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第520話 √5-1 より幸せに


三月二十八日



 思えばなぜこんな時期に肝試しをやることになってしまったのだろうか。

 桜も散り切っていない春真っ盛りで、ポカポカ陽気の暑くもなんともない丁度良い気候のこの時期になぜ肝試し。

 こういうのは暑い夏に、肝を試し冷やして体の奥底からクールになろうという試みゆえのことで、春にやる必要性は感じないのだ。


 しかしユイが『いやぁ、肝試しイベントはギャルゲーの定番だぜぃ! 実際にやってみようじゃないかっ』と言い張るもので。

 最初は乗り気じゃなかった高橋も『ギャルゲーで肝試しはお約束だよね、主に見る側で参加するよ』と乗る気になってしまった。

 それをどこかで聞きつけたユキや、ユイが呼んだという愛坂ひだまりや、俺の姉貴や桐も巻き込んで行われることになった。

 

 ……大事になってるじゃん。


 そんなこんなで肝試し当日には十人近い人が集まり、それぞれペアになって肝試しにトライすることになった。

 ちなみにユイと高橋は運営側らしく、肝試しそのものには参加しないとのこと。


「やったぁ! ユウくんと肝試しっ♪」


 それぞれくじを引いた結果、俺と姉貴での肝試しペアになった。

 さっきから姉貴が俺の腕を抱き寄せるせいで、ちょうどその……いかんいかん、姉相手に劣情を抱くのはさすがにだめだ。

 心を無にするんだ――


 よし、問題ない。


「ユウくんとお墓デートなんて新鮮♪」

「……そういう言い方すると罰当たりにも程があるんじゃないか」


 よく墓地を肝試しやらなんやらでデートスポット化する時もあるが、やめた方がいい、絶対良い事ないなんてないはずだ。

 と言ったところで、その俺も実質姉貴とデートしているので何の説得力もないのだが。

 

「神石の前に貢物を置くんだよね」

「……しかし後で回収するつもりとはいえ、お揚げってどうなんだろうな」


 狐様がいるわけでもあるまいし、お揚げなど置いておいても見向きもされないのではないだろうか。

 もっと他に赤飯とか……お饅頭とか……あったんじゃないか。


「ユウくん! お姉ちゃん謹製のお揚げを甘く見ない方がいいよっ!」

「いやお揚げ自体は甘辛くないと」

「ちーがーうーのー! スーパーの特売で買えた美味しい醤油にみりん、和風だしに――」

「姉貴のお揚げが美味いのは昨日食った俺が証明できるから、流石姉貴だ」

「ああぁんもう、照れちゃう」

「そうじゃなくてでな――」


 と姉貴と軽くコントのようなものを繰り広げていると、ふと空気がシンと静まり返り――俺と姉貴以外の気配が生まれた。

 何かと思って俺は辺りを見渡しても誰も見えない、そもそも暗い夜中に見渡したところで分からない。

 懐中電灯を振り回して、周りを照らしていくが、やはり誰も見当たらないと思った次の瞬間だった。

 


「美味しそう……」



 呟くように聞こえた声は幼い女の子の声だった。 

 と言っても桐のものではなく、聞き覚えのない知らない声である。


 冷汗がたらりと額を流れる。

 これはもしかすると、もしかするのかと。

 いやまさかこの現代にそんな非科学的なものが存在してたまるかという話であって。

 ようは、面白半分に墓地を肝試しなんかに使ってごめんなさい、マジごめんなさい。


「ユウくん、あそこ」

「っ!」


 姉貴が持つ懐中電灯が照らす、更にその指さした先には――



「ねー、そのお揚げ持ち帰っちゃうの?」



 浮かび上がるのは幼き少女の顔。

 位置的には

 背筋が凍る、声が出ない、まさか本当に出るなんてと動揺のあまり身体も動かない。


「ねーってば……あ、我のことお化けかなんかだと思ってるでしょ」

「お化けちゃんなの?」


 しかし姉貴は怯んでいなかった、女性って強い!



「ううん、我は神様だよ」



 すると神石が光を放ち始める、それは夜の闇を燦々と照らす神々しさすら感じて。

 その神石が放つ光量によってその女の子の全容が見え始める。


 ほっそりとした身体ではあり、一番目立つのは長い長い黒髪で神石にかかるほどだった。

 見かけの容姿的には小学生でも通じるような背丈、くるっと丸い瞳に更に童顔な印象を受ける顔立ち、そして漆黒のワンピースを着ていた――


「君は……?」


 俺はつい彼女の名前を聞いてしまっていた。

 少し前まで得体が知れないばかりに抱いていた恐怖は消え去り、それはすべて興味へと置き換わる。

 


「我はホニ、お揚げをくれたらお守りしちゃうよ?」


 

 まるで彼女はいたずらっ子のような表情で、そんなことを言うのだ。

 そんな表情をしても毒気が無く可愛らしささえ感じるもので、俺たちのことを警戒もしておらず、初対面のはずなのにお互いにどこかで面識があるような――


「ホニ……さんって呼んだらいいかな?」

「うん」 

「俺を、守ってくれるのか?」

「うん、絶対に」

「そうか」


 彼女は俺を守ると言う。

 こんな幼い子に守られるというのはどうなんだろうか、といってもここでムキになってもしょうがない。

 だから冗談半分だったのだ。



「じゃあ、頼むよホニさん」



 そうして俺は春休みに、神石前で可愛らしい神様と出会った。

  


* *



四月三日


 

 と、まあここ数日の間に色々あって。

 

 ホニさんを招き入れたのが三月二十八日だった。

 母親とユイの父親がいつの間にか再婚し、いつの間にかユイが同居を始めたのが三月三十一日だった。

 そして今日四月三日には、母親と姉貴による判断で二人の留学生がこの下之家にホームステイすることとなった。

  

 数日の間に四人も女子の同居人が増えるという……なんだこれは、ギャルゲーでもあるまいし。

 

「ホニさん、悪い遅れた」

「全然大丈夫ですよ、むしろユウジさんに手伝ってもらって悪いぐらいです」

「……ホニさんはいい子だなあ」

「そ、そんな……照れちゃいます」


 と、まあホニさんの馴染みっぷりは半端でなく。

 神様だというのに炊事・洗濯などの家事に長けていて、その仕事っぷりは姉貴に次ぐものだった。

 つまり招き入れた当日にまず勝手知ったるかのように掃除用具を使って風呂を洗い、調理器具の場所も熟知しているとばかりに料理を作り、熟練のような手さばきで洗濯物を畳み収納し今日の汚れ物を洗濯機に入れるという……超幼な妻。 

 見かけの幼さに騙されてはいけない……いや相当に可愛いし、かなり綺麗に整った顔立ちではあるのだ。

 それでいて家事万能という、まさに理想の女子を体現したかのような人間がホニさんなのだ。


「ホニさんが来てから本当助かってる、ありがとな」

「いえ……」

「俺に出来ることなら何かお礼したいところだ」

「っ! そ、それなら――」


 なんと彼女の申し出たお礼と言うのは”頭を撫でる”それだけだった。

 健気というか愛らしいというか……この神様完璧すぎる!


「えへへ……」


 そんな可愛い神様は、まだこの家に来て数日だというのに立派な家族になった。

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