第316話 √a-16 彼女は彼に気付かれない
今日から通常更新再開ですー
それは暗い部屋、唯一の明かりは液晶のディスプレイ。
その画面には変わることなく”あるキャラクター”が映し出されている
「それで、いつまでユミジはいるのよ」
伸びすぎて綺麗ではあるものの痛んだ髪が肩にかかり地面に散っており、着るのは中学校に使っていた赤ジャージで、本来なら高校生を迎えていた女子としてはなんとも色気の欠片がない。
そして今日の昼ご飯はと言えば半年に一回大量に買い込むスティック状のバランス栄養食で、栄養価こそ高いけども味は単調だしパサパサしていて美味しいとは言えない代物だった。
そんなスティックをもさもさと食いながら、自分以外には誰もいない部屋のパソコンの液晶に語りかける――
『私はいつまでもいますよ?』
「いやいや、ギャルゲーやる時に邪魔だから……」
画面の中なら自由奔放に動く3Dポリゴンの彼女は、平面だけではなく遠くに歩いて行ったり、端に隠れたりしている。
ギャルゲーなどをやっていればそのウィンドウを覗きこんだりしてもいる。
「……はぁ」
『どうしたのですか?』
「あんたが来てから大変だなって」
おそらくは私の声は人と話すには小さい音量だろう。それでもしっかり聞き取り返答するのだ。
大変――というには、かなりに凄まじいのかもしれない。
なにせ世界は変わってしまったのだから。
私には本来いないはずの妹が現れ、ユウ兄にとっては義妹、私にとっては義姉も出来てしまった。
それにユウ兄は主人公だと言う。
『さきほどの下之ミユと同じような質問をしましょう――それでいつまでミユはいるのですか?』
「っ! ど、どういう意味?」
『この閉鎖的な空間にいつまで閉じこもるつもりですか?』
「そ、それは……」
分からない。というかもう出なくてもいいんじゃないかと思い始めている。
失った一年は余りにも大きい。
『知っていますよ。あなたがこうして引き籠っているのは――下之ユウジに、あなたと下之ユウジの幼馴染が関連しているのでしょう』
それはあまりにも的確だった。
「…………なんで」
『私には人の情報を読みとる力があるのです。桐に”記憶操作”や”透明化”などの力があるように』
「ち、力? 記憶操作……?」
なんだろう、いきなりこの子痛くなった。
それに桐って……あの子がそんな力を持っていると?
『今私が使えるのは人の情報を読みとる”情報読込”とカメラのようなものを飛ばして映像をメディアに映しだす”覗見眼鏡””効果無効”ですね。桐などの使う力を無効化することが出来るのです』
「は、はぁ」
『むっ、信じていないようですね。それでは――知っているのですよ? あなたが下之ユウジの幼少期のアルバムに使う写真を個人的に提――』
「わぁわぁわぁわぁわぁ――――ッ!」
『それに思っているでしょう? ――本来ならば下之ユウジと話したいと、一緒に過ごしたいと』
「っっっ!」
『でもあなたは会いたくない。なぜなら私は下之ユウジに嫌われてしまっているから』
「…………」
ここまで心を見透かされては、恥ずかしさよりも怒りがこみ上げてくる。
「勝手なこと言わないで! 思ってない! そんなこと全部思ってない!」
『そうですか、それでも私は能力を行使して読みとっただけにすぎませんから――』
「妄想を話されても痛いだけだよっ」
『……カチンと来ました! それは事実ですっ! まったく下之ユウジはあんなに飲みこみも早く勇ましかったのに、実の妹がコレだなんて』
「なによ、ユウ兄のこと知った口で」
『知っていますよ? なにせ何度も下之ユウジとは話してしますから。あと、あの方は面白くて好きです』
「す、好き……!?」
『さきほど侮辱を受けましたがいでしょう。未来あなたがゲームを起動することを理解してましたから調べましたが――下之ユウジはあなたを嫌ってなんかいませんよ』
「え――」
なんで? だって私はあんな状態のユウ兄にあんなことして追い詰めて――
「嘘言わないで」
『本当です。少なくとも嫌われてはいません』
……本当に?
