第344話 √2-OVA3 ユウジ×ヨーコ
どうなんでしょうね? このアフターストーリーは蛇足なのか、それとも新たに始まる日々の一ページなのか。
「そんなんで良かったのか?」
「うん、これでいいよ」
商店街で立ち寄り、ヨーコが「買おう!」と言いだしたのは決して高くないヘアピンだった。
一応デートなわけで「俺が買うよ」と言うと「じゃ、お願い」とヨーコは一つ返事で俺はレジへと運んだ。
桜の花びらが模られたファンシーなそれを、ヨーコは早速髪に付ける。
「似合ってる?」
「ああ、いい感じ」
「良かったー」
ヨーコはえへへとヘアピンを指でちょくちょく弄りながらも、傍から見ても分かる程にニヤニヤとする。
ヨーコは見ていて飽きることがないなあ。
「そうだそうだ」
思いだし、そう言うと俺は自分の携帯を見せる。基本的に装飾の一切無い携帯なのだが、そこにはヨーコにプレゼントした桜の花びらのヘアピンと同じデザインのストラップが付けられていた。
「お、お揃い?」
「そういうことになるかな? ヨーコとのデート記念だ」
ヨーコに見えないようにこっそりと、購入して携帯に付けた。
「で、デート……確かにそうだけど……うん。ユウとのお揃いは嬉しいかも」
ニヤニヤを超えて、もう完全に零れる笑顔。
「次は何処に行くんだ?」
「あ、えっとね――」
「ギリで肌寒くないか?」
「うん……まあ、ね」
俺たちが来ていたのは、春でもまだまだに潮風が冷える海だった。
「砂浜を歩くって、なんかいいと思わない?」
「靴が砂っぽくなるけどな」
「ロマンがないなー」
「まあ、誰もいないからのんびり歩けていいな」
「そうだよー」
そうして二人手を繋いで海岸の砂浜をただ歩く。宛てがあるわけでもなく、波の音だけがそこにはある。
しばらく歩いただろうか。時折見かける流木を見つけて話題が咲いたりして、あっという間に半時間。
「次、行こっか」
「ああ」
「見慣れてますなあ」
「ユウはね」
訪れるのは学校、藍浜高校。
今は春休みなだけあって、一部の熱心な運動部以外は生徒が殆どいなかった。
「こっそりな?」
「うんっ」
キョロキョロと見渡して、開いている校門から校内へと入って行く。
そういえばホニさんがまだいた頃。ヨーコが表に出てくる度に早退や保健室に入ったりを繰り返していたのだ。
だから授業の思い出と言うのは本当に少ないのかもしれない。
あくまで、あの教室にはホニさんがいて。ヨーコがいることにはなっていなかったのだ。
ホニさんが消えてしまうと、教室の生徒たちはホニさんのことを次第に忘れていった。
だからヨーコを知るのは、今ヨーコをして認識している友人達だけだ。
「ここが、ユウの教室?」
「いや、もう学年も上がるからここじゃないぞ」
「そういえばそうだったね……私も覚えてるよ、ここにいたこと……まあ、すぐに出ていっちゃったけどね」
「…………」
「はいはい次々」
教室を扉の窓越しに見ると、ヨーコは歩きだす。
そして向かった先は、保健室。
「お世話になってた」
「まあ、そうだろうな」
更に移動して、学食。
「閉まってるな」
「……うん、学校は終わりっ」
その時俺はもしやと、気付き始めていた。
ヨーコがどうしてこんなデートコースを選んだのかを――
「ラストの場所は、少し遠いけど我慢してね」
「心配されなくても大丈夫じゃわい」
「爺臭くなってるよ」
「はいはい、れっつらごー」
――ヨーコが前を行くように、手を繋いで向かった場所は。
「ここな」
「旧・肝試し会場でーす」
肝試しをやった、神社のある墓地。
春と夏に一回ずつ、肝試しをしたのだ。春にはホニさんと出会い、夏はホニさんとのデートだった。
「なあ、ヨーコ」
「なに?」
肝試し。そのことはヨーコの頃では知らないはずで、もし知っていたとしてもホニさんの中から見ていたこと。
「今までの道のりは、ホニさんの思い出の場所を逆に行ってたんだろ?」
商店街は、夏祭りに戦い。海は夏に皆で訪れた海水浴。学校はホニさんが転入し、過ごしたところ。肝試しのこの会場は、全ての始まり。
「ありゃ……ネタばらしする前に分かっちゃってたんだ」
「そりゃな。で、ヨーコはなんでこのコースにしたんだ?」
