第528話 √5-9 より幸せに
とある空間、とある頃の、とある教室にて。
それは曖昧の世界の出来事。
「んー、オルリスルートは意表を突かれました……まさか未来人で同性愛とは」
プロジェクターでユウさんのこれまで経験してきた世界を見せてもらった感想を私は零した。
結局神楽坂ルートと迷った結果オルリスルートを選び、未だ現実でお呼びがかからないことからユウジ達と鑑賞していた。
「俺が言うのも難だけど、終盤に前世の力が覚醒するってどうかと思う」
本当それユウさんが言うのってどうなんでしょう……。
「私個人的としては井口の存在がイレギュラーですね、改めて見ても不思議な人間です」
同じくユミジさんも感想を零していたものの、着目点は途中に登場して分岐エンディングの存在した井口さんという存在。
あまり印象に無いのにさりげなくユウさんと結ばれていたので、私もぼうっと見てたらそのエンディングが流れて驚いたり。
「その件に関しては俺はノーコメントで」
これまで物語を一緒に鑑賞してきても、ユウさんはどうしてそのヒロインを選んだ等に関しては口をつぐんでいた。
確かに客観的に見れば都合よく毎回記憶を失くしては色々な女の子と結ばれているの思えば、それをすべて覚えているらしいこの空間のユウさんからは気まずいのかもしれない。
「そういえば中原蒼、タイミング的にはそろそろ現実でナタリーが発見される頃合いのようです」
「……そうなんだ」
そっか、もうそんな頃合いなんだ。
この空間に居て、そこでユミジやユウさんと一緒にいるワガママを叶えてくれる条件……それは私がユウさんの武器ことナタリーに転生することで。
最初は長く思えたこの空間での時間も一旦終わりを告げることを意味していた。
「基本的にこの空間は意識をシャットダウンと言いますか、これからも寝れば来れますので」
「鉈で寝るってどうすれば……?」
「それは、そうですね。その時に目をつぶればどうにかなると思います」
ユミジとしてはあまりにも曖昧な物言い!?
そもそも鉈に目などあるのだろうかと、それ以前の問題なのかもしれない……実際になってみないとこればっかりは分からないのかな。
「それでは下之ユウジをよろしくお願いします」
「……俺が言うというのも情けないが、あっちの俺を頼む」
ユミジやこの空間にユウさんに頭を下げられる。
確かに武器になるんだもんね、ハイリスクではあるしきっとグロいよね……それでもきっと病室に籠っているよりは、絶対楽しそうに思えて仕方なくて――
「はい、私なりに頑張ってみます」
そう答えてから少しのラグを経て視界がボヤけて、まずは目の前がまっ黒になった。
そして――
まるで蹴られたかのような突然の衝撃ののち、光が差し込んできた。
『っ!?』
「これ……鉈か?」
それが現実のユウさんの再会だった。
* *
人はふと思った瞬間に、無性にしたくなること経験があるかと思う。
例えばいつか見た映画、いつか読んだ小説、いつか遊んだ玩具……などなどだ。
今回の場合は、ふとしたタイミングで思い出したとある漫画の存在だ。
それは一年前に見た、当時はかなり熱中した深夜アニメの原作コミックだ。
放送中に思い切って原作を大人買いして財布が寂しくなった思い出さえ残っている。
アニメを観て原作を読んで当時は満足感に浸っていたが、数か月に部屋を整理した際に物置に移動してしまったのだ。
別にその作品が飽きた訳ではなく、あくまで高校入学に備えて自室の収納が手狭になっただけで決して飽きた訳ではない、ここ大事!
