第314話 √a-14 彼女は彼に気付かれない
ふくせん~
なんとも情けないと渇を××に入れられる夢をみた。
××は気が強くて、毒舌で、それでも俺とミユにはいい話相手になってくれて。
そういえば二人でクラスにいると休み時間を見つけては隣の組のミユが来てたっけ。
懐かしいなあ。
あの頃の俺はそこまで臆病じゃなかった気がする。
でも自分が臆病になって、ミユが引き籠って、××が居なくなったのも――全ては俺のせいなんだ。
* *
「あ……」
懐かしい夢をみていた。
今から数年前のことを懐かしいと思えるほどに俺の周囲の環境は変貌を遂げたのだった。
それまでの俺ならば平穏を望み、とにかく楽しく友人と話せたらいいなと思っていた。
今では平穏は息を潜め、可愛い幼馴染に美人な旧ストーカーに生徒会の面々、家に居座る良く分からない老婆喋りの妹に、見ていると思わずほっこりする神様。
変わってしまったんだなあ。
まったくもってそれは刺激に満ちていて、楽しい日々だ。
それでも少しは平穏に過ぎていた日々を思い出してしまう訳で――
「ユウジさん、起きた?」
ドア越しにそんな声が聞こえ、不意のことに驚いてしまう。
しかしその声は十二分に聴き覚えが有り、そして――
「ホニさんか」
嬉しいものだった。
そういえばこの家にはホニさんがいたのだった──下之家のマスコットかつ可愛い神様だ。
ホニさんが来るまではこの家にいるのは家庭内というのに音信不通の妹ことミユだけだった。
それが今年の三月には母親が再婚しユイが義妹になり、四月にはホニさんを拾った。
桐は以前から下之家の一員ということになっており、下之家の女性比率の向上は留まることは──はどうでもよかった。
言いたいことは一人寂しいはずの家でこうやって人がやってくるのがなんとも感慨深いなあ、と。
「ユウジさん、体調は大丈夫?」
心の底から不安そうに部屋に入り込んで来ると、その小さくて愛らしい顔を近づけて聞いてくる。
「ああ、でも少しまだ熱っぽい」
こうして喋れていることから頭は一応は正常に機能しているようだ。
「ユウジさんが流行り病と聞いて驚いちゃったよ」
ほっと胸を撫で下ろすホニさん。
そうか心配してくれたのか、と嬉しく思う反面。心配させちゃったのか、と申し訳ない気持ちになる。
ホニさんはやっぱり、
「──あのまま屍になるかと」
「ホニさん、一応まだ風邪さ現在進行なんで縁起が──」
優しいけど、天然でグサリと言ってくれる。
病人を追い詰めるようなこと言わんでくださいよ……ホニさんだから許せることだけども。
「じ、じゃあ演技良く──生ける屍?」
「ほんの少しの改善で”死んでる”から”死んだも同然”にレベルアッープ……はあ」
明るくツッコんだ代償に頭が重くなる。ああ、熱がある時点でそれほど喋るべきじゃないなあ。
「ユウジさん!? ごめんねユウジさん、我はあまり現代のゆとりっ子じゃないから──」
「同じ視線ては見られないと……」
ホニさんは知らないだけホニさんは知らないだけホニさんは知らないだけ。
知らないことは無知なんじゃない、純粋なんだ! この間違った知識を植え付けたマスメディアがいけないんだ──!
