第504話 √4-19 テガミコネクト
ユウジがホニさんに伝えたのは夢のことだった。
それは鮮明で、実際に文字に書き起こすことを時間が経ってもなんなく出来るぐらいにはっきりと覚えていた。
最近夢の中で見るのは、戦いのような記憶。
俺とホニさんと桐と、三人が敵に立ち向かっていくお話。
そこで俺は鉈を持ち、桐が隣で声をあげ、ホニさんが後ろから心配そうに見守っている、そんな絵面。
そしてその夢はいつからか始まった、一夜の夢に見るのは印象的な出来事の一つ二つ。
その一つ二つの出来事で構成された夢は翌日に続く、不思議なことに夢見るそれは確固たる連続性があった。
そんな夢を毎日見続けている中、どこかしっかりとしたディテールなリアリティのある夢というのに、内容そのものは現実離れした展開というのは違和感を覚えた。
それでいて、その夢は見ていて辛くはなく、臨場感があり見知った相手が動き回るというのを俯瞰して眺めるようで、楽しく面白く苦ではない。
あくまで主人公のように鉈を振るう彼は、自分の容姿をしているだけで、俺自身ではない。
現にそんな学園祭の演目でも行わないような、今まで経験のないような夢故に他人事でしかない。
夢の中で必死に声をあげ駆ける彼らにはエンターテインメントしか感じない、それだけでしかなかった。
こうなったらいいな、とか面白いだろうな、というのを脳内で作り上げたに過ぎない。
そうとしか考えておらず、文章に起こすというのも手紙を寄越し続ける彼女に対しての対抗心でしかなかった。
手紙自体はまだその戦いにはたどり着いておらず、自分も似たような経験をした姫城マイとの対峙のシーンが終わりホニさんと出会うまで。
その夢を経るごとに増えていく記憶自体は、最近は敵との戦いに突入していた。
そんな夢を文章に起こしたものをホニさんは読んでいると、次第に顔色を変えていった。
最初こそ好奇心に満ちているものだったが、次第に驚愕に目を見開いて行った。
そしてその手紙の続きを話す、ホニさんと出会ってからの戦いのような記憶についてだった。
ある程度を話し続けている途中に、ホニさんは泣き始めたのだ。
「ホニ……さん?」
思わず名前を呼んで声をかけるしか分からない自分が情けなかったけども、今考えて出来ることはそれぐらいだった。
ホニさんが泣きだした理由に検討がつかない。
あ、もしかすれば戦闘モノとかって苦手なのかな? などと思っていると、ホニさんが口を開いた。
「そっかぁ……全部消えてなくなるわけじゃ……無駄じゃ……なかったんだね」
「……わ、悪い。なんか気に障ったか?」
こうして二人いて、心当たりこそなくとも。
構図的には俺がホニさんを、女の子を泣かしたことは間違っておらず、謝るしかなかった
「い、え。そうでは……ないんです」
するとホニさんは慌てて自分で目元の涙を拭う。
「嬉し……かったんです」
「嬉しかった……? それって――」
嬉しかったというのはどういうことなのだろうと、そう聞こうとしたのをホニさんが遮った。
「お話ありがとうございました、ユウジさん。失礼しますね」
「あ、ああ」
ホニさんは俺に手紙を返すと、どこか足早に去って行ってしまった。
急くように扉を開けて俺の部屋に向けてぺこりお辞儀をすると、扉を閉めて退室してしまった。
「……うーむ?」
俺はどうにも先ほどのホニさんの涙が引っかかった。
「嬉し涙……でいいのか?」
それからしばらく考えていたが、合点がいくことはなかった。
* *
ユウジさんの部屋を出て自室に飛び込んで、電気も点けずに扉をしめて背中を扉に寄りかからせた。
我はユウジさんに対して失礼だったかもしれない、けれどあれで精一杯だった。
ああして早くにユウジさんの部屋を出なければ、ユウジさんから離れなければ――
「……あぁ」
思いが抑えきれなかったから。
感情が爆発して、きっと自分でも思いもよらぬ行動を起こしていてもおかしくなかった。
それぐらいの激情が我を飲み込んでいて、どうにかなりそうだった。
「夢って形でも……ユウジさんの中には――」
もしかすれば、恋した自分、結ばれた自分の世界の記憶がユウジさんの中にある。
諦めたことだった。
ううん、諦めなければならないことだったから。
本来ならば、ユウジさんたちと同じように記憶をリセットされてしまうこの世界で、我は幸せな日々の記憶を選んだ。
忘れればきっと楽だった、もしかしたらその方が幸せだったのかもしれない、こんな思いだってしなかったのかもしれない。
けれど、ユウジさんと結ばれた記憶を失くしたくなかった。
自分で選んだこと、恋心を抱いたまま繰り返される世界を生き続ける。
その恋心にユウジさんは振り向くこともなく、誰かと、我の知らない誰かと結ばれるのを傍から見ているだけ。
何百年も同じ景色を見続けてることができた我でも、決して辛くないわけがなかった。
一度自覚してしまった恋心というものは、恋というものは、愛というものは、消えない。
もし幸せな記憶をリセットした我はどうなっていただろう?
