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第544話 √5-25 より幸せに

 雨澄との戦いは連日起こるわけではない。

 基本的には下校のタイミングで突発的に、それも俺とホニさんが共にいるタイミングを狙ったかのようだった。

 実際これまで二週間近く、前回の戦いを除けば俺が生徒会で遅くなるからとホニさんはユイと先に帰っているが、桐やホニさんに聞いても雨澄がホニさんとユイの下校時に接触した形跡はないという。


 今まで雨澄は不意を突くことはいくらでもできた。

 実際雨澄が作り出している結界内は、ホニさんを除いては俺と桐ぐらいしか入ることは出来ないようである。

 廊下で雨澄が結界を展開した際には昼休みにごった返していた生徒達はすべて、結界内では姿を消していたのを思い出す。

 そして前回通学路で雨澄が結界を展開した際、あの場にはユイも居たのにも関わらず結界内には俺とホニさんしか居なかったのだ。

 

 つまりはここまで何度もあったホニさんとユイの二人の下校は雨澄が戦う格好のタイミングと言える。

 実際ホニさんを待ち伏せ出来て、結界を展開出来ればホニさんを俺の邪魔無しで倒すことが可能となるのだから。

 それをこれまでしなかったのは偶然か、それとも俺とホニさんが一緒にいなければいけない理由でもあるのだろうか?



五月二十九日



 五月の三週目である今日土曜日は、奇数週にあたることで午前授業があった。

 午前授業の日は基本的には、昼十二時過ぎには通常通りならば下校となるのだが、生徒会が多忙な時期などは土曜日も生徒会業務が行われることがある。


 そんな今日は生徒会が予定されていたものの、急きょ中止になったことを姉貴から朝起床した際に知らされていた。

 ということは、だ。

 これまでの状況に照らし合わせれば、俺とホニさんが共に下校するこのタイミングこそ雨澄との戦闘が有りえると予想し、意識しておく。


 ただでさえ平日は鍛錬やトレーニングで付き合いが悪いのだから、とユキや姫城さんと少しの寄り道をする。

 ファーストフードで昼食を済ませて多少駄弁ったあと、俺たちはそのまま解散し俺とユイとホニさんで帰路に就いた頃合いを見つけホニさんにだけ聞こえるように喋った。


「ホニさん……もしかしたら、今日戦いがあるかもしれない」

「っ! ……わかった、ユウジさん気を付けてね」

「ああ」 

 

 そうした会話の直後だった。

 どうにも不気味な感じは消えず、完全には慣れることのない――世界が壊れていく光景。

 色を失い、音を失い、無駄なものはすべて削ぎ落された寂しい世界でもあった。

 桐の世界のセピア色に少しでも温かみを感じる一方で、寒々しさら覚えてしまう。

 

「雨澄……」

『――今日こそは』


 目の前には瞳に炎を宿す雨澄が居た、これで三度目ともなる雨澄との戦いが始まろうとしていた。




 

 桐の到着までは時間を要することを、桐の能力の一つ”テレパシー的な何か”によって知らされた。

 つまりは俺の腕とナタリー、桐に貰った”簡易結界”が今俺が雨澄に対抗しうる手段なのだ。


 まずはホニさんを”簡易結界”で包み込み、俺は叫ぶ――


「ナタリー!」

『はいっ』


 俺の手の中にすっと出現するナタリーの柄を握ると、いよいよ雨澄との戦いが幕を開ける。


『――神代力(シンダイリキ)「中」持っていって……”命中補正(クリティカルアップ)”』


 雨澄はまず一発目の矢を放つと、まるで意思を持ったかのように俺の左胸の心臓を狙って吸い込まれてくる――それを鉈でどうにか弾き飛ばして事なきを得た。

 明らかに命中精度が上がったように思える、俺の心臓のみならず頭や大腿部などの矢で射られれば致命傷になりかねない部位を狙ってきていたのだ。

 雨澄はその間射出を止めることは無く、まさに矢継ぎ早に俺に矢が襲い掛かってくる。

 この世界では痛みはあっても、現実で死ぬことはない……そんなことを言っていた気がするが、俺を確実に倒しに来ていたことは理解できた。


「この数日俺が何もしてないと思ったら大間違いだ……っ!」


 後ろのホニさんに意識を残しつつも、俺はこれまでの戦いで防戦一方で撤退戦が基本だったところから踏み出す度に、雨澄目がけけて前進し始める。


「うおおおおおおおおおっ!」

『全てを撃ち落としてくださいっ! 私もサポートしますっ』


 避ければ済む話なのかもしれないが、その射線上にはホニさんが居て、簡易結界に包まれているといっても万全ではなかった。

 つまりは俺目がけて撃たれている数十、否数百の矢をすべて弾き落とすしか選択肢しかなかった――万が一でも、俺が油断して後方のホニさんに矢が当たってしまう事態にはなってはいけないのだ。


