第443話 √b-28 神楽坂ミナの暴走!
突然だが、ミナがよくわからん。
いやまあ本当に突然すぎて何言ってんだコイツ、多忙の末に焼きが回ったのか? なんて言われそうだが、事実そうなのだ。
幼馴染という設定ながらも俺にあるのは微弱に増えつつある途切れ途切れのエピソードのみ、性格把握を完全にしようというのが無理な話だ。
ミナと俺の記憶というものは、それに関連するような事柄を経ることにより生成される。
ミナの交友関係は広い、いつものメンバーで話すこともあればそこらの女生徒グループに輪にいつの間にか入っている光景を見ることがある。
そんな一方でミナは放課後に友人に誘われてもすぐに断り帰路に就いていること。まるでそれは「学校」という一線で別けているかのような――
趣味はどうやら家庭的な方面のようだ、料理の話もしたし食器も調理器具の話題も切り出してきたっけか。
……というどこぞのファンクラブにでも記載されていることぐらいしか分からない、ミナが何を考えているのかが分からない。
それは正直姉貴の時からイマイチ分からなかった、いくら俺の時には素顔を見せていても、決してそれは断片であってすべてではないような。
何かを抱えている、常に何かを考えているようにも思える。
姉貴が感情的になったのはたった一度だけだ。
姉貴はそれほど常に完璧を演じているようにも見えた。
それに何の意味があるのか、あるいは誰にそれを見せつけているのか――それは一切分からなかったが。
そしてミナも踏襲するように心中を察することは出来ない、役員三連続告白の時の表情の下に隠された感情とはどんなものなのか、告白と誤解されそうなシチュエーションでクランナと俺を見た時に背を向けた表情そのものも。
……そしてわかることと言えば、先日のメールで思い出したことの一つである、彼女が簡潔で直球な文面なメール文章が非常に特徴的であること。
一文章に圧縮された「ニブすぎ」やら「デート」のワードを膨らませるだけで何行も連ねられそうだ。
昨日ユキもその傾向にあったのが不可解ではあるが基本的には――
『さっきのホンマですよテレビみた? コーヒーを常飲する人って説得されやすいんだってねー、あとあと――』
ユキのは会話と同じような文面で、連絡以外の私的なことでは会話調に長々と送ってくるような感じだ。
まあ参考にユイのメール文章も載せてみる。
『このメールを貴様が読む頃には某は……部屋にいないだろう。そうカワヤだ、便所だ、おトイレだ。ちょっとそこまで花を摘んでくる、なぜにそんな排泄行為の報告を序文でされなかればならんのかという疑問は心の奥底に思い出の品を丁重に扱うがごとくしまっておいてほしい、お姉さんとの約束その百五十二だぞっ☆ で本題なんだが、辞書貸してくれ』
……というものだ。
紹介するのも億劫な回りくどい下までスクロールしたことを後悔の淵に立たされること請け合いなどうでもいい文面を長文で連ねるのが特徴だ。
ちなみに母の送ってくるメールの文面の一例はといえば、
『【速報】パスポートがコーラに沈んだ』
なんてのが受信メールボックスから出てきた、何気に職柄ヤバめな気がするが少し前まで飛び回っている以上なんとかなったのだろう。
少し前まで、というのは――
「ユウちゃん、一緒に飲もう!」
ビール缶を指先で持って揺らしながら、ほろ酔いよろしく上気した顔で自室の扉を開けたのは紛れもない母である。
今回は長いこと家にいるようだ。
「ノックは頼まれてくれよ……母さんと同じ飲料は飲めないぞ?」
「なんで? あ、未成年だからとかチャレンジ意識を失った返しはダメだぞぉ!」
「しらねーよ、法律には逆らえねえよ。今は暇だし麦茶片手に付き合ってやるから」
「そんな……付き合うだなんて、私にはナオトさんという人が……ああ、でも萌えるかも。いや燃える!」
「そんな展開誰も望んでないから、ラブコメで一番やっちゃいけないパターンだから……とりあえず降りるぞ」
「はいはーい」
いつもなら「独りさみしくバラエティ肴にでもして飲んでろ」と返してやるところだが、母さんは久しぶりの帰郷だ。
少しぐらい付き合ってやっても……とも思ったわけだ。
まあ、それだけが理由ではないんだが――仮にも母親が忘れていいはずないだろ? わが娘には違いなかった姉貴のことをさ。
「……準備して卓袱台には載ってるのに」
まだ一本も飲み干してないのにこのベロベロっぷりかよ!
