第464話 √b-48 神楽坂ミナの暴走!
最初はこのエピソードをカットして山キャンプ編の予定でした、だがボツだ!
というか料理の献立考えるのが面倒くさかったのがカット理由だったんですかね、ということでなんとか誤魔化されてください。
六月二十一日
学校にて。
「てかミナ、疑問に思ったんだが」
「ん? なになに?」
昨日からずっと疑問を抱いていたことだ。
神楽坂ミナは下之ミナのようでいて、まったく別の人間だ。正直姉貴の面影はそのまんま容姿ぐらいのもので、それぞれの性格は驚くべきほど乖離している。
基本彼女は姉貴の料理スキルがそのまま存在すると仮定するならば、それを放棄してコンビニ弁当に走るほどまでの面倒くさがり屋。
そんな一方で体育祭で俺を早朝に呼び出してまで(根に持ってる)二人三脚での練習を強行するほどの負けず嫌いである。
まあ、後は日用品マニアっ気があったり。姉貴時代と比較しても交友関係はかなり広まったというよりも、それぞれの新密度が高くなっている傾向があるぐらいしかわからないのだが。
未だに神楽坂ミナこと幼馴染は掴みどころがないのだ。
明るくなった、気軽になった、冗談を言うようになった、表情が豊かになった――それでも、まだ俺には彼女が見えないのだ。
「そもそも弁当交換会はミナがコンビニ弁当のヘビーなローテーションに飽きて、だがしかし自炊が面倒だからという理由でタカりの建前で発案したんだよな」
「うん、ぶっちゃけ間違ってないことを認めざるを得ないけど怒っていい?」
笑顔を維持したままに青筋を浮かべるミナ、一応自分自身が怠惰であり策を行使したことの自覚もあるようだ。
「でも途中から自作弁当披露会に趣旨が変わって、ミナも参加を表明していた気がするんだが」
「怒っていい?」
だがスルーだ。こういう返答が面倒な時は矢継ぎ早に質問を投げかけるに限る。
「なんか本末転倒じゃねーの? ミナはどういう意図で参加したんだ?」
「私、負けず嫌いなんだよねー。マイさんなかなかの煽りだったよ、ついついノリで……くそー、楽したかったのに。で、怒りゲージが今の今まで溜まってるんだけど、どうしようか?」
負けず嫌いを公言したか。
で、今のミナプロフィールに付け足すとすれば”軽さ”がある。つい便乗してしまう、つい煽られてしまう。そういう性格でもあるようだ。
「あー、さいですか……で、怒ったところで何か俺にメリットはあるのか?」
「ユウくんがマゾなら喜ぶけど?」
「あー、俺サドだから効果ねえわ。てか正論言われただけで感情的になるなよ(笑) 崇めざる者食うべからずだぞ、我が幼馴染さん」
「ごめん。たった一回のタカりで崇拝を要求されるとか、ユウくんサドに違いなかったよ! だからといってこれではっ」
「これでは?」
「私の鬱憤が晴れません! と・い・う・こ・と・で。ユウくん当日をお楽しみに~」
さりげなく俺の毒舌が出たんだが微妙にスルーされてる、ん? 煽り耐性が実はあるのか? それとも何か後で爆発させるタイプ?
