第472話 √b-56 神楽坂ミナの暴走!
ちょっと急ぎ過ぎ?
ということでミナを好きという自覚を得ましたおめでとう、俺。
そんな風に浮かれる俺に、とある重大な問題を突きつけるとしよう。
姉貴はどうするんだ?
今までの俺の行動はそれに主体があったと言っても過言でない、生徒会然り家事然り。
晴れて姉貴を取り戻す為の必要不可欠の努力してやってきたようなものだ。
姉貴の居場所を失くしちゃいけない、たとえ無理を通してでもその穴を埋め続けていたのだ。
これはどうすればいい、ミナが好きになったから姉貴はいいのか。
そんなわけがない。
俺は正直どちらも選べはしない。ミナも姉貴も大切な存在だ。そんな身勝手が許されるならどんなにいいかと思う。
そして思い出して見ろ、桐の言った姉貴を取り戻す方法は――そうだミナの攻略だ、ミナと恋人関係になることだ。
それが目標だった、それでもかつての幼馴染の記憶を思い出してはトラウマに苛まれ、俺は身動きできなかった。
でも姉貴もミナもそれぞれは存在できない、どちらかは諦め、失わなければならないのだ。
それはなぜか、彼女の身体は一つしかない。たとえ双方が存在できたとしても、それは正しい姿じゃない。
そして俺がミナと恋人関係になれば、後にミナは消滅して姉貴が戻ってくるはずだ。
ミナに残っていてほしいならば、俺とミナは恋人関係になってはいけない。
だからといって何もせずに時間が経過した先に何がある? 俺が攻略に失敗したらミナは姉貴はどうなるのか?
ゲームならゲームオーバーで暗転か? そして最初からのコンテニューか?
なぜ俺は桐と話していない、聞いていない。姉貴を取り戻したところでどうなるのか。取り戻さないとどうなるのか。
そもそも桐は知っているのかさえ分からないのだ……この世界は不確定すぎることが多すぎる。
「分かっているのは姉貴を取り戻す為にはミナと付き合う必要があって、イコール姉貴が戻ってくることでミナは消え去ると言うこと」
そういうことなんだろう? 俺は姉貴を取り戻す為にミナを利用しなければいけないんだろう?
「はは……酷なことを強いるもんだな」
そして選択肢も二つ用意してあるようで、実際はたった一つ。俺の気持ちもミナの気持ちがどうであれ、付き合う以外なかったのだ。
こんなことなら気づかなきゃ良かった、本気で好きにならなければよかった。じゃなければこうして俺が悩む必要なんてなかった――
……でもそんなこと俺には到底無理だったのだ。手段を選んでられないのはわかっていたとしても、
「嘘の想いで付き合いたくない」
とんでもない綺麗事だ。それでも俺はそれが嫌だった、それと同じくらいに完全に拒絶されるのも嫌だった。
だから俺は今の今まで勇気を出して告白してくれた女の子たちを放っておいてまで先延ばしにしていたのだ。
「…………」
ケジメを、いつかは決断しければならない。
いつかは勇気を出さなきゃいけない。今していることは彼女らに甘えているだけ、真綿で絞めるように時間をかけて苦しませているだけなのだ。
どんなやり方が一番いいか、どうすればすべてが上手くいくのか。俺にはまったく分からないのだ――
――俺はある決断をする、それはある意味最低の、結果的に何も選べていない、あまりにも酷すぎる決意をした。
「俺はミナと付き合う」
そして、
「姉貴が戻ってくるその日まで、ミナを愛せればいい」
それが下之ユウジ、最後まで選択できなかった俺の選択だった。
更にはミナが俺に好意を抱いているという断定を勝手にして、勝手に彼女の想いを踏みにじることにも気づけていない。
恋は盲目、その通りだ。
* *
翌日。
俺は早くに目覚めていた、ミナと話した後俺は先ほどまでのことを考えながら眠りについた。
決意は固まっていた、ヘタレな俺がどこまで早くにそれらを出来るのがまずは課題だった。
「おはよ、ユキ」
「んー……おはよー、ユウジ」
欠伸混じりの彼女、ユキと俺は家庭科室に居た。朝食当番はこの二人、午前六時のことだった。
「まさかユウジと料理を作る時が来るなんてねー」
「俺も驚きだよ」
野菜を刻みながらそんな受け答えをする。この合宿は稀有な経験だったと思う。
「あ、ユキ。流石に朝からスパイス三昧はユキ以外のナイーブな胃を持つメンバーには劇薬だから遠慮してな」
