第428話 √b-13 神楽坂ミナの暴走!
そうして生徒会であった。
「あった」と、過去形なので有無を言わさずその活動部分についてはおおまかにだけ、省略させてもらう。
まあ言うなれば、今日はオリエンテーションというところだろうか。
能力値に優れた姫城並びにユイ、そして興味こそ三人中一番と思われるが、実際の仕事ぶりは不安もあったクランナ。
二人に関しては予想の範疇、いやむしろ予想を上回る理解速度で生徒会の通常の規則から、この生徒会独特のローカルルールまで大体を覚えられたという。
クランナはメモ帳片手に、気になる点などは逐一質問していた。彼女も転校生でそれも西洋の国からやってきたという留学生というアドバンテージがあることを鑑みなくとも覚えるのはいたって早かった。
……ただ、各部屋こと印刷室に職員室、各種倉庫までの道程に関しては、今後も俺が付き添った方がいいだろうと判断が心内に下った。
実際の活動風景に関しては今後改めて描写するとして。
「それじゃ姫城さん、またなー」
「さん? ですか?」
姫城さ……姫城は一度手を振りかけたところで振り返り、姫城としては実に珍しいジト目で俺を睨むように非難の視線を浴びせた。
ああ、そうだったよなあ。なんというか一度慣れたことを正すというのはなかなかに難しいものだとやはり思うね。
「じ、じゃな姫城」
「はい、それではまた明日にユウジ様っ」
前髪・黒髪ふわりとぺこりお辞儀をして姫城は帰っていった。残されるのは、
「帰るぞーユウジ」
「それでは帰りましょうか、ユウジ」
「おう、だな」
ユイやクランナが各々に言った。夕日が照らす人もまばらな通学路を三人目指すは我が家、ホニさん達の待つマイホームだ。
「いやぬー、なかなか面白かったぞよ。生徒会て、あんなことまでするんだなあと」
「私も、この学校も生徒会についても多くのことを知ることが出来ました」
「まあなー、俺も最初は『こんなことまですんのかよ!』と驚いたもんだ」
色々あるもんだ、生徒会も。まさか入学のシオリも生徒会謹製だとは……いやま、人件費含むコスト削減ここに極まれりだな。
一学年だけでも数百人いるってのに、あのホチキス留め作業やらを先輩ことアスカ会長にチサ書記さん、そしてかつては姉貴のほぼ三人体制(だと思う)でやってたと思うとなかなかに凄まじい。
と、生徒会の思考も大事だが。俺は忘れているわけではない、そう姉貴が抜けてしまった弊害が学校だけではないことを。
だから休み時間中にはホニさんに電話をかけ今の状況報告、家事についてや、夕食の調整、授業中には板書と先生の有り難いお話を聞きながらの夕食の脳内での試行錯誤。
今ホニさんが夕食の準備を進めてくれているはず、本当に姉貴に次ぐか並ぶ家庭的で魅力的な女性ですよ。
……ここで姉貴のことを魅力的というと誤解を招くと思われそうだが、誤解ではない。姉貴は女性として魅力的で、あらゆる面で尊敬しているのだ。
いつしか姉貴に尽く反抗してしまった自分を心の奥底から嬲り倒したい。
なんて愚かなことをやっているんだと板張りの床に正座させた上での「姉貴ってすごい」という熱弁を二時間ほどタレさせてやろうと思うほどさ。
あ、ちなみに俺はシスコンじゃないからな。
まあでもミユが健在の頃はシスコンだった、妹方面に――いや、嘘だよ?
