第415話 √b-1
√はじめですが爆弾を続々と投下していて、なかなかに重要回となりましたー
二〇一〇年四月三日
「ここにホームステイすることになった、アイシア=ジェイシーです。よろしくお願いします」
「同じくホームステイすることになりました……っ、オルリス=クランナです! これからお世話になります!」
……なんじゃこの展開は!?
わしこと下之桐は下之家の居間で、正座をして頭を下げる金髪と銀髪の女を見て思った。
一人の銀髪は物静かで、一人の金髪はテンパっていた。
あれか、金銀パールプレゼントか! 懐かしいのう、オイ!
「いえいえこんな狭いところですが、よければ」
え、あれ。ミナは普通に受け入れとる?
「ユウジ、ちゃんと掃除したのかぬ?」
「万全! いやー、俺の家に無駄に空き部屋があってよかったよかった」
え、え? ということはオルリスとアイシアの同居設定が引き継がれておる!?
それも、ホームステイとして。
隣に座るホニだけがわし以外には驚いていた。
「……桐」
「なんじゃ?」
「これって……」
「そうじゃな……本来はこのようなことはない」
「我の最初から入居しているのと同じように?」
「……じゃな、理由は分からぬが」
何が起こっておるというのか……?
「桐ちゃん、始めまして」
すると銀髪の方がこちらに近づいていた。おおう、猫かぶり猫かぶり。
「あ……はいっ! 下之桐ですっ! よろしくおねがいしますっ」
ふーむわしの演技も達人の域じゃな、繰り返しているかとはいえ流石わし――
「よろしくね、チート妹さん」
耳打ちするように銀髪がそう呟いた。
「お、お主……いったい何をっ」
「お主! 面白い呼び方ですね」
しまった素を……
「あとでお話ししましょう? ――この繰り返される世界についてです」
「っっっ!?」
こやつ……一体何者なんじゃ……?
「それじゃ二人とも、とりあえず部屋まで案内しますよ。あ、ホニさんも運び込み手伝ってくれる?」
ユウジが立ち上がり、そうホニに促す。わしに聞かないのはしないことを知っているからじゃろう――分かっておるではないか!
そうして金髪も立ち上がり、ユウジに近寄る……く、わしのユウジに近寄りおってからに!
「は、はい! よろしくお願いします……ええと」
「あ、俺? 下之ユウジ。これから何かわからないことがあったら、心置きなく聞いてください」
「え、ええと……ユウジさん?」
ピクりとホニが反応した。まあその呼び方はホニの専売特許のようなところもあるからの。
「呼び捨てでいいって」
「え、でも……」
「じゃあ俺はクランナさん? オルリスさん?」
「あ……ク、クランナでいいです」
「よし、これでいいか。てか敬語じゃなくていいよな?」
「……はい」
このユウジ……主人公しておる!? なんじゃ金髪も会って早々頬を染めおって、ちょろいのうちょろいのう! ふんっ。
一方のホニは自分専用の呼び方が死守はされたが複雑な顔をしておる……まあ少し辛いじゃろうな。
「アイシア=ジェイシーです。アイシアでよろしくです」
「アイシアね、どもユウジです」
「それではユウジ、部屋はどこですか?」
「おお、じゃあクランナとアイシアついてきてー」
「「はい」」
なんじゃ、今回のユウジはいつも以上に行動がテキパキしておるのう!
ヘタレだけども最後は本気出すユウジばかり見てきておるから、関心関心。
……しかし何度経験しても、ユウジの記憶がリセットするのは見ててややこしいのう。
「……まあ、わしが望んだことじゃからの」
「桐どした? 難しい顔して」
「ぬおっ、なんでもないぞ! ただお主はこうして女を手籠めに――むぐ」
「人聞き悪いってレベルじゃねえな。で、体調悪いならお前の部屋に放り込むけど」
「気にせんでよい、さっさと金銀案内してこい」
「金銀て……了解っと」
微妙に鋭いのは嫌いじゃ。中途半端が一番わしらを困惑させるのじゃからな?
「……ん?」
ユウジがホニと金銀を引き連れ二階に上がった頃、わしはあることに気が付いた。
「ミナおねーちゃん?」
一応ミナには猫かぶり維持での。
ミナが心ここに在らずというような表情をしていたからの、今までのミナとはどこか違う印象じゃ。
弟に向ける溺愛から来る鬱陶しい視線ではなく、そうどこか――なんじゃろうな上手く言えないが、様子が変なのじゃ!
