第503話 √4-18 テガミコネクト
もう言い訳はしない!
どんな罵りでも受けよう!
俺こと下之ユウジは生徒会が終わり、姉貴やクランナとともに家に帰ったのは七時近い頃だった。
その後は自分が夕食当番なので、ホニさんや姉貴の手伝いを借りつつ作り、そして夕食のち食器洗いまでセット。
クランナがすっかり毎日風呂当番となっており『今日はカビ落としをしましたわ!』と俺に嬉々として報告してくる、日に日に掃除に手馴れてきているように見えた。
そして自分の部屋の勉強椅子に腰をかけてのは夜も深くなりつつある十時半のことだった。
「よし」
パソコンを立ち上げてメモを起動した、最初こそ下書きも手書きという面倒なものだったが、今ではパソコンで下書きだ。
最初からそうすれば良かったと今は思っている。
そして口に手を当てて、うーんとうなりながら記憶を探る。
自分の書くそれは、いつか夢で見た物語。
なんかこう、中原蒼の小説を読んでいる自分が彼女の手のひらで踊らされているようで。
ふむふむと読んでいる内に引き込まれていくというか、でも最後見てツッコミを入れたくなったとしても、不快感はなくて……まあ悔しいんだがな!
「くっそー、一番最初の手紙風に原点回帰するかと思ったらこれだぜ」
あとがきが無ければ佳作、否名作だったというのに。
女の子らしい丸字から繰り出される『まぎれもなくフィクション』というぶち壊し。
「妙にリアル感のあるファンタジー学園モノを書いてやるぜ!」
夢のはずなのにそれなりに鮮明に覚えてるのが不思議だけども、これぐらいやらないと彼女をあっと言わせられない!
夢と実際にあったことを組み合わせる……ふむ、こんな具合だな。
と、今はホニさんとの日常シーンだ。
ほのぼのした展開、ホニさんのかわいらしさを文章で余すことなく表現している。
「才能あって困っちゃうわー」
テンション上がると自画自賛もはじまる、こんなこと前なら言わないのになーと思いつつ書き続ける。
もしかするとこの手紙というより小説を書くのが本当に楽しいかもしれない。
それからパソコンで下書きしたのを便箋に写して、そうして封筒へと入れる。
これからが本当の戦い、だったのは過去の話!
すでに姉貴への肩もみの約束も取り付け、姉貴対策も万全っ!
「(もうこれで問題ない!)」
と自室を出るとホニさんに出くわした。
「あ」
「あ」
ホニさんは俺の手元に目を向けると、少しだけ気まずそうに眼を背けた。
「ユウジさん……あ、あのそれは」
「ああ、これは――」
言いかけるとホニさんは慌てた様子で、
「分かってます! 大丈夫ですから!」
「そっか、なら――」
なんでホニさん焦ってるんだろうなあ、と小動物を見る目で眺めていると、
「恋文ですねっ」
…………?
「こいぶみ?」
「はい、恋文です」
こいぶみ……あの恋文なのだろうか?
「分かりにくかったですか!? じ、じゃあ今風に直して……らぶれたー?」
「恋文っ? ラブレター!?」
何を言っているんだホニさんは、俺が投函するのはあくまで私小説風の手紙であって、別に恋文ってわけでは!
というか誰からもラブレターと断定されるのはなぜだ!?
