第331話 √a-31 彼女は彼に気付かれない
エンド近し!
「おい、そこまでだお前らぁっ!」
俺は物隅から飛び出て、声を張り上げてそう叫んだ。
「……ユウ……ジ?」
しゃがみこんだ涙目のユイがこちらを見ている。
ああ……もう、いいよな? 正直にストレートに言うぞ!
「ユイ、可愛いだろ!」
どや顔でそんなことを叫んだものだから、周囲がざわつきはじめる。
「下之君……え」「か、可愛い? ……たしかにそうだけど」「計算外ですわ」
それを聞いたユイは「ええええええええええええ」と素の声で驚いている。
「ということで、これ以上ユイを弄るのは止めてくれないか?」
「ということよりもどういうことなんですの!? そもそも下之ユウジ様はなぜここにいるのです!」
お嬢さまを具現化したかのような女生徒が現れる。
さりげなく様付けされてるけど……姫城に言われてるとあんま違和感ないわあ。
本当はおかしいんだろうけど。
「尾けていたのさ!」
「え、じゃあまさか……」
俺が言った直後にユイが反応していた。そう、俺はユイの背後にいたのだよ!
「なぜこの者を庇うのですっ? このような……結構に可愛い……卑怯ですわ」
ユイの可愛さは俺が太鼓判だからな。俺も素直になることにしたんだ――可愛いものは可愛いってな!
「そ、それでもっ! それではいーちゃんはどうなるのです!?」
「あ、メールで学校に来た方がいいよって言ったら明日来るって」
「……メール? いーちゃんのアドレスを知ってますの?」
「ああ、文化祭準備でなんだかんだで連絡手段は必要だからな。で、風邪ひいてたらしい」
「…………え? 風邪? でも、いーちゃんは下之ユウジ様に交際を断られて――」
「俺も気にしてたんだけどな。ショックで休んだってのは誤解らしい」
「…………は、話しが違いますわっ! メールマガジンを配信した釣子はどこですの!?」
釣子ってもしかして釣り目の井口の友人のことか? なんて……なんでもない。
「で、これ以上ユイに手出しするってなら俺が黙ってないからな? なあ――委員長」
「!?」
ユイが驚きの表情を見せて、後ろを振り返ると我が一年二組の学級委員長こと嵩鳥が歩いてやってきた。
「知ってたんだね」
「ああ。すまん、ユイが出て行った後に机に広げられていたノート見ちまった」
「え、え?」
ユイは未だに状況を理解出来ていない様子だ。
俺はノートを見て、信じられないが俺のファンクラブが冗談半分でもあることが分かり。井口のファンクラブらしきものもあることを理解した。
そして見開かれていたページには、
「委員長の字はクラスでの決めごとのときに良く見るしな、それに――俺と委員長はずっとクラスが一緒だし、言ってなかったが二年生の俺のクラス名簿にユイの名前もあった……気付かなかったがな、ということは委員長がユイの以前を知っている可能性は十二分にあるわけだ、そうだろ?」
委員長も文字が躍っていた訳だ。
「その通りですよ、ではなぜ私はそんなことをしたのでしょう?」
「いーちゃんファンクラブのメンバーなんだろ?」
「いいえ――下之君ファンクラブの方だよ」
「……俺?」
「はい、私下之君好きですから」
「…………はいぃ?」
あっさり、そんな告白しないでくれ。それじゃ……それじゃ――完全に俺は茶化されてることが分かっちまうだろ!
気付かなかったが、こいつぁ悪女だぜえ。
「おっと、バレてしまったからにはここにいても仕方ありません」
「なんだその雑魚敵の去り際の台詞みたいな――」
そう言いかけて、通り過ぎる委員長の口が俺の耳元へと近づき。
「――じゃあ下之君、このシナリオ中はお幸せにね」
そんなことを言ったのだ。シナリオ? なんじゃそれは、何か暗喩してるのだろうか?