 福島のおかげでだいぶ走るコツもつかめて、スピードアップを果たせた。

 姉貴のおかげで、鉈と剣道の竹刀ではだいぶ勝手は違うものの得るものは有りナタリーのサポートと併せてそれなりに見れるようにはなってきた。

 少なくともナタリーのサポートで、ナタリーを振るうことしか注力出来なかった以前と違って、駆けながらナタリーを振るり、撃ち漏らしがないよう意識を回せるようにもなった。


 桐が到着するまでの時間稼ぎでしかない、桐が来てしまえばそれからは撤退である。

 戦い続ける必要はなく、結界の外に出てしまえばこっちのものだ。

 

『――これ以上詰めさせない。神代力「中」持っていって……”過剰連射(オーバーファイア)”』

「っ!」

 

 見るからに雨澄の、無限に生み出される矢を弓に装填する速度が上がり、呼吸する暇も与えない程の連続した矢の波が押し寄せる。

 今まで以上に少しでも気を抜けば撃ち落とし損ねるか、身体の急所に当たって行動不能になりかねなかった。


「たああぁっ! たああああああああああ!」


 鉈を振るう速度は自分の目にも見えないほどになる、ナタリーも全力でサポートしてくれているのだろう。

 実際そのナタリーのサポートは非常に心強い一方であまりにも強力な為に身体を釣られて持って行かれそうになる。


『――”白昼夢透(ホワイトメア)”』


 そんな時に雨澄は一瞬妙な行動をした。

 と言っても、俺がなんとか視覚した程度の――僅かに弓を俺の急所へと狙っている時と違って上方向に一度だけ向けたのだ。 

 しかしその時には矢が装填されていないように見えて、空撃ちかと思ったのだ。

 

『ユウさん! ホニさんに矢が接近していますっ』

「なにっ!?」

「きゃぁっ」


 俺は咄嗟に振り返ってしまった、そしてホニさんを纏う簡易結界に矢が被矢するとパリンとガラスが割れるように、簡易結界は消滅した。

 そして振り返ったことが更にマズかった、振り返ったこと次に向き直った時には完全に回避するのも叶わないほどに矢が接近していた。


「つっ!」


 頭を狙った矢が頭皮を切り裂いたようで、痛みと共に出血し始める。

 俺が被矢したことによって軌道が変わってホニさんに向かうことはなかったようではあったが……今のホニさんは無防備で非常に危険だ。

 幸い骨を砕くには至っていないのが救いかもしれないが、矢による衝撃で脳が揺さぶられ回避行動がより疎かになっていた。

 ナタリーによるサポートも限度があるというもので、足を腕を幾らか矢にによって切り裂かれ、急所を外せたものの矢は俺の腹部に刺さる。


「あああああああああああああ」


 痛くて仕方ない、頭もクラクラとしてくる、視界が頭から垂れてきた血によって染まる。

 所詮は付け焼刃のトレーニングや鍛錬で身に付けた力、雨澄が本気で”殺し”に来れば俺たちを倒すことなど容易かったのだ。


 このまま倒れれば痛みから解放されるだろうか。

 その方が楽になれるだろうか。

 そんな誘惑が脳裏によぎっていく、しかしそれは誘惑というよりも身体が悲鳴を上げているのだ。

 フラついたが、なんとか踏みとどまる。


「……でも! ここで俺が倒れたら無駄になるっ!」


 何の無駄になるのだろうか、そんなことを考える暇なくそんな言葉が浮かんだのだ。

 

「俺はホニさんが傷ついて失うところなんて二度と見たくないんだ!」


 俺は意識と関係なく何を言っているのだろう。

 その言い方じゃまるで――ホニさんを失う一度目があったかのようだ。


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 

 あちこち負傷し、身体はボロボロで、立っているのも億劫なのに身体は動く。

 俺の意思よりも先に手足が動く、ナタリーの強力なサポートにも身体がついて行き振り回されることなく、更に効率的な動きが出来るようになっていく。

 ホニさんを守るという意思のもとで、俺は出来る限りの速度で後退を試みながら矢を弾き返し続けた。


 そしてホニさんを俺の影の中に入るほどまで後退出来る。

 そこで俺は桐に持たされていた余分の簡易結界をホニさんに足元に投げつけ、再度ホニさんが結界で守られる。


『簡易結界無事発動! ホニさんは無傷ですっ』

「よし、分かったナタリー」

「ユウジさん……」


 前進し雨澄に攻撃を加えることは叶わなかったが、今のところ俺が怪我を追っているだけで済んでいるようだ。

 それなら問題ない、ホニさんが傷つくことがなかっただけ恩の字だ。


「すまぬ! 遅れた」

「……遅いぞ桐」

「敵の攪乱工作に……それは後にしよう、とりあえずは回復させてもらうぞ」


 俺は雨澄の矢を受け切りながら、桐の能力の一つだかの”美少女妹の癒し”というふざけた描写ごとに名前の変わる能力だかで俺の傷が癒えていった。

 チート染みたルール違反寸前のご都合主義の権化とも言える桐が到着したことで百人力、桐の力を濫用すれば負ける気がしないぜ!