と、どこぞのモンスターペアレンツさんだよと言わんばかりの強引な責任転嫁を始めるが。全てとは言わないまでも間違ってはいないと思う。
まあ育てる親だったり、傍に居る人たちがそれを制御するものなんだけどもね。でもホニさんは特別だから仕方ない。
……にしても言葉だけで病人を衰弱させるとは。
まあ、そう思考を巡らす余裕が出来るほどには安心してきている訳で。
「いやー、ホニさんが居てくれて良かったよ」
「ええええええええええええ!? な、なんで?」
顔を真っ赤にして後ずさりながらそう驚愕のポーズを見せた。
ええと、何も含みを入れずに言ったのにここまで驚かれるなんて……結構にショックだ。
「……やっぱなんでもない」
「ええええええええええええ!? なんでぇ!」
今度はこっちに凄い勢いで擦りよってきて俺の顔を覗きこむようにしてそう叫ぶ。
ああ、話さないのもダメなのか……とりあえず、話した方がいいのか。
「いやさ、いつも体調崩しても家に一人だったからさ。ホニさんが居てくれるだけで心強いなー、と」
それは本当に思っていたことで、どうにもこんな風邪一つでもベッドに籠るとどうにも不安になる。
そういうのは幼少期の親の育て方や接し方で変わるのだろうが……父親はいないも同然で、母親も仕事仕事に行っては過度に溺愛してくるのでそのギャップに苦しんだ気がする。
姉貴に苦労ばっかかけたなーとも思うが、姉貴の弟の範疇を超えた愛は幼少期からも変わっていない気がする。
なんで俺はそんなに姉貴に好かれてんだろうな。
ミユには「ふ、ふんユウ兄なんて好きでも嫌いでもないんだからね!」とぷいとそっぽを向かれて、言われたことは何度もあったが姉貴は常に「おねーちゃん、ユウくんのこと大好きだよー」と相も変わらず、愛も変わらずだ。
ということもあって偏った愛情しか受けられなかった気もするので、どうにも不安定なのかもしれない。
そんな中でホニさんがいてくれたのが心の底から嬉しかった。
「ユウジさん……」
そしてあんまり二人で居る機会がなかったのと、気恥かしかったのもあって言えなかったこと――今は風邪ひいてるから色んな事が零れちゃうんだと言わんばかりに。
「この家に来てくれてありがとうな、ホニさん」
それを聞いたホニさんはとにかく笑顔で。
「ううん──こちらこそ、我を住まわせてくれてありがとう。我を拾ってくれてありがとう」
そうして俺の起こしている頭をホニさんは優しく抱き締めてくれる。
ホニさんの柔らかさと、いい香りが鼻孔と触角を刺激する。風邪の熱とは違う温かさをホニさんは持っていた。
寂しさも薄れて、少し元気になってきた俺はというと。少し毒づくようになって、
「ったく──こんなに可愛い神様は付き添ってもくれるってのにアイツときたら」
と、今まで口に出してしないことまで言ってしまう。
「アイツ……まいく●そふとの」
「ビル・ゲイツじゃないよ。アイツ……ミユのことな、ミユってのは話してなかっけか、ええとだな――」
俺がそう説明しようとしたところで、ホニさんは、
「ユウジさんの妹さん……だよね?」
「ホニさん知ってたの?」
「うん、ミナさんから聴いたから」
「そっかー、姉貴がねー」
「……それで、あの。妹さんはどんな人だったの?」
少し関心があるのか、そう身を乗り出して聞いてくるホニさん。
俺は興味がないとか思いつつも、時折思い出してしまうことはあるわけで。
「そうだな……なんてーか、いつもツンツンしてた」
「ツンツ……ン?」
「俺は兄だってーのに”これだからユウ兄は”ってのが口癖で俺が下手する時には”私がいないと駄目なんだからー”とも言ってたな」
冷たいわけではないんだが、好戦的と言うか挑発的と言うか……小さい頃は可愛かったのになあ。
まあ容姿は姉貴譲りで悪くないどころか、いいんだけどな。
「あー……そうなんだ」
「明るい奴だったよ。いつもクラスで三人で喋ってた」
そう、三人で。
「ユウジさんと妹さんが同じクラス……?」
「ああ、妹だけども産まれたのが十か月違いなだけで学年は同じ。俺が早くに産まれて一応は兄、と。ただまあ同じクラスではなくて隣のクラスからアイツはやってきてたけど」
「それと三人って……ユウジさんに妹さんに、後はユイ? マサヒロ?」
その二人の中に、もう一人はいるはずがない。
だってそれはまだ二人に出会う前のことなのだから――
「いや、二人とも違うんだ――俺にはさ」
実はこれは誰にも言ってないことで、知っているのはミユと姉貴と母親だけ。
ユイもマサヒロも姫城さんも、桐も心を読まない限りは知らない。
風邪をひいたせいか頭がぼんやりしているからこうも軽々しく口を滑らせてしまったのかしれない。
そう、あまり話すのは憚れることで。
「幼馴染がいたんだよ、癖のあるヤツのさ」
本当の幼馴染がいた。
それが俺とミユと××の、旧”いつものメンバー”だったんだ。