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第519話 √5-0 より幸せに

 私の世界は終わったはずだった。


 それを覚悟もしていたし、なによりそこまで悔いもない。

 実際高校生で初めて”友達”が出来て、その友達と実際に会うことができたのだから。 

 私の仕掛けた手紙から始まった関係にしては出来過ぎていると思う。


 そしてその友達は、真面目で真剣な男子なのに、描く物語は結構突拍子もない。

 自分の周りの人間をベースにしながらも、違和感なくバトルモノに仕上げている辺り……そして、その描写がまるで実体験のように臨場感溢れているのも興味深かった。

 

 でも私は、彼の書いた小説が創作の類だと信じて疑わなかったんだ。


 だって、もしそれが現実にあったことなら面白すぎる。

 毎日が新鮮さに溢れている、ずっとベッドに寝て、時折から病室の窓越しに景色を眺めるだけの私にとってその小説は刺激的すぎたんだ。  



* *



??月??日



 人は死ぬとどうなるのだろうと考えたことがある。

 なにせ私は死が近いことを知っていたし、それを避けられないことも理解していた。

 

 死んだ私はどうなる? またはどこへ行く?


 天国か地獄か、それともどこに行くこともなく完全に消滅してしまうのか。

 または意外と生きている人間からは見えないだけで、確かに存在していて上から生きている人間たちを見守っているのかもしれない。

 で、時々写真や映像に映って”イタズラ”をしてみたりとかが心霊現象の真相だとか冗談半分に考えてもいた。


 

 私の死の瞬間はほんの一瞬で、眠りに就くようだった。

 けれど、明らかに次目覚めることはないんだろうなという確信がどこかあって。

 その瞳を瞑った瞬間から意識が途切れたままだった……?


 疑問になってしまうのは意識を失っていたかどうかも良く分からない、実際目覚めた時に私は――


「え」


 目をつぶってから一息おいてから、すとっと何かに座る感覚と、腕に覚える固い感触を身に覚えはじめて。

 そして私は意識が覚醒し始め、慣れた動作で身体を起こすと瞳を開いた。

 

「ここって……」


 教室だった。

 それもこの教室は少し見覚えのある――私が一日だけ高校生で存在できた教室だった。

 

 私は良く分からず困惑した。

 私は死んだはずだ、あそこから奇跡的に回復など有りえなければ、起きてみると教室だったなんてのも良く分からない。

 ということは夢の中なのかもしれない、死んだあとに見る夢……にしては、描写が鮮明すぎるような気もする。 


「……なんで?」 

「起きたんですね」


 ふといつの間にか目の前には深い緑の髪色の、表情を覆うほどに前髪を伸ばした女生徒が存在していた。


「……えっと、誰?」

「私ですか……そうですね、”ユミジ”と申します」


 名前を聞いてもピンと来ない初めて聞く名前だった。


「ユミジ……なら、ここはどこ?」

「ここですか? ここは現実と仮想の境界とでもいいましょうか、あやふやな空間です」

「あやふや?」

「夢のようでいて夢ではなく、現実ではないけれど仮想とも言い切れない……曖昧な場所なのです」

「?」


 彼女の言っている意味がイマイチわからない。


「人の形も記憶も考えも曖昧で――そして生も死も曖昧で、あやふやな場所と言えます」

「っ! そ、そう! 私、確か死んだはずで!」


 彼女から生と死というワードを聞いて、つい声をあげて問いた。


「はい中原蒼は亡くなりました、あなたの肉体から魂は完全に切り離されています」

「あ、やっぱり死んでるんだ、私」


 別に期待していなかった、自分の生の可能性。

 それをあっさりと否定する彼女はどこか機械的にも見える。

 といっても私は死の確信を得たことで逆に落ち着きを取り戻しつつあった。


 しかし彼女は、とある提案を私にしたんだ。


「ですが”今回”の中原蒼には、してほしいことがあるのです」

「してほしい? 死んだ私にどうしろと?」

「これは”今回”の中原蒼にしか出来ないことで、それで――」


 私は読み慣れた名前を聞くことになった。



「あなたに、下之ユウジの手伝いをしてほしいのです」



* *

 


「下之ユウジって……え? って、あの下之さん?」


 私の手紙の相手の彼と同姓同名だった、いやいやまさかと考える。


「そうですね、あなたと文通していた彼のことです」

「……そんなことも知ってるんだ」

「私はずっとここで、全てを見てきましたから、それが役目でもあります」


 彼女の話すことがまるでそれは運命づけられたから、そう決められていることだからといった風に私は聞こえた。

 

「下之さんのことを手伝いのはやまやまだけど……でも、死んだ私に何が出来るの?」


 下之さんの役に立ちたいという気持ちは嘘ではなかった。

 私に希望を与えて、付き合ってくれた彼に何か恩返ししたい気持ちがあったんだ。


 しかし彼女は私が思わず目が点になるようなことを要求してくる。



「中原蒼には、鉈に転生してほしいのです」

  

 

 …………はい?


