第477話 √b-60 神楽坂ミナの暴走!
九月一日
俺は生徒会の仕事があるからなー、と予め早起きに朝食や弁当を作っての万全を期してからの登校。
朝も七時少し前に家を出ると、そこには見慣れた姿があった。しかし予想外ではあったが、
「おはよー、ユウくんっ」
「おはよ、ミナ。お出迎えとは面倒くさがり屋のミナとしちゃ珍しい」
彼女は何の早起きする理由もなければ遅起きするタイプ、更にはわざわざ俺の家の前まで学校を通り過ぎて来るなんて意外にも程がある。
「……だってユウくんと初登校したかったんだもん」
「…………」
あ、ああ。そうか、そんな理由で――ああ、クッソ嬉しいなあオイ。
「な、何か反応してよね! 言ってるこっちが恥ずかしいじゃない」
「俺もミナと初登校を迎えられて嬉しいぞ、わざわざありがとな」
と頭の上にポンと手を置いた、その瞬間に真っ赤に茹で上がるミナ。実に新鮮だ。
「な、なっ……真面目に返しちゃってどうするのよ! ここはいつもみたく冗談交じりで――」
「そうはいかないって、自分の睡眠より俺との初登校を選んでくれたことが純粋に嬉しいんだって、ありがとな」
更に真っ赤っか、可愛いヤツめ。
「さ、さあ! 無駄話は歩きながらでも出来るんだから、行こっ」
「おう、行くか」
そうして二人歩き出す。
「…………」
「…………」
といいつつ会話は無かった、というより彼女の反応が初々しいと言うか可愛らしいと言うかニヤニヤと見守ることにしていたのも事実。
なぜか俺の左に並ぶ彼女は、右手を俺の方へと持っていこうとするもすぐにひっこめ、やっぱり持っていこう――の繰り返しをしていた。
面白可愛い光景を見ていたいと思うもんだろ?
「(ちょっと意地悪してみるか)」
またまた持ってこようとしたミナの手を俺は軽く握った。
「っ……っ!」
いきなりの不意打ちにびぃんと緊張しているのが手を伝ってくる。
「い、いきなりなんなのよ! ユ、ユウくんのえっち!」
「そんな性的なことはしてないと思うんだがなあ」
「……余裕ぶっちゃって、なんかムカっとくるなあ」
そう、奇襲戦法というか不意打ちが必殺技の彼女だがされるのは苦手らしい、そして彼女は負けず嫌いである。
「え、えいっ」
「え」
不意に腕に感じる重み、それへ目を向けると。
「こ、これでどーだ!」
「お、おう」
俺の腕に抱き着く彼女の姿あった、真っ赤になって無理しちゃって。
まあ、俺も人のことは言えないのだが。
「…………」
「…………」
しばらくそんな無言が続く、しかしミナは離す気は意地から来るものなのかないらしい。
「っ!」
俺の腕が解放されたその要因は、朝早くにウォーキングする老人がこちらを凝視しているのに気付いたことからだった。
老人は微笑ましいなあという表情を浮かべながら駆け去っていった。
「わ、私先に学校に行く!」
「ちょ」
色々な感情のせめぎ合いの結果、恥ずかしさのあまりミナは先に学校に走って行ってしまった。
「いっしょに初登校は中断っと」
少し残念は気はするかな。このまま生徒会に行くからまた後でなとメールを送信すると「わかった」と短文に寂しさがにじみ出ている、そんな気がした。
「なあ、お前らって付き合ってんの?」
一人で出来る生徒会仕事を終えて「……ユウくんの意地悪」なんて庇護欲そそるセリフご馳走様した後に適当に話していたところに、いつものメンバーが登校してきた。
「よー」「よー、モブ」「モ……俺はマサヒロという――」という毎日恒例の挨拶のあと、俺の前の空席に座ってこう言ったのだ。
「え?」
その時教室の空気が固まった、一人のスポーツ系男子が。
「何言ってんだよマサヒロー、こいつらいつもこんな感じだろー」
という返しと共に、何故か安堵の息が聞こえる教室。
まああんまり変わってはいないんだがな。しかしそれをよく思わない彼女がそこにはいて。
「ちゅ」
と公然の前でいきなり頬キス。教室は永遠かと思う沈黙の後「ええええええええええええええええええ」「きゃあああああああああああああああ」一気に混沌な場と化した。
俺も流石の不意打ちにいつもの数秒もスローペースで手を動かして、その接吻された頬をさする。
「え?」
俺は反応遅く出てきたそのセリフはそれだった。見上げた先のミナがなぜか「ふんっ」とドヤ顔でやり切った表情をしていた。
さっきまでの初々しい照れ照れミナはどうした!?
「ユ、ユウジ! どういうことか説明してっ」
「……ユウジ様、ご説明願います。ちゃんとお話しいただけない場合は――」
「ぬぬぬ……いつの間にこんなことに」
「たまたま生徒会のことで聴きに来ましたのに、ユウジ不純ですわ!」
という矢継ぎ早の言葉を食らった。男子の中にはハラワタ煮えくりかえって、何故か首つり紐を取り出す者、を泣きながら取り押さえる者。
冷静な文系男子は「ホラ、やっぱり神楽坂さんとだったろ?」「いや、篠文さんとの方が有力だったはず!」と悔しく思いながらも現金を出す賭けを行っている者ら。
そして黄色い声「キャーーーーーーーーーーーーー」という奇声にも似た声の大合唱「やっぱり? やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」と大興奮する者ら。
そんなせめぎ合いの中心に俺はいた。
「なあ」
「う、うん」
「今頃恥ずかしがってどうすんだ」
「っ……!」
そうしてもう堪えきれない! と顔を真っ赤にして俯きしゃがみこむミナ。
「ま、まさかこんなことになるなんて」
「予測出来るだろうよ……」
こんな呆れた心情を演出こそしているが、心臓バックンバックンである。
いや、不意打ちのキスで無反応の男はいないって。
それから根掘り葉掘り質問攻めから、混乱のあまり壊れたラジカセのように俺とミナの付き合いだす経緯を話しだすミナなどがいながらも。
ホームルーム開始寸前まで興奮冷めやらぬクラスはお祭り状態になっていたのだった。
いつのもメンバーへの弁明を改めてしなければならないと思うと、頭痛が痛い。
* *
「ということで死ぬ気で働くしかないの!」
会長が寂しげ胸を反らしてそんなことを言い放った、反るほどないけど。
「……そういうことになりますよね」
「そしてこういうイベントは特例で臨時委員会が発足するわ」
と、チサさんが続ける、文化祭委員会ってことか。体育祭でもそうだったな。
「流石の規模だからー、クラスから選び出す形になるよねー」
「定員数確保するなら、それが一番手っ取り早いですよね」
「そゆこよ! そして文化祭までの二か月間、時間があると思っちゃあいけないよっ! 死ぬ気でやり通すのよ!」
「会長、そのフレーズ気に入ったんですか」
そして多忙の秋が始まる。これが結果的には終わりの季節になることをこの時の俺は知らない――