第310話 √a-10 彼女は彼に気付かれない
ギャップは大切
それは暗く決して良いとはいえない異臭漂うの空間の中のこと。
それは俗に体育倉庫と呼ばれ、まあ正式名称でもそうなのだろうけども今はどうでもいい。
沢山の体育の授業などで使う器具やら道具やらが無造作に置かれている倉庫だ。
この状況はと言えば、そんな空間に閉じ込められてしまったということ。
更に元々人が入るように作られてはいないので喚起用と僅かに開けられた上部にある数個の小さな四角い穴しか光を取り込む場所がなく、とにかく暗い。
まだ昼間だと言うのに足元は殆ど見えず、眼と鼻の先も極端に視界が悪い。
そんなところに、誰かは知らないクソ野郎が体育倉庫を閉めた上に鍵まで掛けて結果的に俺たちは幽閉された。
そう、俺とユイの二人が閉じ込められてしまったのだった。
「ひっ」
あまり離れていない近くから、そんな声が聞こえる。
それだけ聞けばか弱い女の子が恐怖に声をあげたようなのだが、ユイと考えると思うところはなにもない。
それでもしかし、こんな暗い中だと心配だ。なにせ色々な器具が有るわけで一歩踏み外せば大けがということもないわけではない。
「ユイ、大丈夫か?」
そうどこに居るとも知れないユイへと声をかける。
「う……うぬ」
ユイは俺が居ることに気づけたように、途端に声をいつものトーンに戻して平静を保つようにして言った。
「ユイに俺は見えてるか?」
「ぬ……答えはノウだ」
だろうな。案の定俺にもユイの姿を視認できない。
「閉じ込められたっぽいな」
「そ……そうみたいだぬ」
それで会話は途切れてしまう。いつもならば”まるでパソコンの電源も落とした暗い満喫みたいだおー”とか言ってくるのかとも思ったが、声から気迫を感じず少し震えてるようにも聞こえる。
「ユイ、本当に大丈夫か?」
「だ、だいじょうびゅ……」
尻すぼみの上に噛む。
「もしかしてユイ、こういう暗いとこって――」
「こ、怖くなんかないぞ! 怖くなんて……ひゃっ!?」
「ユ、ユイ?」
すってーんと言うようなサウンドエフェクトが似合いそうな感じに声を出して更には転倒したような音がする。
「ううう……」
まずいな、声だけ聞いてるとまずい。
ユイは声モノマネが上手いこともあるが、地声もそれほど悪いわけじゃない。
活舌も良ければ良く通る。そして今は時折いつもと違って作っている声でなく地声が出ている。
なんというか、あれだ。
声だけ聞いてれば可愛いってヤツだろうか。
「とりあえずユイはそう遠くはないな、今近くに何かあるか分かるか?」
「ぬ……マットみたいなものが」
「よし、そこで待ってろ」
「う、うむ」
手探りで声の方へと這っていく。
「ユイー」
「あ」
ざらざらと埃っぽいマットの感触が手の中にある。
「ユウジ……ここか?」
すると俺の肩にユイの手が触れた。
「ここだ……見えない感動の再会?」
「再会って……はは」
そう冗談を言うとユイはいつもの調子までは行かないけども笑った。
「じゃあ隣を失礼してっと」
「あ、ああ」
そうして俺はマットに座りこんだ。
「……なあユウジ、携帯持ってないか?」
「残念ながら体操着姿だ」
「そりゃアタシもそうで……持ってないけど」
俺とユイは体操服に着替える前に生徒会室へと貴重品一式の入った鞄を置いてきていた。
「それにここには生徒会役員以外来ないだろうしなー」
さっきの野郎はもういないだろうし、このグラウンドは生徒会が用具出しにの為にほぼ使用停止にしている。
声を張り上げてもグラウンドそのものが広く、その端なこともあって聞こえることも誰か通りかかることもない……?
「(いや、それならさっきの野郎はなんだ?)」
そんなグラウンドをなぜ通りかかり、外の物を出した状態でなぜに誰もいないと思って扉を閉めた?