 そうして俺サイドに強力な味方が来たとほぼ時を同じくして、雨澄は矢の装填を止め、弓を持ったまま下ろした。

 確かにこれまで三回しか戦っていないが、今日の雨澄にはどこか”必死さ”すら覚えたのだ。

 確実に俺を倒す為に、ホニさんを倒すために、彼女の言い方で言うところの”浄化”を果たす為に。


『――接続者(コネクター)、なぜあなたはこの(コトナリ)と共にする?』

 彼女から飛び出してきたのは質問だった。


『――異は、私たちとは異なる存在。相容れることのない、この現世に存在してはならない存在なのに』


 俺は雨澄の嫌味でもなんでもない、おそらくは彼女が想っていることを口に並べただけの至って冷静な言葉に――苛立ちを覚えた。

 悪意がないからこそ、余計にイラっとくる。

 どうしてそんな一方的にホニさんを否定するのか、誰の許可があって、誰の意思でそんなことを言っているのか、言わされているのか。

 それが俺を憤らせたのだ。


「……ホニさんは無害だ。少なくとも俺たちの平穏を脅かすお前らの方がよっぽど有害だよ」

『――それはあなたがその異の一部分しか認識出来ていないだけ。異の存在はこの世界の調和を乱す因子、浄化しなければならない』

「ああ、俺はホニさんのことなんて殆ど知らねえよ。だからって一方的に襲い掛かるのはどうなんだよ! それがお前らのやり方か!」

『――話し合いは無用、異は人の生活に溶け込み人心を掌握できる存在故』

「……俺がホニさんに洗脳されてるとでもいうのか? 冗談じゃない、俺の意思だよ」


 俺は守りたいから守るのだ。

 出会ってから数か月かもしれないが、既にホニさんは下之家に欠かすことのできない存在になっている。


『――……あなたの意思で異を守るメリットが分からない。少なくとも得体の知れない存在を匿うなんて――』 

「これ以上俺の”家族”を悪く言うなら許さないぞ雨澄」

『――やはり話し合いは叶わない、平行線。だから戦わなければならない』

「今のが話し合いだって……?」


 俺はふつふつと溜まり続けた怒りが、結果通り越して呆れてしまった。

 雨澄は自分にとっての主張を並べ立てただけ、そして俺もまた雨澄に対して自分の主張を述べたのだ。

 俺はホニさんは家族と主張し、俺が生活している上で害はないと言った。

 雨澄はホニさんではなく”異”という括りに勝手に当てはめて有害と判断し消すと言う。


 俺はホニさんを信頼している。

 しかしホニさんが一体何者か、というのは以前にホニさんに見せられた断片でしか知っていない。

 だからこそホニさんが万に一つの可能性があるとしてもおかしくはない、俺はそうは想いたくないが。

 

 しかし雨澄は異というものが”どういった基準で決められ”、”なぜ危険であるのか”、そして”それを浄化する雨澄がどういった立場”なのかを知らされていない。

 話し合いというには一方的に不完全な情報を並べられて、決めつけて分かり合えないと吐き捨てているようなものなのだ。


「言わせてもらうがな! お前たちは何様だ? ホニさんに異だとか因縁つけて襲い掛かっているようにしか見えないんだよ! 話し合いをするなら説明の一つでもしたらどうだ!」

『――…………』

 

 俺がそういうと彼女は押し黙ってしまった。

 こうして沈黙し俺の訴えもなかったことにするのだろうと考え、また怒りを募らせていると――


『――それは私の不手際……だったかもしれない』

「……へ?」

『――説明不足の可能性は否めない、それは謝罪する』

「お、おう」


 まさか彼女が折れてくるとは思わず、俺は動揺してしまう。 


「……で、なんで説明してくれなかったんだ?」

『――…………申し訳ない』


 なんか一方的に謝られていて、もはや意味が分からなかった。


「それで説明はしてくれるのか?」

『――答えられる限りは…………あっ……』


 更に俺にとってまた思わぬことが起きた、雨澄がそう俺に答えようとした矢先に――雨澄がふっと気が抜けたような表情をしたのちに、膝から崩れ落ちるように地面に倒れたのだ。

 そして雨澄が倒れたせいか、結界が崩壊しモノトーンの世界は壊れていき世界は元に戻っていた。


「お、おい雨澄!」

「ぬ? 雨澄さんがどうか……って! なんか女子が倒れてるんだけどっ!? え、この子が雨澄さん!? なんで!?」


 ユイがいつものふざけた口調はどこへやらで、素の喋り方になっているがこの際どうでもいい。


「とりあえずユイ、俺の家まで運ぶから手伝ってくれ」

「わ、分かった……せーの」

「我も手伝いますっ!」

「はわわ、このお姉ちゃん大丈夫なのかなぁ?」


 こうして突如として倒れた雨澄を、俺とユイとホニさんの三人がかりで俺の家に運ぶこととなった。

 ……どうしてこうなったのか。

 そんな中でブレずに猫かぶりを演じる桐はある意味凄いのかもしれない、あんな喋りではあるが能力とやらで雨澄の癒していたようだし。


 ということで、さっきまで殺し合いに近いことをしていた敵を自分の家に連れ込むこととなってしまったのである。

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