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第543話 √5-24 より幸せに

五月二十五日



「悪い下之! 今日はちょっと用事があるから付き合えない」


 そう朝に登校すると、同じクラスであり同じ生徒会役員である福島小夏が手を合わせて頭を下げてきた。


「いや、こっちが無理に頼んでるんだ。福島が頭を下げることは無いよ」

「それでもなー、約束してたし! とにかく悪いっ! 来週は大丈夫のはずだから」

「なら来週はよろしく頼むよ」


 こうして生徒会も無ければ、福島とのトレーニングも無くなり、予定が空いてしまった。


「じゃあユウジ、今日は一緒に帰ろっか」

「途中までご一緒しましょう」

「なら今日はユウジさん……」

「帰ろうぜいっ」

「あー、そうするかな」


 ユキが上機嫌に俺と帰ろうと言い、それに姫城さんも乗っかった。

 俺の予定が空いてホニさんとはもしかすると初めての下校かもしれないせいか、ホニさんが表情を明るくし。

 ユイは特にいつもと変わりない口調やテンションでそう言った。


 ……本来なら一人で練習すべきなのかもしれないが、たまにはこういう日があってもいいだろう、その分は桐に鍛錬に付き合ってもらうまでだ。

 こうして久しぶり……といっても一週間ぶりぐらいではあるが、ユキ達と途中まで帰ることとなった。



 といってもそのままそれぞれ家に直行というわけではなく、せっかく生徒会が休みだからと商店街に寄り道をした。 

 ユキが「ちょっと服見たいかな、ユウジ選んでくれる?」に姫城さんが「それならば私も」などという服選びイベントがあったり。

 ユイが「ほんの少しだけ! ゲーム屋寄らせて」ホニさんが「ちょっと買い足したい食材があるかもしれません!」と瞳を輝かせてスーパーに直行したりした。


 男子比率の低い集団である、男子の俺対女子は四人なのだからどうにも俺が女子たちを引き連れているように見えるのだろうか。

 ……まぁ現実は女子にひっついているだけの男子一人の印象なんだろうけども、リアルはギャルゲーほど上手くは出来ていない。


「それでは私はこれで、失礼します」

「私はもうちょっと商店街見て行こうかな、じゃあねまた明日ー」


 と、姫城さんとユキと商店街で別れる。

 それから俺とホニさんとユイで帰路につく、商店街を抜け学校付近を通り過ぎて通学路を歩いていく。


「そういえば最近ユイと一緒に帰ってもらってたけど、ホニさんはユイと帰り際どんなことを話してるんだ?」

「んー? アタシはアニメの話してみたり」

「我は昼ドラの話を!」


 ……なんとも噛みあっていないように見える。 


「だが恋愛アニメのルーツは昼ドラにあるかもしれないと、最近ホニさんの協力あって研究し始めたところりゅい」

「我もユイに見せられたアニメにあった修羅場にちょっとドキっとしちゃった! アニメもいいかもしれないね!」


 俺の想像と違って、それぞれ楽しみ方を見つけて話していたようだ。

 俺がユイに頼んでホニさんと一緒に帰ってもらっている間そんな話をしていたのかと、二人の関係は幾らか良好のようで安心した。

 