「む、私の胃を鋼鉄の胃みたいに言わないでよー」
「なるほど、胃の中が溶鉱炉ならばそのスパイス好きも納得だ」
「私は至って健常ですぅ―!」
なんて膨れるユキに俺はハハハと笑いながら二人、料理を進める。
「えーと……なんかこれって…………新婚さんみたいだね」
「ん? 新婚さんみたいって聞こえた気がするぞ?」
「き、聞き返さないでよ! 悪い? 私が思っちゃ……?」
「いやー、光栄だよ? ユキの夫は幸せだろうな」
まあ純粋にそう思うよ、羨ましいことこの上ない。
「む…………はぁ、まあユウジだもんね」
「なんだその呆れ顔」
「まあ鈍感に輪をかけて鈍感だもんね……わかってるよもう」
「わかってるぞ」
「え?」
そう、わかっていない訳じゃなかった。
こういう発言がただのおちょくりじゃないぐらい、そう俺は考えてしまうぐらいに――彼女の好意は本物であると。
自意識過剰とでもなんでも言うがいい、それで恥をかくなり、軽蔑されてもいい。
俺は……決意したのだから。
「いきなりな上に、バカなこと言ってるのは承知だぞ。見当違い自惚れも甚だしいなら笑えばいいし、俺を顔を見たくないほどに嫌ってくれても構わない」
「ユウジ、本当にいきなりどうしたの――」
「俺には好きな人がいるんだ」
「っ……!」
その言葉を初めて口にした。そうだ、これが俺の決めたことだ。
「私の夫は幸せだろうな……って、もしかして」
彼女も分かっているのだろう、不安に表情が歪む。料理の手が止まる。あまりにも、
「ごめん」
痛々しい。
「…………そっか、うん。わかった、そうだよね。そんなわけないよね、でもどうして――」
俺は目の前に彼女を見据える、最低限の礼儀として、目を背けない。俺に課すことが出来る唯一の罰。
「少しでも期待……しちゃったんだろうね」
こんな可愛い幼馴染を泣かせた俺を誰か殴ってほしかった、だがこの場には俺とユキしかいない。
膝から砕けるように座り込んで泣き続ける俺の幼馴染の姿しかない。
* *
勉強会も合宿の終わり、清掃を余念なく行って証拠隠滅を図ったことでお開きとなる
「そういえばユキいないのう」
桐がその事実に気づいた。あの後ユキはすぐに帰っていった。
皆には体調不良として言っておいた……本当のことが言えるわけがないだろ、俺が責められるのは構わない。
でもそれと同時にユキの尊厳を傷つける結果になる。言うべきことじゃない、嘘をついてでも言ってはならない。
「一部の人には伝えたんだけども、ユキは体調不良で――」
歩ける程度ではあったので介抱して家に送り届けた……ことになっている。
俺が決意するということは、人を傷つけなければならない、嘘をつかなければならない――
そしてそれは一つじゃない。
* *
「マイ、ちょっといいか」
「はい、なんでしょう? ……ユウジ様?」
いざ宿泊所を出ようとしたマイを呼び止めた。
「少し二人で話していいか? ――他の皆は先に行っててくれ、ここでお別れ組はじゃあなー」
として強引にも他の人を帰す、不審に思う者もいたが、渋々帰っていった。
「もしかして私だけを呼び出して、話があるということは、期待していいんですね?」
「…………」
「ここでツッコミを入れてくれませんとコントが成立しませんよ」
「今までマイはコントのつもりだったんだな」
「半分コントで、半分はユウジ様と話すための口実です」
こんなに慕ってくれる彼女を振らなければらない、心苦しいにもほどがあった。
でもいずれ決着を付けなければらないことだったのだ。遅かれ早かれ――答えは出さなければならない。
「マイ」
「はい」
「長い間甘えさせてもらって悪かった」
「はい」
俺は、
「マイの気持ちには答えられない」
否定の言葉を声に出す。
頭を下げて、彼女の気持ちを踏みにじる。告白を振るということはそういうことなのだ――
「そうですか」
返ってきたのはいつもの平坦な声でのマイの言葉だった。
「え……」
「わかりました」
顔を上げた先には、微笑むマイがそこにはいた。
「どうして……」
「しっかりお答えいただきありがとうございました。ユウジ様のお気持ち、しかと受け止めました」
「いや、でも」
「――私の前世、いえ。記憶の中の私は振られてばかりです、一度結ばれた以外は、こうしてユウジ様が振ってくれることもなく結果的に振られていましたから」