「あの、言っている意味が分からないんだけど」

「そうですね、まずは順を追って話していきましょう――」


 それから語られるのは、信じがたい衝撃の事実たちだった。

 

 まずは下之さんの書いた小説はすべて”事実”だったこと。

 実際にかつての世界で彼はホニさんや桐たちと共に戦ったのだという。

 その世界は既にかなり前のことで、それまでに多くの世界と物語をやり直しているというのも聞かされた。

 そして主人公であり、下之さんは時間がループしていることを知らないのだという。

 

 私の生きていた世界は、一年の間をループし続けていて。

 私はその度に死んでいたことも冷淡に伝えられた。


「……そ、そんなの信じられるわけないじゃん」

「なら鉈に転生した後に桐やホニに聞いてみるといいでしょう、否定はされないはずですよ」


 そんな鉈になる前提で……って。


「鉈ってもしかして小説の主人公が使ってた武器の鉈!?」


 ええ、確かに使ってる武器が鉈なのは疑問に思って印象には残っていたけど。


「はい。だからこそ彼の一番近くで、ホニの物語を知っているあなたが必要なのです――彼をサポートしてもらう為に」

「……ってことは、次私が転生した先では小説と似たような展開になるってこと?」

「そうなります」


 私が鉈になって、で振るわれてあの敵をなぎ倒していく……想像が出来ない。


「だ、だからって私の必要があるの? 内容知ってて手伝えるぐらいなら、桐やホニさんに――」

「桐やホニは下之ユウジにその内容を伝えることを良く思っていないですから」

「……つまりは、あなたの独断ってこと?」

「はい。ですが未来予測では、あなたの助力がない限り――次の世界は間違いなく破綻します」

「破綻するとどうなるの?」

「世界は進みません、同じ時を繰り返しはしますが、以前の記憶を維持し続ける桐やホニなどには記憶が蓄積していきます……失敗の記憶、ループから抜け出せない、詰みに近いものです」

「……あなたや桐やホニさんは、これまでのことを殆ど覚えてるんだ」

「はい。もう時間に換算すると十年以上になることでしょう、世界が進まないことは一年を無為にすることになりますが、私たちの場合は記憶が残ります」

「辛くないの?」

「私は問題ないです……が、人間の人格に限りなく近く構成された桐やホニには厳しいかもしれません」

「だから破綻を避ける為に私、と」

「そういうことです、あなたのサポート次第で破綻を回避できる可能性が高くなるのです」


 聞くだけで狂った世界だと分かってしまう。

 そんな途方もない、同じ時を彼女たちは過ごしてきたのだと思うと寒気がする。


「もちろん強制はしません、中原蒼がそれを望まないならば構いません」

「……ここまで聞かせておいて?」


 ここまで聞いておいて、それはズルイだろう。

 確かに彼女たちのことは小説の中でしか知らない、けれども私の選択次第で彼女たちに辛い未来が待っていると思うと気持ちが悪い。


「ちなみにさ、私って何やっても死んじゃうの?」

「はい」

「私が生きる手段って、それこそ鉈に転生するほかないの?」

「おそらくは」

「……それって脅しだよね」

「なんとも言えません」


 機械的に見えて、こいつ……。


「私がここでつっぱねたら、次の世界で私は真っ新な記憶のまま下之さんと関わることなく死んで、それを繰り返すだけなんだ?」

「はい」

「下之さんから手紙が届くことも、会うこともなく、私は死ぬんだ?」

「はい」

「……やっぱりそれって脅しだよね」

「どうでしょうか」


 それは私に選択の余地なんて残されていないわけで。

 このままだと私はさっきまでの楽しかった思い出も忘却して、つまらない病院生活を過ごして、また死んでいくんだ。


 卑怯だなあ。

 このまま何もなく新しい私が始まれば、こんなことで悩むこともなかったのに。

 事実を知らされて、選択肢を提示されて、そしてそのそのもう一つの選択は、もしかしたら辛いことも痛いこともあるかもしれないけれど――今まで私の経験出来なかった世界が待っているかもしれないと。


 そんなの――


「そういえば、この空間では下之ユウジと会うことが出来ます。今のあなたの姿で会って話すことも出来ます」

「っ!」


 ダメ押しとばかりに彼女は私の前に姿見を出現させた。

 そこに映っていたのは私、もし病気で入院してガリガリにならなかったら、高校生を普通に過ごせていたらの――私。

 ふと私は自分の身体を触ってみると、骨と皮だけではない、肉付きも少しよく思える。


 そんなあまり恥ずかしい身体をしていない私と、下之さんと会える。


「……ここ限定で、私は人の形になれて、下之さんと話せるんだ」

「はい」

「ふ、ふーん……頻度とかは?」

「私に言ってくれれば毎日でも」


 卑怯だ! 卑怯すぎる!

 それは私にとってあまりにも夢のある提案すぎた。


 だっていつか私の妄想した、下之さんとの学校生活が実現できちゃうんだよ?

 

 汚いなあ、このユミジとかいう前髪で表情覆ってる腹黒女、汚いなあ!


「分かったよ……鉈になればいいんでしょ、分かった分かった」

「そう言って下さるとありがたいです。それではよろしくお願いします”ナタリー”さん」

「……もっと他に名前なんとかならないの」


 鉈だからナタリーって安直にもほどがある!


「確か下之ユウジの付けた名前だったはずです」

「…………じゃあいっか」


 私、ちょろかった。

 まあ下之さんに名付けてもらえるならいいなって、本当なんでだろうね?


「それでは下之ユウジをお願いします」

「分かった、あと約束してね。この教室での下之さんとの会えるんだよね?」

「約束します」

「……じゃあ、ナタリーになるよ」

「はい」


 それから私の意識は落ちていった。

 今回の眠りは死を予感させるものではなくて、どこか始まりを予感させるものだったんだ。


 待ってて下之さん! 下之さんに私が希望を与えるから!


 ……言ってて恥ずかしくなった、やめよう。 

      


* *



 そして私は鉄の塊に生まれ変わった……はず。 

 というか暗い、何も見えない。

 

『え、ってことは下之さんが鉈取りに来るまで私このまま!?』


 小説の中で下之さんとナタリーが出会うのはしばらく経ってからだったはず。

 ……聞いてないよ!

 割とそれって辛いと思うんだけど!?


 ああ、もうまたあの空間に行って暇潰そう。

 ついでに下之さんも呼んでもらおう、ユミジが言ったことだし!


 鉈だろうが、私好き勝手にやるからね!

 

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