第399話 √3-51 気になる彼女はお姫様で未来人で。
十一月一日
「あれ、ユウジさんどこかお出かけ?」
俺がちょっといつもとは違った、少しはカッコつけた格好をして居間にいると、テレビを眺めていたがホニさんがそう聞いてきた。
「まあ、そんなとこ。夕飯までには帰って来るからさ」
「――これは女じゃな」
すると(久しぶりに登場した)桐が突然に現れて、耳元で(わざわざ椅子を用意してから乗って)呟いた。
「ぬあっ、驚かせるなんて悪い子ちゃんだなー、んもー」
「キ、キャラの間違えたが惨いのじゃ……っ!」
「てか、驚くからやめろ」
「緩急が激しいのう、で女じゃろ? 女じゃな? 女じゅる」
三段活用だが、最後がおかしい。
「すするのか? 桐、お前ってまさかソッチ方面……」
そ、そうか……こんなに小さい上に中身は婆で、更に……同性愛か、レズか。
「濃……」
「ち、違う! わしはこれでも超純粋無垢で保護指定確実なお兄ちゃんッ子じゃあっ」
純粋無垢、ああん? まあそのツッコミはし尽くした気がするから、
「……なあ、ホニさん。コイツ保護されるようなタチかな?」
「桐はたまにあざと過ぎるし、しぶといと思うし保護してもしょうがないかな」
「あ、アレ。ホニってこんなに毒舌キャラだったかの?」
「ホニさんは分かってるな~」
「だよ~、これでもキリのことは結構知ってるからね~」
「あれ、わし孤立? なんでなんで?」
桐があたふたする姿を見ると言うのもたまになことなので、オツなものだなあ。
「なんか可愛いよね、ユウジさん」
「ホニさんに全力で同意しておこう。これだけはちょっと可愛げあるな」
「アレ、わし初めてのお兄ちゃんの褒めなのに……言葉通りに受け取って嬉しいような、持って行き方が嬉しくないような」
桐はうーんと唸り始めた。苦難の時期だな、ちなみに俺の桐向けの褒めのはニ年分使い果たしたことについては言わないでおこう。
「じゃ、行ってきますー」
「行ってらっしゃい」
「うーん……ってユウジ! わしの質問はっ――」
俺は居間の扉を後ろ手に閉めて、
「行きますかね」
* *
そういえばオルリスに変わったのか、クランナからメールが届いた。
待ち合わせ十ニ時、商店街学校側入り口という明日の詳細メールを貰っていた。
ということで九時四十分。
「なんといーか、オルリスが送ったとしたら案外変わって無いのな」
少し大人びて、少し茶目っ気は増えたようだけども。それでも十年後の彼女の本質が変わっていないことをして、何故かほっとした。
「(日本の思い出がトラウマになったりはしていないってことか)」
それなら、良かった。それに未来から来て日本で伴侶を作る時期を今に指定したってことは、日本での悪い思い出もなかったんだな。
更にはオルリスの存在がクランナが無事に過ごしていけたってことの証明でもあるしな。
「お待たせしました、ユー」
少し駆けてくるようにクランナは……いやオルリスはやってきた。
クランナと同じように相も変わらずの制服姿だ。
「待ってないぞ、でオルリスだよな?」
「正解です、よくわかりましたね。流石以前は私を気遣うことに命を懸けていただけはありますね」
「凄いな、オルリスのキャラ変わり過ぎじゃねえか」
ここまでクランナは大っぴらに言わないって。てか命は懸けてない……社会的地位は少し懸けたかもしれないが。
「あら、そうですか。ぼくのクランナはコレじゃな~いって感じですか?」
「ああ、今のオルリスのコレジャナイ感は異常だ。イメージ崩壊だな、誠に遺憾である」
「これは歪んだ未来の私です、本当の私は純粋無垢ですから、ご安心を」
一日で純粋無垢なんて二回聞くとは、それも両方とも見た目以上に中身はお歳を召した――
「うふふ、ユー。歳のことを考えたならば、セクハラで通報しますわよ?」
「いっちばん俺に対して最強の脅しですね、考えてませんから安心してください」
