第134~136話R √1-13 ※独占禁止法は適応されませんでした。
R版差し替え済み
八月四日
祭りばやしの音を聞く度、改めて夏を感じさせる。
その音に惹かれるようにして俺は祭り会場の一つである商店街へと向かっていた。
ってか「夏祭りに行くぞゴラァ」とユイが提案してきたので誘いに乗った形だ、やはりこうユイがアウトドアなイベントに誘ってくるあたり違和感アリアリなのだが「アニメで見た」と言われちゃ仕方ない。
オタクってのはアニメに影響受けるもんだ、俺も深くはツッコめまい、考えまい。
そしてユイによるとびきり情報によればユキと姫城が浴衣で来るとのこと。
活発形なユキに物静か(外見上は)な姫城という方向性こそ違えど華やかに違いない藍浜高校の二大アイドルこと、二人の浴衣姿となれば俺も期待せざるを得ない。
あまりにも期待し過ぎて待ち合わせ三十分前にも来てしまったぐらいだ、なかなかの浮かれっぷりである。
「あ、ユウジ!」
「おおー!」
ものの見事な浴衣姿に思わず感嘆の声を漏らす。
青地にスノードロップをあしらった模様の浴衣姿で髪型は珍しくポニーテールでなくアップにしてのかんざし、そして丸っこいデザインのゲタを履いている。
いつものポニーテールはよいものだが、これはこれで新鮮な上に浴衣には素晴らしいほどに似合っていた。
活発なユキに落ち着いた色合いの浴衣というのも、ギャップ故かグっときてしまうものだ。
「こんばんは、ユウジ様」
「……おぉ」
姫城がまた似合っていた。
綺麗な着こなしはやはり美しい、黒髪ぱっつんな日本人形をも連想させる彼女の容姿にはいつになく和風でいて浴衣がよく似合う。
こちらは白地に黄色い花の咲いた爽やかな印象で、(基本は)穏やかに隠れがちな姫城の可憐さを引き出しているように見えた。
というか浴衣を着るといつもよりも五割増しぐらいで美人で可愛く見える、というか少しの間見惚れてしまったほどだ。
……これは祭りの空気にほだされているのだろうか。
「…………」
「ユウジ様?」
「あぁ、なんでもない!」
それとも……マジで俺、姫城のこと気になってる的な?
「ええと、こちら似合っていますでしょうか……?」
「え、ああ! いいんじゃないか!?」
「そ、そうですか!? そうユウジ様に言って頂けると嬉しいです……」
……やっぱ姫城って可愛い、かも……?
「ユキも流石の着こなしだな。綺麗だぜ、見惚れるぜ」
ユキも似合うもんだ、耐性が出来ていない男子ならイチコロだね。
「……ありがと」
これでも主人公的に考えれば、浴衣などの着飾った女の子を前にすれば即褒めるというお決まりに倣ったはずの行動だった。
う、うん? しかしユキはそれが何故に……不機嫌?
「ユキ、怒ってる?」
「……え、そんなことないよっ! ありがと、ユウジ!」
「あ、ああ」
なんか俺はギャルゲー的に考えればフラグ折ったのだろうか……うーむ、似合っていて綺麗には違いないのに。
「それじゃ行きましょうか、ユウジ様」
「いやいや、ちょっと待とうか姫城」
「? なぜですか? ……もしかして私じゃユウジ様に不釣り合いなのですか」
「いやいや違うぞ!? ユイやマサヒロがまだ来てないから!」
本来発案者のユイが遅れてきている、浴衣も着ないのにどうして遅れてるんだか。
「あ、そうでしたね……では少し待ちましょうか」
すると、タイミングを図ったかのようにマサヒロがやってきた――
「きたぜー……ってうおお!? お二人方似合いですな!」
「そ、そう?」
「そうですか?」
ユキも姫城もそう褒められては満更ではない様子、ユキさんや俺への反応はどうしてですかい。
そしてマサヒロは俺に耳打ちするように小声で――
「しかしユウジ、二人とも浴衣を着てもなかなか主張するものをお持ちなようだ……これもアリだな」
「それ大声で言うなよ、普通にセクハラだぞマサヒロ」
「うるせー! お前だっていつか……触っただろ!」
「思い出させるなよ!」
そしてさっきまで小声なのに大声で言う嫌らしさである、ほんとマサヒロって悪い意味で悪友!