それに鍵も俺が持っているはずで、スペアが有ったとしても使えるのは簡単な申請か事務員の人に許諾を取らなければならない。
「(内側から開けられるんだろうが、暗過ぎて動くのは危ないな)」
ここはあまりにも暗すぎた。いくら人の性質的に眼が慣れて行くとは言うが、あまりにも不確定要素過ぎる。
なにせここは体育倉庫で、転んだ拍子に鋭利な物に刺さらないとも限らない。ボールを踏んで転倒するのも――
「とりあえず会長一味を待つしかないな」
「そ、そうだぬ……」
後で追うと言っている以上はそう時間がかからずに来るだろう。運びだしを初めて三十分近くは経っていることもあるしな。
「…………」
「…………」
少し沈黙。何か話すべきなのだろうか――その矢先のこと。
ガタッ、ガラガラガラと何かが崩れる音。その音に合わせるかのように、
「やああっ」
ユイが悲鳴をあげた。
「今何かガラガラって、落ちて、もしかして誰か、何か、いるのか……な」
あかららさまなまでの怯えをみせるユイ。
そういえばなんだっけか、肝試しの前座と称して怪談やったら口元が引きつって終わらせよう終わらせようという目配せ(眼鏡をしているので推測)をしてきたようなこなかったような。
更に雪崩のようにまた何かが金属音を響かせて倒れる音。
「いやあっ」
「な」
悲鳴と共に俺の腕が何かに巻き付かれ、何が触れてきた――
「ユ、ユイ?」
「ご、ごめんなさい……」
それはもう驚いた。敬語になっている上に思い切りなキャラ崩壊をしているユイは初めてだ。
声もいつもと違ってかなりに”女の子”だった。そして俺の右腕に感じる温もりが、気になって仕方ない。
「とりあえず……離れてはなれた方が」
「だ、だめ!」
もう誰だよコイツ。とは言えない、涙声で更に腕に絡みつくユイの腕と共に押し付けられるのはなんとも柔らかなもの。
「(そういやユイってスタイルいいからな……)」
長身で、出るとこ出て、眼鏡で台無し――を地で行っているユイなこともあって腕に感じるこの感触は。
胸なんでしょうなあ。
「ユイ、マジで大丈夫か?」
「……アタシ、こういうの駄目」
……すーはー。
危ない、声だけならすげえ可愛い。かといって容姿が思い浮かぶのですぐさま冷静にはなるのだが、なんというかギャップもあるんだろうな。
それにしてもこの怖がりようと、まさに怖い物が大の苦手なか弱い女の子のような言動……これがもしかするとユイの素だったりするのだろうか。
「……とりあえず会長達待とうな」
「う、うん」
それにしても遅い。ただでさえ放課後だっていうのにここに幽閉されておごらく体内時計だと一時間ほどが経っている気がする。暗闇の中だと時間の感覚が鈍ってしかたない。
ユイに至っては俺の腕を離さずになんとも形容しがたい柔らかいものが押し付けられてはいるのだが、顔を思い出してセーブしている。
時折「ひっ」「やっ」「うう」などと声をあげるのだが、そんな似つかわしくない可愛らしい声が脳を刺激するわけで。
それとのこの体育倉庫という空間も……ユイの抱きつきも含めてなんというかモヤモヤした気分になってくる。なるほどな、ギャルゲーの主人公よ。
……それでもあの野郎のせいでこんなことになったんだよな。ユイをこんなにまで怖がらせて、本当に怖い人には死ぬ思いなんだぞ? 分かってるんだろうか。
なんかイライラしてきた。
いつものユイが崩されて新しい一面が見れて良かったと思う反面、素を引きずり出すほどに怯えさせた野郎が許せない。
少なくとも友人がここまで怖がっているのを面白おかしく見ることなんて俺には出来やしない。
冷静に考えて、会長にはあるまじきあの手際の良過ぎる送り出しと何故か野郎がやってきて扉を閉めた上に鍵まで掛けた。
もしかして、
「……やってくれたな」
「え、何が?」
「会長がさ――」
そう呟いた途端に一瞬にして体育倉庫に光が指しこんだ。
「ドッキリ大成功!」
俺はユイを振りほどいてそう嬉しそうにドッキリ大成功の看板をあげる会長へとやっと見えるよになった体育用具の散らばった地面を踏みしめて、会長へと足早に向かった。