第511話 √4-26 テガミコネクト
四月二十日
彼から手紙が届いた、またその小説は面白かった。
過激化していく争い、ギリギリの戦いで、主人公と桐の奮闘。
そして時折挟まれる二度目の肝試しのようなのんびりとしたエピソード。
やっぱりホニさんは可愛いなあと思いつつも手紙を読み終える。
「ふふ」
それからふと思いついて、最初にもらった手紙から読み返していく。
最初は本当に真面目で、真剣な手紙を寄越してくれた。
その時の感動はこれまでになかった、自分の人生で初めてのキラメキを感じた瞬間だった。
その後私は無茶ぶりをして、そんな無茶ぶりに彼は答えてくれて。
そして繰り出されるのは日常とファンタジーが混ざったような不思議な小説。
時間だけはあまりあるのでいつか読んだライトノベルを連想させる文章や、内容。
それは私にとって新鮮で、中身の奇抜さと裏腹に彼の真面目さもまた滲み出ていた。
手紙だけでもう二十枚近くになった。
それにビッシリと文字が書かれており、今回の手紙もまた前回よりも量が増えている。
「ありがとうございます、下之さん」
私の為に、ここまでしてくれて。
顔も知らない、何者かも分からない私の為にここまで書いてくれて。
打算さえ感じない……本当は無いと信じたいだけかもしれませんが、彼がそういう人間には思えないのです。
その文章に人間を見ているというのも、ちょっと私はアレかもしれませんが。
「面白いなあ」
読み返すと発見がある、伏線だったり、布石だったり。
キャラクターの心情も読み方次第で違ってくる。
「最後まで……読めるといいんだけどな」
しかし私はふと思ってしまう。
この面白い物語を最後まで私は読めるのだろうか、と。
読む前に私が――
「せめて……それぐらいのワガママ許してください」
居るかも分からない神様に願う、出来ればホニさんみたいな神様だといいな。
私に時間をください、小説が読み終わるまでの時間をください、と願う。
「お願い……!」
そんな私も気づいているのだ。
私の身体はとっくにボロボロで、回復の兆しもなく、ただ体力が落ちていく一方だということに。
そのあと願って、手紙を読み終えた後に手紙を書いた際は何度もペンを取り落した。
時折身体が強く痛む、薬を飲んでも気休めでしかなくて。
手紙を読んでいる時だけが痛みを忘れられる、唯一の幸せな時間だった。
* *
俺は今日も病院に行こうと奮闘した。
しかしそれは叶わない、シナリオの強制力は俺に彼女のお見舞いに行くことを許さない。
それはなぜだ、そこまでして彼女に会うことを拒むのか。
怒りが募っていく、現実のようでいてすっかりゲームの中でしかない――くだらない世界に。
「なんでだよ……」
目の前にそびえ立つ病院は、近いようでいて遠く、たどり着くことは叶わない。
病院が目的と思われる老人について行っても、俺だけが別の場所へと足を向けてしまう。
病院行の車の道のりをたどっていっても、俺は別の方向へと歩いている。
今日もまた一時間を、迷い迷ってたどり着けず、何の進歩なく終えた。
「くそ……」
そうして俺はぶつけようのない理不尽に、肩を落として帰路につく。
フリザーブドフラワーでなかったら枯れていたところだった、結果的に正解だったようだ。
六月二十四日
私はベッドだ。
動くことなく、白い天井を見上げている。
誰かが身体を預けている時は背中だけが見えて、体重を感じる。
むしろ白い天井が見えない方がいい。
ベッドだって寂しがるのだ、例えばそのベッドで長い間連れ添った相手が突然にいなくなると切なくなる。
ふと聞こえてくる声でそのベッドの主がどうなったか分かって一喜一憂する。
ある場合は無事退院したようで、私は寂しい反面喜んだ。
ある場合は別の病室に移されたようで、私は寂しく思い不安になる。
ある場合は私の上で息を引き取った、明らかに生気が抜けて私にかかる体重が増すのだ。
その時はひどく悲しくなって、内心で涙を流す。
ベッドは涙を流せないから、内心だけで、思うだけだけどね。
今日も、ベッドの主がいなくなった。
彼女は今後どうなったのだろうか、動けない私はその真相を知ることが叶わない。
唯一知る手段が、他のベッドとの会話や、他のベッドの主と誰かの会話や、医者や看護婦の会話。
それで、ああ彼は退院出来たんだと知ることが出来る。
私は無力だ、ベッドの主の病気を治すことはできない、主の痛みを和らげることさえできない。
ただ身体を預けてもらうことしかできない。
もどかしい、主を癒してあげたいのでそれが叶わない。
しばらくして私のベッドの新しい主がやってきた。
今度の彼がこのベッドを長く使うことなく、退院が叶いますように。
いつもと同じように、私は言葉なく願い続けるのだ。
『なんて締めっぽい描写しましたが、特に意味は無いですね』
『今のベッド寝心地本当悪いんですよ、固いんですよね。ケチらずに新しいのに変えてほしいです』
『今回の小説も楽しませていただきました』
『戦いも過激になってきましたね、主人公には頑張ってほしいものです』
『肝試しの時の告白シーンは不覚にもドキッとしてしまいました』
『続き楽しみにしています』
彼女の手紙は、いつもと違った文字が乱れ気味だった。
明らかにペンを取り落して着いた点が幾つか消しきれずに残っていたのだ。
いつか担任に聞いた彼女のことを思うと、俺はそんな彼女の手紙から、背景を少し想像して胸が締め付けられた。
単に今回は調子が悪かっただけだと、自分に言い聞かせるように。
「……よし」
俺は小説を書きはじめる。
少なくとも彼女は同情されることを望んでいないように思えた……だから、俺はこの小説を書き切る。
それだけでいい、彼女にこの話の完結まで読んでもらえさえすればいい。
「もう夢で殆ど見終わってるから、あとは書くだけだしな」
しかし問題は量があることだ。
今回書いたところで、まだそれなりの文量が残ってしまうのが予測できてしまう。
「……今度の土日、タイミングが合えば一気に書いてしまうか」
俺は書き終えるのを急いでいた。
まるでそれは虫の知らせのようで、気味悪いものだったが――ここで頑張らないと後悔する気がして仕方なかったのだ。