『無関心では有りますが』
無関心。
「私のことはどうでもいい、と」
『はい。下之ユウジの情報ログを見ると”ゲーム起動まで”の中に検索をかけたところだと、どうやら悩んでいた時期があったようですね』
「ユウ兄……」
『それでもどうすることも出来ずに諦めてしまったようです』
そっかユウ兄はこんな私のことでも少しでも考えてくれてたんだ……
でも、そうだよね。一年は短いようで長いし、私のこともきっと忘れて――
『――のはずだったのですか、最近の情報ログに面白い発言が残っていますね。お見せしましょう』
すると以前のようにパソコンの画面に映像のウィンドウが現れる。
そこにはユウ兄がいて――
「き、キャプチャしていい?」
『撮ってどうするんですか……』
一年で少し男らしくなってるかも。それに……最後に話した時とは比べ物にならないぐらいに元気だ。
……いや元気じゃなかった。寝込んでる。冷えピタ貼って寝込んでる。そんなユウ兄の部屋に――
「この子は確か……ホニだっけ?」
『そうですそうです。以前下之ユウジと付き合ったことがあるヒロインです』
ガクッと最後の部分を聞いて倒れそうになった。
ユウ兄と、つつつつつつつつ付き合う!?
ユウ兄なんてそんなモテる訳ないし、性格は優柔不断で……誰も好きになる訳ないんだから!
『そして彼女は――過去のことを覚えていて、今も下之ユウジを好きでいます』
「へ」
ちょっとまって、そういえば前に言っていた気がする。
「世界が繰り返されてるんだから記憶はないんじゃないの!? それなのに、なんでユウ兄を」
『私が力を使ったからです』
「……はぁ?」
『本来ならば封印されるはずの記憶を私が留めたのです』
「よ、余計なことを!」
『と、言われましてもホニが希望したことでしたから――下之ユウジとの日々を忘れないように』
ユウ兄との日々。私は忘れたことはないよ?
その間にも画面の中は動いていて。
『ユウジさん、起きた?』『ホニさんか』『ユウジさん、体調は大丈夫?』『ああ、でも少しまだ熱っぽい――』
画面に映る二人は親しげで、距離が殆どない。
いいなあ。
『――いやー、ホニさんが居てくれて良かったよ』『ええええええええええええ!? な、なんで?』
『……やっぱなんでもない』『ええええええええええええ!? なんでぇ!』
表情豊かに叫ぶこの子は、マンガで見る時々恋する乙女のように顔真っ赤にしている。
ああ。
『いやさ、いつも体調崩しても家に一人だったからさ。ホニさんが居てくれるだけで心強いなー、と』『ユウジさん……』
『この家に来てくれてありがとうな、ホニさん』『ううん──こちらこそ、我を住まわせてくれてありがとう。我を拾ってくれてありがとう』
画面に映るユウ兄に寄り添うホニという子は、可愛らしくてそれでいてユウ兄への好意が滲み出ている。
ああ、本当にこの子はユウ兄のことが――
その事実を知って私は胸を抑える。聞いてはいた、でも信じてはなかった。でも分かってしまう。
『これは一応過去情報ログなので、言うなれば録画です。そしてここからですね』
ここまでは一応何を離しているかが分かる為の前段だったのかもしれない。
『ったく──こんなに可愛い神様は付き添ってもくれるってのにアイツときたら』
アイツ……? そういえば私のことを誰かに話すとき――
『アイツ……まいく●そふとの』
『ビル・ゲイツじゃないよ。アイツ……ミユのこと』
っ!
私の名前を呼んだ。おかしいな、さっきユミジは諦めたって言ったはずで、こんな私と会った記憶も無くなっているはずなのに。
『……それで、あの。妹さんはどんな方だったの?』
『そうだな……なんてーか、いつもツンツンしてた』
ツンツ……ン?
そっか、そう見られてたんだ。私は不器用で素直になんてなれない。つい照れて思っていないことも口に出してしまう。
きっとそれがユウ兄を困らせていたのだと思う。
『俺は兄だってーのに”これだからユウ兄は”ってのが口癖で俺が下手する時には”私がいないと駄目なんだからー”とも言ってたな』
くす。そんなことも言ってたなあ。
『明るい奴だったよ。いつもクラスで三人で喋ってた』
私は自覚があるほどに明るかった。今の根暗ましっぐらの私ならその差が良く分かる。
『ああ、妹だけども生まれたのが十か月違いなだけで学年は同じ。ただまあ同じクラスではなくて隣のクラスからアイツはやってきてたけど』
私は授業が終わると同時にフライングよろしくに教室を出てユウジと××のいるクラスに向かっていた。
それがいつものことで、二年生の最後までずっとそうだったのに。
『それと三人って……ユウジさんに妹さんに、後はユイ? マサヒロ』
ホニという子が上げる中には知らない名前がある。ユイは義妹で、マサヒロはユウジの新しい男友達だろう。
それでユウジはもしかして――
『いや、二人とも違うんだ――俺にはさ幼馴染がいたんだよ、癖のあるヤツのさ』
「ユウ兄!」
私は画面に叫んだ。
『録画です。そしてこれで終わりです』
「…………」
ユウ兄が××のことを話した……?