 そう他愛ない話をしていると――


「……っ」


 これで三度目だろうか、目の当たりにするのは世界の崩壊だった。

 色を失い、音を失い、すべてがモノトーンに塗りつぶされる冷淡な世界に変貌を遂げる。

 さっきまで隣を歩いていたユイも消滅し、俺とホニさんだけが――いや、正確にはもう一人がこの色の失われた世界に取り残される。


「昨日の今日だな」 


 いつの間にか前髪に隠れていない片方の瞳に炎を宿した、雨澄が弓を構えて立っていた。


『――遠慮はしない』

「……分かってるよ」


 少しの期待もしていないわけではなかったが、目の前にいる雨澄は明確な敵意を放っていた。

 昨日の保健室の彼女がまるで嘘だったかのようなギャップに少しだけ動揺を覚えるが、俺が昨日以外に知っていた彼女というのは今の雨澄なのだ。


「頼むっ、ナタリー!」

『了解ですよっ』


 学校カバンの中のペンケースにキーホルダータイプに変化して入っていたナタリーの柄、俺の手に収まる。

 そして桐の能力の一つか、頭の中に桐の声が直接響いてくる―


『”結界内にお主らが居ることは確認した、少しの間ユウジ一人で耐えてくれ”』

「ああ、分かった」

『――今日は逃さない』


 そしてまずは一つの矢が放たれて、俺の頬を掠る。


「……っと桐に貰ってた。よしっ”簡易結界”! ホニさんは万が一に備えて俺の後ろに居てくれ!」

「は、はい!」


 桐から、桐が居ない場合のホニさんをとりあえずは守る為の簡単な結界を展開出来るボール状の”簡易結界”をいくつか貰っていた。

 ボールを守りたい対象の近くの地面に投げつけると、自動で対象を感知して結界が守ってくれる。

 欠点としては実質的な簡易結界を展開したままの移動が出来ないことや、一定の付加や攻撃を加えられると消滅してしまうことがある。

 つまりは保険であり、結局俺はホニさんを背にして守り続けることとなる、そして俺はナタリーを振るって雨澄の矢を払い始めた。


『――前回ほどとは行かない』


 すると雨澄が空へと弓を向けたと思うと――


『――”レイニーアロー”』


 一本の矢が明後日の方向へ放たれたかと思うと、空中で分裂したかのように百本はあるであろう矢の雨が俺の頭上に降り注いで来た。


「そう来たかっ……!」

『ちょっと凄いですね』


 俺が驚きに見上げる一方で、ナタリーはいくらか冷静だった。

 俺は頭上を仰ぐと、ナタリーを構え簡易結界をもう一つ展開して踏み台にし、ホニさんの盾となれるような場所に陣取ると矢が降り注いできた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ナタリーの補助と、この一週間でそれなりに触れるようになった鉈ことナタリーで矢を弾いていく。

 しかしそれでもすべての矢を弾き返すことは叶わず、いくつかが俺の身体の一部を貫いていった。


「ユウジさんっ!」

「いってぇ……結界内だろうがえげつないな」


 幸い簡易結界は作動したままで、ホニさんには傷一つ付いていないようだった。

 半ば盾として機能出来た俺はかすり傷は数え切れず、少しだけ厳しいのが右太ももに貫きこそしなかったが矢じりが刺さったことだろうか。

 

 矢を一本受けただけではどうやら”浄化”は果たせないようで、今のところは矢が刺さったことによる激痛以外はなんともない。

 鍛錬や桐が言っていた「謎ドリンクを飲み続けて体内に効果が蓄積することで、ある程度の痛みは抑えられ行動できるのじゃ」というのは本当らしい。

 攻撃を受け続けて痛みなどによって、意識を失い倒されることが敗北を意味し、彼女らが言うような”浄化”が果たされるのかもしれない。

 

『――……今ので致命傷を与えられなかったのは、想定外』

「そうか、また作戦を練り直した方が良い。だから今日はここまでにしてくれないか?」

『――それは聞き入れられない』


 雨澄は弓を構えて、また俺目がけて矢を放とうとする。

 足を負傷した今の状態でどれだけ応戦出来るか、そう考えていた時のことだった――


「”重量制御。人物指定男一人、綿毛のような軽さへと――書換(チェンジ)”」


 俺たちにとって頼もしい助っ人が到着したようだった。


「”重量制御を指定した人物への一任。制限時間二十五分五十九秒”」

「遅いぞ桐」

「すまんな、その痛みは少し我慢してくれ」


 少しどころではなく、もし現実ならば痛みに立つこともままならないというのに言ってくれる。

 桐の能力一時譲渡によって、俺は痛みによって鈍くなった動きを大いに補助する目的で行動が可能となった。

 