ミユのツンツンとした態度が見ていてイライラからニヤニヤに変わっていくのは楽しかったけども。
インドアな自分がミユに手を出した男がいたと聞いてボコ殴りにしていったこともあったっけ……アグレッシブだったなあ、俺。
あとはイジメられてた……えーと、名前は忘れたけども女子生徒が気になってイジメてた張本人をついつい言葉で制して――って、この話はどうでもいいか。
「ユウジ、今日の夕飯なんだー?」
「ああ、生姜焼き」
「あ、あの生姜で食欲を刺激するという生姜焼きなのですか!」
「あー、クランナは初めてだっけか? すっげえご飯にあうぞ」
「た、楽しみですわ」
「おお、アタシも初めてだー」
クラスメイト、同級生と話すような内容じゃないんだが……同居人故に、だったりだな。
* *
ども、ナレです。
ここで視点変わって桐ですねー
「もう一人とお話できませんか?」
桐がアイシアの部屋を訪れてのお願い。
そして桐の指す「もう一人」というのをすぐさま理解したようで、彼女は、
「私じゃないみたいですね。ようは――」
落ち着いた、どこか真面目そうな面持ちの彼女の表情が一転。
どこか笑いをこらえるかのように、にやり唇の端を上げました。
「それは私こと未来のアイシアさんのことですかー?」
明るく、どこか茶化すような物言いの、かつての彼女とは反するような喋り方。
「そうじゃ……お主じゃ、未来のアイシアよ」
「私のことはシアって呼んだ方が区別がいいかも」
「シア、心得た。それでシア、わしが今ここに訪れた理由がわからないわけではないじゃろう?」
「んー、わかんない。あ、でも私が帰ってくるのを待っててくれてありがとねー。着替える時間もくれるなんて優しいなー」
「そこまで分かっていて分からないなんてことはないじゃろう。わしから聞くとしよう」
桐は記憶の中であるシーンを反芻して、
「シア、お主。ミナが消失することを知っていたな?」
桐が思い出したのは、かつてシアと二人話した時のこと。
『――桐ちゃん、先は長いですからそう焦らずに。それに、今回のシナリオはなかなかに厄介です』
『なんじゃと!? お主、知っておるのか! ……管理者のわしでも余りにもイレギュラーなことが有りすぎて予想できぬのじゃ!』
『えーとですねー……すぐわかりますよ? とにかく分かりやすく桐ちゃん以外にもわかるほどに顕著に現れます。そして不可避ですから』
そう、この部分。シアがおそらくは展開を予想、または予告、そう意図する発言があったのだ。
「だからなんです? ネタバレすると面白くないから控えたんですから、私の配慮もわかってほしいものですね」
あくまで傍観的に、それほどの興味を抱くまでもないような口ぶりで彼女は桐に言い放ちます。
「お主に情報の統制もとい規制はないじゃろう? ネタバレ以外に言ってはいけない事情などがあったのか?」
「ないですよー、私はただただ楽しむ為に言わなかっただけです。あなたも先の分かっている展開の中で、もがく方たちを眺めて優越感に浸ることはあるんじゃないですか?」
知っているのに干渉できない、そんなしがらみを理不尽を経験してきた桐は悔しげに唇を噛んだ。
「っ……わしは残念ながらそこまでの余裕を持ち合わせてもおらんからのう、同調することは出来んな」
「それは残念ですね。あ、そういえば一応言っておきますね――この世界のあらゆるものが”茶番”なんですよ?」
茶番、彼女はそのキーワードをよく口にする。
「茶番……お主にとっても、この世界にとっても重要なキーワードということかの?」
「そ、そ。そしてこの世界は思わぬところで繋がって輪廻してるんです……輪廻って言い回しがかっこいいですよね、一度言ってみたかったんです」
輪廻……ですか。まあ、そうですね……あ、この「そう」って言うのは私的なことですよ。
本当にそういうことなんですよね。私も茶番に加担してるんですよねー、実際このナレーション台本を貰っている相手も――<規制>――
ああ、これはガチ規制ですか。仕方ないですね……うーん。
「お主の昨日の行動も繋がっている……のかの?」
桐の指すのはアレ、あの謎ハーレム展開でしようねえ。
ユウジにシアが迫ったことで――からの。
「あのスク水プレイですか? その通りですよ、焚き付ける為にやったんです」