ううむ、やはり彼女のことは良くわからん。
その後、昼食を迎えた際にいつものメンバーの中でも弁当作りに参加する女性陣の携帯の着信音が鳴り響いた。まあ俺とマサヒロとアイシア以外の携帯がってことで。
全員携帯を覗いたかと思うと、一人は無表情の中に目をギラつかせ、一人はポニーテールを僅かに揺らしながらこちらをチラチラと伺い、一人は唸りショートカットの頭を抱え、一人は金髪が画面につくほどに携帯を接近させて凝視していた。
まー、少なからず嫌な予感はするよね。この中に登場しなかったのは、まあうん。やっぱり彼女は後で奇襲を仕掛けるタイプだというのを理解した。
ミナさん、一応自分も着信音を鳴らしたのは分かるんですが誰よりも先に卓上下で携帯を弄ってたのを知ってますからー
時間軸飛んで家、自宅。
「なあ意気揚々とキッチンにエプロンかけて向かおうとする二人とも」
「どうしたユウジ、何か用か?」
「ユウジどうかしましたの? まさか私たちがこれから料理力向上を図るための調理練習が無謀とでも途方もないことでも無意味とでも仰りたいのですか? ふふ、それは私たちを甘く見ているにすぎませんわ、常に私たちは成長を――」
「御託は良いから、てかいきなりキャラ変わりすぎ。そういや誰かが料理対決の特典を決めていたそうだが」
これはあくまでもカマかけているようなものなんだけどな。
ミナがおそらくは全員にメールを送信、それから経たぬ間に俺が気づく程度に参加人員それぞれの意識が俺に向いていた。
そしてミナの「当日をお楽しみにー」という復讐的意味合いを含んだサプライズ的な言葉と、先ほどの人員の挙動が”なにかしら俺に施しを受ける、またはする”という一種の褒章のようなものが制定されたと解釈することも可能だろう。
まあそれでこの二人も熱が入ったと、明らかに昨日よりもモチベーションが上がっているように見えるからな。しかしここである種の問題と言うか、抜本的欠陥が露呈するというか。
「それがどういたしま……ムグッ」
「クラさん口軽すぎっ……ア、ナンデモナイヨ?」
「…………じゃあユイに聞くか」
「ユ、ユウジが聞きたいことは教えられないぬ! だが、スリーサイズは許可する」
「イラネ」
「一蹴の仕方が酷い!」
「ユイならわかると言うか、今まで気づいていないなら色々と残念なんだが」
「……? もったいぶるんじゃあない! はよ」
まあ、言いますか。
「俺、弁当審査員だぞ?」
「ん? それが……あ」
「昨日までお二人さんは俺とホニさんに指導受けてた上に、教師を要するレベルなんだよな?」
「……っ!」
「個人的な感想としては前日最終時点でもなんとか人が口に出来るレベルになった以上ユイ、クランナ並びに不戦敗かと」
「「ひどい!(ですわ!)」」
「そうは言うが、一日や二日で劇的な改善が出来るかと言えばなあ……」
「「ぐっ」」
「まあ、人数多い方が会として見栄えはいいもんな。なるほど二人とも賑やかし要因か」
「くぅ……ユ、ユウジは立派なフラグブレイカーだみ……よくも好感度が下がるような言葉を何度も何度も……」
「ひどいですわ! 少なくとも私はコツコツと勉強していていたのにユイさんと同じレベルだなんて」
え、そっち?
まあ、ユイに至っては殆ど料理初めてだそうだし。それにしては食材から料理と呼べるものにはなっていたんだよな、ああ。
一方でクランナは……うん、今丁度同じ土俵だわ。
「み、見ていらっしゃいませ! 明日には目にモノ見せてさしあげますわ!」
劇物が来るのか……目に来そうだな。
「ふん、アタシをここまでバカにしたことを明日後悔させてやるぅ!」
あ、今ちょっと普通に拗ねたユイ可愛かった……のはどうでもいいか。
こうして二人はキッチンに向かうのだった。
「ユウジさん、二人はどうですか?」
「どうだろうなあ、クランナは塩の使い方は覚えたんだっけ?」
「う、うん」
「ユイはケチャップだけに頼らなくなった」
「……代わりに冷蔵庫からトンカツソースとマヨネーズと、調味料スペースからごま油とそばつゆが出てきてたね」
クランナはやっと塩を使えるステップに、ユイは一品ずつ”違う味付け”に出来るようになった。
「前途多難だね……ユウジさん胃腸薬持ってく?」
「ああ、ユキを考えると三包持っていくかな……ユキの激辛料理もあると思うと」
