第336話 √a-OVA1 だぶるらぶれたー
ユイアフタァァァァァァァ! の、前は前回の続き
「はぁ……」
俺は教室に着いた途端机にうな垂れ、天まで届くかのような盛大なため息をついた。
「死ぬかと思った」
阿鼻叫喚の地獄海図。トラップ満載当たれば即バッドエンド行き、その中を潜り抜けてきたのだが――
どうやらすべてカットされたようだ(描写的に)
低予算アニメはそうやってバトルシーンを避けて動きを減らすのがデフォだが、それまで真似するな!
やってくれたよ低脳スタッフ! 力量が無いからってそんなところまで手を抜くなんて!
……今なら俺がその戦闘シーンを躍動感溢れる文章で原稿用紙三十枚は書ける自信がある。
そう、俺はナタリーを振り上げ現れる猛獣のような男子生徒に――
「よー、ユウジくぅん」
聞きなれた”あの”声が耳元で聞こえてくる。
「あー、ユイおはよ」
「グッドモーニング」
なんで”ニ”のところで下げたんだよ……
「てかさ、ユイは今日も先出たけどよ……もう分かれて行く必要無くね?」
「のんの、一応建前は同級生止まりじゃけんねえ。知らない生徒まで知る必要はないでございやしょう」
ユイの言う事はもっともだ。ユイが可愛いって分かった途端に俺との同居の事実が一部に知れ渡って大変なことになったことがあった。
まあ、ああいうのは出来れば避けたいわな。
「そういやそうだな」
「ユウジ、覚えてるか? アタシが眼鏡取った直後のこと」
「覚えてるぞ……色々あったな」
「ぬ」
√a-OVA 「だぶるらぶれたー」
十月四日
文化祭の迫る残り一カ月前の日。
ユイと付き合い始めたのは一日で、土曜日と休日を挟んでの月曜日。
俺はいつも通りに、ベッドですやすやと寝息をたてていた……そんな時のこと。
「ユ……ジ……ろ」
何か声が聞こえる。
それもどこか聞きなれ――てはいないが、知っている声ではある。
「ユウ……」
俺の名前を呼んでいるようだ。
「ん……」
「おっ、起きた? 起きてー」
俺の意識がゆっくりと再起動し始める、体には言い知れない重さ。
まるでいたずらにミユに布団を幾重にも重ねられたときを思い起こす圧迫感――それでもあくまで体の一部のみにGがかかっていて、それは紛れもない俺の腹部だった。
起きろと言っているのに、まるで起きさせる気が無いのはなんでなんだろうな。この重さに慣れればまた眠りの世界へと旅立てそうだ――
「…………」
「起きないと、姉貴呼んじゃうぞ」
「起きました」
お目眼ぱっちり。姉貴と言う言葉がアレルギーとまでは行かないがNGワードまでも行かないが、トラウマリードに引っ掛かるぐらいの効果を発揮した。
この重さの正体が分からないが、今姉貴に来られると非常にマズい気がしたのだ。
「なんだただのユイか……ぐー……ええっユイ!?」
「寝ぼけなのか分からないけどツッコミ遅いよ?」
な、なんでユイが俺の布団の上に!?
「よ、夜這い?」
「朝ですよ」
「朝ばい」
「方言ですよ……って、アタシが気を利かせて起こしにきてあげたのに! ユウジのばかっ!」
おおう、さっきまでユイが素の声だったのに突然キャラ声になった上に罵られた。
するとユイは俺の上から降りて、目を吊り上げながら――
「ふーんだ、お寝坊さんなんて私は知らないもん」
凄いな、眼鏡がないせいでイライラが軽減される、すごい!
視覚効果って本当に大事なんだなあ。オレンジ味のグミがオレンジ色をしていなかったら食べる気が失せるのと似ているような、似ていないような。
「いや、あのな……」
「じゃあ私先に学校行っちゃうよ? ずっと寝てればいいよっ」
でも、これはユイのオフザケなんだよなあ……このまま言われるままなのもシャクだな。よし、仕掛けるか――
「ご、ごめんよユイ……お詫びにおはようのキスを――」
「え、いや、なに、キス!? えっと、いや、まって、まっててば! いやあっ!」
…………あれ、逆に傷口が広がった。
なんてーかさ、そこまで拒否されるとね……もう悲しくなるよね。
「ち、違うんだユウジ! こ、これはだな……か、過程が大切なんだよ! うん、そゆこと、いくらアタシでも……うん。で、でも嫌ではなくてね! 心の準備というか――」
もし俺が拒否された後に聞いていなかったら、このユイの動揺する様にニヤニヤ出来たと思う。
でもさ……一応告白して女子にこんな形で拒絶されると……なあ、色々とショックだわ。ズカンとダイダメージだわ。
それで俺は、起こす寸前だった体をごろりと転がしてユイを背にした。
「はぁ……俺、今日学校休む」
「ちょ! ガチへこみ!? あ……ギャグじゃなかったんだ。少し……嬉しいかな」
何か言っているようだけど、俺はスーパーネガティブモード突入につき聴覚をほぼ遮断中。
「いいや、どうせ俺はモブで終わる人生さ」
「うわあ、ユウジの周りがドス黒く!」
「いいさ、どうせこんな落胆する男面倒だなあとか思ってるんだよ、読者は」
「読者!?」
「いいよ、どうせキャラの位置づけが微妙すぎて嫌われるタイプのキャラだもん……しくしく」
「え、っと……ああぁ、もう!」
寝転がる俺の頬に何か柔らかいものが触れた。
「え」
「…………お、落ち込み過ぎ。学校行きたいから早く起きて」
唇を指で抑えながら、素の声で素の表情で呟くように言うユイ。
「か」
「か?」
「かわえええええええええええええ」
「えええええええええ、なに!? あぁ、なんで抱きつくの!」
「ユイのデレはやっぱかわええ……」
「ひっつくな! はやく着替えて降りてって、ねえ聞いてる!?」
そうして少し変わった俺とユイの朝は始まって行く。
続くんですって。




