第510話 √4-25 テガミコネクト
六月十六日
なんと私の手元には手紙が届いていました。
差出人は下之祐二さん、手紙の封筒を看護師さんに手渡された瞬間から封を開けて手紙が読みたいと、手がうずうずしてしまうほどでした。
そして手紙は毎回期待通り……以上かもしれないの学園バトルアクション。
バトルはハラハラドキドキ、ちょっと危ないシーンはヒヤッとしてしまうけれど。
それを桐の力などを借りて切り抜ける、手に汗握る戦闘シーンは私を夢中にさせてくれます。
そしてこの……文章越しに伝わってくるホニさんのマスコット感!
女の私でも「この子可愛い!」と断言したくなるほどの愛くるしさに加えて、長年生きてきた積み重ねを感じる芯の強さも垣間見えます。
そんなホニさんと主人公の日常の場面もまた、読んでいると幸せな気分になってきます。
と、内心ではこんな具合に批評しながら今日の手紙の分を読み終えようとしていました。
下乃さん、書き慣れてきたのかは分かりませんが手紙の量が日に日に増えているのです。
こちらとしては読みごたえがあって大歓迎なのですが、これを毎回手書きで書くのも相当な労力でしょう。
「(せめて楽しく書いてくれているといいのですけど)」
彼が好意的に書いてくれることを信じたい私もいるのです。
そして体育祭が終わったところで、夏を予感させる内容で引く――と思っていたのですが。
その後には追記のような、あとがきのような形で一文が添えられていました。
『個人的には遠慮せずに書いてほしいですね、自分の思ったことを書いてくれると嬉しいです』
と書かれていました。
「…………?」
最初はどういうことかと頭をかしげましたが、少し考えたのちにある結論に達します。
「これは……前回以前の私の方がいい……?」
そんな、まさかと疑ってしまいます。
だって前回以前の私は、文章を書いた後に失礼で余計なひと言を添えるものだってはずです。
前回はそれを堪えて、比較的に大人しめに書いたはずですが、それでも失礼があるのではと悩んだほどです。
「そう……解釈していいんでしょうか」
確かに彼に思いのたけをぶつけたい、それゆえに感情と文章が暴走して、あんなことを書いてしまっていました。
書きたくない……というわけではないのです。
でもきっと、それは彼が読めば不快に思ってしまうからと――
「いいんでしょうか、遠慮しなくていいんでしょうか?」
遠慮なんて本当はしたくありません。
本当はそこまで親密でもなんでもない、たった手紙を何回か交わしただけの。
顔を合わせたこともなく、もしかしたらすれ違っていたとしても双方に気付かない、同じクラスメイトという接点だけ。
その接点もたった一日のクラスメイトゆえに、意味をなさないはずです。
それでも私は、誰かと話したかったんだ。
遠慮なく、毒を吐いたり、冗談を言いたかった。
だから……だから。
「……勝手にそう思ってしまいますよ」
本当にいいんですね? と内心で彼に問いかける。
遠慮しなくて本当にいいんですね? と問い詰める。
「わかりました、これから――書くのは遠慮しませんよ」
そして私は筆を執る、前回よりも筆に迷いは無かった。
* *
俺こと下之ユウジは、中原アオさんが自分の小説をどう読んでくれているのかや、そんな中原さんからの返信の手紙を心待ちにする反面。
とあることを考えていた。
「(そういえば桐が言っていたな)」
確かこんな具合に――
『彼女には宛先の場所に会いに行ってもいいのか?』
『ダメじゃ』
『なぜ』
『そういうシナリオじゃから』
と、言った具合に軽く返されたのを覚えている。
しかし俺としては彼女への興味が増しつつある現状、実際に合って話したいとも思っていたのだ。
桐のいう事を守らない、そういう”手紙でつながるヒロイン”というコンセプトの展開を考えると邪道なのかもしれない。
それでも俺は、彼女に会いたかったのだ。
彼女がもし許してくれるなら、手紙の内容を話したりしたい。
ほぼ二日後との手紙のやり取り、正確には問いかけた内容が返ってくるまでそれぞれ四日間かかってしまうこのもどかしさ。
会って話せばなんのことはないはずだった。
別に手紙を書くのが面倒なわけではない、むしろ小説を書いている時は楽しくて仕方ない。
夢で見たとはいえ、それを小説の文体に置き換えて、小説を自分の手で書くと言うのは想いのほか熱中してしまう。
