第536話 √5-17 より幸せに
ええと、ナレーションのナレーターです。
ユウジたちが登校した一方で、桐は登校まで少し時間がありました。
それでも登校する準備は済んでいるので、あとはランドセルを背負って戸締りをして家を出ればいいだけなのです。
そんな桐は家の階段を上がっていき、そして二階の突き当たりのとある部屋をノックしました。
「それでは頼むぞ」
扉越しに桐は今度こそ登校するべく一階に降りて行き、少ししてドアの鍵が締まる音と共に静寂が訪れました。
その静寂からおおよそ十分、突き当りのとある部屋がゆっくりと開きました。
「うおっまぶし……だるい……明るすぎて死ぬぅ」
そこから現れたのはホニさんに迫る勢いの長さのハネまくりの髪を持ち、全体的に肌は白い小柄な女の子でした。
『リハビリですよ、美優』
その女の子の手にはGPAが収まっており、自発的に機械音声と女性の声の中間のような音が発せられていました。
「……やっぱり自室が一番、頑張ったよ私。外は日が出てる時間帯に部屋の外に出たんだよ褒められていいよね、うん偉いぞ私」
『自分を甘やかすのは感心しません、少しは下之ユウジ達の役に立とうとは思わないのですか? 現状穀潰しでしかないじゃないですか』
「うっ……穀潰しなんかじゃないかも! 秋津……じゃなくて、私だってやれば出来るし」
『なら出来る家事をしてください、私がサポートしますから』
「……うん」
というような携帯ゲーム機と話す女子という一見シュールな光景でしたが、ようは美優が部屋の外に出て家事をすることになったのです。
「あの偽妹め……引きこもりには段階というものがあって――」
『分かりましたからとりあえず洗濯物を干しましょう』
というのも、ホニさんが登校するにあたり日中の家事が出来なくなってしまうことが危惧されたことで桐が頼ったのが美優なのです。
実際家に居て、仮にも女子、更に”しゃべる家事ナビ”としても活用できるユミジ入りGPAがあることで美優が家事をするということは現実的には不可能ではなかったのですね。
以前のホニさんの時には家事はギリギリではありましたがなんとかなったものの、現状では留学生なども増えて日中家事を何もしないでいると回らなくなってしまったのです。
それ故にホニさんが日中の家事を担当し、それ以外はホニさんとユウジやミナなどでこなしていたのですがここに来て破綻寸前に陥ってしまったことで美優に白羽の矢が立ったのです。
『それともいつまでも引きこもっているつもりだったのですか? 下之ユウジがゲームをクリアするまで、またはそれ以降もずっと』
「…………」
いつになく厳しい物言いのユミジに美優は言い返すこともなく黙り込んでしまいます。
「そりゃ……いつかは出たいと思ってたけど」
『ならいい機会ではありませんか、少しずつ部屋の外に出る頻度を増やしていき、最終的には下之ユウジと顔を合わせるのを目標にしましょう』
「ユウ兄と顔を……いや、それはまだ」
実のところ美優は二十四時間毎日自室に引きこもっているわけではないのです。
確かに都合よく自室の近くには洗面台付の手洗いもあり、食品や飲料もコツコツと溜めていた貯金を使って通販で注文していたので、自室周りで完結はしていました。
しかし場合によってはミナやユウジが扉前にご飯を置いていく時もあり、その場合は人が居ないタイミングの深夜などを狙って一階に降りて自分の使った皿洗いなども行っていたのです。
お手洗いこそありますが、流石にお風呂は二階にはなく一階に降りて深夜の誰も使っていない時にシャワーのみではありますが使っていたのです。
洗濯物などもそのお風呂に行くタイミングで汚れたものを持って行き、時間予約が設定してある洗濯機に入れることなどもしていました。
それでもこれまで部屋を出るというのは深夜ばかりで、このように朝に出ることは滅多にありませんでした。
『……とりあえず洗濯機から洗い終わったものを取り出しましょう』
「……うん、分かった」
そうして美優は洗濯物を取り出して洗濯カゴに洗い終わって水分を吸った洗濯物を入れていき、物干しの面している居間まで持って行きます。
そして居間から縁側に降りてすぐそこにある物干しまで行こうとすると、今日はなんとも快晴で空には太陽が燦々と輝いていました。
「うわああああ……眩しくて溶ける」
『ファイトです、美優』
片手に持っていたGPAをポケットにしまうと、つたない動作で洗濯ものを干し始めました。
ホニさんの何倍もの時間をかけて洗濯物を干し終わると、今度は汚れた洗濯物第二弾を洗濯機に入れてようやくひと段落です。
「……しんどい、昼はカップ麺にしよう」
『毎日続くと健康に悪いですが、時々ならいいと思います』
そして外の洗濯物が乾くまで、更に洗濯機に入っている洗濯物が洗い終わるまで自室に籠る……というか戻る気力も沸かずに今の畳に美優は横になりました。
そうしてしばらくしてカップ麺を取り出すと、お湯を注いで時間を待ってからズルズルと食べ始めたのでした――
* *
「下之ホニです、よろしくお願いしますっ」
桐がどんな伝手を持っているかは分からないが、ホームルームの際にホニさんは転校してきた扱いになって教室に入って担任に紹介されていた。
よくアニメであるような「あの席が空いているからそこな」なんてことはなく、予備教室から担任に言われて俺が運び出してきた机と椅子を後ろに並べてあり、そこがホニさんの席となる。
しかしまぁ見かけだと中学生なのではないかと思うホニさんが転入出来た上に、俺のクラスにねじ込めた桐とは一体何者なのかと思ってしまう。
確か桐は協力者がいると言っていたが、その協力者が相当の権力の持ち主だったりするのだろうか。
ちなみに転校にあたり下之という名字が付いたが、設定上は親戚扱いらしい。
「あー、分からないところは下之のユウジの方に聞いてくれ……だから嵩鳥、下之と席チェンジしてくれるか?」
「分かりました」
窓側一番後ろ席に座っていた嵩鳥の後ろの席がホニさん用に設けられた席だったこともあり、担任が機転を効かせて軽い席替えを行った。
「……ユウジさん、学校でもよろしくお願いします」
「ああ、分からないことがあったら気にせず聞いてくれ」
とまぁ、予想外にもホニさんとの学校生活が始まったのである。