「今度はないですから」
「ごめんなさい、とても麗しいオルリス様」
「ふふ、そこまではいいのですよ。様付けは大歓迎ですが」
「そこを譲れよ」
本当にクランナの未来の姿なんだろうか、と思うが。彼女が楽しそうだからいいか。
「では行きましょう、デートに」
「いやいや、男探しだろ」
「……その言い方も簡略化し過ぎではないですか? 婿探しです、玉の輿狙いですわ」
「オルリス以上の玉の輿とか、もう石油王の二乗でもない限り無理だろう……」
「玉の輿は嘘だとしても、見つかるとよいのですが」
と、口では言いながらもこちらをチラチラみる彼女はなんなのだろう。
探すと言っておきながら、周囲を見渡しているようには見えないし。
……なんだろうか、年上に遊ばれているのだろうか俺は。
「懐かしいですわ……そうそう、ここに惣菜屋が有って――」
男を探しているようにはさらさら見えないが、本当にタイムスリップしてかつての景色を眺めるかのように懐かしむ彼女は見ていて文句は言えなかった。
そう、最初に俺と裏通りに入った時のクランナみたいなキラキラと瞳を輝かせて。
「ユ、ユー! あの喫茶店に入りましょうっ」
彼女が興奮気味に指したのは、以前俺が暑さに倒れそうな彼女を介抱する為に連れた古びた喫茶店だった。
混み気味の店内に入って、丁度見つけた二人分の席をオルリスは見つけると「ゆっくりしていきましょう!」と俺の座るであろう椅子を軽く叩いて笑顔を向けて来たのだった。
……当初の目的はさあ。と言いたいところだったが、俺はそのオルリスの笑顔がどうしようもなく綺麗だたので負けた。
「ユー、そういえばここは――」
倒れた私を助けてくれて、連れてくれた喫茶店ですよね? ということから始まった、俺からすれば数カ月ほど前のことを、懐かしむように思い出すように語る彼女を止めることは出来なかった。
俺はいいけど、オルリスは……と見ると、俺に話す彼女はずっと笑顔だった。
「(まあそりゃ、懐かしみたいよな)」
男を探すのは目的ではあるけれども、こうして姫な彼女が訪れることもままならない過去に過ごした日本のこの町を見てみたいのは分からないでもない。
……もう少し、オルリスの話に付き合うとしますか。そのあとで、当初の目的のことを切り出せばいい。そう思って、俺はホットコーヒーをゆっくりとすすりながら彼女の話に付き合った。
で、五時間後である。
昼食時を挟んだこともあって。軽食を頼んだりもした、
「まあ、こんな時間」
「ああ……だな」
……よくも、そんな棒演技がオルリスは出来たものだ。なるほど俺はモロに術中にハマったか。
「なあ、オルリス。婿探しは――」
「やはりユーは聞き上手ですねっ!」
なんでだろうな、こんなに目いっぱいの笑顔を見せられたらさ。続きが言いにくって。
いや、でも彼女の為だ。
「オルリス、それはありがたいけど……当初の目的はどうするのかと」
「あ……そうだったわね」
ああ、俺は甘すぎたようだ。
「懐かしみたいのは分かりますけど、期間はあまりないんですよ。分かってます?」
俺はあえて、言葉を固くしてそう言った。
そうでもしなければ、オルリスになってほぐれ気味な彼女は真面目にはなってくれない。
「……分かっています。ごめんなさいね、付き合って下さっているのに」
「いや、謝るほどのことじゃ」
「分かっています、分かっていますから」
そう繰り返し呟くオルリスはどこか寂しそうではあった。
でも俺は頼まれた以上仕方ない、時間は思いのほか残り少ないのだ。
「こんな時間ですね……申し訳ありませんが、明日またお願いします」
「あ、ああ……わかった」
機嫌が悪いというより、やはり寂しげで悲しげな背中が見えた。
大人びた喋り方で、ちょくちょく茶目っ気をいれる彼女が――その時はとてもとても小さく見えた。
オルリスの婿探し、一日目終了。