「ユキの激辛は決定事項なんだ……色々と気を付けてね」
「どうもありがとホニさん、その心遣いが身に染みるよ」
そう、背けていたが実はラスボスはあの方である。
これ以外は人畜無害の美少女なんだが……ううむ、腹を決めないといけないよなあ。
六月二十二日
ということで弁当交換会当日。
「第一回ドキッ! 女だらけの弁当大会だよ!」
「ミナ、それはモジってるだけなのか俺の未来を暗喩してるのかどっちなんだ?」
「さあねー」
くそー、ユイやクランナ分は正直消化試合というか「どうやって胃に流し込むか」が焦点となる。
そしてユキは――
胃腸薬を握りしめながら死なないことを祈るのみ。
何度も説明しているかもしれないが、彼女ことユキはスパイスマニアである。それも激辛マニアも併行しているから始末に負えない。
ユキの一見可愛らしいバンダナに包まれた弁当内には一体どんな目に毒なレッドシーが展開されているかと思うと、既に舌がビリビリとしてきた気がする。
「じゃあまずはユイさんどぞー」
勝手に進行をしているミナの手元には巾着袋に入れられた弁当箱がある、一応作ってきたらしい。
まあ蓋を開けてみたら”サトウのごはん”に”冷凍食品トレーにそのまま載ったからあげ”と”冷凍野菜(塩味)”などという物品が飛び出すかもしれないが。
さて、昨日の今日でどうなっているのだろうか。いや期待はしてないよ? とりあえず食べ物を粗末にしないのが下之家の方針なので完食できるといいな――
ユイ弁当、結果:調味料の味しかしねえ。
「ケチャップ一辺倒じゃなくなっただけ進化か」
「お、おう」
「ただ、これだけは美味かった。このホウレンソウのおひたし、てか醤油しかかかってないこれが一番だったわ」
「ぐああ……」
ユイ、撃沈。机に突っ伏した。
「じゃあ次はクランナさんどうぞー」
クランナ弁当、結果:塩の味しかしねえ。
「そしてところどころ焦げてる、にげえ。以上」
「くぅ……」
いやまあ、前回の味なしよりはいいんだが。てか全部塩の味付けかよ、玄人気取りか! 食えなくはないが部分的にしょっぺえ!
まあ順当にクランナ撃沈。
「それじゃー、ユキさんの弁当オープン!」
「えーと、私の作ってきたのはこれね」
そして朱放たれる……じゃなかった開け放たれる弁当箱、そこは真っ赤に――あれ?
「ん? 赤くない」
「こ、今回は万人向けに超甘口にしました」
よ、よかったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
救われた、ありがとう神様ありがとう、ホニさんいつもありがとうございます、帰りにお揚げと冷凍うどん買って帰ります。
「ところどころ黒い点……黒胡椒ベースか」
「赤唐辛子と違って、天井はあるからね。と、ということでユウジ、食べてみて」
「じゃあ頂きます――」
ユキ弁当、結果:スパイシーで美味い。素材の味を生かす程度の量のスパイスでもあるし、味付けも上手なんだが、あるんだが――
「まさかサラダまでスパイシーとは思わなんだ!」
まさかのカレー風味サラダ、ご飯も白コショウと七味が含まれたチャーハンだし、ほかもオールスパイスブリターニア。
「美味しいけど逃げ場がないという」
「うーん、それでもかなり甘くしたのに」
ユキさんや、そこが問題点じゃないです。
ユキ、前述二人には圧勝するも決定打に欠ける結果に。
「じゃー、次は姫城さん!」
「はい、私はこちらです」
銀色の大き目の弁当箱(いつもは小さな二段式弁当箱だから、今日だけ持ってきたのだろう)を開くとそこには。
「おお」
主食、主菜、副菜などなどが色合い豊かに並んでいる、普通に美味しそう。
「いただきます」
「めしあがれ」
はむっと口に鯖の味噌煮を運ぶ……ああ、美味しい。骨の触感が小骨でさえないというのは、相当に手間がかかってるな。というか何故か懐かしい、すごい柔らかい味わいだ。
「栄養バランスを考えて作りました」
確かに主食・肉・野菜のバランスが良く取れている。
「成分表もご用意したしました、カロリーは――」
そこにはカロリーから含有ビタミン量からカルシウム量、アレルギー対応表まで作られていた、す、すげえ!
成分表に、懐かしい感じ、そしてすごい柔らかい味わい……あ、アレだ!
