第405話 √3-57 気になる彼女はお姫様で未来人で。
それまでは茶番でした。
私の気持ちは定まっているのに、学校をサボって彼と一緒にいれるからと。
――私は大きな嘘をついたのです。
婿さがし。
探す必要なんて本当ならないはずで、ほとんど決まっているようなものだったのに。
それでも私の思い出は美しいもので、もしかすると彼は思い出の中だからよかったのではないか。単なる思い過ごしだったのではないか。
そう思って試すように、彼を連れ出しました。
そして昔の私と記憶を改めて共有して、彼の優しさと真面目さと。一緒にいることの楽しさと嬉しさを改めて理解して。
気のせいでも、思い過ごしでも彼への気持ちでもないことを知りました。
でも彼は予想以上に色々な女の子に好かれていて。
昔の私を焦らせた要因の文化祭委員の井口さん。幼馴染の篠文ユキさんにクラスメイトの姫城マイさん。
同じ生徒会のユイさん、ほかにもクラスでユーの話題がでていることもありました。
不思議と彼の周りには色々な人が集まっていたのです。
だから私は躊躇してしまいました、彼に気持ちをぶつけていいのだろうかと。
負い目のようなものを感じてしまったのです。
そうしている間にも時は迫って、結婚相手のアイシアまでもやってきて。それをユーに知られて。
――アイシアから走り去りました。
何かから逃げるように。
そして私は彼がついてきてくれると信じたから、私は走り続けました。
アイシアのことを嫌いなわけではなく、けれど恋愛対象としてはどうしても見れなかったのです。
それに親が強引に政略結婚だからと選び出した相手で……それに彼がいましたから。
私がさりげなく自分の身柄のことを伝えても、彼は最初こそ驚きましたが追及はしませんでした。
対等に、同じ目線で彼と話せるのが本当に楽しかった。時折見せる気遣いが、言葉がふとした冗談が嬉しかった。
それから何年経ってもそれはよい思い出で、昔の私は彼に少なからず好意を持っていたのに告白せずじまい。
政略結婚を突きつけられた私は後悔しました。あの時告白していたら、と。
それでも思うと、彼をこの私の特殊な状況に巻き込みたくなかったからかもしれません。
巻き込みたくないけれど、巻き込みたい。
彼に私のそばにいてほしい。募って募って、自由で不自由な姫暮らしの私は思い出に何度も耽りました。
それほどに彼との生徒会は、学校生活は忘れられないものでした。
だから、もしも。
もしも彼にこの事実を知って、昔に戻って告白出来たらと。
政略結婚を突きつけられた、最近に「タイムマシン」というものが実用されました。
これはチャンスだと、過去に行って「好きな殿方がいる、生涯の相手がいる」という事実さえあれば。
だから父様のいない一週間を狙って、私の味方であった付き人に頼んで。それをどう誤魔化すかも打ち合わせをして。
でも私のことを真っ先に知ろうとする――アイシアならばそれを知るすべはいくらでもあることを。
それに昔の私に付き人はいないようになっていましたし、実際なにもなく三年間の日本での生活を終えました。
それでも今日のことを、アイシアに付いていたSPを見る限りではクラスに付き人は偽装して潜んでいて――今の今まで気づかずに生活していたのです。
アイシアに見せつけることで婚約解消も狙ってはいましたが、まさか三日で追いかけてくるとは想定外だったのです。
だから逃げました。
彼は隣で、私の婿さがしに本気だったことを知らされ――申し訳なさに胸が痛みました。
彼は私をまじめというけれど、彼こそまじめの権化のような方。
それでいて鼻にかけようとせずに、冗談めかして誤魔化す。そして彼の隣にいると飽きないのでした。
彼は色々な方に好かれている。
それでも私には時間がなく、この数日間で言わなければならないことでした。
「ユーが、下之ユウジのことが好きです」
私の隣に一生いてほしいと、私にその美味しいお弁当を作ってほしいと。
そう思っていたのに、私はやっぱりはばかられるのです。
私という存在がもしかすると彼の重荷になってしまう、私の立場はそのようなものでした。
――姫という以上は、彼を王の候補として迎え入れなければならない。
王というより彼は騎士なのですけれど……ってそうじゃなくて。
彼にも生活があって、関係があるから。
私の事情に軽く巻き込むことはできませんでした。
それでも彼は、彼からは――
『あなたのことが好きです』
告白の先を越されて、もしかすると彼は私のことを恋愛対象とは見れないと断る未来も想像できた以上に衝撃すぎました。
……こんなところまで私に気遣うのですか? ズルいですよ、ユー……
私の気持ちも知らないで。
ずるいです、下之君。
* *
告白をしてしまった。
あ、やべ。やっちまった? 彼女は固まってしまっていた。
無理もない、突然だし。まさかお前かよってレベルだろうからなあ。
「……言いましたよね」
「っ」
オルリスが口を開く。
「私はある国の姫だと」
聞いた、驚いた。でも納得はできた。
おそらく彼女は俺のような平民に務まるわけがないと思うのかもしれない。
務まるわけがない。
「ああ……オルリスが、俺とどれだけ立場が違うのかを」
一概の高校生と、一国の姫。差は歴然としていた。
それでも俺は彼女と一緒にいたかった。
「それでも俺はオルリスの婿になりたい」
「っ! わ、わかっていますの……私は、あなたとは違くて。それであなたは――」
勉強どころか作法から、すべてすべてを書き換えるぐらいに努力しないと彼女の足元に及ばない。
振られるだろうだろう言っていた。でも、俺は本当は――
「それでも俺は諦めない、オルリスの隣に立てるように!」
振られることを望んでなんていない、俺は臆病で。卑怯だから予防線を張るように、そう心に言い聞かせるように。
でも俺はどうしても彼女の傍にいたい。
「どこの馬の骨とも分からんヤツにオルリスを渡したくない。だから本当は数日の間に出会うような輩に婿になってほしくなかった」
何を言ってるんだろうな、俺こそ馬の骨どころか魚の骨でさえないのに。
でもオルリスのことが大切だから、真面目で自分のことは二の次な彼女を支えてあげたいから。
「一生……オルリスを守っていきたいんだ」
ヘタレな俺はここでやめだ。どにかしてでも、政略結婚を迫るアイシアから俺は――オルリスを守る!
