第546話 √5-27 より幸せに
「――なんということ。まんまと私はあなたの策略にはめられて」
がっつりとお米一粒から、ごく小さな数ミリ程度の魚の切り身に至るまで残さず完食した雨澄がまるで被害者面をしていた。
どの口が言うのか、二食分はあるであろう姉貴御膳をしっかり余すことなく平らげたその口が言っているのである。
「それで、話してくれるんだよな?」
「――……嘘はつかない」
確かに雨澄が話さないといけない環境づくりの為に誘導したのは確かだが、異などの説明をすると言い出したのは雨澄である。
俺に非などあるはずもない。
「――話すことは話すけれど、あなた達を今後狙うことは変わらない」
「分かってる分かってる、とりあえずは異ってなんぞやというところからよろしく頼む」
「――把握した。そもそも異とは――」
……それから雨澄に聞いたことを桐による推測も含んだもので補填し、ある程度を要約する。
異というのは、世界中にいくらでも存在している。
基本的に異というものが指すのは普通の”人間・動物・植物以外”だという。
雨澄の言うところによれば幽霊・妖怪・神・堕天使・天使・吸血鬼……などに至るまでもすべてひっくるめて異だという。
いやそんなマンガみたいなと思うものの、ホニさんのような神様のいるゲームとハイブリッドした世界観なら有りえないことでもないのかもしれない。
異は本来は人間が生活・活動する現世において表立って出てくる存在ではないものであるという前提がある。
神様だってそうで、あくまでも人間を見守るか遠くで手助けするのが基本であり、露骨なまでの人間への干渉は許されないことだという。
「そうは言ってもホニさんは無害だぞ? 異って括って倒す対象に入れるのは無理がないか?」
「――例え現時点で無害であっても、将来的に有害になりえることがある。その可能性の排除も目的」
「理屈は分かるが、有害になりえるってだけだよな? 確証がないんだと、どうにも納得できないんだが」
「――神の場合だと、現実に現れ活動する為には現世に生きるものの身体を借りになければならない。そこの異も人間の女性の身体を借りている」
「そうなのか? ホニさん」
「う、うん……それは本当だよ」
確かに神様がこんなロリロリしているというのも不思議な話だ、いわゆる中の人のホニさんに対して外の人が存在するという雨澄の言う話も分からないでもない。
「でも――ヨーコ出て来て」
「ヨーコ?」
聞き慣れない名前をホニさんが呼ぶと――
どこかほんわりとしつつも長い時を生きている貫禄の空気を纏っていたホニさんと打って変わって、年相応の女子のようなまるで人が変わったかのような雰囲気を醸しだし始めたのだ。
「……急に呼び出された。ええっと、身体の持ち主の時陽子です」
「ええっ!?」
ここにきて新キャラ……じゃなく、ホニさんではない時陽子という女子がこの部屋に現れた。
しかし見た目はホニさんそのままで、一方で雰囲気はホニさんと違うものとなっているのが分かる。
「ホニさんが私の身体を借りているののは合意の上で、むしろホニさんには助けられた身というか……」
「助けられた?」
「うん、死にかけてた私をホニさんが入ってきたことで延命出来て。こうしてユウ……ジさんの家に来れたのもホニさんのおかげだし、感謝してるんだ」
「そうなのか……」
さらっと彼女の口から話されたことはかなり重大だったのだが、俺は反応が間に合わなかった。
「まぁそういうことだから雨澄さんだっけ? 勝手な事しないでね――――ええと、そういうこと……です」
時陽子さんという人格はすぐに引っ込んでしまい、またいつものホニさんに戻っていた。
「――共存している例は珍しくない、らしいけれど……」
雨澄も今の出来事に多少驚いているようだった。
知識はあっても目の当たりにするのは初めてだったとか、そういうところなのかもしれない。
「と、身体の持ち主の時陽子さんが言っているんだが。それでも浄化対象なのか?」