「小学校の給食だコレ! な、なつかしい」
マイ弁当、結果:高校生に適した量の給食。
「それは良いことなのでしょうか……?」
「そりゃもちろん! 小学校の給食って栄養バランス優れている上に美味しいんだよな! 野菜とかもかなりクセ抜きがしっかりしてるし」
「お褒めいただきありがとうございます」
ぶっちゃけ文句はない、欠点が見つからない、そして実際にかなり美味だ。
あの給食の味を出せる時点で相当に凄いし、献立も男子高校生が喜びそうなラインナップで固めている。
ただ、そうだな――
「はいー、じゃあ最後に私がっ」
そろそろ腹は膨れてきた、弁当すべてを今まで完食でなく、おかず数品ずつ摘まんではいるものの流石に。
「おお……」
ミナの開かれた弁当を見て声をあげた。
最終結果。
「ミナ優勝」
食し終わった直後、箸を置いたと同時に俺は言い放った。
「え、ホント? やったー!」
「そっかー」
「お口に合いませんでしたか……」
ミナが喜び、ユキがションボリし、マイがそんなことを漏らす。
賑やかしの二人は他の弁当を摘まんで一々驚きの声をあげている。本当に賑やかしじゃねえか。
「いや、ミナとマイは接戦だったぞ? ただ」
横目に「あれ、私は?」と言う顔をしたユキを見つけたが、うん。スルーしておこう。
「ただ?」
そう、マイの弁当は”誰が食べても”美味しいのだ。しかしそれは――
「……あくまでも給食なんだよな、俺が好みな味はミナの作るものだったってことだ。スマン」
給食は美味しいが、それがベストだろうかと言われて首を傾げてしまう。
模範的に美味しい味ではあるが、個々の好き嫌いというかクセの違いはどうしても存在する。
「例えばごはんはちょっと柔らかった」
俺は”少し固めの白飯”が好きだった。ただ万人はこれに文句を漏らすことはない、俺の感性によるものでしかないからだ。
「ミナはその点俺の好みストライクだった」
「ふ、ふ、ふ!」
ドヤ顔してるよミナ……まあ、実際俺が審査員した以上は仕方ない。うまかったさ! ああ、ついつい思い出すぐらいにな!
姉貴の料理を。
俺好みの味付け、料理のされかた。全てが俺のかつて食していた姉貴の料理の味だった。
「ということで優勝商品があるんだよね、ユウくん」
「まー、そんなことだろうと思ったよ。で、俺が何か関係してるんだろ?」
「察しがいいのは助かるけども、なんか気に入らないなー……ということで」
そりゃ昨日時点で気づいていたもの、俺を甘く見ちゃいけませんぜ。
「ということでユウジ一日占有権は私に与えられました!」
「はいはい」
「え、オドロキが少ない……ぎゃふんていいなさいよ!」
「ぎゃふん、で。ミナ、俺生徒会あるから特定の日付でしか遊んでやれないぞ」
「わ、私と生徒会どっちが大事なの!」
「生徒会だな」
「くう……勝ったのに、この敗北感……なぜ!」
「で、スケジュール確認っと……じゃあ今週土曜はどうだ?」
「あ、うん」
「はい決定、弁当審査回終了。それじゃ頂いたおかずの分作ってきたんでよかったら摘まんでくれ――」
俺が朝ユイやクランナの邪魔にならないよういつもよりも早めに起きて、いつもより少し多めに作ったおかず一式の入ったタッパーを開帳した。
「はむ……ユウジの卵焼き美味しい、なんか悔しい」「……っ! ユウジ様の手料理を口に出来ただけで私は今まで生きてきたことの意味を見出しました」「ぬぬ、アタシの飯とレベルがががが」「やはり美味しいですわ……い、いつかは!」「……相変わらず普通の美味しさですね、ユウジ」とそれぞれ摘まんで堪能する女性陣の一方で。
「え……むうー」
一人むくれる幼馴染。
ミナにはこうして姉貴と同等の料理スキルがあることが今回分かった時点で、儲けもんだろう。
不服そうなミナだったか、今回のサプライズによって俺が動揺し主導権を握れるかと思ったんだろうがそう甘く見るなよ?
まあ、そういうことで来週ミナ回。