第409話 √3-61 気になる彼女はお姫様で未来人で。
「ユウジ……っ」
私は病院のベッドで眠るある一人の男性に付き添うようにして座っていました。
そこには学校で共に生徒会に奔走した男の子が眠っていました。
「なんで、ここまで………」
私が見たその時に彼はあちこちを怪我していました。ところによっては血が溢れてもいたほどでした。
その原因のすべては――私にあったのです。
私があなたに惹かれてしまったから、あなたと結ばれたいから、未来から人生をやり直すようにやってきたから。
そう、あなたユーに。
私はその人といる時間が楽しかったから、未来の私に付き合った。
このまま告白をしよう、と。意地っ張りな私はそれを、未来の私を口実にその人に想いを伝えようとしていました。
私がすぐに決意して、プライドなんて考えないで――告白していれば、こんなことにはならなかったかもしれません。
そう、彼ユウジに。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
アイシアを見たとき、病室の外のベンチで泣きながらそう呟いていました。
……私が彼女の気持ちに、本当に気づいていなかったから。
アイシアがこの学校にいて、そして私にそんな感情を抱いているなんてわからなかった。
――私にとって、彼女は良き友人でした。よく両親が会う際についでで話して、遊んだ親友でした。
私が彼女を変えてしまった。黒服を駆り出してまで、私を連れ戻そうとするまで。
「護衛があそこまでするなんて……思わなかった」
そして私は彼女に何も答えられませんでした。
アイシアはそう懺悔するように涙を流して私に言いました。
その時のアイシアは、今のアイシアでした。未来のアイシアは、
「…………」
何も話しませんでした。
未来のアイシアは表に出ても、ユーが倒れてからはずっとそうでした。
ユウジはあんな傷なのに声を張り上げて、鉈を振り回していたのです。
まさか、それが重傷で。こうして――病床に就いて三日間も目を覚まさないなんて思わなかったのです。
「守ってなんて言わない……気遣ってほしいなんて言わない……だから帰ってきて……」
ユー、あなたがいないと私は――
ユウジがいないと私は――
どちらの私も涙を流しました。
* *
それはユウジの眠る病室の外のベンチ、そこには銀髪の美女が座っていました。
「うう……下之君……ごめんなさい」
彼女は俯いて瞳を真っ赤にして泣き続けていました。
それはもう彼が眠りに落ちた時からずっと。
「……未来の私は……私はなんで」
協力してしまったのですか、と。
私は確かにオルリスに友情以上の感情を抱いていました、彼女と結ばれるなら嬉しいと思っていました。
私は女で、彼女も女。そしてどちらも姫な私たちには――それは無理な話だったのです。
でも、突然私の中にもう一つの人格のようなものが現れました。
それが彼女――未来の私でした。
彼女は言いました、このまま行けば彼女と結ばれる。
でもそれを邪魔する輩がいるんだと。
それを聞いてしまった私は、どうにかならないか聞きました。
『なら私に任せてほしい』
と未来の私は言いました。
それは大きな間違いで、結果として。いくら邪魔な輩だったとしても――オルリスの愛する男性を手にかけてしまいました。
今そうして最愛の女性のオルリスは嘆き悲しみ、私は大きな罪悪感に苛まれています。
本当なら彼女の幸せを願うはずだったのに。
最後のワガママだからと遠くこの国にやってきて彼女を間近で見ていたのに。
「……ごめんなさい……ごめんなさい」
私は未来の私を責めることは出来ませんでした――だって心の奥で、その男性がいなくなってしまえと思っていたからです。
その原因のすべては――私にあったのです。
* *
「…………はぁ、茶番ですわね」
先ほどまで泣いていたアイシアの姿はなく、どこか面白くないような表情でため息をついていました。
「”ある程度”の未来は分かっているといいますのに……」
私と昔の私と、オルリスと昔のオルリス――私はその未来を知っていました。
「……だから私は先に謝ったのです」
彼が、ユーさんが起きることを知っているのです。
そしてこのイベントは必要不可欠なのです。だからいくら彼女らが悔やんだとしても、私は何も思いません。
それは……ユーさんの傷だらけの姿は身に沁みますが。
「彼はそれほどヤワではないでしょう?」
ヤンデレ美女に、神様に、義妹。波乱の恋物語を繰り広げた彼が――くたばるわけがないんです。
だから私は、あなたに会うため。
あなたの活躍に惚れたからこうして追ってきたのですよ?
