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第539話 √5-20 より幸せに

 生徒会が終わった放課後、家に帰っていわゆる家の中で出来るトレーニングを始めた。

 日曜から初めてまだ二日目とはいえ、明日には筋肉痛になっていそうだ。

 これで明日から福島との特訓があると思うと……なんとか頑張ろう。

 

 それから家事も一通り終わり、風呂も終えて寝る前までということで学校の宿題に取り掛かっているともう深夜も一時半である。

 録画してるアニメが溜まりつつあるなぁ、どっかのタイミングで録画崩さないとなぁ、いよいよDVDも足らなくなりそうだ。

 明日も早起きだけども、宿題は片付けておかないと……しかし眠い。


「あ、あのユウジさん」


 そんな時背後でノックと共に声が聞こえてきた。


「え、ああ! んん、どうしたホニさん」


 半分寝かかっていたので身体をビクッと反応させて声に俺は答えた。


「もう布団に入っていましたか? それなら……」

「いやいや起きてる起きてる! 超覚醒状態」

「そうですか? なら良かったです……それで、少しユウジさんのお部屋にお邪魔してもいいですか?」

「ああ、構わないよ」


 そう言うと恐る恐ると扉が開き、そこには――


「その服……」

「はい、ユウジさんと会った時に来ていたものですね」


 基本ホニさんの私服はというと姉貴のお下がりで、スェットを着ている時が多い。

 パジャマも姉貴のお下がりで、その……いつか見た時は非常に似合っていて可愛らしかった。

 

 そんなホニさんは今藍浜高校のものとも違うセーラー服を着ていた。

 まだ二ヶ月も経っていないはずだというのに、懐かしい気すら起きるものだった。

 

 俺は勉強机の椅子に座っているので、適当にベッドに座ってもらうようにホニさんに促す。


「ユウジさん、あのですね……今更なんですけど」

「おう」

「我が神様だって……信じてます?」


 俺はそのホニさんの質問にどう答えるか迷った。

 ホニさんと出会ったシチュエーションが現実感のないものだったのは確かであり、実際このホニさんという女の子は謎に満ちている。

 一方で下之家の家事を支えるまでに馴染み、礼儀も正しければ健気で可愛らしい至って普通の女の子にしか見えないとも思っていた。

 

「なんとも言えないなー、ホニさんが嘘をついている風とは思ってないけど突拍子もなくて」


 桐曰くこれがゲームと現実の混ざったハイリブリッドな世界だとは言う、それぞ前提にすればホニさんが神様ということは何らおかしくない。

 しかしそれを抜きにするとあくまで”設定上”でしかないのではないか、神様という要素を良い意味で感じないのがホニさんでもあるのだ。


「そうですか……わかりました。ユウジさん、今から見ることを信じてほしいとは言いませんが――我を、見ていてくれませんか?」


 俺はホニさんが何をするかも分からないが、とりあえず頷いた。


「雄大に広がりすべてを包み込む母なる大地よ――深く蒼の色へと染まるすべての源の海よ――永遠(とわ)に続き遠く広がるすべての上に存在する遥か空よ――全ての自然よ我に味方せよ――!」


 祈りのような言葉を連ねると、途端にホニさんはやわらかに輝く光が全身を包み込み、地面に着かんばかりの長いしなやかな黒髪が無風のはずの俺の部屋でゆらゆらと揺れ静かに舞い始める。

 その光景は正に神々しいという言葉の表現しか出てこないまでに美麗で、それでいて底知れぬ力強さも感じる、全ての人が性別問わず見惚れてしまいかねない神秘的な光景だった。


