第379話 √3-31 気になる彼女は○○○で×××で。
俺とユイが変わり変わりに購買や学食やコンビニ弁当で片方が姉貴製弁当、姉貴とクランナが俺製弁当の体制が続いていたのだが――
十月十四日
その出来事は突然だった。
「下、ちょっとよろしいですか」
相も変わらずその呼び方で、放課後に学食へとクランナは連れて行き、席へと向かいに座った。
……? なんだろうか、と思う前に思いつき――
「あー、今日も副会長は弁当作ってきてるからな」
「分かっています。だから副会長には内緒で呼んだのです」
「姉貴の弁当に不満でもあったのか?」
「あるわけありませんわ! あのような美味しいものは今までのコンビニ弁当とは比べ物になりませんわ!」
まあ、俺作の弁当だけどな。
「というかそんな副会長の料理を毎食食べているのでしょう? 羨ましいですわ……っ!」
「睨むな睨むな」
俺の作る弁当でここまで絶賛されると、真実を明かした時が怖いな。
「副会長だから褒めてるとか、なしか?」
「当たり前です! あのような弁当を作れる方は副会長でなくとも素晴らしいのです! それでも副会長の心遣いは身にしみるのですが……」
ふーん。なるほどねえ。
「それで、俺を呼んだ訳ってのは?」
「それは…………その」
「?」
クランナは少し気まずそうに俯くも、すぐさまキッと決意の表情を形作り。
そして鞄からある物を取り出した――
「……タッパーだよな」
「卵焼きですわ」
まあ、タッパーの透明越しに数個見えるっちゃ見えるんだけどな。
「これを?」
「試食してもらいたいのですわ」
やっぱそういうパターンすよね。
「何で俺?」
「あ、あなたしか頼める人がいませんわ……こんな見た目の悪い料理を試食してほしいなど他の人には頼めませんわ!」
まあ、そうだよねー。
「クランナは食べたのか? それで美味しいなら――」
「い、一応客観的意見を求めたいのです」
……すぐさま目を背けたのはなんでなんだろうな? クランナさんよ。
「まあいいや、食って感想言えばいいんだな」
「……はい」
タッパーを開ける。形はあまりよろしくない、少し焦げてる。うん、大丈夫そう。
「いただきます」
「…………」
両手手を合わせて学食のテーブルに備え付けられた割り箸に手を伸ばして、卵焼きを口へと運んだ――
「っ!?」
「ど、どうですの」
このジャリジャリは……ああ、卵の殻も入ってるのか。更にジャリジャリ……うわしょっぺえ塩の塊かっ!
そして予想以上に焦げ臭い。てかしょっぱいじゃりじゃり悪意味で香ばしい――
「が、がんばれ。カルシウムは摂取できそうだ」
「率直な意見を求めているのですっ!」
怒っていそうだが、それは俺の励ましよりも濁されたことにあるらしかった。
「しょっぱい、卵の殻入ってて不快、焦げくさい」
「……気遣いの落差が凄まじいですわ」
「まあご希望通りにね」
「ありがとうございます……そうですわよね。このジャリジャリもきっとアクセントに、焦げもわびさびを演出する一要素で、塩分を濃い目にすることで夏対策――」
「それはいくらなんでもこじつけ過ぎだから!」
食べてその感想が浮かんだということは、ポジティブ過ぎるだろう。
「うう……やはり私には料理の才がありませんのね」
「いやー、大丈夫だって。俺だって最初は――」
「し、下は料理が出来るのですかっ」
やべ、口が滑った。
「ダメで、今もダメ」
「……そうですか」
姉貴には敵いっこないけども、最初のゲロマズに比べたら俺も進化はしてるなあと思う。
油をしかずにみりんを敷いて目玉焼きに挑戦したのはイイ思い出……はぁ。
「まあ、とりあえず残りも食べるぞ」
「え」
作ってきたんだしな。俺の為ではまったくもってないけれども。勿体ないし、真面目なクランナも味見を何度もしたのだろうし。
じゃりじゃりという食感と奪われていく水分、本当に美味しくない。でも努力して、何か出来るように奮闘するクランナの姿を思い浮かぶ。
「ごっそさん」
「え、あの……マズイんじゃ」
「マズイ」
「ですわよね、どうして?」
「なんとなく」
「なんとなく!?」
「学食も混み始めたし、そろそろ生徒会行こうぜ」
午前授業で終わって、昼食だけ学食で済ませる生徒も結構に居る。タッパーを広げていつまでもウダウダやっていては悪い。
「は、はい」
どこか呆然としているような、驚愕しているようなクランナを連れて俺は生徒会室へと向かった。
……ああ、口の中にジャリジャリの食感がまだ――
そして、それは夏休み前最後の授業の前日となる木曜日のこと。
七月十五日
「あの、副会長」
「なに、クランナさん」
「私に……」
「?」
「お料理の仕方を教えて頂きたいのですっ」
生徒会の昼食時にクランナがそんなことを言った。
そういやそうだった。彼女は真面目なのだ、いくら副会長命令とは言えこのまま弁当を作ってくれてばかりはマズイと思ったのだろう。
その一方で彼女は意固地になりがちというか頑固だから、頑張ってたたんだよなあ。俺も付き合わされたからよーく分かる。
しかし良く考えてみると……あれ、やばくね?
俺が弁当を作ってたのに、姉貴の料理指南じゃ――
姉貴が俺の元に駆け寄ってきた、半ば涙目で。
「(ユウくんっ、どうしよ!?)」
「(だ、大丈夫なはず。俺が料理出来るとは思うまい、だから姉貴は頼む、生徒会は出来ることは俺がやっとくから)」
「(ごめんね、ユウくん……じゃあ、家庭科室に行ってくるね)」
「(すまん、姉貴)」
「いえ、あの出来ればお願いしたいので……優先順位は後々で、都合が合わないのであれば――」
「大丈夫だよ、クランナさん。じゃあ家庭科室行こっか!」
「は、はい! よろしくお願いしますっ」
そうクランナは頭を下げて「生徒会の皆さまも、仕事を抜け出して申し訳ありません。少しだけ副会長を――」姉貴と一緒に出て行った。
「はぁ……」
どうなるんだろうな……と想像して、悪い予感しかしない。
「ふふ、ユウも色々と大変ね」
「そ、そうでしょうか」
「まだバレないといいわね――」
本当にチサさんは真相を知ってそうだから困るってレベルじゃない。
「副生徒会長代理補佐のシモノ! さー仕事やろー」
会長が意気込むのを見ながら、また一つ溜息をついた。