「……ユウジ様、構いませんよ」
「俺が構うから!」
「……ユウジのエッチ」
これは冤罪! マサヒロが言い出したことであって俺は冤罪だと思うんですけど!
……それでもユキに言われると割とショックというか、ちょっとヘコむんだよなぁ。
「あー……うん、確かになー」
はぁ、まぁでもそんな許されることじゃないって分かってたはずなんだよな……自分に甘いな俺も
「ユウジ様どう致しました?」
「……じょ、冗談だってユウジ! さ、いこいこ!」
「そ、そうか?」
良かったー……マジで良かった。
このままじゃ、家に帰ってベッドの片隅で体育座りで一時間ぐらいヘコむところだった。
なにせ俺としては好みどストライクなユキに、そんな言葉をからかいニュアンスも薄く言われたのだからヘコむものよ。
「後はユイか……」
するとタイミングを……いや、もう狙ってたんだろう。
「キタアアアアアアアア、オニャノコの浴衣姿ああああああああ!」
お前は一応そのオニャノコじゃねぇのかよ。
Tシャツに短パンのユイの私服姿だった、なんでそれでそんな時間かかるんだよ。
「じゃあ皆揃ったところで、祭りをエンジョイするぞー!」
何故かマサヒロが音頭を取り始めた。
「「おー」」
「人の流れが凄いから、余り離れるなよ!」
「「はーい」」
そうしていつものメンバーで歩きはじめた――しかし五分後のことで。
「は、はぐれた……」
フラグ回収速過ぎだろう。
「ありゃー」
周辺を支配する祭りの喧騒の中で、俺は他のメンバーとはぐれてしまった。
人が絶え間なく続く波の中で、流されながらも探し始める。
「……いないなー」
電話してみるかなー……ユイでいいか、とユイの電話番号をコールし。
「あ、もしもし」
『――ただいま電話にでんわ』
……やべえ、なんか携帯投げすてるところだった。
そんな留守電サービスを聞いてウケると思ってるの? 駄洒落ってものを舐めてるの?
ちなみにあとあとの話によれば、電話にでんわな間に謎の金魚すくいスキルを発動したユイが金魚すくいの店を荒らし回っていたとのこと。
「さってとー……探すか」
いよいよ首都圏の朝ラッシュも顔負けなほどに混雑してきた俺は、少し路地に入ったところに待避した上でユキの電話番号をコールする。
「あ、もしもし」
電話を受ける耳元に、祭りのやかまし喧騒が凄まじい音割れとなって襲撃を試みてきた……負けるものか。
『はいもしまし、あっ』
ユキさん噛んだ、ちょっとかわいい……それどころじゃなかった。
「ユウジだぜ、今どこら辺なんだぜ?」
と、一応は聞いてみるが。
『えっ、ユウジ? ええと……綿菓子屋の前!』
「ええと、ユキ。 綿菓子屋って大体死ぬほどあるんだが……そして俺の目の前にも綿菓子屋さんが」
『っ! ユウジの目の前にも綿菓子屋さん……ホラーだね』
ドッペルゲンガーじゃないんだから。
「すまん、それは違うと思う……で、ユキさん。他に目印となるものはある?」
『うーん……この香るスパイスの香り……チリペッパーを使っているフライドポテト屋が近くにあるよ!』
「まったくわからん!」
この喧噪と色々な匂いが交錯する中でチリペッパーを嗅ぎ当てるのは凄いけども、残念ながら手がかりには繋がりそうもない。
『えーとね、この中で探しだすのは難しそうだから、一時間後に商店街入口前集合てことにしない?』
……確かにせっかく夏祭りに来た訳で、探して時間を失うよりも楽しんだ方が良いのかもしれない。
その間に会えたらラッキーぐらい、そう思えるほどの人ごみだったのだ。
実際すぐに待ち合わせしてもはぐれてしまいかねない、それほどの人が商店街にはごった返している。
「祭り終了まで二時間もあるしな。残り二時間を皆で過ごせばいい的な」
『そうそう。じゃあ私ユイとマサヒロに連絡しとくからー、ユウジはマイをお願いー』
「いやユキ、さっきユイにも電話したが出てくれなかったぜ? 一応俺がまた連絡しとくから、出来たらマサヒロを頼む」
『おっけー、じゃあ一時間後入り口でねー』
ピッ、と通話を切る。
さて……ユイと姫城さんか、ユイは……と、またかけてみてもあのムカつく留守電サービスだった。
* *
「ユウジ、どこに居るのかなぁ……」
せっかく新しい浴衣買ったのに……ユウジにもっと見てもらいたかったかも。
来た最初に、ユウジに褒めてもらえて幸先良いと思ったんだけどなぁ……はぐれちゃったし。
……うん、でも一時間後には会えるだろうし! それまでは――屋台巡りしよ!
