第348話 √3-0c
次回から本編再開予定ですー
それはきっと本当で、それはきっと嘘で。
きっとそれは境界線さえ曖昧なのだと思う。
きっとそれは現実で、きっとそれは夢で。
それはきっと境界線すら不定なのだと思う。
ここは誰かがプレイするゲームの世界で、きっと彼らはゲームのキャラクターに過ぎない。
今までのことが全て現実で、全て事実なんて言える?
今見ている液晶を眺める自分も、もしかしたらキャラクターの一人に過ぎないかもしれない。
思い通りにやり直せるこの世界は、きっと誰かの掌の上。
* *
どうもナレーションのナレーターです。
そういえばですね、実は最近ナレーションの私、アドリブなんですよー
なんか台本と違うんですよね、本来ユイがユウジと付き合うシナリオなんてなかったみたいで。
だからもう三つ目の台本貰ってるんですけど……そういえば”私”そのものの出番まだですか?
え、まだ? それ、あの発言はまずかったって? 少し口が滑っちゃったんですよ、どうせユウジも次のシナリオでは覚えてないでしょう? もう少し……分かりましたよ。
* *
十月のある日のこと。
それは暗い部屋、液晶の明かりだけが頼りの闇の中には、一人の女性の姿がある。
その女性は、何かが映し出される画面を凝視している。その表情は――
『――――以上がログです』
画面の中の絵が喋った。見かけがCGグラフィックなポリゴンな彼女は、ユミジという。
「……そっか、本当にユウ兄は」
一人呟くようにして言う彼女は、ミユという。
それを聞いて「わかっていたけど」というような雰囲気で、いざやはり聞くと……というような心境でしょうか?
言葉こそ途切れてしまいましたが、何か脱力しているような印象を受けます。
『とりあえずは、適合する人物No.2「近江由子のシナリオが展開された訳ですか……むー、このようなイレギュラーな展開になるとは』
「……イレギュラーって?」
『ミユ”はーとふる☆でいずっ!”のパッケージは有りますか?』
「え……有ると思うけど……あった」
『その中の説明書を見てみて下さい。その中の近江 由子が本来のヒロインとなります』
本来のヒロイン? と疑問符を浮かべながら説明書を眺める。
そこにはノンフレームの眼鏡を掛けて、オタク趣味を隠している設定のヒロインのイラストが写しだされていた。
「これって……」
『どこかで複雑に混ざってしまったようなんです。近江 由子とユウジの義妹となった巳原ユイは』
「え……え?」
『つまりは、ゲームが展開されなければ巳原ユイはヒロインにはならなかったでしょう』
「それじゃ……ユウ兄が巳原とか言う突然知らされた義妹と付き合うことになったのは私のせいってこと!?」
『故意では確実に有りませんが、そういうことですね』
「…………」
はぁー、やはりユイはゲームのヒロインとリンクしてたんですね。
「……で」
『で?』
「なんで妹はダメで、義妹はいいのよ! た、確かに同い年の妹って微妙な立ち位置ではあるけどさ……義妹も同い年なのに!」
『ミ、ミユ?』
「そりゃ私は感情表現ヘタだから、ユウ兄にツンとした態度取ってた気はするよ? でもさ、なんか腑に落ちない!」『そんなに下之ユウジが好きなら会いに行けばいいじゃないですか』
「す、好きなわけないじゃん! 何言ってるんだ、この生意気プログラムは!」
『む……素直じゃないですね、今時ツンデレは流行りませんよ』
「ツンデレじゃない! ただのツンだって!」
『ただウザいだけじゃないですか』
「うっ」
布団を被るミユの背中に矢が刺さったようなイメージ。正論に的を射抜かれたようです。
「……それでも、昔は上手くやれてたんだよ。三人の頃は、この私のキャラで」
何かを思い出すように、どこか悲哀の表情を浮かべるミユ。
ところどころ出てくる、ユウジとミユとあともう一人は誰なんでしょうね?
