第524話 √5-5 より幸せに
お昼ご飯を食べ終わると、あとは洗濯物を畳んだり、ものによってはアイロン掛けをして、今できる家事を終わらせたら我の時間。
何度見ても面白い昼ドラはあるけれど、最近は家事をやっていて観れない朝ドラやゴールデンタイムのドラマ、そして深夜のドラマにも手を出し始めた。
この繰り返される世界は、やっぱり放送される番組もほぼ一年の内容が繰り返される。
だから昼ドラに関しては見飽きるぐらいに見た番組もある、それでもこの現代はすごいもので、見ようと思えばテレビ番組はいくらでもある。
少なくとも以前の、ユウジさんと出会う前の神石の周辺だけが我の世界だった時とは比べ物にならない情報量が目の前には広がっている。
むしろ我はこれでも自制しているぐらいで、色んなものを見てしまうと収拾がつかなくなってしまうから、昼ドラに絞って楽しんでいたり。
それでも同じ時間を何年分も繰り返すとどうしても欲が出てきて、今ではドラマにこそ絞ってはいるものの、色々な時間帯のドラマに挑戦している。
これが我の過ごし方、我の繰り返される世界での楽しみ方と言えるのかもしれない。
「このでぃーぶぃでぃー? って便利だねー!」
びぃーでぃーというのもあるらしいけれど、下之家には無いらしい。
同じでぃー……DVD。
うん、こんな発音のはず……それで繰り返し録画しては消しているので、あまり録画が溜まらないようにもしている。
「あんなに薄い円盤に記録できるなんて、ほんといつ考えても凄いなあ」
いくらこの現代生活に慣れてきたとしても我は、何百年前の人間……じゃなかった狼だから、色々なことが今でも新鮮に見える。
そんな我という生前の狼がいつしか息絶えて、いつの間にか神様を名乗れるぐらいになった、そして忘れ去られて自然と消えていく途中にヨーコと出会った。
ヨーコをどうにかして助けたいと思って、それからユウジさんと出会って、そして我が経験してきた何百年の何倍も何十倍も”新しいこと”に満ちている今がある。
更には自分が狼だったこと、神様だったことを忘れてしまうほどの――まるで人間のような恋をした。
そして恋をして、その恋の記憶を忘れたくないために我は選択をした。
一年間を延々と繰り返す選択を、そして今も抱き続けるこの恋が今後叶わなぬことはないという選択も。
後悔はしていない、我はこれでも何百年も世界を見続けてきたからこの一年間の繰り返しはどうってことない。
けれどやっぱり切なさが無いわけではなくて、思いが爆発して叶うことは無いと分かっていても前の世界の我は――ユウジさんに甘えてしまって。
それでユウジさんを困らせたことも分かっていて、だからその過ちを今度は繰り返さないと決めた。
我に一瞬でも見える希望は、我以外を絶望の淵に追いやる結果になるかもしれない、進むべき世界の停滞を導いてしまうかもしれない。
だから我は、今度こそは――
「朝ドラも面白い! 毎日追うのは大変だからDVDは助かるなあ」
同じ過ちを繰り返さない。
それが例えどれだけ切なく、身を焦がすような辛い未来が待っていようとも。
そう、ヨーコをも巻き込んで決めたことだから。
それを本当は真っ先に考えるべきだったけれど、我にその余裕がなかった。
目先のことに、その恋の記憶に、ヨーコの意思を聞くことなく繰り返す世界を選んだのだから。
『相談ぐらいしてくれてもよかったけど……まぁ、ユウのことは好きだしホニさんのやりたいようにして良いとは思ってたけど』
「ヨーコ!? あ、あの……」
思っていたら脳内にヨーコが話しかけてきた。
基本的にヨーコは表に出てこない、出てくるのはよっぽど我がダメダメで見かねて出てくる――前の世界の浮かれていた時の我の時ぐらい。
『それにさ、私未来が怖いんだ』
「怖い?」
『うん。少なくともこの一年はホニさんとユウと一緒に居られるのが分かっているけど、もし時が進んだ先で私がどうなるかが怖いんだ』
「…………」
『もしかしたらこの家を離れることになるかもしれない、ホニさんが居なくなって私一人になって、そしてユウたちとも離れ離れになって……有りえないことじゃないと思うんだよね』
「そんなこと――」
無いとは言えなかった。
我もこの繰り返す世界で多少は勉強もした。
身寄りの無いヨーコが今後どうなるか、これまでは都合よく誰も捜索願いを出さないままの行方不明のままで、それを下之家が保護して、おそらくは桐やこのげーむと合わさった世界のおかげで何もなかった。
でもユウジさんがこのゲームを攻略して、世界が繰り返されることなく二〇一一年の続きが始まるとしたら。
その時桐やげーむの力が及ばなくなったヨーコがどうなるかは我にもわからない、ヨーコが言うように離れ離れになることもありえなくない。
『だからまだ私は未来を考える余裕がないんだ。それに今が楽しいから、繰り返される世界もなんだかんだで完全に同じなわけじゃないしね』
ヨーコは我の目から世界を見続けている。
我が見ているドラマも、我が会話するユウジさんも、我が買い物に出かけて見渡す風景も、ヨーコは一緒に見ていて。
『ワガママかもしれないけど、今はこのぬるま湯に浸かっていたい。だからホニさんの選択を咎めるどころか、ありがたいと思っているぐらいなんだ……ありがとね』
「いや、そんな我は……」
『それに……ユウとの恋の記憶を忘れたくないのは私も同じだから』
「そっか……」
それを聞くと我は嬉しくなってしまう。
ヨーコが我と同じ気持ちでいてくれることが、ユウジさんのことを同じように思っていることが分かってしまって。
我から見た景色で、ヨーコもユウジさんに恋をしていたのが改めて分かって。
『じ、じゃあまたねホニさん』
そう照れる様にヨーコの声は遠のいていく。
我の選択が間違っていなかったと、そう言ってくれると気持ちが軽くなるもので。
それからまずは桐が帰って来て、それぐらいの時間で干していた洗濯物を取り込んで。
そうして生徒会のないアイシアやユイが帰ってくる、その頃には我はキッチンに立って夕食の支度を始めた。
それから遅れて生徒会で遅れるユウジさんやミナさんにオルリスも帰って来て、そうして夜がやってくる。
我の一日はまだ終わらない、家事を終わらせて自分もお風呂に入って、ようやく眠りに就くのは十一時半ごろ。
朝五時半に起きるまでの間、我は時々夢をみる――それはこれまでの思い出だったり、そうだったらいいなという願望の現れだったり。
こうして我はまた五時半に目覚ましに頼らず起床し、また新しい一日が始まる。
これが我の繰り返される日常、繰り返されても苦でもなければ退屈もしない、毎日が新しい発見や幸せに満ちる日常のこと。