ホニさんの思い出の場所を逆流したのは分かった。でもそれをなぜホニさんがいなくなったヨーコがするのか。
ヨーコはそのことを覚えているとも言っていたはずで。
「自分の目で、見たかったんだ」
手を繋いだまま、背を向けてヨーコは言った。
「ホニさんの過ごした記憶を私は覚えてる、でもそれはホニさんから見たものだけだったんだよ」
ヨーコは隠れていた、というようなことも言ってたっけか。
「私から見たものでは全然なくて、私も見れてはいたけど――それだけ。自分の体だけど、自分の目じゃない」
ホニさんがいなくなってから、ヨーコは変わった。
自分が必要ないんだと、自虐的になっていた。でも、下之家にはゆっくりと馴染んで。今では立派な下之家の一員だ。
「過去との決別……かな?」
ヨーコはホニさんの記憶を持っていて、それが自分のものだというのに負い目のようなものを感じていたのかもしれない。
「だから……今日は、俺と?」
「ユウとデートしたかったのもあるけどね。ホニさんのことは忘れないけど……いつまでも、思いだすことがホニさんの記憶じゃ悔しいからさ」
……そういうことか。
「……ユウ、これはただのホニさんの真似なのかな? 結局はホニさんにすがってるだけなのかな?」
悪い、俺にはよくわからない。
真似かもしれない、すがってるかもしれない。それでもな――
「これから自分を見せつければいいさ、ホニさんとヨーコは違うからな。容姿が同じなだけで、心は全然違う――全くの別人だと俺は思ってる」
容姿は瓜二つ。それはそうだ、もともとヨーコの体だったのだから。
「それに言ったろ? 俺はこれからもお前を守るって」
「っ!」
俺もなかなか恥ずかしいことを言ったものだ、当時クサイと言われても仕方ない。
「……でもユウはホニさんのことはいいの?」
「よくない、諦めたつもりは一切ない。でもな、今となりにいるヨーコを厳かにする理由にはならないからな」
「…………」
「ヨーコはヨーコらしく、これから時間はたっぷりあるだろ?」
俺に、家族に、皆に個性を見せ付けてやればいい。これが私だって。
「私も……諦めてないよ。でもさ」
繋いだ手を一瞬解いて――
「ホニさんにユウを独占させるつもりもないから――」
そうして大きく背伸びをして、数ミリも無いほどにヨーコの顔が近づく。
そして――
「……ホニさんからだけじゃ、ダメだから。私からもね」
頬を赤く染めながらも、とびっきりの笑顔で。
「責任とってね、騎士サマ?」
自分からしたじゃねえか……なんて言葉を続けることは無く。
「まあ……責任取るぞ、お嬢様」
俺もヨーコも忘れてはいない、ホニさんがいた日々も事実も。いつか帰って来ることも諦めていない。
それでも俺とヨーコとの日々は続いていく、変わっていく――そしてこれが俺とヨーコのはじまりの話。
√2あなざ~と~く
「ヨーコ?」
「ホニさん!?」
と、いうことで本来ならば顔を合わせることのない二人を会わせてみた。
ヨーコが残され、ホニさんがヨーコの中から消えた後のこと。
あっ、生徒会メンバーはすっこんでていいですから。
「ひどっ」「鬼ね……」などと聞こえたけど私は全く気にしない。
まあ、二人の世界を邪魔するのはイイ事ではないでしょうから。
「ヨーコ、ユウジさんとは上手くいってる?」
「い、いきなり聞くなよ!」
「どう?」
「……いいんじゃないかな、ユウの隣をいつも占拠してるし」
「ユウジさんの隣! いいなあ」
「ホニさんだって、ユウの近くにいたじゃんか」
「ううん、羨ましいよ。出来ればもっと一緒に居たかった」
「……なあ、ホニさん。もう戻って来れないのか?」
「うん、ごめんね。もうヨーコの体はヨーコのものだから、これ以上使っちゃいけないよ」
「私は……全然いいんだよ。ホニさんと顔さえ見えないけど今まで一緒に話せて――楽しかった」
「ありがとね……ヨーコ」
何か感慨深いものが有るのでしょう。二人はしばらく見つめ合います。
同じ容姿の小さな女の子同士で見つめ合い、まるで双子のようにも見えます。
「……てか、ホニさんの体ちっちゃいなー」
「いやいや、ヨーコと同じ体だよ? でも改めて見ると、ちっちゃいかも」
「ちっちゃくて悪かったよっ!」
「それは我も同じだよ!? ……あっ、そういえばヨーコ髪切ってないんだね」