『…………』
ユミジは見守るように無言で返しました。
* *
二〇一一年
三月三十一日
十一時二九分
「今日でリセットになるの?」
『はい。でも良くも今の今までよく見れましたね、下之ユウジのラブイチャっぷりを』
「ま、まあね……散々壁を殴りつけたけど、今では悟りが開けそうだよ」
『……初期の荒れっぷりは冷や汗モノでした、画面が貫通されるかと』
「そこまで力はないよ!」
『リセットすれば、ミユや一部以外の記憶はリセットされて”下之ユウジが付き合った事実”も完全に消滅します』
「ユウ兄の記憶も……消えるんだよね」
『そういうことになります。本来ならば、そういうことにはならないのですが』
「……本来なら?」
『本来ならば、下之ユウジの記憶は”プレイヤーデータ”が凍結されずに継承……下之ユウジが、ヒロインを攻略した記憶は引き継がれるのです』
「もしそうなら、今まで付き合った女の子のことを思い出しながら、他の女の子と付き合うってこと? ……今までの付き合ったことのある女の子とはどうなるの?」
『どうにもなりません。ただ、以後の攻略対象からは強制的に外されるのです』
「……ふーん」
そうして一日が終わり、世界が繰り返される直前のこと。
『っ!』
「ええっ!」
急にミユのパソコンの画面にエラーメッセージのログが大量に現れ、ユミジの音声が途切れた。
「え、えっ、ブラクラ!?」
『ちょっと待って下さい――直りました』
ログがすぐさま消されていき、ユミジの音声も回復する。しかしミユは怪訝な表情を浮かべながら、
「ほ、本当に何も影響はない?」
『大丈夫です。ミユの”あの”フォルダは――』
「言うなっ! 電源切るっ」
『嘘です嘘です! ごめんなさい』
「……で、何があったの?」
ミユがそう聞くものの、ユミジは答えない。しばらくしてから――
「……なんとか言いなさいよ」
『――大変なことになりました』
「え、やっぱり私のパソコン壊したのかあ!」
『違います、というかそれよりも重大なことです』
「は、私のパソコンは命の次に――」
『この世界にバグが発生しました』
「バグ? 私のパソコン出なく……この世界?」
『はい、正確には……』
「歯切れ悪いなあ、どういうこと?」
『下之ユウジが目覚めません』
余りにも突飛押しもない展開だった。どんなマンガでもここまで唐突なことはない。
勿論、ミユは疑う――こともなく、そのユウ兄の目覚めない事実に、食いつきました。
「ユウ兄が……どういうこと」
『下之ユウジはこの世界の主人公で、この世界の中心です。そして下之ユウジの時は制止してしまいました』
世界を止めてしまう要因がユウジでしたから……世界の中心というのも間違ってはいないのかもしれません。
「……ユミジ、いつもの廻りくどい言い方なのよね? どうせただ風邪で倒れたとか、そういうの……」
『このままでは世界は』
二〇一一年
三月三十一日
十一時五九分
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?時*>分
「あ――なに? これが――リセット?」
『見ていて下さい』
二〇一一年
三月三十一日
十一時三〇分
「え、戻った? それも三十分前!?」
『……すいません、少しばかりいなくなります』
「え、ユミジ!? どこいくのよ!」
『下之ユウジを目覚めさせなければいけないのです……少し、ある方に協力を仰ぎます』
これが桐ですね。
「……ユウ兄はどうなっちゃうの?」
『……大丈夫です、きっと――』
「ユミジ!」
液晶に散々写しだされていたポリゴンキャラクターは姿を消し、壁紙とアイコンだけが残る。
「……わかんないよ」
久しぶりの一人。話相手はずっとユミジだったミユは、癖で呟きます。
「何が起ってるの……私が知らないところで――」
箱庭の中の、更に小さい箱庭に居続けるミユには分からない。
この世界で何が起り、ユウジがどんなことに巻き込まれたのか――
「でも……もう私は取り返しがつかないんだよ」
知ることはあまりにも少なかった。
* *
『ただいま、帰りました』
「ユミジっ!?」
いつもならばギャルゲーのソフトを立ち上げてプレイしていたミユは今は沈み切っていました。
『なんとかなりました……もう少しで、リセットが実行されます』
「どうなったの!? ユウ兄は!」
『大丈夫です、ある方に救って貰いました』
「そう……なんだ」
ある方、というのはホニのことでしょう。
「ねえ、ユミジ……この世界は今どうなってるの? なんであなたが現れて、ユウ兄が主人公にならなきゃいけなかったの?」
『…………』
「……答えられない、と」
『ごめんなさい、でも、きっと近いうちには……』
「……これからは長いからね、わかった」
『はい……』
そうして世界は戻される。
始まりの季節から、始まりの季節へ。
二〇一〇年
四月一日




