第483話 √b-66 神楽坂ミナの暴走!(終)
俺は全てを思い出した。
俺が何のために目立ちがりでは一切ない俺が生徒会で副会長を務めたのか。
なぜ半年前まではほどほどに手伝う程度だった家事を、俺とホニさんで奮闘して家族を支えていたのか。
そして、ミナを好きになろうとした理由の一つ。忘れてはいけない彼女たちを傷つけた事実――忘れてはいけない大切な人、
階段から転げ落ちる最後の視界で、そこには必死で手を伸ばすミナの姿があった。
俺が忘れたのは、俺にとってただ一人の”姉”だった。
ミナと姉貴という中で困惑し、悩み悩んだ決断の先にミナと付き合うことになったというのに。多くの女の子を傷つけた結果だったのに。
それを忘れて、生徒会を言い訳にミナを蔑ろにして。
最近のパズルが噛み合わないような、言いようのない違和感はこの過程が失くされたことからだったのかもしれない。
この世界は歪みに歪んで、俺とミナの関係は取り返しのつかないことになりつつあった。
……その事実が分かった俺はどうすればいいのだろう、謝り倒せば許されるのか?
そんなわけがない、俺はこの彼女にしてしまったことを背負わなければならない――忘れちゃいけない。
「ごめん……ミナ」
そうして視界が開けていった。
* *
「ユウくんっ!」
見えたものは天井、消毒薬の匂いが鼻孔をくすぐり、ここが保健室であるこを瞬時に理解した。
耳に飛び込んできたのは彼女の声、大きな声で俺が目覚めたことに気付き俺の名前を呼ぶ彼女。
次の瞬間には彼女の顔は二十センチもないほどに近づけていた。まだボヤけた視界でもわかる、泣き腫らした跡が分かる、痛々しい。
「ごめんなさいユウくんごめんなさい……っ!」
「……なんでミナが謝るんだよ。少し前までの俺はどうかしてた……ミナのことを大事にしてやれなかった、本当に悪かった」
本当にどうかしてた。これまでの行動も、これまでのことを忘れてしまったことも。
「そんなことない! ユウくんが生徒会も、勉強も家事も頑張ってること知ってたのに! それなのにワガママにあんなこと言って!」
「それぐらいのことが出来ないようじゃ彼氏失格だろ? ミナは悪くない」
この世界にそれをこなせるヤツだっているだろう。俺の力量不足、ただそれだけなのだ。
「違う! 全部私が悪いの! 私が望んだから! 私が――幼馴染になることを望んだからっ!」
――望んだから? 彼女は何を言った? 幼馴染になれることを……望んだ?
その言葉の意味はなんだ、幼馴染は幼馴染のはずだろう、でもこの言いようは――
「ミナ、いきなり何言ってんだ。俺とミナはもともと幼馴染だろう?」
嘘、俺は全てを思い出している。ミナが姉貴であったことを、俺が姉貴を取り戻す為にミナと……付き合おうとしたことも。
「違うよ、私は本当は――ユウくんのお姉ちゃんだよ」
お姉ちゃん、懐かしい響き。衝撃を受ける一方である言葉を思い出す『ミナを攻略なければならんのう』そうしなければ世界はループし変わらない。
今思ってみれば姉貴が戻ってくるかも不確定なのに、姉貴を取り戻す為に突っ走ってミナと恋人関係になろう、戻ってきた時の為に姉貴の居場所を守り続けようと俺は必死になっていたのだ。
ミナは、姉貴のことを思い出している――それが結果的に果たされたのだ。
「思い出したのか……姉貴?」
「うん、ユウくんにとっての姉貴でお姉ちゃんだよ」
その事実で喜びのあまり起き上がって、今にも抱き着きたかったがそれを抑える。
さっきまで忘れていたはずの調子のよい俺、それでも嬉しくて仕方なかった。
「上手く出来ると思ったんだけどな……私が幼馴染ならきっとユウくんと一番仲良しで、一番幸せになれると思ってたんだ」