「…………」
前世の話。最初は冗談かと思ったそれが今は、かなり信じてしまっている。
マイと付き合う可能性も確かにあったのだ、同じようにマイを振るという可能性も同じように。
「面と向かって振ってくれたのは初めてです、今までは私の不戦敗でしたから。だからユウジ様にイジワルをしてしまったんです」
それは、その言い方は――
「私はユウジ様のことを心の底からお慕いし、愛しております。ですが、もう結ばることがないようにも感じていました」
最初から俺が振ることを分かっていたみたいじゃないか。
「ユウジ様のお好きな人……完敗です。親密さから彼女の計算されつくした行動に至るまで、勝てる筈もありません、私たちは賑やかしでしかなかったのでしょう」
マイはもしかして、俺がミナから教えられる前に。
「魅力的であることには違いありませんから、ユウジ様の選択が間違っているとは言いません」
知っていた? 今までのイベントが、全部ミナの手の平の上であることを。
「ただ、私は粘着質で世間で”やんでれ”でしょうか? と言われるほどに諦めも悪いですし、まだ可能性を信じています」
そしてマイは、俺の考える以上に。
「ユウジ様を寝取れる機会をこれからは狙っていきますので、その時はどうかよろしくお願いしますね?」
上手で、器も大きく、諦めも悪かった。ということなんだろう――
彼女は笑顔でそんな寝取り宣言をした。
* *
家に帰って、俺はユイの部屋の前まで行った。
「ユイ、いるか?」
「ぬ、いるぞー。入るなら入ってもいいぞー」
「……いや、ドア越しでいい」
「?」
まったくヘタレだ、ここにきて面と向かえないなんて。
それを許さなかったっていい、でも俺はどうしても彼女に気持ちを伝えなければならない。
「なあ、役員紹介のこと覚えてるか?」
「ぐ……これまた懐かしい話題を、それがどうかしたか?」
「その時のさ」
「告白だろ?」
ユイは俺のいつもよりも真剣な声から、ドア越しでの会話の意味からも大体は察せたのだろう。
「流石、ユイだな。話がはやくて助かる」
「ふむ、ということは散々に焦らされた結果発表ということだな、ふむ」
ユイは軽くそんなことを言ってくる、でもあの告白が全部だたの軽い冗談でないことは俺は知っている。
「ごめんなさい」
俺はドアに向かって謝った。少しの間を空けてから、ユイは口を開く。
「…………了解、まあ分かり切ってたことだぬ」
「…………」
「まったくアタシのライバルはあまりにも強敵ばっかすぎて勝てる気がしないよー、アイドル的人気を誇る幼馴染なユキにクールビューティなマイ、西洋美人っぷりが凄まじいクランナに……そして男女隔たりなく交友関係の広い可愛い幼馴染ミナ。勝てっこないね」
やっぱりかというような口調でユイは続ける。
「まあ今度もまぐれで何かあるかもしれないと、アタシも賭けてみました。ってこところだな」
冗談口調でユイは答えた。
「前世で良い思いさせてもらったからぬ、こうしてユウジからしっかり振ってくれることそのものが儲けもんだな」
「ありがとな」
「それはコッチのセリフだ、悪友風情を女として見てくれてありがとう。ユウジ」
――ユイへの俺の答えはそんなところだった。
俺は感謝されることなんて微塵もないのにな、ユイは本当に優しすぎる。
* *
それからクランナの部屋も尋ねた、今度は中に入れてもらって。俺は遅くなったことへの謝罪と、気持ちに答えられないことへの謝罪をした。
すると、
「今頃ですの? そんなところかとは思っていましたが」
反応は薄いもので、
「そもそもあれは忘れてほしいと言ったはずです。気持ちが整ったら気持ちをお伝えするかもしれませんとも言いましたね」
「そう……だったな」
「でもわかりました。ユウジの気持ちはそうなのですね、しっかり受け止めましたから」
何故か彼女は優しげな表情でそう言うのだ。
「遅くなったとはいえ、しっかりと向き合っていただいてありがとうございました」
ここでも感謝される。
――本当に、なんで俺の周りの女性はこんなにも人間が出来るのかと思うよ。
* *
最低限のケジメは付けられたはずだ、それが彼女ら全員を振って傷つけた結果でもある。
そして俺は最後の勝負に臨む。
一回こっきり、二度とチャンスはない。
幼馴染、神楽坂ミナへの告白。