「……今のアイシアにどう説明をすればいいんでしょう?」
今でもオルリスのことは好きですが――未来でユーさんを見せらたら、ねえ?
「早く起きてください、それで沈み込んだ私と二人のオルリスを安心させてあげてください」
もちろん、知ってはいても私もですよ。
* *
俺は夢を見ていた。
「おはようございます、下之ユウジ」
そこは俺以外と一人を除けば誰もいない教室で。
「そしてお久しぶりです」
目と鼻の先には緑髪で前髪で表情を隠す女生徒が机に腰をかけていた。
「……ん? どちら様?」
「その反応は飽きました!」
「いやいや飽きた言われても……」
どう返せばいいんだよと。
…………って、おい!
「ここどこだ!? てか俺はアイシアの護衛と戦って、拍子抜けのオチで意識が飛んで」
「だいたいあってますね」
あってる? なぜ、彼女がそんなことを言えるのか。
「てか夢なら覚めろ!」
「少し時間が必要なんですよ、だってあなたボロボロでしたから」
「ボロボロ……ああ、あんだけ血流してて気絶しない方がおかしいか」
切られまくったからなー……今でも思い出すだけで痛い痛い。
「いえ、貴方の怪我はあなたお仲間の力でほぼ治っているんですよ。というよりも――あなたの心がです」
「……心?」
「はい、あなたは戦う前に何かを思い出しませんでしたか?」
「……ああ。確かに、身の覚えがない記憶をな」
「この世界で言ってもしょうがないですが――あなたの記憶には違いないのですよ?」
「いやいや! あんな戦う場面とかなかったから! ケンカとか馬鹿らしいって逃げてたクチだから!」
「でもあなたかつて、その力である方を守ったのですよ」
「ある方……誰かを俺が?」
……思い出せない、戦いの最中に誰かに声をかけている気がするんだけども。
その呼びかける相手も、その相手の名前もぼんやりとしていた。
「それよりも――あなたは無理やりに記憶を復元しから、脳が戸惑っているのです。だからあなたは長いこと目覚めないんです」
「……この記憶が俺を混乱させる元と」
「そういうことですね……でもそろそろ大丈夫ですね」
「そうなのか?」
「あなたは色々な方に愛されています。早く行ってあげないとダメでしょう」
あー、姉貴にはまずそうだな。オルリスにもそう想って貰えたらいいんだけども……うん。
「……まあ、そうだな。守るべき相手もいるし」
「いい心がけです。最近のあなたは前向きで、それでいて強いから安心です――ずっと見ているこちらとしては喜ばしい限りです」
「すげえ師匠目線みたいな感じだな……ま、話付き合ってくれてありがとよ。えーと……アンタ」
「ユミジです。まあ会うのも今回は最後でしょうけど」
「ユミジ……ふーむ、どこかで聞いたような」
何か懐かしい名前だ。誰だったかはわからんけども。
「――さあ、今寝れば目は覚めますよ」
「そうするとしますよ…………って、俺はなんで寝れば目が覚めることを知ってんだ?」
そう疑問を投げかけようとしたのだけども、俺は急激に睡魔が襲ってきた――
「気にせずお休みください、それはまた次の物語で」
俺はそうして机の固い感触とともに眠りについた。
* *
「………………ん?」
俺は目が覚めると見えたのは白い天井だった。少なくとも自室ではない白さ。
「…………あ」
気づくと俺の傍でオルリスが寝ているのを見つけた。
目元はどこか腫れているように見える……泣きはらしたのだろうか。
「ごめんなオルリス……宣言最初にこんな感じで」
そう俺はオルリスの頭を撫でる。
「…………んぅ…………っ! ユ、ユウジっ!?」
「おはよ、オルリス」
彼女が俺にすぐさま泣きながら抱き着き、その泣き声を聴いて病室の外にいたアイシアから――
ユキに姫城さんにユイにマサヒロに委員長に、井口に、会長にチサさんに福島に、姉貴にホニさんに桐に、ミユに母さんユイの父さんまでも。
様々な表情で、様々な呼び方でみんなが一斉に俺の病室に飛び込んでくるのだった。