と、その前にマサヒロに電話しとこ……ってあれ?「電源が入ってない」 かー、んー。
……じゃあ仕方ないよね、そして今度こそ――屋台巡りしよーっ!
「……!」
あ、あれは! 噂の「ロシアンたこ焼き ハバネロ味」!
藍浜町商店街屋台名物の、ハバネロを蛸にも生地にも練り込んで赤くなってしまったのをカモフラージュするように、他のも赤く仕上げた珠玉の一品!
食べたい! むしろハズレの激辛だけ食べたい! どれだけ辛いんだろう! 食べたい! チャレンジしたい!
「へいらっしゃいー」
「あのー……ロシアンたこ焼き、ハズレだけください!」
「いやいやお嬢さん、そういう注文はナシっすよ!」
ちなみに高橋君にあとで聞いたけど、電話の電源が切れていたから出なかったんだって。
* *
「……」
姫城に連絡……って、あ!?
俺は大変なことを忘れていた……そうだった……そうだったじゃないか!
電話番号もメールアドレスも知らねえ!
どーすんだ! 一時間後集合を教えられないでどうすんだ、俺!
この人だかりと通信手段ナシでは姫城への連絡も出来そうになく八方塞がりな俺、そんな時であった――
「ユウジ……様?」
後ろから聞こえる確かな声に、俺は反応した。
「姫城……か?」
「やっと会えました……」
「あ、ああ」
探していると、まずは姫城を見つけた。
そして一時間後に入口前集合のことを伝える――
「あ、あの……」
「ん?」
「良ければ、私と一緒に屋台を回りませんか?」
「ああ……そうするか」
「や、やった!」
姫城も、こんな砕けたリアクションを取るようになったんだなと思うとなんだか感慨深い。
いつも俺相手だと敬語で様付で、妙にかしこまっている印象があったからこそ大人びた印象もあって、今の姫城は年相応の女の子に見える。
「じゃあ行くか!」
「あ」
何も言わずに、俺は姫城の腕を掴んでいた――そう、肝試しのあの時のように。
「どこか行きたい?」
「あ、えーと……綿あめ?」
「よっしゃ行くか」
「は、はいっ」
姫城は引かれるままだったが、少し振り返って見えた姫城の表情はとても嬉しそうだった……俺が勝手に腕掴んだけども、別にいいみたいだな。
そうしてお目当ての「綿あめ二つ」はいよ、と店主からお金を払って受け取る。
「ほい、姫城」
「いくらでしたか?」
「いや気にするな。海で飲み物も貰ったしな」
「で、でも……」
綿あめとは砂糖の塊であって、この夏場であればしばらくすれば砂糖が溶けだしてデロデロになりかねない――
「……溶ける前に、食べちゃおう」
この台詞、なんだか少しデジャブだな……。
「い、いただきます」
姫城は恐る恐る俺の手に持つ綿あめを受け取ると――もふもふした綿へと口を付けた。
「甘いです……」
「まぁ、そうだろな」
「ユウジ様が買ってくれたから甘さ倍増です!」
「おおげさだなぁ」
「もったいなくて食べれないです!」
「いや、溶けるから」
なんというか……普通に楽しい時間だ。
姫城と話しているのに、こんなにもリラックスしてるのは……かつてと比べれば不思議だ。
あんなに気を使ってたが嘘のように、二人綿あめ手に持って笑い合う……なんとも言葉に出来ない時間だ。
「じゃあ、次行くか?」
「はいっ」
屋台を廻り始めるm俺はフランク買ったり、金魚すくいに孤軍奮闘した揚句に三匹どまりで泣きを見たり。
姫城の射的の上手さに驚いたり、たこ焼きを買って二人でつまんだり――
……あれ? このノリって俗に――
「デートみたいですねっ」
「ぶふっ」
思わず飲んでいたラムネを噴き出すところだった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「い、いやダイジョブダイジョブ」
あ、あれ? 本当に……なんでこんなにまで姫城を意識してんだろうか?
