第311話 √a-11 彼女は彼に気付かれない
「いやー、ビックリしたぞー」
「……何度言ってんだよ」
俺はそうウンザリしながら答えた。そうコイツは壊れたカセットテープよろしくに何度も何度もそんなことを呟いているのだ。
「それだけユウジの行動に驚き慄いたのだよ」
「慄くのかよ……ったく、あたりめーのこと言っただけだろよ」
「そうかもしんないけどさ――アタシは少なくとも嬉しかった」
「突然トーン落とすなよ」
「いやいや、ありがとなユウジ。アタシの為に怒ってくれて」
「自惚れるなよユイ、俺はあの会長の行動で閉じ込められたのに腹立てただけで――」
「…………」
少し暗くなった空の下でホースを手に持って親の敵の如くに体育用具に水をぶちまける。
眼鏡越しで分かる程にユイはご機嫌で、俺はと言えばおそらく仏頂面をしていることだろう。
それもこれも、今はばつが悪そうに掃除をしている会長のせいであって――
* *
「いやー、試してみたかったんだよねー”閉鎖的空間に閉じ込められた男女は本当はどうなるのか”って、よくドラマではドラマチックな展開になるけどさ、実際はどうなのか……って」
会長が機嫌よくそんな熱弁をする間に俺は会長の前に経ち憚るように突っ立っている。
そんな俺の表情を見たからだろうか、彼女は喋ることを止めた。
「会長、何個か聞いていいか?」
「な、なに?」
「会長がこの体育倉庫に閉じ込められることを画策したのか?」
「そうだけど……」
「じゃあ男子生徒を寄こして閉めさせたのも、俺とユイを二人先に行かせたのも会長がか?」
「う、うん」
「…………」
つまりはそういうことだ。
会長にしては手際の良過ぎる行動指示がまず怪しかった。
更には男子生徒の現れたタイミングを考えてみる――俺がユイは一応女子だからと意地を張って独り作業を続け最後の大物こと組み立て式サッカーゴールのような人手を要すものの時にユイが体育倉庫に入ってきた時だった。それもユイが俺と同じように奥へと入ってからだ。
簡単な申請か事務員の人に許諾を取らないといけない”生徒会が使うと分かっている体育倉庫の鍵”をただの男子生徒が借りることが出来るだろうか、いやないだろう。
ということはそれも含めて会長達が仕組んだことの証明でもあるのだ。
「会長」
「なにかな?」
「体育倉庫の鍵を締めても、内側からは開けられるんですよ――」
「あ」
「――ですが、それはあくまで暗い体育倉庫で辺りを照らすことが出来るようなものがあったらの話ですが」
「っ! ……け、携帯は? ディスプレイでもカメラのライトでも――」
「そんなもの有りませんよ、俺たちは体育倉庫で……会長達は直ぐに来ると言ったんですよ?」
「――――」
「会長」
「はい」
「そこに座ってください」
「でも洗ったばかりのジャージで、座りこんじゃうと――」
「座れ」
「……はい」
それから俺はというと、イライラをぶつけた。
八つ当たりではなく、しかるべき怒りだと思っている。
「会長、体育倉庫は言う程明るくないんですよ。閉められたら足元さえ何があるかも分からないんですよ」
俺はただ淡々と座り込む会長に向かって、
「そしてそんな暗い空間じゃ下手には動けないんですよ。それに俺たちの居たのは倉庫の奥ですからね」
あくまで平静を装って、
「そんな暗くて閉鎖的なところに閉じ込められることが――本気で怖い人だっているんですよ?」
「っ」
「分かりますよね? 会長だって不安になるでしょう? それにこの倉庫は生徒会が清掃することで人が来ないグラウンドのその端です。声を出したって来るわけがないんですよ。わかりますよね?」
「……はい」
「皆が笑える冗談やドッキリで、あとで当人が笑えることならいいかもしれませんね――それでも、たった今ユイをあんたのくだらないイタズラで泣かしたんだぞ、会長」
「え」
出てきたユイは眼鏡から少し見えるほどの目元を赤く腫らして、頬には少し涙が伝っていた。
「私、そんなつもりじゃ――」
「そんなつもりじゃなくても、謝れ。会長は冗談半分だとしても――ユイには泣くほどのことなんだ」
「あ、あ……」
ユイはと言えば出てきて、そんな俺が見下ろすように説教を垂れる構図がシュールなのか変なのか立ちつくしていた。
俺は一体どんな表情をしていただろうか。会長が少し怯えている辺り、結構に恐ろしい顔をしていたのかもしれない。
そして会長、
「ご、ごめんなさい……ユイ、シモノ」
立ち上がると深深と頭を下げて謝った。
「ユイ」
「え、なに?」
「ユイはいいか?」
「うん、いいけど……」
そう未だに本調子のでないユイの口調のまま答えて、
「こんなこともうしないでくださいね、会長」
「は、はい」
俺は振り返って会長を背にして大きく口を開けた体育倉庫に向かった。
「会長にユイ、ちゃっちゃとやりましょう」
「う、うん」
「うぬ!」
そうして生徒会役員で掃除を始めた。
あとあと会長に聞いたことだが、他の役員は書類整理や体育倉庫以外の用具のしまわれているところに奔走していたらしい。
* *
と、まあそんなことがあった。
この怒りを契機に生徒会役員なんぞ投げ出してしまおうかと思ったが、取り残されるユイと涙目の姉貴の姿が真に浮かんでしまった。
……所詮俺はお人よしで、変なところで責任感を発揮してしまうのかもしれない。
「なあなあ、ユウジ」
「なんだ?」
体育祭で使う小物をブルーシートの上に載せて水をぶっかけていると、後ろからそんな声が聞こえた。
「サウンドオンリー」
「は?」
「声だけのアタシは――」
どうだった?
ちなみに俺はその返答に対し殴った。
ったく、俺の怒りに費やしたエネルギー返せよな……まあでも。
否定はしない。
声だけならな。