母さんは酒に滅法弱い、おそらく今手にしている缶もゆうに三割を飲んだ程度だろう。
なのに飲みたがる、理由? 知らんて。
「はっはっはユウちゃんと一緒に飲めるぞっー!」
「近所迷惑なんで音量下げてください」
家にいる間は基本的に上機嫌だが、更に上機嫌度が上がって母はヒャッハーしている。
「そそ、そうだ! そういや三回目ぐらいのぉー、イタリア取材のこと話すっ」
「はぁ、イタリア取材ね」
母は世界飛び回り雑誌の記事やら観光ガイドとかを作る為の取材をしている、まあ務めているのがそんな会社なのだ。
こうやって家に帰ってくる度にそういう旅話を話してくる……まあ決してつまらないわけじゃないんだが、出来ればベロベロでない状態で正座して聞きたいところではある。
「でさー、そんな感じ」
「へぇー」
ベロベロ語を脳内字幕変換しているので反応が出しにくい、ふむふむなるほど。とラグで理解が及ぶ。
「……なぁユウちゃん」
「ん?」
「一人足りない?」
「……いきなり何が言いたいんだよ」
「いや……うーん、なんか欠けてるよねぇ。この家族にさぁ……」
「欠けてるって……!」
もしかして……母さんは、まさか。
「なあ、母さん。俺に姉っていなかったっけか」
「いない……はず」
……ダメか。
「だけど、本来の場所にユウちゃんがいなぃかも……そのユウちゃんの場所には――」
「母さん……ミナって聞き覚えないか?」
「ミナ……あー」
もしかすると、もしかするか!
「幼馴染ちゃんだー、懐かしいー、元気してる?」
「まあそうだよな……ああ、元気だよ」
そういう認識だよな。
「そっかー、よかったよかった。ユキちゃんとはどう? そっちとも仲良くしてるー?」
そういうことになってるんだよな、ユキも。
「ああ、二人とも仲いいよ」
「二人? あれえ、四人じゃなかったっけ――」
「四……?」
なんだそのあと二人は。
「ユウちゃんの周りにはなーぜーか、女の子いぱーいだったねえ……ミナちゃんでしょ、ユキちゃんに――ミユにサクラちゃんにぃー」
「サク……!」
久しぶりにその名を聞いた、そして母さんからはいつ以来だろうかその名前を聞いた。
思い起こすことはあっても耳にはしなかった名前だ。
「……あ、ごめんユウちゃん」
ほんの少し我に返った母さんは、一瞬で申し訳なさそうに謝った。
「気にしないでいいから」
「…………ありがと」
全てを引きずっていはしないが、未だに反応するよなあ……その名前には。
少しの間沈黙、母さんがビールを飲む音だけが聞こえる。飲み干して二本目を開けるプシュとした音が聞こえる。
「そういえばユウちゃん、ユウちゃんには妹がいたんだよ」
「そういえばに、いたって……もともとミユがいるだろうが」
酔いがかなり回ってきたのか?
「ううん、ミユは別ー……うーんとね、三女がいたの」
「それは桐だろ」
「あれ、桐がいる……でもおかしいな、うーん」
二本目なのにこの泥酔っぷり、そろそろ寝室に運んだ方がいいか?
「でも、生まれなかった”娘”がいるんだよ」
…………え?
「母さん! オイ、そんなこと初めて聞いたぞ!」
「で、えーっとね……その子の名前も考えて……あったんだけど……ああ、そう――」
初耳だ、それだと本来なら桐の立ち位置に本当の妹が存在したことに――
「下之……美樹………………すぅ」
そのまま眠りに母さんは就いた。
そんなこと、母さんは一度も……
「…………どういうことなんだ?」
それから母さんを寝室まで肩を貸して半分寝ながら歩かせた後にベッドに放った。
* *
「そうか、ユウジは知ったか」
一人桐はそう呟いた。