きっとユウジさんを恋愛対象として見なくとも、かっこいい人だなあ、すごい人だなあと思ったかもしれない。
けれどきっと、そんなあくまでも信頼をおける相手止まりで、恋心も抱くことはなかったかもしれないのに。
でも今の我には、あの幸せな日々の記憶がある。
手放したくない、忘れたくないからと、自分の意志で選んだこと。
それが自分の首を絞めようとも、失うのは嫌だからと、決めたこと。
だからこそ諦めなければならない。
恋心があったとしても、結果的にユウジさんが振り向くことはない。
というよりももし、万が一、何かの間違いで、振り向いてくれたとしても――物語は進まない。
我のワガママで、桐にも、ミユにもその他大勢、この町全員、この世界にきっと迷惑をかける、貴重な一年を棒に振る。
だから忘れないたくないから、迷惑をかけたくないから、思いを心の奥底に封じ込めた。
ユウジさんの恋路を応援出来るように、でも思考と心はかみ合っていなかった。
今でもユウジさんを目で追ってしまう、奇跡を心のどこかで願ってしまう――だめな、やってはいけないことなのに。
――あの幸せな日々の、我を覚えていてほしい。
という願い、奇跡を。
そして、奇跡が起こってしまった。
あの頃の記憶の片りん、夢としてでも我との記憶。
諦めていたことが、今になって叶ってしまっていたのだから。
あのねユウジさん! ねえ覚えてるかな、我はね! 我はユウジさんのことが――
多くの嬉しさの衝動によって噴き出すところだった。
実際にあまりの嬉しさに涙が出た、抑え込むあまりに変な調子になってしまっていたと思う。
けれど、そうでもしないと今にも抱き付いていた、思いのたけを打ち明けていた、抑えきれない気持ちで言葉が溢れていた。
それをなんとかギリギリで抑え込んで、自室に逃げ込んだ。
今、我は胸に手を当てて、早くなりすぎた鼓動を、感動を熱情を興奮を静める様に瞳を閉じて深呼吸をする。
「はぁ……はぁ」
ようやく落ち着きを取り戻しても、頭の中にはユウジさんでいっぱいだった。
幸せだった日々も、別の世界のユウジさんも、さっきのユウジさんも。
ユウジさん、ユウジさんユウジさん、ユウジさんっ!
「ど、どうしよう」
思わず手で顔を覆って弱音のようなものをはく。
「顔……合わせられないよぉ……」
おそらく自分の顔は真っ赤で、きっとそれでいて涙が再び溢れながら笑っている。
そんな不安定な顔、我を見せられないし、いざ意識し出したら――
「っ!」
次顔を合わせた時に、思いを抑え込める自身がなかった。
「どうすれば……」
腰が抜けて、扉の前に背を向けるようにして座り込む格好になる。
「いいんだろう……」
しばらく、その場から我は動きだせなかった。
暗い部屋の中で、どうにかして心臓の鼓動を静められるように瞳をぎゅっとつぶって今度は胸を抑える。
こんな調子で、我今後はどうなるのかな、そうふと想いはじめてしまった――