「ほう、わしやホニやユイやクランナをわざわざ焚き付けた、と」
「ユーさんのヒロインは奥手ばっかりなんですよね、困ったものです」
「その意図はなんなのかの? まさか、ただなんとなくでやったわけではあるまい」
桐は何か思うところがあるようで、
「――可能性の提示ですかね? 私が見たかったんですよ。奥手なヒロイン達がどうにか行動を起こさないかと思ったんです」
「(確かに今まで記憶の繰り越しの行われない√変更後でもまるで、前√での行動や挙動を覚えているような事例は確かにあった。本来ならば有り得ない事、そんな可能性を提示する為とでも言うのか)」
「桐ちゃんが思う通りだよ? 制作者的にはそんなバグにも近い現象が気になってまして、で私のメロメロボディでのユーさんへの誘惑がヒロイン勢にどういった反応を――と」
結果は、ユウジ視点からすれば、
「偽妹としての認識があっても桐はデレ状態、数日前に会ったばかりなのにホニはデレ状態、友人としての期間は長く同居から数日のユイはデレ状態、そして入居して数時間のクランナもデレ状態。明らかにへんですよね? おかしいですよ」
「世界の始まりから既に好感度は高くハーレム状態じゃな、確かに有り得ないのう――それに思い出した」
桐はそう言われ、かつてのユウジハーレムのシーンを回想する。その部分での明らかな違和感。
「シア、訂正と謝罪をする。お主はミナの消失をストレートに教えはしなかったが、わざわざ前兆のようなものをわしらに見せたのじゃな」
桐は自分の発言を思い起こした。
『ミナが何もしないじゃと……何かの予兆か、ここで食いつかないミナとは……恐ろしすぎる』
ユウジ他みんなも疑問に思った点でしたね。
その時点で姉の変化の兆しがあったわけですね。伏線の提示をシアは身を挺して……自分が意図して行ったということですね。
「お気づきになったですかー、はい。私結構優しいですよね?」
「…………」
桐は無言で答えた。そして桐は話題を切り替えるように、
「わしはあくまで『ルリキャベ』の管理者なもので『はーでい』は管轄外でな。この世界が茶番だとお主が言うのならば、今後の展開を知っておるのじゃろう?」
「知ってますよ? そしてこの世界もハッピーエンドを迎えない限り止まったままですね、ようはユーさん次第です」
「それでミナはどうなるのかの? この世界の設定が維持されたまま次√に以降するのか、それとも――姉貴に戻るのか。制作者様よ、そこのところどうなのかの?」
「うーん制作者様って言われると照れちゃいますねー。あ、でもダメなの、私そのネタバレは止められてますから。というよりこのシステムの制作者であって、この『はーでい』の制作者じゃないですからー」
「それもそうじゃな……それでも止められているだけで、知ってはおる『はーでい』の制作者とは案外交流があるのかの?」
「そりゃあもうですよ、世界は輪廻してますから――ね、傍観し続けるナレーターさん?」
………………。
「ナレーションのナレーターか、冗談としては面白いところを突くな」
「ふふ、どうでしょうね?」
「お主のヒントは最初は疑問符が浮かぶが、時間が経つと納得できるものじゃな」
よく噛みしめればいい、ですか。
「褒められましたー、わーい。じゃあサービスですよ! 『ルリキャベ』の脚本家は開発途中で降板したんです。そして降板した脚本家は『はーでい』を担当しました」
………………。
「っ! お、お主今何を――!」
「おーわーりー、しばらくは私は呼ばないでね? 私だけが占有してると、アイシアが困っちゃうから。ユーさんとイチャイチャしたいけど、展開が展開ですから――またね、桐ちゃん」
そうしてアイシアの中にはシアは戻っていきました。
「……あ、終わったんですね。もう一人は変なこととか言っていませんでしたか?」
桐は突然にアイシアに戻ったので、少しの躊躇をしてから。
「な、なんでもないですよー。ちょっとお話しただけですー、お邪魔しましたー☆」
「うん、またおいでね」
桐はそうして後ろ手で扉を締めました。
「ふむ……『ルリキャベ』と『はーでい』の脚本が実質同じ……ほう、これはいずれ完成するパズルのそれはもう大きなピースなのじゃろうな」
桐は身に残された少ないヒントを噛みしめるように反芻しました。