第406話 √3-58 気になる彼女はお姫様で未来人で。
「ひどいです、こうして私は想っていますのに――殿方と結ばれるなんて」
「あ、当たり前ですわっ! 女性同士なんて無茶が過ぎます!」
「そんなことありませんよ、実際私たちの親は了解しているではありませんか」
「私本人は認めていません!」
おお、やっぱりこの二人が結ばれるはずだったのか。
「というか岡さんはどういたしましたの!?」
「わたしです」
「はい!?」
「岡小百合――この日本で百合というものは女性同士を象徴するものではありませんでしたか?」
「そ、そんなことが……」
「一番最初にあなたに近づいたのも――私だったでしょう?」
「く……」
そんな名前の中に伏線が! ……って俺が知ったのは今が初めてだけども。
「あーもうずっと隣で悶々としていたのですよ……こんなに近くにいるのにペロペロできないなんて」
「ペロ……!?」
こいつペロリストか! アイシア、コイツ只者じゃねえな。
「そこの男」
「ん、俺?」
どうやら銀髪美女ことアイシアは俺を名指しのようで。
オルリスへの表情と違って、俺へ向けるのは冷徹な蔑みも含んでいた。
「あなたがオルリスをそそのかしたせいで未来が変わったのですよ」
「未来を……なんだって?」
そういやこの二人未来から来たんだっけ?
アイシアは「わたしです」発言から変装して過ごしていたのは確かだけども、今の発言だとオルリスと同じように未来の彼女が憑いてるってところか。
「知っているは思いますが、私とオルリスは未来から意識だけを移してきました。それもオルリスがあなたを意識したことで別の結婚相手を探す選択肢が生まれてしまったのです」
ははあ、繋がっているわけか。俺の行動でねえ、井口と付き合っていたらこの未来もなかったわけだな。
俺のオルリスとの出会いからのすべての行動が今に生きていると。
そしてアイシアはそれを追ってきたと、こうして悪い虫を寄せ付けないために……その愛は本物なんだろうな。
「私はオルリスを心の底から愛しているのです。そこの男が愛しのオルリスと結ばれる……それは絶対に許しませんから」
「な、なにをするんですか」
オルリスがアイシアの読めない表情に危機感を感じてかそう問うと、
「その男を消すしかないですね」
TYO・TEN・KAI!
……って俺が消されるのか、うん。なんかイマイチ驚きがないな。
唐突だかんねー
「……あまり面白いジョークではないですわ」
「冗談じゃないんですよ。オルリスも私も守るSPは――少なくともその男を敵視するでしょうから」
まあそうだよなー……SP視点とすれば悪い虫が付いた状態だからな。
「それではSPの方々――やっておしまい」
「「その呼びかけ方どーなの(どーなんですの)!?」」
その途端にどこからか現れた黒服の集団――全員、日常でも所持できそうな短刀を構えていた。
で、そのSPは高校生ぐらいなんだけども……サングラスで目がこちらから見えないのが、色々とね?
