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第555話 √5-36 より幸せに

555! ゾロ目回です

だからといって特別なことはありませんが


 六月十四日



 今日は土曜日に開催された体育祭の振り替え休日である。

 そして月曜日だった。


「いや……まさかな」


 時間は朝も十時。

 休みだからと少しだけ遅く起きて朝のトレーニングと異狩りを済ませたタイミングだ。


「祝日とか振り替え休日でも”約束”はアリなのか」


 俺が今思い出しているのは、雨澄との約束だった。

 それは俺が雨澄から一度の情報提供を受ける代わりに、月曜と金曜に週二回継続的に弁当を作って渡すというもの。

 雨澄と会えるタイミングで休日の扱いはどうなるのかを本来なら聞くべきだったのだが、すっかり振り替え休日については失念していた。


「……まさかな」


 そう思いつつも休日だというのに俺は弁当の準備を始めている。

 俺と雨澄の二人分、正直のところさすがに雨澄も学校に来ていないだろうとは思う。

 しかし心のどこかで期待もしていたのだ、休日にもしかすると雨澄と会うことが出来るかもしれないと。


 それで万が一ということを考えて、俺は弁当を作るのだった。





 昼の十二時過ぎ。

 俺は私服に学生鞄という出で立ちで、学校に足を向けていた。

 もちろん学生鞄の中の教材一式は出して、ナタリーの入った筆箱と弁当二つと水筒が入っている。


「……いやいや、まさか」


 学校に近づいていくと、校門前の壁に寄りかかるような人影が見えた。

 俺はほんの少しだけ早足で歩を進めていくと――


「よ、よお」

「――…………っ!?」


 そこに居たのは紛れもない雨澄だった。

 そして俺の呼びかけに反応すると、俺としても予想外の驚愕の表情を形作った。


「――……まさか来るとは思わなかった」

「俺もそっくりそのまま返す」


 俺は鞄から弁当箱を取り出して見せた。

 雨澄の中では最大の表情とも言える驚愕から、俺が少し分かる程度の緩んだ表情へと変えた。

 来てよかった、と思った。




 さすがに学校の中まで入っていつもの場所で食すのは手間な為、近くの公園での昼食を提案した。

 雨澄はこくりと頷き、晴れて休日の昼に公園で食事となったのである。


 公園は藍浜高校に限る振り替え休日ということもあって、本来は月曜の平日真っ只中であるからして子供の姿はない。

 居るとしても近所に住んでいると思われる老婆などが散歩に立ち寄ったりする程度で、非常に閑散としていた。

 そして雨澄が公園に着くなり公園備え付けの水道で手を洗うので、俺も次いで手を洗った。


「――いただきます」

「いただきます」


 公園のベンチに陣取り、二人並んで弁当を食し始めた。

 例の学校の階段は人目が少なかったからいいものの、一応は衆目の下にある公園で二人の男女が無言で黙々と弁当をがっつくという、至ってシュールな光景が繰り広げられていた。

 これが普通の休日ならば逆に注目を集めたことだろう。


「――ごちそうさま」


 相変わらず雨澄の食すスピードは速く、俺も勝つのは諦めた。

 雨澄が完食し包みを綺麗にして膝の上に置くころに、俺もようやく弁当を食べ終えた。


「――……休日だからと、無いと思ってた」

「ああ……俺も休日だとどうなるのか聞きそびれてたからな。もしかしてと思って来てみたんだ」

「――今日のお弁当は、なら二人分だけ?」

「まぁ、そうなるかな。ちょっと急いだからあんまり凝れなかったけど」


 正直昨日までは頭の隅に雨澄のことを考えていたが、やっぱり流石に来ないのではと思っていた。

 だから月曜の弁当に対応する食材調達などもしていなかったので、結局冷凍品やら余っていた食材の活用をしたのだ。


「――ううん、十分美味しかった。それに……あなたが私の約束を守ってくれたこと、感謝する」

「そ、そうか。お粗末さまで」


 最初に今日会った時も考えると、俺が弁当を引っ提げて来ることは意外だったのだろう。

 しかしそれでも校門前で待っていた、そして時間も指定していないことから十数分あるいは数十分は待っていたことになるのだろうか。

 来るかも分からない相手を待っていたというのは、退屈でなかったのだろうか?


