン、角の先を砕かれた鬼は角を抑えて蹲ってしまった。
「ああああああああああああ、いてえ、いてえよお」
金棒も地面に滑り落ち、背中を丸めている鬼は格好の的だった。
「くらええええええ」
そして俺は鉈を鬼相手に何度も切りつけて、頑丈だった身体を貫き――倒す、もとい浄化を果たしたのだった。
こうして俺の中規模異との戦闘は幕を閉じ、世界は元の色を取り戻す。
結界の外に出ると、あれだけ負っていた傷も無かったかのように綺麗に治り、痛みも何も残っていなかった。
そしてサラリーマンの姿をした鬼も、この世界にはもう存在していなかった。
「――……初心者にしては上々」
「それはどうも」
「――後になって気づいた。弓使いが鉈使いに教えられることは少ない、申し訳ない」
実はさっき俺も思ったんですよ、雨澄さん。
「――それでもいい一歩、中規模異浄化おめでとう」
「どうもありがとうございます?」
とはいっても、この機会が無ければ小規模の異をちまちまと狩っていたに違いなかっただろう。
その機会を作ってくれた雨澄にも感謝すべきだろう、と心の中でありがとうと言っておく
「ええと、今回の異は中規模かつCの……貢献度は一二〇〇!?」
「――妥当、中の上ぐらい。びぎなーずらっく」
貢献度、俺がちまちま倒していたものの六〇体分である……何この格差。
でもよく考えたら最上級らしいホニさんが二百万なので、それぐらいないと成り立たないのかもしれない――インフレ的に。
まぁ雨澄のビギナーズラックいう通りに、確かにたまたまアニメなどを観ていて覚えていたそれっぽい弱点が当たり、そして桐の簡易結界にも助けられた。
今後は自力で勝つのが求められるだろう。
「――あまり教えられなかった代わりに、聞きたいことがあったら今後も聞いて」
「それはいいな。その時になったら頼むよ」
雨澄はこくりと頷いた。
「よし、初戦も上手く行ったし今後も頑張るか!」
そう言って自分を奮い立たせる、せっかく神裁になったのだから見返りも欲しいし……なにより貢献度の余裕があって損はないしね。
これからは小規模も狩りつつも、時折中規模にも挑もうと心に決めたのだった。
『……でも戦闘的にはあまり面白くなかったかも。カメラワークも工夫しようがないし、動きは単調だったし、なにより見どころがなかったよね』
「ナタリー、それは一体なに目線なんだ……」
そんな突然アニメの視聴者目線というか評論家みたいな物言いで、スタッフに説教し始めたナタリーによって少し萎えてしまったが。
まぁ、これからも神裁も学校も頑張っていくとしよう。




