第326話 √a-26 彼女は彼に気付かれない
まさかの
九月二十七日放課後
「ぬぅ……ずっしりだぬ」
「結構腕に来るな」
俺とユイは階段下の倉庫から、何やら小道具の入った段ボールを持ち上げた。
手で持てるほどの大きさのダンボールなのだが、妙に重い。ダンベルでも入っているんじゃないだろうか。
「これを第二準備室じゃろう?」
「ああ、だな」
準備室と言うのは空き教室を利用して使っている倉庫代わりの部屋だ。
使う用具はそこに搬入してあとあとクラスなどに受け渡しをする。
「どっしょ」
ユイが持ちあげ、俺が持ちあげたところで階段を昇り始める。
「そういやこの階段感慨深いわあ」
「ん? ユウジはこの倉庫に何か用でもあったのか?」
「言ってなかったっけ? 入学して数週間経ってから、姫城さんに告白されたんだよ」
思い出すなあ、俺のことを好きだって言ったのにはドキドキしたぜ……まあその前までの出来事でもドキドキでしたがね、主に死との隣合わせ的な意味だけども。
「マ、マイさんに告白された!? え、誰が?」
突然に立ち止まり、声のトーンが一気に上がり、眼鏡が反動で揺れる。
……そこまで驚くことか? まあ姫城さんモテるし、告白されるなんてないだろうけど。
「俺だけど?」
言葉の流れで分からなかったのか? ユイは変なところ鈍感だなあ。
「ええええええええええええええええええええええええ」
「ちょ、あぶねえな!」
驚きでユイは手元からダンボールが離れ、俺がなんとか自分のもつダンボールの上に載せるようにキャッチする。
「え、でも、え? マイさんはそんなこと一度も……ユキもそんなこと口にしないし」
そりゃそうだ。なにせ、
「フラれたからな」
「フっただと……ユ、ユウジ! なんてことをっ!」
なんか俺が姫城さん振ったみたいになってるぞ。それはまったくの誤解だって、なんてーかさ。俺が被害者だよ。
「いやいやいや、フラれたの俺。告白された直後にフラれた」
「告白して、フった……? な、なんでだよ!」
俺が聞きたいって。まあおそらくは殺人未遂・自殺未遂で熱くなって心にもないこと言ったのだろう。
「俺にもよくわからないんだがな……まだふさわしくない、とか言ってた気がする」
「……ふ、ふーん。そういうことか、マイさんはもう一度――」
さっきから傍でみてるユイの動揺が凄まじい。
「てか、さっきから何を焦ってんだ?」
「あ、あせってないっすよ。あせらせたらアセロラロリータ」
動揺しすぎだろう……
「ちゃっちゃと運ぼうぜ、いいかげん疲れる」
「お、おう。分かったぬ」
眼鏡で隠れていて分からないが隣を歩くユイはどこか複雑そうな表情をしていた。
* *
俺が文化祭実行委員の先輩に捕まり、荷物運び要請がでたのでユイとは別れ準備室からは近い実行委員本部へと向かった。
「生徒会でーす……って、また井口だけか」
「こんにちは、下之君」
そう微かな声で、俺に向かって綺麗なお辞儀をする井口。
「ちわ、井口。それで皆はもう駆りだされてるってパターンか?」
「うん……色んな場所に向かってったよ」
生徒会のメンバーこそ少ないが、実行委員はクラス内で二人選出されるので自然と数十名は集まる。
ちなみに我が一年二組は委員長とマサヒロというよくわからない組み合わせだ。
「持ってくのはこれか?」
指したのは紙束二つ、片方が言ってもラノベ十冊分はありそうで(※ちなみに終○クロではない)それなりに重そうだ。ちなみに、もう片方は七冊分ぐらい。
自然と十冊分の方を持ちあげて。
「それが……第四準備室」
「オーケー、よしっと」
井口がもう片方を持ちあげて、本部を出る。
「手伝ってくれて……ありがとね」
「なに言ってんだ。散々手伝ってもらってすし、お互い様だ」
「うん……」
少しだけ嬉しそうに彼女は頷き、そうして沈黙がおとずれる。
話すようになったせいか、それほどこの沈黙が心地悪いわけではなく。これが普通にさえなっていた。
「あ、あの……あのね」
彼女はといえば話題を作ろうと、自分から切り出すようになった。
大体の質問は「下之君ってどんな食べ物が好き?」とか「下之君ってどんな教科が得意なの?」とか俺のことばかりなんだが……なぜなんだろうね。そこまで俺は面白い人間ではないだろうに。
じゃあ俺が井口のことを知っているかと言えば、少し前に至って現実の女子高生らしい女子生徒と談笑(井口はもともとあまり表情をださないのであくまで微笑)していたり、そのリアル女子高生と集団で食堂に向かうところも目撃している。ちなみに井口はその時俺にほんの少し笑みを浮かべながら手を振ってきてもいた。
そんな内側まで踏み込んだことは知らず、交友関係を知っている程度だ。
「下之君って……覚えてる? 中学校のこと」
「あー……」
何か言いかけて止めた。俺の中学校といえば、二年まででそれまでが終わり。三年からこれからが始まった。
「私も……同じクラスの時があって、それで」
「悪い、あんまり中学校のことは覚えてないんだ」
二年まででイイ思い出も、印象的な出来事もあったはず――なのに、二年最後の出来事で全て吹っ飛んでしまった。
俺がやさぐれて、ミユが引き籠る要因になるぐらいのことが。
「そう……そうだよね」
井口はどこか寂しそうに答えた。なーにか有った気がするんだが、どうにも思い出せない。
「じゃあ……そ、そのね」
「ん?」
「下之君って――」
付き合っている人っているのかな?
* *
その数日後、あまりにも突然に文化祭でなにかと便利だからとアドレス交換していたメールで井口に呼び出された。
そして、俺は告白されたのだった。




