第496話 √4-11 テガミコネクト
おはようございます
雨がしとしとと降る夜は六時半、手紙を出すと言うミッションに成功した。
語れば長くなるほどの、姉貴との戦い……しかしなんとか禁じ手で勝利を収めた。
「デートなー……」
今週日曜のデート、またの名を買いだしに付き合わされることが確定した。
まあその程度のことならば、自ら志願してでも行ったかもしれないが、姉貴と買い物と言うのは嫌ではないし、それに、
「(俺と姉貴で下之家を支えていくんだから)」
父親はすでにおらず、母親もほぼ家に帰ってこない。
少し前まで姉貴に甘えきっていた自分は捨てたのだ。
俺に出来ることは、率先してやるべきと思うようになった。
「(とはいっても)」
少し姉貴の溺愛っぷりには冷や汗ではあるのだけれども。
どちらかといえば、俺がちょっとした異性の人にアクションを起こすと気になってしまうらしく、その度に不安にさせてしまうのが少し申し訳なく思う。
溺愛は自分がまかないきれるか、親の代役を務められるか、姉らしくもいられるか、その背負いすぎた姉貴にとっての休息か、ご褒美か? 反動によるものだと思う時がある。
「姉貴の役に立っていると思えばいいんだけどさ」
少し自惚れ過ぎだろうか、でもふと考えてしまうことがあるのだ。
俺が何かしらの理由でいなくなったら姉貴はどう思うのか。
そして俺の前から姉貴がいなくなってしまったら、その時自分は何を思うだろう。
「……」
少し……いや、結構悲しいかな。
でも、姉貴がいつか自分の家庭を持つ日も――
「ああっ……」
か、考えるのはよそう。
それを考えるのはもっと先でいい、最悪そうなった時でいい。
そういった姉貴が望んで前から消えるのは、きっと歓迎できる。
でも不慮の事故や、病気で失くしてしまったら――
「だめだだめだ」
頬を両手で軽くパンパンと叩き、こういうことを考えてしまうだけで病は気からと言うかなんというか!
「あっ、おかえりユウくん!」
玄関で迎えてくれた、ぱっと花咲くような笑顔の姉貴を見て、
「ああ、ただいま」
その不安を拭い去った一方、ある文言がふと思い浮かんだ。
『俺はもう姉貴を孤独にはさせない』
俺は”もう”とはなんだろうか? そんなこと口に出したことがあっただろうか、と考えてみる。
それでも俺は決意したはずだ、いつ、どこで、とは分からないがそれを思ったことは確かなのだ。
だから、これからもしばらくよろしく頼むよ、姉貴。
* *
自室に戻ると、手紙が届き読み・返信を書き・ポストに届け家に帰るまでが遠足だというように高揚していた気持ちが落ち着いてくる。
「あー……」
冷静になって思い返してみると、あの一文はちょっと変だっただろうか?
あれ、もしかして誤字がいくつも残ってたりする……かもしれない?
というかそもそもお話がつまらない?
いやいや、大丈夫だろう。
これが初めての返信というわけじゃない、二回目だ。
それでもやはり、自分の手を離れた手紙やテスト答案用紙や、電子メールに至るまで少しは「大丈夫……か?」と思ってしまうものだ。
むしろここで「完璧すぎて非の打ちどころがない、いつしか手紙の内容は彼女から伝聞され、次期にメディアに取り上げられて華々しく小説家デビューするに違いない。さあ、心して手紙を読むが良い」などというようなナルシスト精神、自分が狂っていないことを再認識する。
今の例えは極端だとしても、まあ少しは疑ってかかるべきだろう、自分の行った行動でも、だ。
「……うん、やらかしてる箇所はないはずだ」
筆を走らす、シャーペンで記したのだから手が内容を少なからず覚えている、同じく資格で捉えている手紙の内容もまた完全ではないが覚えている。
いや痴呆ではなく”てにをは”や接続にどんな言葉を一字一句完璧に覚えていないだけであって……と、俺は誰に言い訳をしているのだろう。
まあ、何が言いたいかと言うと。
「とりあえず手紙返ってきてください……!」
いや、俺の出した手紙で文通が止まるってなかなかにきまずいぞ!?
切実に、誰が見ているわけでもないのに手を合わせて祈る。
自分の手紙がつまらないせいで、手紙を読んだことで不快に、どうでもよくなったから返信をやめてしまった……どれも普通に嫌だね!
なぜ見ず知らずの人間に対しての手紙でここまでオーバーに考えてしまうだろうという冷めた自分もいる。
だがしかし、いくら文章が適当に見えて、時折喧嘩を売買してくるように見えたとしても、手紙の主はそんなに悪い人間じゃないように思うのだ。
重苦しいというか、女の子の気持ちのようなものが手紙全面に広がっていたらそれはもう返信するのに躊躇していたかもしれない。
逆にこのお話を教えてほしいとか、そのまるで気兼ねの無い友人間で話すような言葉で、実際に殆ど気負いせず手紙を書けたのは確かだ
直感であり確証もなく、ただ信じてみたいという願望にも似た。
「ギャルゲーのヒロイン……だったか? それでも」
とりあえず手紙を通じてでも、手紙を通じるだけだったとしても、仲良くなってみたいという気持ち。
彼女が学校に行けない同情からなのだろうか? または単なる好奇心か、それとも退屈しのぎ・暇つぶしの一環なのか。
そこまで俺は深く考えずに、手紙を読んで書いたのだから理由付けには興味がない。
少なくとも、雨の続きそうなこの六月でとっておきのサプライズというか出来事というか。
「早く手紙返ってこないかねー」
机前の椅子に腰を掛けて、少し上機嫌の俺の目の前では雨が降りつづけていた。
おやすみなさい