「一生……などと軽率に使っているのではないですか」
そうだ、覚悟がない者に限って使いたがる。
俺も突然にこんな言葉を使って、自らが薄っぺらいとは思う。
「思えば政略結婚を妨害するぐらいだ……思いつきでこんなこと出来ないって」
けれども自らが行ったのはそんなこと。下手すれば俺はどんな目に会わされてもおかしくない。
――将来の一国を担う姫をそそのかしたのだと。
だから覚悟を決める。
「俺はあなたを一生お守りします。好きです――あなたの傍にいさせてください」
思いがね、溢れて仕方ないんだよ。告白する前までは振られることばかり考えてたのにさ。
いざ言葉にして、言葉をもらったら――信じられないぐらいに喋ってるんだもんなあ。
婿さがしをして、結婚相手がやってきて。その間に溜まっていったんだろう。
今は虚言にしか聞こえない。でも、それでも俺はそれを本当にしていきたい。
「オルリス=クランナ。俺はあなたのことが心から好きです」
何度俺は好きと言っているだろう。しつこいし呆れるよなあ。
でも行動で示す前にでできることは、こうして言葉を出すだけだから。
「……ふふふ。おかしい人」
え?
「ユー、思い出してください。私オルリスと過ごした数日間、何をしていましたか?」
「え、あ。そりゃ一緒に婿さがしを」
「”一緒に商店街を巡って””一緒にカフェでお茶をして””一緒に隣町で歩き回って””今日は学校に行きましょう”」
「…………そうだけど?」
確かに羅列すればそういうことにはなるけども。
「全部デートに当てはめてみたらどうですか? 好きな男性と一緒にいる時間を作りたいが為にやっていたこととしたら」
…………………あー。
「ええええええええええええええええええええええ!?」
「鈍すぎますよ」
「いやいや! だって婿さがしとかさっ」
「探しているように見えました?」
……やられた。
まさか、そう来るとは。確かに今思えば時折嬉しそうだったし俺がその話題を出すも歓迎されていなうような気がしてくる。
「でも、あなたと結ばれるということは。あなたに私との立場の違いという重荷を背負わせてしまうから」
思っていた通りだ。
「それでも安心しましたわ。あなたが努力すると仰ってくれて、これで心おきなくですわね」
「え、いや……え?」
「覆しますの?」
覆すねえ。今言えば間に合うかね……? なんて僅かに思ってしまったけども――けども!
「今は頼りないだろうけども、俺頑張るから!」
「期待してもよろしいのですの?」
「あ、ああ! でもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「ふふふ……相変わらず面白い方です。きっとあなたは本当は真面目ですから、きっと私を守れるようになってくれるでしょうね。だから――何年経った今も忘れられずに、好きなのでしょうね」
「え――」
そう笑われた直後、彼女の様子が変わった。
「え、未来の私! 突然変わるなんて…………ええええええええと!? ほ、本当に私なんかでよろしいですの!?」
この取り乱しっぷりはオルリスというよりクランナだな。
「告白した当人が言うのもなんだけども、逆に俺なんかでいいのかが分からない」
本当に気圧されただけなら、なんというか申し訳ないようにも思えてくるし。
「……少なくとも今の私は、あなたのことが……す、好きですわ!」
「マジで?」
「マジ、ですわ」
今のところでも、すっげえ嬉しい!
「でも忘れませんわよ……わ、私を一生守ると言ったことは」
「ああ、忘れないでくれると嬉しい。今はこんなでも……なってみせるから」
「待ちくたびれない程度に、お願いしますわ」
「おう、頑張るぜ」
クランナからも了承得られた!
あ、でもこれで逃げ道はなくなったってことか。
おおう……死ぬ気で頑張らないとな。
「わ、私からも……」
クランナはうつむいて、顔を真っ赤にして。
「私もっ、下之ユウジのことが好きですわっ!」
あ……これはクル。
「わ、私のことを一生守ってください! あ、危なっかしいのでしょう?」
「まあな、傍からみて不安になるほどには」
「……失礼ですわね」
「だからクランナがすごい気になっちゃったんだけどな」
「っ」
真っ赤に茹で上がるクランナ、可愛いな。
てか、これって答えとしては……いいってことなんだよな?
「これから、末永くよろしくお願いしますわ。ユ、ユウジ」
照れた彼女は一万倍可愛い。そして名前の呼び捨てかあ……いい。
――そう思っていた直後のこと。
「見つけましたよ、オルリス。さあ帰りましょう」
神石に隠れるようにしていた俺とクランナの目の前に、またもや仁王立ちで。
そして黒縁の眼鏡を取り、さらにコンタクトを外し、黒髪に手をかけると勢いづけるように脱ぎ去って、
「このアイシア=ゼクシズ、あなたの婚約者なのですから」
現れるのは風になびくキラキラと輝き長い銀髪と、燃えるような真紅の赤い瞳。
この世のものとも思えない――絶世の美女がそこには立っていた。
「アイシア! 岡さんに化けていたのですかっ!」
え、本人?
ということは、
「性別の壁なんてどうでもよいことではないですか――愛しのオルリス」
頬を赤らめて、溶けるような表情でそう彼女は呟く。
アイシアはどうやらレズだったようです。
えー




