第330話 √a-30 彼女は彼に気付かれない
アタシは、つまらない人間だったんだよ。
何にも好きな事がなくて、コミュニケーション能力も皆無で。
小学校でも、話す友人なんていなくて。中学校でも二年生までは、友人と呼べるものがいたとは思えない。
そんな時にさ、いつまでも根暗女じゃ良くないって思って決心をしたんだよ。だからアタシは偽るんだ――
* *
九月三十日朝
「……またか」
自分の机に描かれたよくわからないアートをみて、溜息をつく。
今度は黒一色で、これまた線と線が交差していて何百年後にも残っていたら、なぜか評価されそうな独創性に溢れている。
「(鉛筆描きかよ)」
な、なんだか地味にレベルアップしてるぞ?
「で、机は……」
おにぎり。そして、それは今日賞味期限を迎える物だった。
「(ん……ツ、ツナ高菜(梅)?)」
ツナのコクと高菜のピリ辛、そこに日本では長いこと親しまれている梅干し(種入り)。
……こんなゲテモノ系売ってたんだ。包装は湿気にくくするする機構のついたもので、見た目は普通に売っていそうだ。
「ノートは……」
大学ノートからルーズリーフになってる。
昨日移動した机の横に吊るしてるものは、元の位置に戻ってるし。
さらっとウル○ラクリーンでこすると日が浅いので鉛筆はすぐさま落ちた。
「マタセタァー」
そうしてアタシはいつものメンバーの元へと向かった。
* *
「ユイ、最近どうしたんだ?」
「ユウジなんぞ?」
「いやさ、なんとなく浮かない顔してるところ良く見るからさ」
「ぬ……そんなことないぞ? アタシはいつも笑顔だ、見よ! このキラキラと輝く瞳を!」
「みえねーから、そのグルグル眼鏡で残念な事に」
「にぱー」
「口と顔の筋肉を見るに……笑っているだとっ」
「その解説のしかたどうなんだ!?」
ユイとそんな感じにコント風会話を繰り広げている。
今でこそ元気というかテンションは高いのだが……さっきの机から取り出したノートを眺めているときの憂いを帯びた……目? ではないな、表情というか……うーん?
それでも何故かユイが、それをみて喜んでいるようには見えなかった。
「(それに机にちらっと何か見えたような)」
気がするんだが……今見ても何もないし。
「(後で……聞いてみるか)」
* *
アタシは授業中、机に入っていた昨日よりもレベルアップを果たしたGUCHINOTEを読むことにした。
なんで読むんだろうな……開かなきゃ、別に何の害もないのに。
それでも、なんだろうな。なんか……ユウジといーちゃんのファンとやらに悪いというか。
八つ当たりなのかもしれないが、アタシだって思い当たってしまうところはある。
「(考え過ぎなのかもしれないけどぬ)」
それぶ今までよりも、ユウジと話す機会も。一緒にいる機会も増えているのだ。
そんな時間がアタシは嫌いじゃない――いや、楽しい。
いつものメンバーで話す時もいいけど、ユウジと二人話す方が楽しいのかもしれない。
「(少ししたら飽きてくれるだろうし、それまでは)」
まずは、と。
『あなた下之様にベタベタと生意気だわ、オタク女の癖に……でも下之様もオタクですわね――とにかく馴れ慣れしくしないで頂けますこと?』
まあ、間違ってない。
『あなたのせいでいーちゃんがフラれてしまったんですよ、どうしてくれるんですか。そのせいで私体重が二キロも増えてしまってんですよ!?』
いや、後半のそれはアタシのせいなのか?