正直俺として、もし純粋な気持ちやら好みならば――ユキのはずなのに。
しかし、で……姫城との時間は今は凄い楽しいし、少し続いてもいいかな、とも思っていたりする。
どうしたのか俺は、どうしたいんだ俺は。
もしかして、俺は――
「ユウジ様? お顔が赤いですが……大丈夫ですか?」
「いやいやいやいや! 大丈夫大丈夫だからっ!」
「そうですか? ……そういえば、あと五分で花火みたいですよ?」
「ああ、そうなのか……待ち合わせの十分前に始まるのか、ちょいギリギリだな。とりあえず少し道から外れて見てみるか?」
「はいっ! ぜひ一緒に見ましょう!」
それから少し歩くと開けた場所に出て来る、そうこのお祭りの本来の意味である縁日における神社が建つ場所だった。
縁日そのものが神仏のお祭りであるからして、本来は神社が中心となるところを時代の流れで「なんだかよく分からないが出店がたくさん出る日」という印象が強くなったのだ。
そんな神社の敷地内には、いくたかベンチが並んでいて大半が埋まっていたのだが――その一つが丁度今空いた。
空を見上げるにはうってつけの場所で、俺と姫城が座れるのには十分な三人掛けベンチだった。
「お、あそこにするか」
「はいっ」
そうして二人腰をかけ、空を見上げる。
「今日は晴れてたからな……星が良く見えるな」
「き、綺麗ですね……」
その見上げている間は、時間が止まったようで、辺りの喧騒も気にならなくなっていた。
そして――激しい音と共に夜空に花火が咲いた。
そうして一つ目の花火が打ち上がると、辺りから歓声が聞こえてくる。
隣を見ると、次々上がる花火に見惚れる浴衣姿のマイが居た。
「っ」
それがとても美しかったのだ。
こんな人とデートまがいな事をしていたのかと、改めて驚いてしまう。
こんな美人な子とお祭りデートを決め込めるなんて実は俺って、かなり幸せ者なんじゃないかと勘違いしてしまう。
いや……幸せには違いないか、幸せだ、うん。
それから五分ほど花火を堪能し、俺たちは入口を目指した。
「あと三分しかねぇ!」
「間に合いますかね?」
「少し走れるか?」
「はいっ!」
ゲタの彼女はあまり速くはしれない、それでもマイは速度を出す。そして、俺は――
「……いいか?」
「っ!」
何気なく俺は、前触れも予告もせずに彼女の手を握る。
握ると最初こそビクッと手を震わせたが――
「――お願いします」
と、柔らかな笑みを零した。
「よっしゃ」
と、祭りの喧騒を駆けて行く。
そしてユキの待つ、祭りの入り口に辿りつき――
「あ、ユウジ! ――――ッ!?」
この時夢中で気付くことはなかった。
「お待たせ」
「お待たせしました」
俺らは二人が一緒に来たことを、二人手を繋いで走ってきたことを、それをユキが見たらどう思うかを。
この時は俺は何も考えていなかったのだ。
「ん? どしたユキ?」
「……え、いや! な、なんでもないよ?」
楽しさのあまり、ユキの表情に気付くことが出来なかった。
「マサヒロに連絡付いた?」
「う、ううん」
「そっかー……一応ユイにももっかい連絡しとくか」
「うん、お願い……」
「もしもし――」
気付かなかった。これだけのことが、後の未来を大きく変えることとなる。
そして――
一人の女の子が深く傷つくことになることを。