ヨーコの髪を見ると、ホニさん以上にかなり伸びていた。ホニさんが居なくなってから、ホニさんの体は最後のまま。だからその後も成長し、髪も伸びるヨーコとは違いが出てくるのでしょう。
「うん、切らない……これでもいつでもホニさんが戻ってくれるように待ってるんだぞ?」
「え、そうだったの」
「……私は諦めてない。ユウも諦めてないからな」
「でも……」
「ユウ言ってたぞ”俺のここは空けておく”って」
「ええっ! すっごい収まりたいっ」
「だろ! だからさ、ホニさん――」
「…………ごめん」
ホニさんはそうして謝るのだった。それが無理な事だと、自分が良く知っているから。
ヘタに希望を抱かせてもいけないと思っているのかもしれない。
「ホニさんは……ホニさんはいいのかよ! もっとユウといちゃいちゃしたかったんじゃないのかよ!」
「い、いちゃいちゃって! ……良くないけど、ダメなんだよ。それは我が長く生き過ぎたこともあるけどね――ヨーコやユウジさんに前に進んでほしいんだよ」
「私とユウが前に……? 進んでるって、そりゃあもう全速力で!」
そう強がるようにヨーコは言うものの、ホニさんは首を振り、
「我のことをいつまでも気にしてたら、幸せになれないよ」
何かをこらえるような、微笑で。
「そんなこと……! 私はホニさんと私とユウの三人で、幸せなんだから!」
「我はもう外れちゃったんだよ。もう戻ることも出来ない、きっと今話せているのも奇跡みたいなことなんだと思う」
「…………どうすりゃいいんだよ」
「することは、一つだよ。ヨーコはユウジさんの隣にいること! それだけっ」
「でも……」
「でもじゃなーい、じゃあヨーコはユウジさん嫌い?」
「な、なんでそんなこと!」
「我が緩衝材になってほしい、とか?」
「ホニさんが少しひねくれた!? ……いやさ、うーん。嫌い、なわけない」
「うんっ。なら、ユウジさんと一緒に過ごせばいいよ」
「…………」
「我が途中で抜けて、変になっちゃったよね。ごめん。でもね、きっとユウジさんはヨーコを大切にしてくれるから。それは保障出来るよっ」
「……ユウは”これからも私を守る”とか言ってたしな」
「ええっ、そんなカッコイイこと言ってたの! 羨ましいなあ」
「ホニさんも散々愛でられてたじゃん、中の私が恥ずかしくなるぐらいに」
「あ、あれは……ユウジさんが優しいからいけないんだよ」
「まさかの責任転嫁だけども、ユウは優しすぎは同意だ」
「そうだよね! そういえばあの時なんか――」
二人は思い出話や、あの離れたあとのことを話した。
時間は経ち、退散済みの生徒会役員の二人の生徒会室で。
「――ユウジさんが”ないと”さん……」
「たまに私も知らないエピソードもあるのな、私が眠っている間はホニさんがなにをしてるか分からないけども」
「それにユウジさんはね――」
言いかけてホニさんは止めた。
「時間……みたい」
「もうなのかよ!?」
「ヨーコと面と向き合って話す機会なかったから、きっとその時間を最後にくれたんだと思う」
「最後とか言うなよ……ホニさんはああ言っても、私たちは――」
悲しそうな顔で、今にも泣き出しそうな顔で。思いだすようにヨーコは言った。
「ごめんね、ヨーコ。我のせいで色々と巻きこんじゃって」
「巻き込まれたからユウとも会えたんだ……感謝したいぐらいだよ」
「じゃあ、そのユウジさんとの時間を大切にね」
ホニさんの体が透けていく、空気に溶けていくようにホニさんは色を失っていく。
「ホニさんっ!」
「――ごめんね、ヨーコ――嘘付いてた――最後って言ったけど――ユウジさんもヨーコも覚えてなくても――」
我はユウジさんとヨーコと出会えるから。
そう言い残してホニさんは消えた。
「ホニさん……あ」
後を追うようにヨーコの体も透け始める。ヨーコのあの世界ではこれからも居続けるのだ――だから、この生徒会室からいなくなるだけ。
「誰かわからないけど――ホニさんに会わせてくれて――ありがとう」
ヨーコも空気に溶けた。
そして生徒会室には誰もいなくなる。
生徒会役員の会長とチサが来るのは、それから十数分後のこと。
この生徒会室で、ある巡りあいと、ある言葉たちが交わされたことを――二人は知る由も無い。