まぁ、確かに仕舞ってからはしばらく存在を忘却もしていたのだが……一年の間に大量のアニメやマンガが出てくるのが悪いのだ。
ふと思い出して無性に、やたら読みたくなってきてしまった、それゆえに俺は物置に足を踏み入れていた。
俺や桐などの部屋と同じ大きさの使われていない個室一つ分を物置部屋として、家族の私物などをラックやケースなどに入れて収納している。
電気を付けても天高く積みあげられた母親の仕事関連の書類が満載されたケースや資料で明かりを微妙にさえぎっていて十分な明るさは確保されていない。
そして勿論物置部屋ゆえにあまり掃除の手も行き届かずに埃っぽさが鼻をつく。
「さーて、どこにやったか」
目的はその読みたくなったコミック一式の入った段ボール箱だ、側面に”ユウジコミック”と書かれているので直に見つかるだろうと思えば……。
「ここらに置いたはずなんだがなあ」
どうやらコミックの入った段ボールを物置に置いてから、今日までの間に物の配置が変わっているようだった。
「……しかしここに来て一か月とはいえ、なかなか図太いなあユイも」
母親の再婚相手がクラスメイトのユイの父親だったことで、面倒なのでユイも一緒に住んでしまおうということなり、俺の数か月違いの義妹にして同居人になった。
そんなユイの私物が物置を侵食しつつあった……これまた大質量の収納ケースに入ったコミックからゲームにCDなどである。
「ユイのことだろうから姉貴には許可取っているんだろうが」
ユイは一見テキトーにも思えるが、ちゃんとするべきところはしっかりとしているようなのだ。
最近知ったことだがユイが帰宅部なのは、バイトをして生活費や小遣いを稼いでいるかららしい。
……できればもうちょっと家事も自主的に手伝ってくれればありがたいがな! 言えばやってくれるのだろうが、まあそれはいい。
それにしても分かんねえ、俺の探し求めている漫画は何処へ!
一応持ってきておいた懐中電灯で照らしながら物置部屋を散策していると――ガァンと、何か金属めいた音が響くと同時に俺の右足指に痛みが走った。
「痛っっっっ!?」
タンスの角に足の指をぶつける並の痛み、要約するとクソ痛い。
「な、なんだー……つっ~、ツイてねえな」
足をぶつけた先を照らすと白い布に包まれた物体。
よく観察すると小さな子供の全身並に長くも幅を有し、物体の先から遠のいた一転で狭まる、おそらくは手に持つ為の柄が存在するであろう何か。
どうにも白い布に包まれてもいまいち全容が想像できなかったが、更に観れば布の隙間から金属光沢が見えた。
「で、なんだこれ……」
ふと持ち上げようとしてその重さに驚いた、決して持ちあげられない重さではないものの、それを小一時間持ち続けていたら明日は筋肉痛が待っているほど……金属バットより重いぐらいだろうか。
一メートル少しの大きさ的には比例しない重さとはいえ前述の通りそれなりの重さ、そして手で持てるであろう細い部……ここは木製なのか?
それを持ちあげるとスルリと布がはだけ、その全容が見えた。
「これ……鉈か?」
冷静に考えて鉈!
なんてものがこの家にあるのかと驚いた、というか余裕で凶器になる鉈が布一枚くるまれて床に放置されていたのは安全上問題があるのではなかろうか!?
おそらく足指を当てたのは刃の側面になるかと思うが、もし刃先に足を当てていたらスッパリと切れていたかもしれないのだ。
誰だこんなものを家に持ち込んだのは、責任者を出せ。
本当……誰だろうなこんなもの持っていそうなのは、まず姉貴はないし”アイツ”もないだろう、流石に桐もホニさんもユイもなければ、ホームステイ組ではおそらくないだろう。
仕事柄なのか分からないが、資料と称して物を拾い家にもってきては数時間たたずにこの物置へと追いやる――おそらく母さんの仕業だと断定する。
「とりあえず……自室に持ち帰ってみるか」
ちなみにお探しのコミックも見つかったので回収してきた。
え? ちなみに、そのコミックの名前? ニード○スです。
自室に持ち帰って眺めてみると、その鉈の状態は非常に良かった。
「しかしこの磨かれ具合見るに、実は業物だったり?」
鉈らしく刃先に物を引っかける為にトンガリが成形されているようだ。
そしてしばらく舐めまわしていると、柄と接している刃の部分に何か刻まれていることに気付いた。
「ええとこれは……”ナタリー”?」
『呼んだ?』
……………………?
『見つけてくれるのを今か今かと待ってましたよユウさん! あ、私ナタリーって言います! よろしくっ』
……………………はい?
「幻聴が聞こえたような」
『私ですよ、わ・た・し! 喋る鉈ですよー!』
「えぇ……」
その、だ。
なんというかだな。
いやどう言ったものだろうか。
とりあえずはこれだな。
「キェェェェェェェェェアァァァァァァァシャァベッタァァァァァァァァ!?」
こうして俺は喋る鉈と出会ったのだ。
言ってる意味が自分でもわからん。