『久しぶりにキレちまったよ……屋上に行こうぜ』
場所指定したというのに、時間指定は書いてないという。それにこの達筆なのか漢らしいだけなのか分からない、ダイナミックな字運びで描かれている。
『その眼鏡取りなさいよ。もっと良い眼鏡があるじゃない、ほら眼鏡市○――』
宣伝……? 声に出さずに苦笑しながらも次のページをめくる。
「っ!」
そこには綺麗な字で、罫線に気持ちいいほどに整って書き綴られている文字があった。
しかしそれはどうでもいいことで、内容が――アタシにとっては、グサりと来るものだった。
『元根暗女がテンション高めのオタク女を演じるのはどういう気分? 教室の隅でつまらないほどに勉強だけしていたのは誰だった? その眼鏡を取ったらどうなるのでしょうね……またあなたは何もなくなるんじゃない? でもいい加減にその仮面外したらどう? 知っている私からしたら見苦しい。素顔を晒す気もない者が下之の近くにいて、井口さんが振られる要因になったなんて……本当になんなんだろうね?』
そんなことが書かれている。
アタシの昔を覚えてる……? いやでも、存在感が皆無だだったアタシがこんな風になったことに気付いた人なんて今までに誰にもいないはずなのに。
アタシが眼鏡を取ったら……それはもう、個性がなくなるに決まってる。素顔なんて明かせる訳ないじゃん。ユウジだって言わないだけで本当は――
「……」
そう思ってくると、悲しくなってきた。虚しくなってきた。
ユウジは優しいからな……そう簡単には口に出さないか。
でもアタシは、いつまでもこの仮面を被り続けることになるのだろうな。
「(はは)」
今のアタシはどんな顔してるんだろうな。いつも以上につまらない顔してるんだろうな。
沈んだ心で、読み進め。そのページの最後にはこう書かれていた――
『今日三十日の昼休み、体育倉庫前に来い。さもないと、あなたの過去を明かす』
……拒否権はないんだろうなあ。
今までのは本当にちゃちいものばかりだっけど、今回は本格的なアレなのかもしれない。
「(仮面を被ったとしても……まだ、まだ被らなきゃいけない!)」
* *
アタシは体育倉庫の前までやってきた。以前ユウジやロリ会長と用具清掃をしたところの前だ。
そこの周辺には昼休みだけども、校舎から遠いので生徒はあまり使わないグラウンドが面している。
「(なんか後ろから視線を感じるな……)」
双方のファンクラブメンバーの視線だろう。
そうしてアタシは辿りつく。
「来ましたわね」
そこには複数の女子生徒が待ちかまえていた。
まず話しかけるのは、以前一番喋ったであろうお嬢さま系の女子生徒だった。
「本当に気に入りませんわね……あそこまでやられてなんとも思いませんの? 正直におっしゃいなさい!」
「いやごめん、正直に言うとしょぼかった」
「な……机に描かれた絵も授業の邪魔にならなかったの? 机に入っているパンのせいで昼御飯が増え得えてしまったんじゃなくて? 吊るされている袋の位置が移動していて、調子も崩れたでしょう!」
「ごめん」
「謝るんじゃないですわぁー!」
この人絶対に素でいい人だな。
「あのノートは堀内さんに任せましたが……どうです? 効果はありましたか?」
「ああ……」
序盤こそ苦笑レベルだが、時折あるものにはな。
「ここに来てもらった理由も、まずはその眼鏡が気に入らないのですわ! そんな縁日の屋台で叩き売りされているような渦巻き眼鏡を付けていて……恥ずかしくないのですの!?」
「慣れちゃった」
「そういうのは慣れちゃいけませんわぁ!」
いい人で面白いとか……この人嫌いじゃない。
「さぁ、それではその眼鏡を外して醜態を晒すのですわ!」
「ごめんなさい」
「謝られてばっかりですわぁ!?」
「これは、アタシの個性だから外せない」
「……そうなのですか、それではなおさら外してしまいましょう」
「許して下さい」
「淡々と謝罪の言葉を述べるんじゃないですわぁっ! この者から早くに眼鏡を取りあげなさい!」
するとお嬢さま系の後ろで黙って待っていた女子生徒が一斉にやってきた。
「や、やめろ――」
「はやくその素顔を見せるのですわぁ――」
「本当に、それは……ぁ」
「今ですわ! ――取りましたわぁ!」
カシャッという写真のシャッター音と共にアタシの素顔が皆へと見られて、周囲の空気と動きが固まった。
アタシは見られてしまったのことで、顔を隠してしゃがみこんだ。
「な、なんですって……」
お嬢さま系が、何か信じられないような声をだした直後――
「おい、そこまでだお前らぁっ!」
ここにいないはずの男子の声が響き渡る。
それはアタシのよく知ってる、一人の友人で、馬が合って、時々頭がキレて、優しくて、アタシが最近気になってしまってる――
「……ユウ……ジ?」