どういうことなの? だってユウ兄は××に――
『……どうやら私も桐も”本当に知られたくないこと”は読みとることが出来ないようです。まったくもって都合がいいですね』
「…………」
あれだけ落ち込んで、あれだけ当たり散らした。ユウ兄と私は流石兄妹に私も同じように。
もしミナ姉が居なかったら――
そんな大事な事を、簡単に言うなんて……ユウ兄にとってそれは重い出来事じゃなかったの?
どうして、どうして?
ユウ兄は乗り越えちゃうの……?
「ユウ兄っ!」
『シ、下之ミユ?』
後ろの画面の中でユミジの驚く声が聞こえる。
私は半周して振り返り扉を開けようとする。
――今は昼下がり。今家族どうなっているのか、今ユウ兄やミナ姉が通う学校はどうなってるのか、ネットに依存しない学生たちの間では今どんなものが流行っているのだろうか――世界は今どうなっているのだろうか。
閉ざされた世界に居る私には何も分からない。
たまに点けるテレビの中の風景がもしかしたら嘘なんじゃないか、インターネットで拾う情報が全てガセなんじゃないか。
今聞いたユウ兄と神様の会話が本当かもわからない――信じられない。
でも踏み出せない私は何も分かる権利がない。
「…………」
私は廊下の電気の少し弱弱しく射しこむ開けかけた扉を閉める。
『…………』
ああ、私には無理だ。
それでユウ兄は遠くに行くんだね。
もしさっきの言葉が本当で、本当に乗り越えられたのなら――もう私は追いつけないよ。
* *
ユウジがいない。
ユウジがいて、マサヒロがいて、ユキがいて。最近なら姫城さんも愛坂もやってきた。
そしてアタシがいる。
その集まる輪の中心にはユウジがいて、アタシが唯一過ごせる輪の中だった。
独りのアタシのやっと見つけた一つの居場所。
授業の間にチタチラと後ろを振り返る。
そこには今日風邪で休んだユウジの机があって、ついつい気になってしまう。
いつもならば板書だけはネチネチとするユウジが必死にシャーペンをノートに走らせている姿がある。
休み時間には皆がわらわらと集まってアニメ的な会話から学校的会話までまでとにかく思い思いに話すのだ。
いつの間にか身に着いたオタク知識をマサヒロと語り合うとユウジが怪訝そうに首を傾げたりしている。
その中で時々話題に付いてくるユキに、ユキとユウジの話題で盛り上がる姫城さん。
そんな休み時間はそれぞれユウジの近くにあるアタシの席に集まるものの、いつものようなテンションはない。
「今日ユウジいねーのか、ツマンネ」
「ユウジ、大丈夫かな?」
「ユウジ様……私に力があればっ!」
「姫城さん、若干中二病っぽくなってますぞ」
「中二……? 私は高校一年生ですよ?」
「いやそうじゃなくてぬ……」
「ユウジ様のお姿が目に入らないだけで……落ちつきません」
「なんか依存症みたいになってるよマイさん……まあ、でも分かるよ私も」
何と言うかぎこちないというのだろうか。
ユウジの存在感は思った以上にあるのだった。ユウジのおかげでこの日々があったのかもしれない。
「じゃ、戻るぜ」
「またねー」
「失礼します」
「おぅー」
休み時間が終わると皆は元の席へと戻る。
見れば皆少し寂しそうだったようにも見える。いつもテキトーそうで影の薄いマサヒロでもあっても少し物足りないと言ったところだろうか。
「(ユウジ、アタシもな)」
いないと……寂しいものだ。うん、これは嘘はつけない。
どうせ明日にはひょっこり出てくるのは分かってる――それでも、な?
「依存症」
ユキが言っていたことを思い出す。
姫城さんがユウジ依存症で、ユキもそうで。もしかしたらアタシも――
「(ユウジ依存症?)」
変な話だ。今までそんなことが殆どなかったからかもしれない。たった一日休んだだけで、なあ。
「うーむ」
アタシはそう唸りながら頭に入らない授業を聞いた。