「…………」
シカトか、シカトなのかあ!
「ミナおねーちゃんってば!」
「あっ……ごめんね、桐ちゃん。ぼーっとしてたの」
「なんで?」
「なんで……なんでかなあ?」
いや、わしに聞かれても。
「……ユウくんの周りには魅力的な女の子がたくさん出来て……お姉ちゃんだけが取り残されてるのかなって」
「?」
「ご、ごめんね桐ちゃん。なんでもないの、難しい話してごめんね」
「う、うん……」
そう言ってミナは立ち上がるとキッチンに向かっていった。
うむ……今までユウジに女が出来ると悲しそうな顔はしていたがの。今回は――
「寂しそう……じゃったな」
* *
「ということで、桐ちゃん来ちゃいました!」
ある程度の私物の持ち込みが終わったのじゃろう、さきほど耳打ちしてきた銀髪がわしの部屋を訪ねてきた。
「それでおねーちゃんは――」
「猫かぶりはいいですよ」
「そう? ――疲れるから助かるのう。それで、来て早々すまぬがの……聞きたいことがある」
「なになに?」
「お主は、何者じゃ?」
さっきの『チート妹』という発言から見るに、わしの数々の能力を知っていると仮定することもできる。
まあ虚言にしては正確すぎるということではあるからの、確定は様子見だとしても仮定はしてもよいじゃろう。
それに重要なのは『この繰り返される世界について』と言ったことじゃ、本来ならば知っているのはわしとわしの協力者とイレギュラーじゃがホニだけのはずじゃ。
ユミジはわしと同じような存在で、わしと同じように力があるからホニには記憶の封印解除プログラムが実行できたのじゃろう。
それ以外はこの世界の真実に干渉することはできないはずなのじゃ――
わしやユミジはこの世界に展開されるゲームと現実の混ざったこの状況をある程度制御する「管理者」のようなものじゃからの。
じゃから管理者権限で一部のチートが使える、ということじゃ。
ユミジは現実に投影する人物がなぜかは知らぬがゲームキャラクターになったおかげで、わしのように体力制限はない。
わしの場合はユウジの「妹」として投影され新たに構成されたばかりにデータのユミジに比べると燃費は悪い、じゃからホニシナリオのアロンツ戦では消耗し切り失敗してしまったのじゃ。
この形作られた世界は思いのほかゲーム成分も多いからのう。
じゃとすると、わしらか管理者権限で指定した人物しか知りえない情報をなぜこやつが知っているのか。
それが大きなポイントであり――場合によっては危険にもなりうる。
「ゼクシズ国のお姫様で、表面上はオルリスが好きな――って君が聞きたいのはそこじゃないですよね」
わしは頷くが……一つ気になることが、こやつの発言にあった。
『表面上はオルリスが好き』こやつのキャラは”オルリス=クランナ”√専用キャラクターじゃ。
他の√でも序盤では登場するが、それはあくまで――「岡小百合」としてなのじゃ。
そしてそのオルリス√に入った彼女は――オルリスに好意を抱き、婚約者としてユウジと敵対するのがシナリオとして決定づけられておる。
その好意は……まあ「留学して追いかけてくる上にSPに変装して隣に居座りユウジとの交際を阻止するために未来の自分の力も借りる」ほどじゃ『表面上』――では到底片づけられないはずなのじゃ。
だというのに。
「前世界で前物語”オルリス=クランナ”メインヒロインナンバー4のシナリオ専用キャラクターになっている、未来からやってきたアイシア=ゼクシズかな?」
っっっ!? ここまで状況を理解している上に未来のじゃとっ!
「ねー桐ちゃん。本当はゲーム元で、オルリスが入居することは有っても――アイシアは入居することはないんですよね」
確かに、その後すっぱりとやってしまった事実を認めて諦めて国戻る――というのが本来のシナリオ。
じゃとしても最近のシナリオ改変具合から些細なことだと思っていたのう……じゃが。
「そこがポイントなんです! そこで私の自作のプログラムを自分に埋め込んで”オルリス√”の未来の私を次の√でもアイシアにインストールできる環境を整えました!」
自作のプログラムを自分に埋め込むっ……!?