「とりあえずは三人でこの結界の脱出だっ!」

「はいっ!」

「うむっ」


 止めどない雨澄の矢をどうにかしてホニさんや桐に当てないよう、出来る限りは俺にも当たらないようにナタリーを振いながら、桐の案内のもと足を動かし――


『――待っ――』


 どうにか雨澄の結界を抜ける事に成功したのだった。



 結界を抜けると、そこは色の付いた世界に戻っている。

 以前家に逃げ込んだ際の結界と比較すると規模がだいぶ小さかったのか、遠目に見える距離でユイが後ろに立っていた。

 結界内に入れなかったユイがあそこに居るということは、ユイが今居る場所が結界に入る前に俺たちの居た場所と考えていいだろう。


「ぬっ!? 瞬きの間になんでアタシおいてかれてるしー!?」


 っと近所迷惑も考えずに叫ぶユイ、やっぱり結界の中と外では流れる時間が違うようだ。

 ユイ視点だとおそらくは俺たちが瞬間移動した挙句に、桐も出現しているという訳の分からない状況なのかもしれない。

 ユイがらしくなく早足で駆けて来て、少しだけ息を切らせながら追いつてきた。


「はぁはぁ……どういうトリックなのん? てか桐ちゃんも居るし!? どういうことだってばよ?」

「うーんとね、お兄ちゃんへの愛故かな☆」


 なにいってんだこの猫かぶり妹。

 桐の絶賛猫かぶりフェイスでにぱぁっ☆ と営業スマイルを浮かべながら、媚びっ媚びの声でユイにそう答えたのだった。


「かぁー、桐ちゃんにそう言われちゃアタシも反論できないね! 桐ちゃんに免じてなかったことにしよう!」


 それでいいのかユイ。

 ユイがいいならいいか、ユイが小さな女の子の言葉を盲信するようなお目出度い性格で良かった。

 そして俺はほっと胸をなで下ろす一方で考える。


「雨澄……」

「ぬぅ? 雨澄さんがどうしたにょ? そういえばユウジがアタシに雨澄さんの情報を聞いてきたけども……ひょっとしてひょっとするのかいね?」

「ひょっとするってなんだよ」

「気になる?」

「まぁ、それはあるな」


 雨澄がどうして、(コトナリ)を浄化しなければならないのか。

 彼女なりの冗談で無ければ、一週間ロクに食べな程に食に困ってるのはなぜか。

 そしてホニさんを、俺を倒すという彼女をどうして俺は嫌いになれないのか――という意味でだが。


「っ!? むむぅ……これはダークホースかぁ。まさかアタシがアシストする結果になるとは……ユキ達になんて言おう」

「……なんか話が食い違ってる気がするんだが」

「いやいや! アタシはユウジが誰とフラグを立てようが関係ないしっ! そんんなの関係ねえ! ないはず……なんだけどね」


 驚いたり、テンションが高くなったと思ったら今は声のトーンが落ちていったり、今日のユイは良く分からん。

 俺は純粋に疑問に思っていたのだが、隣を歩く桐とホニさんが微妙にあきれ顔だったのはどうしたことだろう。


「……」


 俺はなんとなく後ろを振り返る。

 そこにはいつも通りの、色の戻った世界の日常が広がっている――もちろん雨澄の姿は無い。

 しかし俺は雨澄の纏っている、すべてを拒絶するかのような感覚が僅かでも残っているように思えるのだ。

 廊下で遭遇した際は、雨澄と至近距離になってから結界の中に連れ込まれたことも覚えている。


 結界を張る為におそらく雨澄は近くに居たと考えていいはずだ。

 そして結界の外に出られてしまった雨澄は今どうしているのだろうか?

 敵だというのに、戦ったばかりだというのに俺は雨澄が気になってしまっているのだった。

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