だから書く手紙の量も増えて、学校帰りに封筒と便箋と切手をまとめ買いしたほどだ。
正直もはや原稿用紙書いて送りたいほどだけども、さすがにそれは手紙でなくなってしまうので抑える。
「(気になるんだよなー、本当に会いに行けないのか)」
以前桐が話していたことがある、シナリオの強制力だったか。
俺がそうしようとしていなくても、元のギャルゲーのシナリオがあれば半ば半強制的にそうしてしまう。
逆に言えば俺がしたくても、シナリオさえあれば半ば強制的に出来ないことになる。
つまり言い換えると、彼女に会いたくても会えないという強制力が働く可能性があるということ。
「(……よし行ってみるか)」
思い立つのは早かった。
今日の生徒会は幸いなく、本来ならばユキやマイや高橋との下校となるはずだった。
が、予定を変更して俺はお見舞いにいくことを心に決めた――それは午後の数学の授業の頃だった。
全員が帰り支度を始めている教室で、ユキが話しかけてくる。
「ユウジは今日生徒会あるの?」
「いや、今日は無いな」
「そう! なら一緒に寄り道でもしない?」
「悪いユキ、今日は用事があるんだ。また今度誘ってくれないか?」
「そう……うん、ごめんね。じゃあ、また誘うよ」
そういえば生徒会のせいでユキ達と帰る日は減る一方で、時折休日に集まって出かける程度になってしまった。
俺の付き合い悪くなってくなあ、と内心で自責の念に駆られつつも。
心に決めたことで、確かめなければならないことだからと心を鬼にして俺は一人歩き出す――
……流石にお見舞いに手ぶらというのは難すぎるので、結局商店街に行く必要があることに気付き。
商店街への寄り道を考えていた途中までユキ達と同じ道を歩くことになってしまっていた。
なんか、気まずいというか……スミマセンっ!
しかしそんな俺を責めることもなく「なら途中まで話そっかー」「うむ、一緒にいくぞい」「構いませんよ、むしろユウジ様と途中まで寄り道を経験できる幸福!」
とユキ、ユイ、マイはそう言ってくれる。
そんな彼女らの言葉に甘えて、俺は途中まで会話を共にした。
花屋で悩んだ挙句フリザーブドフラワーにしたが……正直良い値段がした、がこれも必要な出費!
今月買う予定のラノベは来月に先送りだが……しょうがない、しょうがないんだ。
「さて」
商店街から病院への道程は覚えている、なにせ俺が以前お世話になった病院だ。
地方都市らしい佇まいながらも、それなりの設備が整っていると言う噂の藍浜病院である。
俺が入院していた際も、全体的に清潔で新しい印象で悪くない入院心地だったかと思う。
「行くか」
それから俺は歩き出す、商店街から歩いて二十分もかからない距離だ。
道さえ覚えていて、迷ったりしなければなんら問題のない場所にある――というよりもこの町で有数の高層建造物なことから、遠目に見えているのだ。
行けないはずがなかった。
行けないはずがなかったのに、行くことは叶わなかった。
目の前に病院が見えている、道なりに行けばたどり着くほどで複雑な道にもなっていない。
だというのにたどり着けなかった。
「……こういうことか」
桐が言っていたのは紛れもなく真実だったってことか。
シナリオで”行かないようになっている”からダメであり、そして行けないというよりも、たどり着けない。
確かに病院への道を歩いているはずなのに、気づくと別の道に、反対方向へと歩いている。
さながら攻略不可能の迷宮、同じところをグルグルとまわる迷いの森の気分を味わった。
分かったことは、シナリオの強制力は、病院に行くことすらも拒むということだった。
「本当……くだらねえ」
歩き続けて一時間が経っていた、そこで俺はようやく諦めたのだ。
目と鼻の先にある病院にどうにかして行こうと、回り込んだり、道を変えたり、歩く速度も変えたりした。
しかしたどり着けなかった、気づくと別の道へ、別の方向へと体が向いている。
「そんなにシナリオが大事か」
俺はそう一人愚痴というか、誰かに対する批判をする。
その誰かとは、このシナリオを作った人間か、それともこの世界を形作った人間か。
「……はぁ」
ため息をつく、この手にあるお見舞い用の花が虚しく感じる。
強制力が働き続ければ、この花を彼女の元へと届けるのは不可能なのだから。
「普通の方法で病院に行けないなら」
いっそ俺が怪我でもしてみるか?