「この世界は箱庭だけどね、未来は存在しているんです。ここに受け取れる環境と未来で桐ちゃんと同じように記憶を維持できる状態であればいいんですよ? まあ、さすがに私とオルリスのユーさんとの婚約は無かったことになったけどね」
…………
「なぜ私はプログラムを埋め込んだ上に実行したのに管理者の桐ちゃんの琴線に触れず、こうしてここにいるのか。それは簡単ですよ?」
世界を管理できるのは王様、世界を変えられるのは神様だけ。ゲームの王が管理者なわしで、ゲームの神様は――
「分かったかもしれないですね。でも告白します! そう、私はこのゲーム――現実投影ソフトフェア『ファーストワールド』の制作スタッフの一人だからです!」
「制作スタッ……な……っ!」
ゲームの神様はまぎれもなく製作者。製作者が「A」と言えばゲームの内容は「A」になる。
「そして、そのゲームは未来で開発中! そのα版を――過去のこの時間のこの世界でこの町で、プレイヤーのユーさんにデモプレイしてもらっています! わあ、スゴイネタバレ!」
……こやつはこの世界の根源のすべてをこんなにあっさりと…………!
わしでも知らなかった事実がこれほどまでにあるとは……!
「でも桐ちゃんは管理者で、喋ろうとしても無理だからこうしてネタバレし放題ですね」
……すべて分かっている。まさに神のみぞ知るとはこのことか、はっ。
「もう一つ聞こう――なぜこの時間のこの世界でこの町で、それもユウジをプレイヤーに指定したのか」
こやつはお喋りじゃ、先ほどのヤツとはえらい違うほどにな。
だからおそらくあっさりと、真実を話してはくれるじゃろう。
「うーん、どうしましょうかー?」
ふむ……アテが外れたか?
「じゃあヒント一つです!」
「うむ、それだけでも有りがたく聞くとしよう」
さあ、なぜじゃ。なぜここまで――
「茶番です。すべてが茶番なんですよ」
茶……番?
「”あの人”がやり直したいから、こうして行っている。それだけのことです」
そう言い終えると満足したように未来銀は踵を返して部屋を出ようとする――
「あの人とは一体誰なんじゃ! ユウジがプレイヤーなのと関係あるのじゃろう! 一体誰なんじゃぁっ!」
「――桐ちゃん、先は長いですからそう焦らずに。それに、今回のシナリオはなかなかに厄介です」
「なんじゃと!? お主、知っておるのか! ……管理者のわしでも余りにもイレギュラーなことが有りすぎて予想できぬのじゃ!」
「えーとですねー……すぐわかりますよ? とにかく分かりやすく桐ちゃん以外にもわかるほどに顕著に現れます。そして不可避ですから」
わかりやすく……?
確かに今までのヒロインの決定は実は早くに行われておった――それが肝試しでのユウジとのペア。
マイの時はマイ、ホニの場合は代者として当時は”ヒロイン以外”じゃったミナ、ユイの時はユイ、オルリスの時は”攻略可能ヒロインから除外された上に、当初から存在するというイレギュラーな登場をした”ホニじゃった。
ユイはマイ√の影響を受けておるから、おそらくは旧現実人物ではその法則が適応された。ちなみにその場にペアになるヒロインがいない場合は、それ以外が適応される。ホニとオルリスがそうじゃの。
じゃからユキやわしの場合はそれが適応されペアとなる――それ以外じゃと生徒会の拉致の回避の有無かの。
生徒会に入れば自然とホニともう一人の√が除外される、そして生徒会に入った後のイベントでオルリスかもう一人に決定。
そのイベントは主にユウジが生徒会にオルリスが入る前にセクハラについての謝罪を終えることで、オルリス√は除外される。イベントが発生しなければオルリス√じゃな。
イベント発生後はシナリオの進行で主に決定する、生徒会のもう一人も生徒会でのとあるイベント次第じゃな。
それからは親密度がどれだけ上がるか……マイとユイがそれじゃな。
それでも法則を知るわししか分からないものじゃった。それがわし以外でも分かる……?
「…………どうなるというのか」
そう呟くときにはわし以外が部屋にいることはなかった。
何か、その未来銀の言いように悪い予感を感じざるを得ないのう。




