第407話 √3-59 気になる彼女はお姫様で未来人で。
空を俺とホニさんは手をつないで飛んでいた。目下には見慣れた町の景色が広がっている。
これからどう探そうか、とりあえずは見下ろしてオルリスの特徴的な金髪を探す。
「(く……)」
今になって足やら腕やらが疲労を訴え始めていた。
確かにあの時は怒りに身を任せていたとはいえ、あそこまでの機動力はあり得ない。
記憶では、頭では「こう動けばいい」というのが分かるのだけども、その理想に体がついていかない。
それでも黒服を圧倒できるほどの力を出せたってのは……本当に運が良かったからなのだろう。
「そういえばユウジさん、一応聞くけどなんであんなことに?」
ホニさんは俺が黒服に凶器を突きつけられる状況のことを言っているのだろう。
「いやさ、俺の友人を本人の有無も言わさず連れ去ろうとしたから俺は抗って、それで――」
そのことを話す。俺が向こうには敵として見られ、だから護衛の手段として俺へ刃を向けたこと。
「でもユウジさん、すっごい危なかったよ? それでもユウジさんはどこか諦めてないように見えたけど……」
他人本願だったんだけどもホニさんからはそう見えてたのか。
「あー……俺のワガママだな。俺が頑固にも約束を守るって、オルリスに約束したもんだから」
だから諦めていなかった。
とはいうものの、俺は約束がなかったとしても彼女を追いかけていただろう。
俺が彼女のことを好いていて、気がかりになってしまうのには変わりないのだから。
「オルリス……? えーと……あ! ユウジさんがお弁当を作ってあげてた女の人だよね?」
「ああ、で俺はそのオルリスのことを守る約束をしちまったからさ」
「ユウジさんが……かあ」
隣のホニさんは懐かしむようで、悲しそうな表情で呟いた……ホニさんは幾年も生きているから似たようなことがあったのかもしれない。
聞くのは野暮だろう。
「……ユウジさんはその人が大切?」
そうホニさんは問いかけてくる、俺の方へ顔を向けることなく前を向いて進みながら。
それには俺はしっかりと答えられる。
「ああ、俺にとって大切な存在だ」
「……そっか」
横顔に見るホニさんの表情は悲しそうで、さらには寂しそうにも見えた。
「我は寛容だから許してあげる。でも、少し嫉妬しちゃうんだよ?」
ホニさんはそう言って軽く俺の頬をペチと叩いた。
その意図を分かりかねない俺だけども、ホニさんに反論することも何か違う気がした。
「ユウジさんの匂いが付いた女の人なら見当がついたかな」
「おお」
知らぬ間にホニさんはそんなこともやってくれたんだ。
「我は一応狼だったからね、鼻も利くんだよ――ユウジさんの今までの女性の匂いもしっかりとね」
言っている口調こそいつもの通りなのに、背筋がゾクっとした。
今日のホニさんはいつもと違うぞ……!?
「……ホニさん?」
「一日」
「はい?」
「一日ユウジさん占有権を要求する!」
手をつないでいない手ぶらの方の腕をビシッと発言をするかのように挙手するホニさん。
俺占有権? てかホニさんが?
いや……別にいいどころか、ホニさんと遊べるなら万々歳だけども。
「り、了解」
「やったぁ! 楽しみにしてるね!」
思い切り嬉しそうな笑顔で振り返るホニさん……ほかに言うことないのか、とか言われそうだけども。
やっぱり彼女は可愛らしかった。
「ユウジさん」
「ん……ってなんだコレ」
ホニさんと空中飛行時に手渡されたのは、一つの小瓶だった。
栄養ドリンクの入っていそうな茶色がかった手のひらサイズの瓶には半分ほど液体が入っていた。
「桐謹製のパワーアップドリンクかな? ユウジさん、今体の節々が痛かったりしない?」
「おお……バレてた?」
「うん、ユウジさんとは付き合い長いからねっ」
手をつないでいるのもあるんだろうけど、ホニさんは色々なところを見てくれているからなあ。
本当になんていい子なんだろう。
「そんな時にはコレ一本! 一時的に痛みも疲れもひとっ飛び!」
「いやいやいやヤバいだろ!? 一時的ってことはあとあと反動が襲ってきそうな……」
「でも、今動かないとダメなんじゃないかな?」
もうホニさん正論スパスパ言い過ぎ!