または、その強制力に打ち勝つほどのイレギュラー。
そうだな――
「事故にでも会ったら行けるんだろうか」
思っても流石にやりはしない。
そこまでの勇気も、覚悟もまだ俺には無かった。
「……帰るか」
とりあえずこのフリザーブドフラワーを家のどこに飾ろうかと、思案しながら帰路につく。
振り返ると目と鼻の先に病院があるのが恨めしくて仕方なかった。
* *
六月十八日
暑いです。
なぜこの真夏の炎天下の下を私は歩いているのでしょう、眩しくて辛くて、暑すぎて汗が止まりません。
それもこれも身体を心から冷やす為のアイスクリームを求めての為なのですが、これでは本末転倒です。
体を冷やす前に、身体がゆで上がってしまいます。
それでも家の冷凍庫にはアイスクリームも、アイスバーも残っておらず日傘を差してでも近くのコンビニに行くことにしたのです。
日傘を差していても覆いきれない部分の肌をじりじりと焼く太陽を睨めつけようとして、目が眩みます、おのれ太陽め。
暑いです、暑いです、きついです。
こう思っているだけでも熱さが増していくようです。
なのでこう考えてみます。
いつか食べたアイスの冷たさを思い出します。
口元に触れた途端に、口内にひんやりとした冷気を漂わせながら、嬉しい甘くもミルキーなバニラの香りが支配していきます。
そして口の中でそのアイスが溶けていき、喉を通るだけでアイスを身体全体で感じた気分になれます。
手元にあるアイスが口内外で溶けて落ちないように、舐める速度とかじる速度を速めて――
……余計虚しくなってきました、これまでが妄想です。
ああ、アイスが食べたい。
あの魅惑的なミルキーでスイートなバニラアイスが食べたくてしょうがありません、おのれ太陽め、自分にこんな酷なことを強いるとは。
睨めつけようとしてまた眩みます、太陽から自然な暴力を振るわれました、許されません。
そんなことを考えているとコンビニにたどり着きました。
ヒンヤリとした冷房が身体を包み込み、次第に冷却していきます……この心地よさは素晴らしい。
そう思いながら冷凍ケースを覗くと――
「おのれ太陽め!」
なんとアイスの入った冷凍ケースからは綺麗にバニラ系のアイスだけが綺麗に無くなっていました。
この時の私の絶望感といったらありません。
散々妄想していたミルキーでスイートでシルキーなバニラアイスで予行練習をしていたというのに、そのバニラアイスが存在しないのです。
私は怒りのあまりようやく冷却の済みそうな身体に鞭を入れてコンビニを出ます。
チョコレート味やチーズケーキ味で妥協すべきだったのかもしれません。
それでも私の心と体は訴えるのです。
バニラアイスが食べたい! と。
そう、バニラアイスを求めて私は灼熱地獄に身を投じていきます。
バニラアイスに出会えたのはそれから三十分後のことでした、今度は冷凍庫いっぱいにバニラアイスを貯蔵しておこうと心に決めたのです。
『お読みいただきありがとうございました』
『ちなみに彼女はそのあと、バニラアイスに飽きて色んな味の入ったアソートパックを買えば良かったと後悔するのです』
『とんだ間抜けですね(笑)』
『遠慮しないでほしいと言われたので遠慮しないことにします』
『なら遠慮しないついでに、あとしばらくは手紙に付き合ってください』
『拒否権はないですよ? もし文通を止めたりしたら――泣いて、呪って枕元に出てやりますからね』
『面倒くさい私に目を付けられたのが最後なんです! 諦めてください!』
『それと、いつものお話面白かったです』
『ホニさんが可愛らしいですね、現実にホニさんが存在していると願ってしまうほどです』
『それでは続き楽しみにしています』
そんな彼女から遠慮の欠片もない手紙が帰って来て、俺はまずふっと笑ったのだ。
これぐらいでないと張り合いがない、こっちとしては小説の中身や量で勝負していきたいと思ってしまう。
彼女の文章と、余計なあとがきと、そして俺の小説の感想。
この三つの組み合わせが、個人的に好きなのだと俺は自覚したのだ。