「それで雨澄」


 俺はそう言いかけて、留まる。

 本当は今「今度休日があった場合、というよりも夏休みはどうすればいい?」ということを聞くつもりだった。

 しかし俺は前から気になっていたのだ、それを言ういい機会なのかもしれない。


「――なに?」

「その、だ。俺から言い出すのも難なんだが……できれば俺のこと名字とかで呼んでほしいなって」

「――っ! 失念していた、確かにあなたは私の苗字を呼んでいることを思えば不自然だった」

「いやいや、雨澄が悪いわけじゃない。俺がもっと早く言いだせばよかったんだ……それでどうだ? 雨澄が良ければでいいんだが」

「――構わない。それで、あなたの名字を教えてほしい」


 マンガ的アニメ的表現なら、俺の頭上にガーンという効果音が生まれていることだろう。

 いや……確かに俺の善意であって、押しつけのつもりではないけども、せめて名字ぐらいは知っていてもらってほしかった。

 内心でなかなかにショック、深刻なダメージを受けていた。Oh……Critical。


「――冗談、下之。あなたの姉が副会長なこともあって、知っている」

「そ、そうか……良かった」

 

 雨澄のその前振りもなにもない冗談は心臓に悪いからやめてほしい! というか冗談を言うキャラでしたっけ!?

 しかし内心でほっとする、雨澄の口から俺の名字が出てくるだけで少しだけ嬉しく思う。


「――これからは下之? 下之サン? クン?」

「いや呼び捨てでいいよ、俺も雨澄だしな」

「――把握。なら、今後ともよろしく下之」


 俺はそんなこともあって、ステップアップを果たしたのだった。

 ……何のステップアップかは伏せておくとして。



 そしてさっき言いかけた本題だ。


「今後は休日とかってどうしようか? それにあと一か月ちょいで夏休みだしな」

「――夏休み……!? 失念していた、今年はどう乗り切ろう」


 雨澄が驚愕の表情を作っている、もしかすると雨澄は俺の弁当を頼りにしていたのかもしれない。


「なんなら今日みたく校門前集合で届けたりできるけど」

「――本当に!? ……いやでもしかし、夏休みになっても弁当を要求するなんて……いよいよ乞食も極めてしまう」

「いやそんなこと思ってないから。俺が好きで雨澄に弁当作ってるんだから」

「――しかし、それではあなた……下之にメリットというものが無い」


 ちょっと久しぶりに聞いたかもしれないメリットだ。


「なに、最初に俺が雨澄の特大の獲物奪ったんだからな。メリットとかじゃなく、俺なりの返せるもので返してるだけだ」

「――いや、でも下之は初期に貴重な貢献度を譲渡した。それから継続的に今の今まで弁当を作っているだけで十分返されている」


 そう来たかー。

 まぁ確かに雨澄の言う理屈も分かる、しかし俺が雨澄に好きで弁当を作っていることに変わりはない。

 雨澄はきっと弁当を作るのをやめてほしいとは思っていない、けれども作り続けてもらうのも悪いと考えている。


 メリットという名で彼女は理由付けを求めているのだろう。 


「そうだな……じゃあ俺の思惑を話すとするか」

「――……」


 俺がいよいよ何かを要求してくるのかと雨澄は生唾を飲み込んでいた、そう身構えるものでもないんだがな。 


「神裁としての先輩の雨澄に色々教えてほしいんだよな、こういう昼食の場で」

「――……それだけ?」

「ああ、しかしそうは言うがな。俺は新米も新米で伝手だってない、現状は小規模の異しか相手に出来てない。だからここで雨澄にコネクションを作るという魂胆さ」

「――とても正直、しかし納得できる」


 雨澄はそれで得心が行ったようで、何度も頷いていた。

 確かに雨澄に聞けることがあったら聞きたいのは確かだったが、こういう理由付けに使うことになるとは思わなかった。


「――私が話せることなら、遠慮せずに聞いてほしい」

「おう、助かる」

「――……それと、非常に手間がかかるかもしれない……けれどこれからも弁当を頼む」

「わかった、なら休日夏休みはこうして十二時あたりに校門前ってところでいいか?」


 こくこくと雨澄は頷いた。

 交渉は成立といったところだろう。


「――それでは下之、早速聞きたいことはある?」

「え? あ、そうだな……」


 正直考えていなかったために少し動揺しながら脳内を探ろうとした、その時だった。 



「あれー? Yじゃん、休日の昼間に奇遇だね」



 そこで声をかけてきたのは、もう一人大柄の男を連れにした一人の細身の男子だった。

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