一番仲良しで、一番幸せ。少なくとも俺はそれを果たせなかったのだ。
ミナは懐かしむような表情で続ける。
「そしたらお姉ちゃんの頃よりユウくんと一緒にいれなくなっちゃった」
苦笑しながらミナは今まで溜めてきた思いを吐きだすように、悲しげに言った。
「…………」
俺はどう答えればいいのか分からない。
「ユウくんと一緒にいれるお姉ちゃんで嬉しかった、でもユウくんを好きになっても恋人には絶対になれないお姉ちゃんも嫌だったんだ」
そうか、姉貴の溺愛の表現は。姉弟のそれではなかった、ということなのかもしれない。
「願うだけなら自由だもんね。だから私は願ったよ、ユウくんと普通の学校生活を送って休日は仲良くお出かけして、周囲には恋人同士に見えるような――幼馴染になりたいって」
姉貴の願い、かつての俺の可能性の一つにあった。この世界は、この状況は姉貴の願った世界なのではないかと。
それが真実だった。
「これでおしまい……だね」
寂しげに眼を伏せて言う姉貴。姉貴であることを思い出し、神楽坂ミナでなくなったのだから終わりは終わり。
だが、俺は最後に言っておきたかったのだ。
「……姉貴に言いたいことがあるんだ」
「え」
このまま終わらせたくなかった。このままただの姉弟の関係に戻るのか、それが俺は嫌だった。
「俺は姉貴のことが好きだ」
正直に言ってしまおう、家族だから、姉だから、それであそこまで反抗しない。姉であることを求めもしない。そこにミナはいるからいいじゃないか。
ちがう、そうじゃない。俺は姉貴のことが好きだったのだ。
「っ! ……ありがとね、そう言ってくれて」
「俺は――俺はミナと同じように姉貴が好きだ」
ミナと同じように、俺は女性として姉貴が好きだ。
憧れだけじゃなかった、尊敬の気持ちだけじゃない、俺は姉貴のことが好きだったのだ。
シスコンなんてとっくに超えている。
「ミナと同じって……」
「ああ、一人の女性として姉貴が好きだ」
「……! うそ、うそだよそんなの。だってお姉ちゃんなんだよ! 本来そんなこと許されないのに!」
分かっている。俺も姉貴も分かっていた、だから姉貴は願ってしまったのだ。
「姉貴に一つ聞きたいんだが、いいか?」
「……なに、かな」
たった一つのことだ。イエスかノーかの単純な二択。
「姉貴は俺のこと、好きだったか?」
ミナでなく、姉貴。改めてその答えを聞く。
「だったじゃないよ……好きだよ、私はユウくんがすき! いけないって分かってるのにお姉ちゃんはだいすきなのっ!」
そうか。なら、いいんだ。
「いけなくない、許されなくない。俺と姉貴が共に好きなら、そんなことどうでもいい」
「っ! だ、だって。世間も法律も! ぜーんぶ、それを許してくれないんだよ!」
「好きな気持ちはそんなことで変わらない、姉貴は変わるのか?」
「変わらない、変わらないよっ! 私はずっとずっとユウくんのことが好き! これからもずっと好き!」
姉貴の想いをここまで知れるのはいつ以来だろう。いや、初めてかもしれない。
ミナのことを知れることが姉貴を知れることと喜んでいた時と同じように、俺は嬉しかった。
「……ユウくん、姉の私が好きって言ってくれたのは嬉しいよ。だったら幼馴染の私はどうなるの……かな?」
「決まってる、ミナも俺は好きだ。選べないね」
「優柔不断だなあユウくんは……でも二人分の好きを言ってもらえる私は、すごい幸せかも!」
嬉しそうな姉貴を久しぶりに見た気がする。ミナとしても久しぶりか。
俺はそれだけ彼女の笑顔を失わせていたのかと思う。本当に最低ヤローだよ俺は。
そして最低に最低を重ねるのだ。
「だから姉貴、全部やりなおそう」
幼馴染であったことも、姉貴に戻ったことも、これまでに起こったこと全部。