「――それは……変わらない。今が例え安定していたとしても、いずれ変質する可能性がある」
ここまで話してきてなんとなく分かってきたが。
「雨澄がやっていることは起こりうる脅威の芽を前もって摘むか、あるいはその脅威の対象を倒す……ってことなのか」
「――話が分かる」
……最初からそう言ってくれ。
「つまりホニさんはいずれ変質する可能性があると」
「ユウジさん! 我はっ」
「分かってる、ホニさんに限ってそんなことありえないことぐらい」
こんな優しいホニさんが、気が変わったからと暴虐の限りを尽くすとは到底思えないのだ。
「――私たちはそんな異を浄化するために神によって選ばれ、力を授かった存在”神裁”」
「神? ホニさんも神じゃないか」
「――全てを司る”全能の神”と、特定のもの由来の神とは大きく違う。そして”全能の神”は直接手は下さずに、私たち”神裁”を介して世界の脅威を排除する」
大体システムは分かってきた。
脅威となる可能性のある人間以外、動物・植物以外を異と括って、選ばれた雨澄などの人間によって異という脅威を撲滅するのだろう。
「雨澄はなんでまた選ばれたんだ?」
「――それは……」
しかし雨澄はここに来て渋った。
「その前に聞いておくかな。その雨澄が神裁? になったことでの影響とかは何かあるのか? 空腹で倒れるとかも関係あるのか?」
「――うっ…………ないことはない。神裁となり、異を浄化すると見返りがある」
「例えばどんな?」
「――食事だったり、お金だったり……それは望む者次第」
なるほど、神裁に選ばれたところでタダ働きということはないわけか。
そして雨澄が真っ先に挙げた”食事”というワードが気になり、俺の中でパズルのピースを当てはめてみる。
「つまり俺とホニさんを倒さないと、雨澄の腹は膨れないと」
「――……っ!」
「違うのか?」
「――……き、鬼畜の所業」
……メリットといい鬼畜の所業と言い、特定のワード好きなのか雨澄という人間は。
「そうだな、あとは雨澄的に言えば……神裁となることでの最大のメリットはなんだ?」
雨澄がよく使うメリットという言葉が気になっていた。
よくその単語を出すということは、そのメリットの存在に執着している可能性も考えられたのだ。
「――神裁になった際に、一つなんでも願い事が叶う」
「なんでも!?」
ま、マジか。
ということはこの世界がスク水に埋め尽くされるとか、カレーパンが空から降ってくるとか、そういう願いも叶っちゃうのか……!
「なんでも、ってのは際限ないのか?」
「――どんな願いごとであっても一つだけは」
なるほど、神裁になるということはそんなメリットがあるのか。
初期ボーナスな上に、歩合給よろしくに見返りもあるなんてそれどんなホワイト企業?
「それで、神裁というのにはどうやったらなれるんだ?」
「――それは……」
雨澄がいまいちこの話題では渋っているので、もう一度聞いてみることにする。
「――……異を一回でも倒せばいい。そうすれば神裁に選ばれる権利を得る」
「異を倒す……?」
雨澄のその言い方ならば――
「じゃあ雨澄は神裁になる前に、素の状態で異を倒したのか?」
「――……相違ない」
雨澄は昔のことを思い出して少しだけ、沈んだ表情ながらそう頷いた。
なるほどそう来たかという、俺は納得する。
異を倒すための役目を得る為には、神の力がなくても異を倒せるだけの力や器量や度胸を持っていないといけないと、そういうことなのだろう。
「なるほど。それでなんでも叶うってのは、本当に一つだけならなんでもなのか?」
「――神はそう言っていた」
「なるほどなるほど。それならそうだな――」
俺はある考えが浮かんでいたのだ。
正直ここまで話した雨澄を半分裏切るようなことであり、正直言うところの……俺にとってその選択はとんでもない苦難の道かもしれないということを。
それでも俺は、ホニさんを守ることが出来るならばという一心だったのだ。
「俺も”神裁”とやらになってみるかな」