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第541話 √5-22 より幸せに


五月二十日



 どうもナレーションのナレーターです、最近使われる頻度が高くなったように感じます。

 時間は少し巻き戻ったようですね。

 

 藍浜商店街を突っ切り、映画館を横目に見つつ、姫城家を通り過ぎた下之家とは商店街を挟んで反対側の閑静な住宅街。

 そこから小道に入ると、夜に遭遇すれば異様なシルエットにビクリとさせかねない廃教会が見えてきました。

 既にその建物は主を持たず、廃墟同然の佇まいと裏腹に僅かながらも人の手が未だに入っていることを指す廃墟まで開かれた草木の間の道があります。


 そしてその廃教会内部はところどころガラスも割れ、隙間風が入る放題でいくらか砂埃っぽさが目につきますが。

 一部分に関しては掃除が行われえているようで、木製のベンチはそれなりの綺麗さを保っています。

 雰囲気溢れたランタンをそのベンチの周囲に置いて、三人の男女が集まって話をしていました。


「Tは成果あった?」

「まあまあだ、そういうSはどうなんだ?」

「うーん”二”かな。先週に比べればかなり調子悪いかも」

「俺は”六”だ、今週は俺の勝ちだな」

「現実は受け止めないとね……Yはどうだったの?」


 そう男子二人が何かの成果を話す一方で、言い辛そうな表情をする女子のYがいました。


「――〇」

「それはまた……」

「おいおい女、最近不調過ぎないか? 俺が気にかけたところでどうなることもないけどよ」

「――狙っている獲物を逃した、接続者(コネクター)が脅威」

「それがYの狙ってる”特A級”かぁ、確かにその(コトナリ)を浄化出来れば”猶予”には間に合うね」

「接続者つっても、少しだけ異の影響も受けてる単なる人間だろ? そんなのに苦戦するとは鈍ってるんじゃねえか」

「――相手には異反応の出ない能力者が接続者と別に一人付いている、あとは接続者も武器持ち」

「へぇ……それは興味深そうな相手だね」

「目付けたのはお前だから当分手出しはしないが、お前が”猶予”に間に合わなかった時は遠慮しねえからな」

「――把握している」

「ならボクも手合わせしてみたいかな、特A級だけに見返りも大きそうだし」

「奪い合いか、おもしれえ」

「――それでも私が居る間は手出し無用」

「分かっているよ」

「わぁーってるよ、俺も別に狙ってる獲物はあるしな」

「それじゃ、最後に――」


 今度もまた実質的なまとめ役のSが音戸を取るようにして、三人の声が重なりました。



「「”捧げた我が身は神の御為、全ては神の命ずるままに”」」



 そうしていわゆる三人の男女は散会し、散り散りに散っていきます。 



* *



五月二十四日



 こうしてトレーニング・鍛錬を始めてから一週間が経過した月曜日。

 運動慣れしていなかった俺はいくらかガタが来そうだが、一日謎ドリンクのおかげで何とかなっている。

 疲れも眠気も怠さも、筋肉痛から風邪まで吹っ飛ぶこの謎ドリンクが効きすぎて不安になるが……そこはゲーム要素なのだろう、うんフォローになってない。

 直ちに問題がなければいい、敵もこれから一年に渡って襲ってくるわけでもあるまいし……ないよな? そこまで敵も暇じゃないよな……?


 最初は辛かった新しい生活スタイルにも慣れて来たようだ。

 早朝ランニングも毎日欠かさないので、どうにも学校に行くとなると朝食だけでは足りず昼食まで腹がもたない場合が出てきた。

 そんな時にカレーパンであり、好物にして炭水化物で美味しく手早くエネルギー充填が出来る! それを今日からカバンに忍ばせているのだ。

  

 しかし普通に学校生活をしているとあまり昼食時以外に何かを食べるタイミングというのはない。

 それも今日に限ってはユキ達と話したり生徒会役員だからとプリント配りを教師から頼まれたりとタイミングを逃した。

 結局昼時を迎えてしまい、学食でいつもより大盛り気味にしたランチ定食を食したことで、カレーパンは依然としてカバンに眠ったままである。

 そうしてそのまま放課後を迎えてしまった。


「生徒会頑張ってねー」

「それでは失礼します、ユウジ様」

「ああ、また明日な」


 ユキや姫城さんを見送り、そして今日もまたユイにホニさんを送ってもらうよう頼む。


「ユイ、今日もホニさん頼む」

「いいぜい、じゃあ帰ろうかホニさん」

「はい! あ、あのユウジさん……あまり無理はしないでくださいね?」

「ああ、心配ありがとなホニさん」


 そうしてユイとホニさんを見送ると、今日は一部のクラスメイトでカラオケをするなり、寄り道するなりでグダグダと教室に残る人も少なくなったところで俺も生徒会室へと足を向かわせた。

 いつもならば真っ直ぐ生徒会室に向かうのだが、今日は生徒会役員だからと教師に頼まれて授業で使った機材を生徒会室とは真逆の方向の資料室へと返すことになっていた。

  

