第355話 √3-7 気になる彼女は○○○で×××で。
「……案内お願いしますわよ」
「お、おう」
そう言って歩きだすのは放課後のこと。
体育祭委員と生徒会の共同で制作した体育祭のシオリをホチキス止めする作業をすることになった。
そのためのホチキスを持ってくるのだが……文具のような掌に収まるサイズではなく、結構に大き目だ。
それを生徒会と体育祭委員の両方へと届けるのが、今回の雑務的任務。
ホチキスの所在というと、生徒会室からは数分は要すほどの遠さがある空き教室を有効活用した倉庫に置かれているという。
持ってくるホチキスは一か所にまとめられていて、それでいて大きさが大きさなだけあって重さも結構あるという。
ということで、今回もクランナと二人で運び出さないといけないのだ。
「あの……その倉庫は何処にあるのでしたっけ?」
「ここ真っすぐ歩いたところで階段を三階上がってすぐにある、生徒会室のある一号館から渡り通路を使ってニ号館をまた真っすぐ歩いた”補習教室七”ってとこ」
言ったもののクランナの反応は分かっていた。
?マークをグルグルと頭の上で回しているのが、俺の見てとれる彼女の答えだ。
「……ごめんなさい、こういうことは得意ではないのです」
「ま、まあ来たばっかだからな」
「そ、そうですわ! ハンデが有りますもの! (……決して俗に方向オンチなど言われるものではないのです)」
ボソっと言った内容が、何故か全部丸聞こえだったのだが、聞かなかったことに。
「…………」
「…………」
もはや毛嫌いの余り、こちらを一見することもなく軽蔑されていた初期と違い、だいぶ改善された。
まあ、それについては申し開きが出来ないどころか、寛大な対応に平伏すしかないのだけども。
もともとクランナは仕事に真面目で、事務的なことならば今までも普通に耳を貸してくれた。
おそらくは仕事だから、と割り切ってもらっているのだろう。なんとありがたいことか。
そして今ではというと――
「そいうえば、倉庫はあまり使ってないらしいから埃に気を付けた方がいいらしい」
「……覚えておきます」
まあ、言う程には変わらないのかもしれない。が、時折だ。
「下」
「ん?」
それが直る気配はなかった。それでも俺も諦めている、というかこれが普通になってしまった。
時折ユキが「マサヒロ、消しゴム”下”に落ちたよ」というと、声に出すことさえこらえるがビクっとしていまうほどだ。慣れってのは恐ろしい。
「下と巳原さんは同じクラスなのですよね?」
「ああ、そうだけど?」
ユイも同じ生徒会にいるのだが、組が違う上に、仕事には集中するのでいつもの安定しないキャラ(ある部分はブレそうにないが)や口調が出づらくなる。
それでも俺と話す時や、福島と話す時には”あの口調”で、確かクランナに対してもそうだったはず。
「……巳原さんって、どんな方ですの?」
「いや、見たとおりだと思うけども……」
「そうではなくて、あれは演技じゃないのですか?」
あー、やっぱりそう見えるか。
「仕事ぶりは私から見ている通りに、速くて正確だというのに、何故あのような演技をしているのか気になりまして……下は巳原さんと仲が良いみたいですから」
クランナも仕事仲間のことは出来る限り知りたいのだろう。
「いや、あれ素」
「素!? 失礼かもしれませんが”ぬ”とか”某”とかが普通なんですの!?」
「うん、少なくとも俺が知り合ってからはアレだ」
上級生や年上の礼儀もわきまえているのだけども、同学年ならお構いなし、といったのがユイの信条のようだ。
「それと……あのパーティグッズのような眼鏡は」
「あれは普通」
「普通!? 日本という国では、パーティグッズを恒常的に使うのが普通なことなのですか!?」
「いやいや、ユイを日本基準にしないでくれ。まあユイや俺の周りにとっては、って意味だ」
某国民的作品のベンゾーさんみたいのが日本人のデフォルト装備であってたまるか。
「教師の方々はなにも言いませんの? あれでは素顔が分からないのですが……」
同じ家に住んでても、眼鏡装備を徹底してるから俺も見たことないけどな。
「教師は……なんでだろうな? ユイが優等生だから?」
「こちらが聞いておりますのに!? ……そうなのですか、色々分かりました」
と喋りつつも俺が先導するように歩いていると、お目当てのところへと辿りついていた。
ポケットからカギを取り出して”補習教室七”と書かれたのクラス札のかかる教室の扉を開けた――
こんな感じで、俺の印象が少しだけは改善したようだ。
……それでもマイナスからプラマイゼロに戻すには相当に時間がかかるとは思うのだが。こればっかりはどうしようもない。