「桐も未だに狙ってるユウジさんを自ら傷物にはしないと思うよ?」
「キズモ……! ああ、そうなんだ」
ホニさんがそんな言葉を覚えた親的なショックと、いまだに諦めていない執念深い桐に一人の男として強く純粋なショックを受けた。
おいおい最近接触が少ないのは隙を見計らっているからですかい? そうなんですか?
「だからユウジさんは気にせずに、女の子助けてくるのがいいよ! うんっ、ユウジさんなら大丈夫!」
「ホニさんのお墨付きとあれば問題ナシだな」
ホニさんの言葉をなぜか聞いただけで自分に自信が満ちてくるようだった。
安心感というか、太鼓判というか……なんだろね?
「……ここかあ」
ここは藍浜商店街を突っ切って、映画館を横目に、姫城舞の家をも通り過ぎた藍浜町の端。
そこから小道に入れば地主が居なくなり誰も手入れのされないその場所は雑草天国、小さな野生動物やら虫の楽園へとなり果てている場所へと辿りつく。
更に進めば一部のガラスは抜け落ちて闇夜には不気味にみえるデザインガラスを持つおそらくは教会だと思われる建物が見え、灯りはかろうじて通る電線に備え付けられた今にも消えてしまいそうな街灯少し。
こんなところ誰もいないだろう、と言わんばかりに生活の臭いは殆どないが……良く見れば草木を押し倒して人が通ったかのような痕跡が見られた。
その少しずつ姿を現す教会は見た目こそ廃墟同然だけども――わかりやすくその周辺には黒服が待機していた。
そこは町はずれに打ち捨てられた廃教会、おそらくこの中にオルリスが。更にはアイシアもいるのだろう。
「ホニさん、ありがとう」
「ユウジさんの頼みだもん! それに約束も取り付けられちゃったし」
「ああ、近い休日あたりとかどう?」
「ユウジさん任せっ! でも――彼女さんに心酔しすぎる前によろしくね」
そう言うとホニさんはその廃墟近く、黒服のいないポイントに俺を下した。
どうでもいいけど俺の周りの女性人の黒化が進んでないか? 姉貴は今年からヒートアップ、ユキもユイも少し。
「――頑張って、ユウジさん」
「おうよ!」
俺は地面を駆け抜けた――足の感覚がおかしいし、膝の骨とかもガクガクいってる。でも――痛覚がない。
だから俺は体に無理をさせても動くことが出来る。
「俺の姫を取り返しにきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
道路に待機していた黒服が俺の声に反応し、小刀を振り上げながら俺へと向かい来る。
それを一寸ばかりで避けて鉈の峰を黒服の頭へと衝突させる――脳震盪ぐらいで済むといいんだけども。
「この男がアイシア姫の命令で消せとされていた者か!」
「というかなんで山で処理できてないのかしら」
「アイツら仕事放棄かよ……ったく」
男女問わず数人が俺へと刃先を向けた――構っている間にオルリスが何をされるかわかったもんじゃない。
「くらえっ」
「っ」
男の短刀が俺の腕を一閃した、幸い利き腕は逆だったから鉈を振るうことはできる。
血が勢いよく流れ出た――その量は見ただけで卒倒しそうなほどだ。
でも、痛くない。
「はっ」
「なっ、コイツ……!?」
それでも進み続ける俺に一人の黒服が恐怖したか怖気付いたように進行を止める。
「邪魔だぁっ!」
俺は同じように鉈の峰で脇腹を叩く――何かが砕ける感触がした。
「どけぇっ、オルリスに早く俺を会わせろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
腕を切られ、顔を掠り、足に打撲のようなものを負い。
それでも教会へと続く道程にいる黒服を倒していった――そうして教会の前にたどり着き、すでに膝を付きそうなほどにボロボロの足を動かして扉を蹴り飛ばした。
「アイシアァッ! オルリスを返してもらうっ!」
天井のところどころが抜け落ちた教会の中、オルリスが長椅子に横たわり。
別の長椅子に仁王立ちをして、妖艶な笑みを浮かべながら俺を見据える――
「さあ最後に争奪戦と行きましょう? ――どちらがオルリスへの愛が強いのか」