うん、殺される気がする。
「A班はオルリスを、B班は男をよろしくです」
「「かしこまりました」」
男女それぞれの息が合い声が重なる。
俺は命を狙われてる……らしい。でもそれ以上に、だ。
オルリスがアイシアに連れ去られそうになっている。
「やめてください! ユウジ……いえ、この男には手を出さないでください!」
「ごめんなさいオルリス。その男がいる以上はあなたの意識は向かってしまいますから――あとは私のお助けメカでその男についての記憶を」
なんか設定増えたんだが。
そして俺が反応できない本当に僅かな時だった。オルリスの背後にSPの一人が回り込みオルリスの口元に布をあてた。
「ユウ――」
「オルリスっ」
何かの薬品が塗布されていたのか、オルリスは気を失いそのSPの……体つきから女生徒に担がれ遠くに走り去っていった。
追いかけようにも黒服がその進路を塞ぎ、その担がれたオルリスの姿も視界からは完全に消え失せていた。
「くそ……」
……俺はさっき決めたばかりだってのに。
こうして黒服の前では固まって、黙って逃げられて。俺はオルリスを守れないってのか。
「それではあなたの番です――消えてください」
そんな当人のアイシアはそう言い終えるとすたすたと歩き去っていく、きっとオルリスを追ったのだろう。そんな光景を眺めながら思う。
俺はここで終わるのか、そしてオルリスの約束をこうも早くに破っちまうのか。相当に出来るSPっぽいし、俺殺されるのか。
自分の無力さぐらいわかってる、ここで飛び出せば確実に一閃されるだけで命を絶たれる――そんな予感がする。
俺は何もできない、こうしてオルリスを見送ったまま。アイシアの言われるがままに俺は殺される。
ああ……俺に力が有ればなあ。自身も守って、オルリスも救い出せるのに。
ご都合展開でもいいからさ、どうにかならんかね誰かさんよ。
他力本願甚だしかった。
無力でも、彼女を救えなくともここで動ければよかったのに、何故か俺はどこか冷静に物事を考えて――何かを待っていた。
* *
我が家で昼近くのワイドショーを見ている最中のことで。
「――ユウジさんに危機の予感」
頭の隅が痺れて、何かビビっと反応した我。ユウジさんに危機が迫っているような、そんな予感。
……前の物語ではそういうことはなかったけど、今回はそうなんだね。
「そうだユミジさんに聞いてなかったけど」
基本的に能力を使わない我はどの物語でも消えることはない。
けれど、今自主的に使ったら――次の物語の我はどうなるんだろう。
一度のあのマナビヤに飛ばされるだけならいいんだけど……ううん。
「ユウジさんはやり直してまで、体がボロボロになって動けなくなるまで我を守ってくれた」
ここで我自身の心配をしちゃダメだよね……うう、でもユウジさんと桐には怒られそうだけど。
でも、
「せっかく使える力なんだから――我は動かなきゃダメなんだよ」
言い聞かせるように、決意するように。
もしかしてと桐の部屋へと勝手に入ると、そこには――あの薬。あのユウジさんに飲ませた薬と同じものが入っていると思う瓶。
階段を駆け下りて、居間に戻って。
「”天を巡る風の皆、我に味方せよ”」
我は中庭から、我の周りに風を巡らせて空へと向かう。
「”風よ土よ水よ――我の愛しい人はどこにいますか?”」
風が示す方向へ――
* *
わしはその時授業中で、そのナリから通う小学校で童心に返りながら教師の話を聞いていた。
その時のこと。
「(ふむ、シナリオ時間が正しければユウジは銀髪のSPに囲まれてる頃合いじゃろうか)」
本来のゲームシナリオじゃと「愛の力で百人力」なのじゃが、ないわ。
その無茶苦茶なシナリオの補助というか、わしがこうして力を使うハメになるからの。
「(――瞬間転送。物体指定一つ、場所指定主人公手元、あらゆる場所へと一時で行く力を持て――書換
チェンジ)」
さあ、これをどう使うかの? ユウジ、そこからが主人公としての力の見せどころじゃぞ。
ご都合展開がなんじゃ。ひと思いにやってしまえ――
* *
「ねえユミジ! これじゃユウ兄はっ」
私ことユミジはミユに懇願されていました。それもこれも私が映像を見せていたことに起因するのですが。
見える映像には凶器を構えた黒服に取り囲まれる下之ユウジの図がありました。
「ユミジ! どうにかならないの!?」
ミユはそれはもう焦っていました。
……まったくシスコン兄とブラコン妹で、どうしてここまで道を違えてしまったのか。
『なります。ただおそらくは下之ユウジに負担をかけることとなりますよ?』
「でもユウ兄はそれで助かるかもしれないんだよね!?」
『そうですね、下之ユウジ次第ですが』
「じゃあお願いっ……ううん、お願いします。ユミジ、私の兄を――」
桐に比べて機械的な私でも、ここまで言われればねえ。
『”リターンズ・メモリ”前々世界の記憶の一部を彼に再召喚――名付けて”前々世バースト”!』
前々世、ここでいう物語の。つまりはホニ物語の下之ユウジの記憶を彼に与えたことになります。
ですがホニの部分だけをぼやかして、戦いの場面だけを。
実際に、そこでの彼は――
少なくとも常人では出来ない戦い方をしていましたから。
『あとは彼次第です。見守りましょう』
* *
「申しわけありませんが、あなたを殺させていただきます」
黒服の一人が前へと出てきて、俺へと刃先を向けながら寄ってくる。
そういやコイツら岡――いやアイシアと同じように藍浜の生徒だったりするんかな?
