第508話 √4-23 テガミコネクト
「あの、ユウジさん」
かなり落ち込んでいた時に俺の部屋の扉を叩いたのは、ホニさんだった。
正直顔を合わせる資格もないと、すっかり沈み込んでいたのだ。
どんなことを言われるのだろう、だがホニさんのそのいう事を受け止める義務が俺にはあるのだ。
一体どれほどの拒絶が待っているのだろうか、その次の言葉を待っているといよいよ心臓が潰れそうな気分になっていた。
「その……ごめんなさいっ! 最近ずっとユウジさんを避けて!」
まさかの謝罪だった。
これには俺も予想できなかった。
え? なんで俺が謝られる側なんだ、こっちからしか謝ることなんてないのに。
「でも、もう大丈夫ですから! いつもの我に戻りますから」
扉越しにそうホニさんは続けていく。
「ユウジさんが我のことを書いてくれて――嬉しかったんです」
「い、いやそれは……!」
俺は声を出してしまっていた。
違う、きっとホニさんは遠慮してくれている、気を使っている。
ホニさんは優しいから。
「嘘じゃないんですっ! 我のことを親しい方に紹介できるぐらいに、ユウジさんが我を受け入れてくれたことが、嬉しかったんです!」
「…………」
確かに親しくなったからいいと思っていた、それは間違いではなかった。
だとしても――
「我をこの家においてもらえて、家族のように接してもらえて、本当に幸せで、だからユウジさん――」
出会ってから数か月、だというのにもう何年も一緒にいるような錯覚を覚えるホニさんは――
「ありがとうございます」
そうお礼を言った。
もはや俺はわけがわからなくなっていた、謝罪もされて感謝もされて、そんなの俺がされることじゃないはずなのに。
「ユウジさんと、この下之家が許してくれるなら……我はここにいてもいいですか?」
そんなこと決まってる。
俺はもちろん、家族だって同じ意見だろう。
「もちろんだ、こちらこそホニさんにはこれからも家族でいてほしい」
「ユウジさん……っ!」
その時俺の部屋の扉は開かれた、いつもならノックをして了解をとってから入室するホニさんが突然が俺の部屋に入ってきた。
そして俺に抱き付いた。
「ありがとうございます……そしてごめんなさい、少しだけこうさせてください」
「ホ、ホニさん!?」
俺はホニさんに抱き付かれていた。
さっきまで座り込んだ状態だったが為にホニさんが覆いかぶさるように俺の背中に手を回して、俺の肩に自分の顔を載せていた。
本当に、なぜ、こんな、突然のことに俺は理解が追い付かなかった。
「お手紙頑張ってください、きっとユウジさんなら大丈夫です」
そのホニさんの言葉もいまいち理解できずに頭をすり抜けて行った、ホニさんはおそらく一分にも満たないまま俺から身体を離した。
「これで、我ももう大丈夫です」
そうしてホニさんは俺にいつものにこっとした笑顔を向けた。
ここ数日のホニさんでなく、ここ数か月出会ってからのホニさんの表情に戻っていた。
そのあとまだ気まずそうに俺はホニさんのことを書いた旨についてどう思っているか聞いてみたところ。
「全然気にしてないです! というかむしろ書いてほしいぐらいです! って言うと変なのかな? ユウジさんと桐と我のお話だなんて面白いですし!」
と言ってくれた、やっぱり気を使ってくれたのだろうか?
とも思ったが、そのあと俺のパソコン備え付けのコピー機で手紙のコピーか手紙の下書きかをくださいとも言ってきたので、本当らしい。
……そう思ってくれるなら申し訳ないけど、ちょっと救われる。
「でも、こんな手紙を書いていると知ったらもっと早く教えてほしかったですね……我も出ていますし」
「すいませんでした」
少しだけ悪戯っぽく言って「冗談ですっ」とホニさんは付け加える、ホッとした一方でその時の表情のホニさんが可愛くて仕方なかった。
「なので、もし良ければ続きが書けたら我にも見せてくれませんか」
「いや、でも俺の文章ってガタガタだぞ?」
「そんなことないですよっ、ユウジさんには小説を書く才能を感じます!」
「そうか……?」
「そうですよ! ということで、ユウジさんが大丈夫ならまた見せてくださいね」
と言ってホニさんが帰っていった。
なんとも一人残された俺は不思議な気分だった、ホニさんはまるで俺を後押ししてくれることばかり言ってくれたのだ。
事情が分かっているようで、俺が落ち込んでいることも見透かしているようで。
「……ホニさんがそう言ってくれるなら、続けられるな」
そう思えてしまう、ホニさんの言葉にはそんな力があった。
気力が満ちはじめる、手紙を書いてホニさんにも見せたいという衝動も沸き上がっていく。
「なら、とりあえず手紙を出すか」
このまま塩漬けに、お蔵入りか、はたまた処分まで考えた手紙を中原に出せることになった。
「ちょっと遅れたけども、読んでくれるといいんだが」
俺は机の引き出しから手紙を取り出して、善は急げとばかりに部屋を出て家を出て、ポストを目指した。
* *
六月十一日
私は一日の大半というか、ほぼ全てを病院のベッドで寝て過ごす。
いつものことだった、時々テレビや雑誌は見たり読んだりするけれど大体は途中で飽きる。
そして時間さえあれば妄想する、妄想してお話を考える。
小説的なものも、詩的なものも、エッセイ的なものも、妄想して。
場合によってはそれをノートに書き残してもいたり。
それ以外はぼーっと窓の外を見て、飽きたら目を瞑って眠る。
幸い目をつぶって横になれば、すぐに眠れる、それだけは有り難かった。
下之さんから手紙が届く前は、そんな日々だったはず。
そうだ、いつもの日々に戻っただけなんだった。
なのに、この悲しさと寂しさはなんだろう?