気付くと委員長はどこにもいなくなっていた。そして俺も後を追うように、
「じゃあ、ユイ戻るぞ」
「あ……」
俺は手を指しのべて、ユイの手首をしっかりと掴んだ――
今まで色々聞かされていたユイは顔を真っ赤にして焦っていた。
ユイは察しもいいんだが、不意打ちとかは苦手そうだからなあ。
「じゃあ、失礼しやしたー」
俺はユイを連れて体育倉庫の前を去った。
後ろでは唖然としている女子勢がいたが、気にしないことにする。
* *
休み時間も終わりに近づき、辺りには誰もいないグラウンドを歩いて行く。
すると手首を掴んでいたユイはそれを振り払って、眼鏡越しに抗議の声をあげる。
「ユ、ユウジっ!」
「どした、ユイ」
「いきなり……か、可愛いなんて嘘でも言うなっ!」
「……いや、嘘じゃねえよ」
そう言ってキザったらしく、俺はユイの眼鏡を取った。
「あ、返してっ」
「お前は自信持って無さ過ぎ。この顔を眼鏡で隠すとか、勿体なさ過ぎて全身から血が噴き出して死にそうだわ」
「こっちは恥ずかしくて死にそうだ! ……あんなに衆目の前で、あんなあんな――」
「眼鏡のお前はユニークだけどな、素顔のユイもいいと思うぞ?」
「そ、そんな……眼鏡取ったら、アタシなんて個性が無くなって――」
気にしてるなあ。そういやバレた時も似たようなこと言ってたっけ。
「なあ、俺が後から出てきたのはな――見せ付ける為な?」
「え」
「ユイの顔見て皆どんな反応したか? 驚いたり、あのお嬢に至っては可愛いとか言ってただろ?」
「そ、それは――」
「十分個性あるじゃんか、そりゃ……眼鏡ユイのインパクトは凄まじいけどな。でも二つの顔でユイだと俺は、ユイの素顔を見てから思ったんだよ」
「……ユウジ」
利用してしまった、ユイをそのせいで少し傷つけてしまったかもしれない。
それでもあのサウンドオンリーな体育倉庫に、目覚めの素のユイ、お祭りのはしゃぐい素顔のユイ――それも俺から見れば可愛かった。
これで個性がないとかいうものなら、贅沢って話だ。
「それなら俺の方が個性がないだろ? ただの平凡な男子高校生だぜ?」
「そんなことないっ! ユウジは面白くて、時々頭がキレて、かっこよくて、優しくて……気、気になってる――」
「……そっか」
眼鏡を取ったまま赤面するユイは間近で見ると破壊力が凄まじかった。
もう勢いに任せてしまおう、ここまでするのは友人だから――いや違うだろう。俺は気になってしまったいたのだ。
着実に、ユイの素を見てしまう度に。もっと知りたいと思ってしまった――だから。
「ということで、好きだユイ」
人生でも数度ないであろう告白はそんなあっさりとしたものだった。
「うん……って言うわけないよ! な、なんでそんなこといきなり!」
「ユイだって”○○はアタシの嫁”って良く言ってるじゃん」
「それとこれとは違う! そんな……そんな気分で言っちゃいけないことだよ、それは」
「……気分じゃないぞ? ユイは可愛いって連発しちまったからな、吹っ切れた」
「吹っ切れすぎだよ!?」
「じゃあ、まあ答えは諦めてるけどな。これで俺も失敗したし――」
ただ伝えたかった。その場任せでも、プライドが人並には有ってしまう俺は言う機会なんてなかったから――これでいい。
「……好きだよ」
ぼそり、零れるように言葉を口に出すユイを俺は聞いていた。
「アタシも……ユウジが好きだよ」
「やたー、成就」
「喜び方、雑っ」
「まあ、付き合ってもなんだかんだ変わらない――」
「でも、アタシは――ユウジとは付き合ってはいけないよ。今までアタシは嘘をついて、それに他の皆も――」
他の皆~は聞きとれなかったが、ユイは嘘をついていると言った。
「嘘? ……も、もしかして男でしたとか?」
「女だよ! こんな成りでも女ですよ、悪かったよーだ!」
「いや、こんな可愛い子が男の子がわけがない」
「……ユウジは平気で恥ずかしいこと言うから嫌い」
「嫌われた!? 素直に言っただけなのに……あとあと思い出したら頭を壁に打ち付けそうだけど」
「半分は冷静なんだな……いや、アタシはさ」
ユイは話した。
自分がオタクになったのは誰かと話したいから、もともとそんな趣味なんてなかった。
アニメを見ることは時々あって、テレビをつけてやっていれば見るけれど、趣味程ではなかったと。
だから違う自分を作った。ハイテンションで空気が読めなくて――オタクな自分を。
そのためには口調も変えて、声も出せるように練習して。
某巨大掲示板も入り浸って、アニメも見る本数を増やして。今まで貯めに貯めていたお金でアニメのDVDもコミックも買い漁って勉強した。
もの覚えだけはいいアタシは、すぐに覚えられて――三年生の新学期に試してみた。
オタクな会話をするユウジとマサヒロの輪に無理やり入るように。
でも、それから二人は話し相手に、いい友人になってくれて――毎日が楽しかった。
「嘘……ねぇ」
「偽った自分を見せ続けてたんだ、それは嘘だよ」
沈むユイに俺はふと疑問に思って聞いてみる。
「なあ、ユイは今アニメとか好きか?」
「え……そりゃ、大好きだよ? アニメもギャルゲーもコミックもラノベもぜーんぶ好きだ」
それなら……全然問題でもなんでもないじゃねえか。
「じゃあ、それはもう真実だ」
俺はそう考える。
「でも、だって!」
「嘘が真実に変わることだって――有るに決まってる。演技がいつの間にか自分になってることもあるだろ。少なくとも今までのユイも素のユイも、ユイには違いないんだから」
「…………」
「自信持てよ、ユイはすげえんだから。アニメも大量の本数見れるし、それも覚えてるし、スタッフまで言えるし――勉強も出来て、頭もキレて、可愛いじゃねえか」
「…………」
俺がそんなことを言っていてもユイは黙りこくったままだった。
すこしの間が有ってから、ユイは顔をあげて、
「本当に……アタシでいいのか?」
これは付き合ってOKということなのだろうか?
「もちろん言いに決まってる。だから告白したんだ、だからあの時に友人になれたんだ――俺だって人を見る目はある」
「……甘えちゃうぞ? アタシはこれでも乙女なんだ」
「ぶっ、乙女って」
「わ、笑うな!」
「まあ、否定はしないな。正真正銘のオタク乙女だ」
「オタク乙女って……まあいいや」
ユイの素が、俺の隣にはある。
「じゃあ、こんなアタシをよろしくな。ユウジ」
今までのユイも、俺の隣にはいる――今まで見た中でもとびきりの笑顔を浮かべながら。
と、いうことで俺たちは付き合いはじめたのだった。