こんなあべこべな世界が続くはずがないのだ――俺はこの世界にギャルゲーが混ざった事実も思い出している。
きっと終わる、姉貴を取り戻したことで神楽坂ミナの物語は終わってしまったのだから。
まったく酷い掌返し、さっきまでは俺たちさえ大丈夫ならと言ったばかりなのにな。
でも当たってしまうのだ、この世界があと少し終わる予感が。
「! どうして! せっかくユウくんと両想いになれたのに!」
「でもここでは姉貴は”ミナ”なんだぞ? 姉貴に記憶が戻っても周りは変わらないんだ」
「それは……でも、それこそ私たちが変わらなかったら!」
「無理だよ、気持ちはあっても世界は許しちゃくれない……現に俺は姉貴がいないことで悲鳴をあげてる」
まったくそれを言うなんて、姉貴が俺のことを大事に思ってることを知ってるが故だけに尚更だ。
でも本当に限界だった。俺もそうだが、この世界で姉貴が欠けたことで多くの人に負担をかけている。
……俺と姉貴だけのワガママですまないのだ。
「あっ……」
「俺は姉貴に戻ってきて欲しい、今度からは有無を言わさず姉貴のことは手伝うから」
「…………」
「頼むよ、一生のお願いだ。俺には姉貴が必要なんだ、姉貴がいないと俺は生きていけない」
姉貴がいなかった、姉貴がいないことで俺は壊れたのだ。
俺には姉貴がいないとどうしようもないんだ。
「うん……わかった。ユウくんは甘えん坊だね」
甘えに甘えを重ねた頼みであることを自覚している。それでも俺にとって姉貴は本当に掛け替えのない存在だ。
「そうだよ、弟は姉に甘えたいんだ」
「ふふ……甘えられる姉というのも捨てがたいかな、でも――」
そして俺の唇に優しく姉貴の唇が触れた。
「ッ!」
「幼馴染延長戦! これぐらい、いいよね?」
振れた唇の感触を思い出すように指で触れながら、姉貴は更に言ったのだ。
「ユウくん……大好きっ!」
その笑顔は、今までの姉貴の中で最高の笑顔だった。
きっとその表情を俺は忘れない。
END
――GAMEOVER
私が生徒会で副会長をして、家事も勉強も運動も頑張っていたのはね。
ぜんぶ、ユウくんに見てほしかったからなんだ。
カッコイイお姉ちゃんならユウくんは見てくれるよね?
きっと褒めてくれる、憧れを抱いてもくれるかもしれない。
ただ、それだけなんだよ。
ユウくんが私を見てくれるだけ、話してくれるだけ、関心を示してくれるだけで私は嬉しいし頑張れる。
優等生を気取るのも、真面目を演じてたのもそれが理由でしかなかったんだ。
本当は我欲だけの人間なんだよ。でも、それでいいの。ユウくんさえいればそれでいいから。
だからね、私のすべてはユウくんだったんだよ。
だから――今までも、これからもありがとね、ユウくん。
* *
そうして世界は元へと戻る。
√b終了
「もしもユウジが”神楽坂ミナ”と結ばれたら」
「もしも下之ミナが”ユウジの姉でなく幼馴染になりたい”と願ったら」
これはそんな六つ目のユウジとミナの”イフ”の話。
√b完結です! 長かった! 自分のせいとは言えとにかく長かった! 今回は色々と実験的な要素を詰めこんだシナリオでした、ハーレム展開に姉が幼馴染というビックリシナリオ! あとは新手法としてヒロイン間での日常描写に我慢の限りを尽くしたのがメインヒロイン内情描写の完全封印です! ヒロインであるミナは姉貴の時代から意外とミステリアスでしたのでそれを生かして、b-65まで一切自分語りをさせませんでした。基本的に色々と説明してしまう自分ですが、読者の解釈や発見に任せるところは任せたいと思いますー、ではここまでお読み頂きありがとうございました! 次回は短編モノで、これまた実験的にな展開になる予感、こうご期待ください!