とっくに慣れ切ったはずなのに。
手紙を書いている時間はとにかく楽しかった。
人と文章越しでも会話が出来るのが楽しかったし、自分の書いたものを披露するということも楽しかった。
そして一番の楽しみは、返ってきた手紙を読む瞬間。
一度まずさらっと読んで、二周目・三周目……何度も読む。
一番最初にもらった手紙は短い内容だったけれど、何十回・もしかすれば百回近く読んだかもしれない。
実際こうベッドに寝ていると暇なのは確かで、けれどその暇なことで手紙をいくらでも読み返せるのは幸運だった。
私の無茶ぶりに、真面目に返して、それでいて突拍子もないけれど面白い小説を書いて送ってくれる下之さん。
私はこれでも元気だった頃、幼少期はアニメやマンガにだって興味があった、下之さんが書くような小説とかも嫌いではなかったりする。
だから読んでいると楽しかった、内容はエンターテイメントしていて面白くて、そしてそれを手書きで書いて数日おきに送ってくれる。
私のつまらなくて、退屈な日々を彩ってくれた清涼剤だった。
それを私自身が壊してしまった。
調子に乗って、馴れ馴れしくて、面白くもない文句のような文書を付けて。
楽しすぎて、遠慮しなかった。
だから手紙が帰ってこない。
当たり前だよね、何度か我慢してくれただけで、きっと不快にさせて、怒らせてしまった。
本当に私って馬鹿だなあ、せっかく出来た文通相手を自ら失うようなことをして。
「本当、なにやってるんだろう」
涙が出てくる、自業自得で泣く資格なんてないはずなのに。
それでも涙が止まらなかった、一度失ってしまったものの価値、どれだけ私が恵まれていたかを考えもしなかった。
「ごめんなさい、下之さん」
謝ることしか出来なかった、それも独り言でしかない、これも自己中心的な贖罪にもなっていない。
手紙でしか繋がれない、そんな細い糸を自ら断ってしまったようなものなのだから。
「ごめんなさい……!」
空虚だった、後悔に満ちていた。
あの時手紙に余計なことを書かなければ、今も文通は続いていたかな。
そんなもしもを考えて、そして妄想してしまうほどだった。
下之さんの書く手紙の続きは~な感じで、私はこう返して、そしてまた続きが返って来て、私も自分の書いた文章を返す。
私だけは幸せなことが分かる未来、下之さんは途中で惰性で付き合ってくれたりするのかなとか、飽きたりするのかなとか、というところも妄想してしまう。
下之さんの文章が次第に減っていっても、内容が適当になっていったとしても、私はきっと手紙が来て、それを返せるだけで幸せだったのだと思う。
だって、それぐらいでしか私が生きた証を残せないのだから。
飽き飽きした下之さんは途中で手紙を読まずに捨てるかもしれない、それでもいい。
少しの間でもいい、憎しみや嫌悪感だけでもいい、私の存在が誰かに残っていてほしい。
いつか忘れたっていい、それでも僅かな間でも私のことを覚えていてくれたら嬉しい。
まったく勝手だ、下之さんを悪者にさえしてしまっている。
全部妄想で、そもそももしもの延長戦で、それから勝手に妄想をして、下之さんの性格や行動を決めつけているのだから。
「あはは……」
乾いた笑い声が漏れる、前に笑ったのは下之さんの手紙を読んでいた時だっけ。
もう新しい手紙は読めない、今ある手紙を読み返すことしか出来ない。
「告白して襲い掛かってくるなんて、すごいなあ」
何度も読んだ手紙をまた読み始める。
何度読んでも面白いのに、心からは楽しめずに、どこか心にぽっかり穴が開いた気分だった。
そして胸が痛む、病気のせいでもないのに胸が痛い。
「はは……」
一度楽しい時間を経験してしまうと、その楽しい時間が過ぎ去った時に辛くて仕方なかった。
こうして私は最後まで生きるのだろう、そう思いながら何度か目かも分からない手紙に目を通す。
続き、読みたかったな。
六月十二日
寝覚めは良くなかった、最近良くない。
なんでだろうか?
いつもは何度寝ようと、何時間寝ようと、起きる時はスッキリなのが唯一かもしれないいいところだったのに。
起きてぼーっとする。
そういえば手紙を返す必要もないから、最近は何も書いていないことに気付く。
妄想を書きだすこともせず、話を書きだすこともなかった。
起きてから少しして、ノックとおなじみの看護婦の声ののち病室の扉が開いた。
「中原さんあてにお手紙ですよ」
目覚めが悪いのは本当らしい、それもそのはずこれは夢の中なのかもしれないのだから。