「ホニさん……何か勘違いしてない?」
「大丈夫ですっ! もう何が来ても驚かない覚悟ですからっ! 受け入れる覚悟ですから」
「いや、あのね」
「頑張ってください、ユウジさん」
らちがあかないと頭をかいてから、別に見られて困る代物でもないので封筒から手紙を出した。
留めていたシールぐらいまた貼りなおせばいいし、これ以上噂が飛び交うのも難だしな。
「だ、だめですよ! そんな大切なものを我なんかに――」
「いやホニさん、読んでくれ」
「えっ……」
「ホニさんに読んでもらいたいんだ」
「ユウジさん……っ!」
たぶん俺の知ってる中で一番物わかりがいいホニさんに読んでほしかったのだ。
きっとホニさんが読めば誤解は解ける……はず。
「よ、読みます! 読ませてください」
この時、ホニさんはまさかまさかあり得ないけど我宛のラブレター!? と脳内で勘違いしているのをユウジは知らなかった。
そしてホニさんは封筒から手紙を出して、広げて読み始める――
「……とある俺と新しい同居人との日常?」
タイトルはそう書かれており、ホニさんと出会ってからの日常シーンを描いている
「あの……これって」
タイトルを見て、少し読んでからホニさんは確信した。
「恋文じゃなかったんですね……」
その時ホニさんが感じたのはちょっとした落胆と安堵。
実際に我宛てのラブレターなんて夢の話で、あったらいいなというレベルの期待だった、とはいえ少し落胆している自分がいた。
そして安堵は我宛てでもないとしても、ラブレターという代物でさえないというものだった。
もうこちらを向いてもらえないとわかっているのに、心の底でほかの女の子と付き合っているユウジさんを想像したくなかった。
そう思っては我は悪い子だと自己嫌悪、自分で決めたことなのになんて身勝手なと。
「勘違いしてしまってごめんなさい」
「いやいや、全然構わないぞ」
独りよがりに期待した我は少し恥ずかしかった。
だからあっけらかんと構わないと言ってくれるユウジさんが救いだった。
「ああ、そうだ。申し訳ないんだけど、出来たら文章のチェックとかできるかな?」
「え? わ、我がですか?」
「うんうん、せっかくだから見てもらいたいなって」
「……わかりました、では拝見させていただきます」
勝手に暴走して申し訳ない気持ちもあったけれど、純粋にユウジさんの文章にも興味があった。
少し時間が経ったので我自体も落ち着いてきた。
「…………」
それは小説のようだった、ちょっと最近の国語の勉強不足の我でもすらすらと読める少し古めの文体。
極端に独自の言葉を使わずに、例えも申し分ない。
面白いな……と何も気にせず読んでいた時に、ふと文字を追っていた我の瞳が停止した。
そんな、これは、まさか――
「ユウジさん!」
「はい!?」
少し興奮気味に声を上げたホニさんにビックリして、俺は声が裏返った。
けれどもそれに気にした様子はなく、ホニさんは話を続けた。
「あのユウジさん!? 私とユウジさんの出会いって三月の下旬の頃ですよね!?」
出会ったころ……というのを明確に経験したわけではないが、その記憶はある。
「でもこの小説だとマイさんとの争いの後ですよね!?」
「ああ、そういえば」
時系列的には三月のことだから前にホニさんとの出会いがあるはずが、小説では四月の下旬になっている。
「……んー、なんでだろうか? というより夢に沿って書いたからなのか」
「夢……夢ですか?」
「ああ、不思議な夢でな。自分で経験したはずのない出来事とかが、さも自分のことのように感じる夢なんだ。まるでそこに自分が本当にいたかのように」
その時ホニさんは一つの可能性を考えた、けれど口に出せばユウジさんを困らせることを分かっていた。
だからそれを抑えて、聞きたいことをつづけた。
「あの……それ以降の夢って見てますか?」
冷汗が流れた、ある種の驚愕・興奮・緊張。
ホニさんは次に続く言葉が待ち遠しくてしかたなかった。
「うーんそうだな……ああ、思い出した」
「思い出したんですか!?」
「でも……ちょっと変な夢だな」
「教えてくださいっ!」
「……笑わないでくれよ?」
ホニさんの瞳は真剣で、少し恥ずかしくもあるが思い出したことを口に出した。
なぜか俺とホニと桐で異能力者と戦ってるんだよな。
妙に現実感あるし、俺自身は傷だらけだしでなーんか変な夢だった。
その時ホニさんの頬を雫が伝った。