 そんな光の中で揺れるホニさんを奉るかのようのに、どこからともなく草木が俺の部屋に生い茂りホニさんを祝福するように生き物のように踊り囲んでいった。

 花が咲き、果実が実り、深夜だというのにホニさんの周りは明るい光に満ちていた、しかし決して強すぎない暖かみすら覚える優しく照らす光。

 今のホニさんには神であると言われてすぐさま納得してしまうほどのものがあった、圧倒されてしまった。


 信じていないわけではない、けれども俺にとっては想像以上だったのだ――ホニさんが俺とはこれほどまでに異なり違う存在であるかを。


「ユウジさん――隠していてゴメンね」

「っ!」


 その彼女の……ホニさんの言葉で俺はようやく我に返った。

 今が夢の中ではない、現実のそれも自分の部屋だということを思いだす。


 その時にはホニさんを包み込んでいた光も、生い茂っていた草木も姿を消していた。

 さきほどの光景はまるで幻想だったかのように。


「これでも我は神様だから。望めばこの世界の自然は我を祝福してくれるんだ――我は恵みの神だからね」


 今ホニさんが望んだのは”風”なのだろうか。

 ホニさんの周囲に寄り添うように流れる風は冷たすぎず暑くすぎることのない、しばらく心地よさの眠気も最高潮なら安眠できそうな風だった。


「ユウジさんには知ってほしかったんだ」

「そう……か」

「我を受け入れてくれた――嬉しかったよ。でも……今の我をユウジさんはどう思う?」


 素晴らしい、綺麗、美しい。

 色々な陳腐な言葉しか頭に浮かばない自分の語彙の貧困さが悔しいと思えるほどだ。

 俺の言葉では言い表せなかった。


「びっくりした」

「……」


 その間抜けな答えにはホニさんも閉口していた、俺もなんでそんなことを言ってしまったのだろうかと反省してしまうほどに残念な受け答えだった。


「ああ、凄いびっくりした。こんなことが現実にあるんだな、と」

「……ユウジさんは怖がったりしないの?」

「怖い?」


 ……そんな気持ちは微塵も浮かんでいない、というか今自分の感情を表現する上でのその選択肢が俺にはなかった。

 ホニさんを一目見ても何度見ても怖い気持ちは浮かばない、それ以前に可愛らしい容姿ながらも神々しさを覚える彼女はすごい存在だと思う。


「だって我は……これで本当にユウジさんとは異なってるから」

「あー……」


 おそらくは根本から俺とホニさんは違うのだろう、その外見の幼い容姿の何倍も何十倍も何百倍もの力強さと記憶を身に秘めていることが今では少し分かる。

 異なっているのは確かであって、それでも少なくとも――嫌悪感や恐怖なんて微塵もなければ、むしろ。


「安心した」

「安心?」

「これで悪い神様です、なんて言われてたら人間不信に陥るところだった」


 こんなホニさんが悪い神様なわけがない。

 そしてホニさんが彼女らに狙われて倒されるいわれは無いことを改めて確信する、ある意味で俺は強い理由付けを得たのだ――ホニさんを守っていいと。


「…………そっか」


 しかしそんな言葉を聞いたホニさんは少しだけ寂しそうな表情をした。


「ホニさん?」

「ううん、ユウジさん我の話を聞いてくれてありがとね」


 すぐさまホニさんははにかんだような表情に戻ってしまう。


「ああ、俺もホニさんのことを少しでも知れて良かった」

「隠していたつもりは……あったのかな。ユウジさんに拒絶されるのは怖かったから」

「そんなことあるはずない、俺の大事な家族のホニさんをどうであれ拒絶するなんてありえないぞ」

「家族…………うん、そうだよね」


 また今度は少しだけ悲しそうな表情をする。

 その真意を俺は汲み取れない、どうしてと聞いていいものかが分からなかった。


「というかむしろ俺がホニさんを守るって言い切ったけども、これじゃ役不足なんじゃないかと思うほどだわ」

「そんなことない! 我を守ってくれるって言ってくれたこと、本当に嬉しい! ……それよりも、ユウジさん達を我のことに巻き込んでごめんなさい」

「なーに、因縁吹っかけて倒す倒す言ってくるヤツの言い分なんて聞けないしな! こんな俺でも役に立つのなら、よろしく頼むよ」

「こちらこそユウジさん、改めて我をよろしくお願いします」


 こうして俺はホニさんのことを少しだけでも知ることが出来た。

 これで本当の家族に近づけたような気が、俺の一方的な気持ちであってもしていたのだ――



* *



 ええと、私ナタリー。

 今現在ユウさんの部屋のユウさんの学生鞄に入ったまま、部屋で繰り広げられている光景を透過させて見ていたり。


 そこで少しだけ気になる部分があって。


『んん?』


 私がユウさんの小説で見た時には、ユウさんはこのタイミングで「ユウジさんとは異なっているから」に対して安心したなどと返していなかったはずだった。

 何度もユウさんの書いたホニさんとの物語の小説を読み返して暗記している私が間違えるはずがない、この時のユウさんの返答は「すげえ綺麗だった」的なものだったと思う。

 それからユウさんが告白まがいのことを言って、ホニさんを抱きしめて……という流れだったはずで。


『これがもしかして――』


 いわゆるゲームで言うところのルート分岐の選択肢があった? 

 ルート分岐という言葉は私がナタリーとしてユウさんとこの世界で出会うまで”あの教室”でユミジやユウさんに聞いて知ったものだ。

 ユウさんのホニさんに対する言葉で、世界の流れが変わり始めたと考えていいのかもしれない。


 確かにこれまでもユウさんの小説と違う展開が幾らかあって気づきもしたけど、今回の出来事が妙に気になってしまった。

 そう、これは私の勘違いでなければ――

 

『ユウさんにとって、ホニさんがやんわりと恋愛対象からはずれたんだ』


 別に何があったことでもない、それでも静かに二人の恋が終わる瞬間を私は見てしまったのかもしれない。

 ホニさんのことを家族として守るというのが象徴しているように思えて。

 だからきっとホニさんが少しだけでも寂しそうで、悲しそうな表情をしたのは――分かってしまったのだと思う。

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