「これぐらい伊井先生が持ってけばいいのに」


 などと愚痴が漏れてしまうが、実際手に持っているのは地理で使った巨大地図で、丸めたそれを複数持ちながらもカバンに手を通して歩いているのでなかなかに面倒くさい。

 そうして資料室に地図を置いて、人通りが少ない資料室方面の廊下を逆戻りしていると――


「っ! また、これかっ」


 最近よく感じる感覚だ。

 俺を拒絶するかのようなぞわりとした得体のしれない空気を身にまとい、先日は明確な敵意を持っていた――


「雨澄……?」


 あれ、敵意を感じないがどうしたことだろう? と俺はすぐ目の前に立っている雨澄を見て立ち止まっていると。


「――っ」


 雨澄が突然床に崩れ落ち始めた。


「雨澄っ!?」


 思わず名前を呼んで駆けつけると、どうにか頭が地面に当たる前に滑り込みキャッチ。

 そして俺の声に反応することもなく目をつぶってしまっている。 


「おい、雨澄? 雨澄ー」


 呼んでみても反応はなく、どうやら意識を失っているようだった。


「……ったく!」


 俺の家族であるホニさんを狙う敵に違いないが、彼女はそれでも藍浜高校の生徒にして女子なのだ。 

 ここで俺が無視を決め込んでも構わないのだが……倒れた女子を放置するのは目覚めが悪いと思ってしまった。


 今だけだと、俺は変わらずお前たちと敵対するつもりだが、今限りだぞと彼女を担ぎあげた。

 なんと雨澄をお姫様だっこをして俺は駆け足で今の廊下から保健室を目指す。

 するとその時眠っている人間は重いとどこかで聞いた気がするが、今抱えている雨澄の身体は異様なまでに軽く思えてしまった。

 トレーニングの成果が出ているのかもしれない、それでも俺の腕の中に覚える彼女の華奢さは不安になるほどだった。

 肉付きもほとんどないように見え、かろうじて女性らしいラインを保っている程度だろうか。


「……普段どんなもん食ってるんだよ」


 ガリガリと言っても良い彼女をお姫様だっこしながら、俺は保健室に駆け込んで保険医に事情を話すとベッドに寝かせることとした。

 保険医曰く過労とのことだった、しばらく寝かせておいた方いいと言われて俺は流れで付き添うこととなる。

 少しの間抜け出して生徒会室に向かって事情を説明してから、また保健室に戻ってきてパイプ椅子を展開して雨澄のベッド横に座る。


「なんで俺はお前に付き添ってるんだろうなぁ」


 少ししてから静かに寝息をたてはじめた彼女を眺めながら、俺はそんな言葉を漏らした。

 でもこうして彼女の寝顔を見ている内に、ふと冷静になって考えられるようになってくる。

 

 なぜ彼女は俺たちを襲うのか、浄化するといって聞かないのかという疑問だった。

 誰かに頼まれて? 何のために? 異と彼女らが呼ぶものを消すことでのメリットが存在する?


 目の前のことに必死で、俺は考える余裕もなかったが根本的なことだ。


 桐のような能力を使える雨澄とは何者なのか、どうしてそんな力を得るに至ったのか。

 俺はそんな謎に包まれ、理由もわからず俺たちを襲う雨澄のことがどうしてか気になりだしていたのだ。



 それから三十分ほどだろうか、雨澄の寝息が止むと瞼が少しずつ開いて行った。 


「――ここは」

「保健室だよ」

「――……っ! あなたがどうしてここに……!」


 いくらか無表情気味な印象の強かった雨澄が警戒の表情を作っていた。


「そりゃお前が倒れたのを運んだのが俺なんだが」

「――本当に?」

「嘘だと思うなら保険の先生に聞いてみてくれ」

「――……それは悪いことをした、申し訳ない」


 意外にも彼女は申し訳なさそうな表情を作ると、謝罪の言葉と共に頭をぺこりと下げた。

 あまりにも素直にそんな言葉が出てきたものだから、俺もいくらか動揺してしまう。


「た、倒れてるヤツを見過ごせるほど俺は非情じゃなくてな」

「――今回ばかりは感謝する」


 彼女とこうして腰を落ち着けて話すというのは初めての経験だ、これまでも廊下でのすれ違いや通学路の戦闘時の時だけだったのを思い出す。


「――それでも私はあなた方を浄化することを譲れない、そこは理解してほしい」

「恩知らず」

「――……恩の押し売り」


 こ、こいつ……まぁ分かってはいたことだが。

 たった一度助けて保健室に運んだことで、彼女が折れることは無いだろうとは思っていた。


「まぁ元気になったみたいだし、これで俺は――」


 そう言ってカバンを持って帰ろうとした矢先にだった。

 きゅるきゅるきゅる~というなんとも気の抜ける音が保健室のベッド付近というか、雨澄のいる方から聞こえてきた。


「――っ!」


 思わず振り返ると前髪で片目を覆い隠す彼女が微妙に赤面していた。

 もしかしなくても、おそらく今のは雨澄のお腹の音で間違いなさそうで。


「……カレーパン食うか?」


 俺は思わずそんなことを言ってしまい、保健室に残らざるを得なくなったのである。

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