そんでアイシアが、自分もオルリスも守るSPって言ってたから二人のSPなわけか。
同じ高校生で、同じ学年ねえ。
アイシアと同じようにまぎれてたわけだ。まあ色々危険もあるだろうからそれは必要だろうさ。
で、彼らにとっちゃ俺が今は危険要素と。
「…………」
さあ、どうする。逃げ切れるか? いやそこまで足も速くない。抗戦とかは愚どころじゃない。
そう考えていたその時だった。
「なっ」
俺の目の前の空間が光だし、現れたのは――
「空から――鉈だと」
呆気にとられたように黒服の男が言うように、それは鉈。
おして俺の手元に柄が収まった……ずっしりと重みのあるそれなりの代物だろう。
「(なんだこれ)」
なんだこの抜群のフィット感。ただの木の棒部分だぞ? でも、なんか懐かしい。
これを持ったことがある。ましてやこれを振り回したことがある。柄の先をふいに見て。
「ナタリー……」
っ、記憶が溢れてきた。これは――戦いの記憶!?
こんなの記憶にない! ……でも、確かに俺は戦っていてそれも。
「守るため?」
誰かを守る術として、戦うざるを得なかった。
でも俺は何を守って――
「ユウジさん!」
そこに現れたのは、我が家のマスコット的存在のホニさん。
どうしてここがとかよりも、
「なんで、ホニさん飛んでるの?」
ホニさんは飛んでいた。というか空から舞い降りるようにやってきた。
「それはいいから! ユウジさん、我はユウジさんの足になるからっ」
ホニさんは俺へと手を差し伸べた、その瞬間だった。
「こ、この女もこの男の仲間!?」
「小さいが――アイシア姫の命令だ」
そう一人の黒服の女が言い、黒服の男がまず最初に刃先をホニさんへと向けた。
姫の命令? そしてまずはホニさんを?
――何かが俺の中で切れた。
「おい、誰に向かって刃を向けてんだよ」
オルリスさえも太刀打ちできない愛らしさや保護欲をそそられる本当に可愛らしい存在。
我が家では彼女なりに役立とうとして、いつも美味しい料理をつくってくれて家事もこなしてくれる。
誰よりもやさしくて、きっと誰よりも傷つきやすい。
そんな彼女に一瞬でも刃先を向けた?
「許さねえ」
その次には俺は飛び出していた、さっきまでの俺なんかでは出せない足の速さを。殺意から来た溢れる力を。
「このやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
鉈の刃の峰部分で相手の男を横殴りにする。
ふいを突かれたのか、呆気にとられていた男は面白いように吹っ飛んだ。それを見た数人の黒服も反応出来ずに唖然とする。
「ホニさんに刃を向けたことと、本人の意思さえ知らずにオルリスを連れ去ったこと――俺はお前らを許さない」
「ユウジさん…………って(見惚れてる場合じゃなかった!)えーと”草木よ我に味方せよ、愛しい人を守るように”」
ホニさんはなぜか草木を操って黒服の足止めをしつつ、俺は鉈を振り回して黒服を吹き飛ばしていった。
俺は自分以上の力で、自分以上の速さで黒服をふっ飛ばし、起き上がる者もいたがしばらくすると起き上がらなくなった。
「ユウジさんっ、行こう!」
「ああっ」
ホニさんの手を改めて取って、俺は空へと浮かび上がる。
「待ってろ……オルリスっ」
ホニさんと共に、俺は空を駆けていった。




