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第540話 √5-21 より幸せに

五月十八日



「今日は生徒会なかったよね、一緒に帰ろー」


 とユキからなんとも有り難いお誘いが。

 しかし俺としては忘れてはならない約束があったのだ――


「ユキ悪い、ちょっと居残ることになっててな」

「ユウジ様何か用事があるのですか?」

「まぁ、ちょっとな……生徒会の同僚に走競技のトレーニングに付き合ってもらう約束してるんだ」


 俺がそういうとユキの隣に居た姫城さんも聞いてくる。

 嘘は言っていない、もっともそのトレーニングの理由も敵との戦いに備えてではあるが。


「ユウジがトレーニング? なんでまた」

「体育の走競技の成績を上げたいんだ」

「何か心境の変化でもあったのですか?」

「ただなんとなくだよ、じゃあまた明日」


 そう言って予めユイにホニさんと一緒に帰ってもらうようにしておいた。

 ……当分はないはずではあるものの、もし敵が襲ってきたら俺がトレーニング途中にでも抜け出して行くつもりだ。

 トレーニングのせいでホニさんを守ることが疎かになってしまうのが気になるが、桐がこんなこともあろうかとユイやクランナに”異能抑制”と”自動発動型簡易結界”を仕込んであるという。

 桐の言うポイントとしては、下之家に住む者がホニさんの周囲に居れば最悪の事態は避けられるとのことだった……もちろん”異能抑制”などの力は人体に影響のないものだという。

 昨日生徒会でユイと一緒に帰らせたのもそんな意図がある、ユイたちも巻き込んでしまう可能性をはらんでいるのは心苦しいが背に腹は代えられない。


 



 生徒会の無い日、男子トイレで体操服に着替えてグラウンドにやってくる。

 すると既に準備万端そうな福島が体操服を着て待っていた。


「遅いぞ下之! 頼まれたからにはみっちりしっかりこっきり指導してやるからな」

「遅れてすまん……でも、出来るんならお手柔らかに頼んます」


 という俺の希望とは裏腹になかなかにスパルタだった。

 初日から校庭を三十周させられた上に、百メートル走を何度も走らされた。

 走る度に走り方のコツや、姿勢などの指導は思いのほか的を得ており非常に参考になった。


 ……ただ家に買える頃には疲労と筋肉痛でボロボロではあった。



* *



五月二十日



「今日も居残り?」

「ああ、今日は姉貴に剣道を教えてもらう予定になってる」

「……突然スポーツ少年に目覚めたの、ユウジ」

「一度しかない高校生活、それも自由の効く一年生! やれることをやれるうちにやれた方がいいと思ってな」

「……ユウジ様がそう仰るなら」


 そう言ってユキと姫城は帰っていく、最近俺付き合いが悪いことは良く分かってしまう。

 このままでは自然に関係が消滅することも……!

 想像するだけで胸が痛いが、今はそう言っている場合ではないから堪える。


 男子トイレでまたもや体操服に着替えて、俺は剣道場にやってきた。

 剣道部の部活動真っ只中のようで、威勢の良い声とスパーンという小気味良い音が聞こえてくる。

 そんな剣道場の端に、胴着を着て面だけ付けていない姉貴が待っていてくれていた。 


「ユウくん来たねー、じゃあお姉ちゃんがガッツリ教えちゃうよ!」 

「お待たせ姉貴……できれば初日はソフトで」


 しかし姉貴は一度やるとなると加減はしなかった。

 一通りの型を教えて、動き他もレクチャーすると遠慮なく打ってきたのだ。

 いつもの甘やかしお姉ちゃんとは一転、教える時はマジで本気な姉貴だった。


「もっと腰を入れてユウくん!」

「は、はい!」


 夕飯の時間などもあるため、その練習に設けられるのは一時間。

 しかしその一時間、素振りからそれぞれの打ち方まで教え込まれて、終わる頃にはヘトヘトだった。

 

 それぞれ着替えを済ませて帰路に就く、なんだか姉貴と二人帰るのは久しぶりかもしれない。


「ふふ、ユウくんと二人下校なんて久しぶりな気がするよ」

「俺もそう思ってた」

「賑やかになったね、私たちの家も」

「ああ、そうだなー」


 桐がいつの間にか居て、ホニさんが来て、ユイが義妹になって、クランナにアイシアがホームステイでやってきた。

 少し前まで二・三か月前までは俺と姉貴と、そして部屋に籠ってしまった美優だけだったのだ。


「ユウくんを独り占め出来ないのは残念だけど、賑やかなのは嬉しいね」

「静まり返ってる家よりは、心地いいよな」


 一時期は美優は籠り、すっかり沈んでしまった俺と、それを慰めるように元気に振舞う姉貴だけの家だった。

 それが今は家事が姉貴一人では手に着かないほどになった、良くも悪くも。


「それでも家に着くまでは私だけのユウくんだよ」

「……まぁそういうことにしておこう」


 剣道に付き合ってくれたありがとう、という気持ちもこめて俺と姉貴は二人並んで家をめざした。



* * 



五月二十二日



「ユウジ、折角の土曜日じゃしトレーニングするかの」


 本当ならばやっと訪れた隔週の土曜休日にして、これまでの一週間桐の謎ドリンクのおかげもあってなんとか乗り切ったが、既に身体はボロボロだった。

 それでも謎ドリンクで誤魔化して気合を入れて、俺は桐について行き庭の前までやってきた。



 そうしてトレーニングもとい鍛錬は始まる。

 朝のランニングなどで履きなれたスニーカーを履き、手にはナタリーを持ってから庭へと足を踏み出す。

 そこには既に桐が仁王立ちしていて、その顔には「始めるぞ」という意思を含んでいた。


「”虚界”」


 世界が変色していき、人の声が、町の音が遠のいて行く。

 空は薄く水で薄めたベーシュのようなものへ、雲は肌色がかかり、濃い背景は薄い茶色へと――モノトーンではなくセピア世界へと変貌を遂げた。 

 この世界の色は桐特有のものらしく、敵である雨澄の展開したものとは違った少しの温かみを覚える色合いだ。


「今日は空中戦にも対応してもらう」

「く、空中!?」  

「お主が飛んで敵と戦うのじゃ」

「それってどういう――」


 俺が飛ぶ? レッドブルゥ翼を授ける訳でもないのに、唐突にもそんなこと――


「重量制御。人物指定男一人、綿毛のような軽さへと――書き換え(チェンジ)」

「ちょっ――うわっ!?」


 俺の体は空へと重力を失ったかのように勢いづいて飛ばされる、地球の引力が俺を地上に引きとめるのを完全に諦めたかのごとく――降下式アトラクションの風圧を身で受けている気分だ。

 アトラクションが大の苦手ならば胃の内容物がすべて空へと吐き出されてもおかしくないほどの衝撃が一気に体を襲う、少しだけ俺も気持ち悪い感じを覚える。

 それから体をじたばたと闇雲に動かしていたせいで加速に加速を繰り返して、あらぬ方向へと吹っ飛んでいたが、体の動きを止めることで飛ぶことも抑えられることに次第に気付く。


 しばらくそんな一度は体験したかった無重力空間風の体験をしつつも、普通の現実では到底おこねない空中戦対策の鍛錬を進めた。

 その鍛錬が終わった頃には三半規管がどうにかなりそうだったが、それでも今後を考えれば慣れなければならないと本日二本目の謎ドリンク……と行きたいところだが、供給量に制限があるらしく一日一本とのことで市販の栄養ドリンクを気休め程度にと流し込んだ。

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