第309話 √a-9 彼女は彼に気付かれない
と、いうことで学校のグラウンドの端にある倉庫前までやってきた。
服装は制服ではなく半そで短パンの指定体操服で体育で使うスニーカーの運動靴を履いている。
ここに来た理由はと言えば――
『体育祭で使う用具を掃除して欲しいの! 埃っぽくなっているだろうから洗わないとねー』
とまあ、以外にも会長の言う事にしてはもっともなことで。
『とりあえず先に行っててくれる? 後で駆け付けるからさー』
そう言って体育倉庫の鍵を手渡され、何を洗えばいいんですかと聞こうとしたところ。
『大玉とハードルとか障害物関連のものはこの紙に書いておいたからー、あ。ホースと水道の位置はね――』
恐るべき程かゆい所に手の届くような、用意の周到さだ。
それには洗うべきもののリストがやんわりとした会長の字で書かれている。
会長がここまで要約した上にテキパキと話せるだろうか――
『とにかくいってらっしゃーい』
そうして送りだされたのだった。
俺はとりあえず鍵をポケットに入れて、体操着の入った袋を提げながらふと聞いてみる。
「そういやユイは更衣室で着替えるの――」
言いかけて止めた。しかしユイは待ってましたと言わんばかりに、
「ふふ、こんなこともあろうかと! 既に着ているのだー!」
と言ってひざ下まである短パンの生地を指して言った。
「……いつのまに着替えたんだよ。知ってたのか?」
「うんにゃ、なんとなくそんな気がした。諺で言うだろう? 全知全能は予知など容易」
「初めて聞いたよ、そんな邪気眼の混ざった諺」
「考案、ユイ」
「だろうなー、じゃさ俺は男子トイレでちゃっちゃと着替えるから先行っててくれ」
「アタシも用を足したいところだったんだ、付き合うぞ」
「そうか、なら――とりあえず俺に付いてくるのは止めような?」
「えー……仕方ないから待っててやろう」
すげえ上から目線だけども、頼んでる身だから何も言いようがない。
「じゃあ待たせる」
「おうよ、その間は独り人生ゲームでも――」
何か言っていたことが気になるが俺は着替えることを早急にしたいのでスルーした。
俺には早着替えのスキルがあるので個室に入って僅か十秒足らずで流れるような仕草でベルトを外しながらも上を学ランをキャストオフしワイシャツと学ランがが宙へと浮く、その浮いている間に白い体操服を装着しながら回転してズボンを履き終わる。
落ちてくる制服をシワが付きにくいほどに畳んだ上で袋に押しこんでトイレを出た――この間僅か二十秒。
「待たせた」
「待たされてないぞ!?」
何気ない早さにユイも驚愕を隠せていなかった。
「いや、今日は時間がかかった」
「いやいやいや! はやいよ? とりあえず学ラン着てる状態からのそれは早いなんてものじゃないよ?」
「なに興奮してるんだよ。普通だろ、こんなこと」
「ふ、普通なのかあ……?」
ユイが眉を寄せて困惑する様はどこか新鮮だった。いつもの茶化しでなく、これが素だと思うと結構に面白い。
「とりあえず向かうぞー」
「お、おう……」
んー? と唸るユイをしり目に俺は昇降口へと向かう――
ということで冒頭だ。
目の前には教室の半分ほどの大きさの倉庫がデンと置かれている。外壁をコンクリート固めにして上に波板を載せたあからさまに無機質なものだ。
まあ倉庫に機能性以外を求めても仕方ないので、デザインに頓着する必要はないのだが。目の前にある二メートルはあるところどころ錆びている鉄の扉と一部が欠損した壁を見るにあまり清潔なイメージは起きない。
ギャルゲなどのイベントがここで行われるのが定例だけども……本当にこんな埃っぽいところでイチャつくのはどうなんだろうか。
「閉塞的な場所がいいのだろうか?」
「ん?」
独り言が漏れてしまい。なんでもないなんでもないと手を振った。
「とりあえず開くのかコレ……」
「なんというかクラシックじゃぬう」
クラシックでもモダンでもなく、ボロいと言って差し支えないと思うんだがな。
「……っと鍵は開いたけども、扉は――」
果てしなく固い。アロン○ルファじゃ強すぎるから木工ボンドで扉間が接着されているような固さで、やっと数ミリ動かせる程度だった。
「アタシもやるぜー」
「おう」
片方の隙間に手をかけて双方逆方向に扉を引いて行く。ぎぎぎという鈍い音と共にその体育倉庫の全容が明らかになった。
「げほっ」
むせかえるほどの埃っぽさが真っ先にやってくる。そして異様な臭さだ、なんというか何十年も汗を染み込ませた体育用具がその異臭を放つのはすこぶる納得がいく。
「えーっと……とりあえず屋外に出すか」
ちなみにこのグラウンドは結構に広いもので、それにもう二つばかりグラウンドも有るのでそれほど倉庫の周りに体育用具を広げても支障がない。
ということで思い切りに倉庫前に引きずり出してくる。
「これがハードルな」
ところどころ土がこびりついたハードルやら、萎んだ風船のような汚れたゴム状の何かが出てきたりする。
陸上で使っているはずのハードルでさえも洗われておらず、がっくりと来る。
すると近くで会長に手渡されたリストを眺めながら仏頂面(目辺りは見えないがおそらくそんな感じ)のユイが居た。
「なあユウジ、アタシも手伝った方が――」
「今はとりあえず使う物を出さなきゃいけないからな、指示係でいいぞ」
「しかしだな――」
どこか申し訳なさそうに言うユイ。なんというかユイはところどころ真面目だからな……
「言わんでいいって、次はなんだっけ?」
「あ、網って書いてあるな」
「よしきた」
「――ありがと、ユウジ」
後ろでにそんな優しい声が聞こえるのだけどもスルーしておく。俺は大したことはしていないしな。
まああんな成りでも女子だし、力仕事は――棺桶運べるから大丈夫だろうけども、なんとなくな。
「あとは……なんぞこれ」
倉庫のの奥で見つかったのは組みたて式のサッカーゴールだった。
バラバラにされながらもネットを一緒に置いてあるから一応は分かるものの……量が半端なく多い。
「てかPK戦ってなんなんだよ……」
なぜか個人種目に存在していたもので、だとしてもそれ一言を言われても分かるわけがない。
それで使うサッカーゴールが眠っているとのこと。ちなみに他のグラウンドには常設のサッカーゴールがあるものの位置固定でPK戦の時に会場移動をしなければなず、如何せん大きすぎるとのことでこうして倉庫に眠る部サッカーゴールを取り出すことになった。
いかし前述の通りにその部品は多岐に渡り個数もかなりのものだった。そして倉庫の入口から何か近づいてくるのが見えて
「うおっしゃ流石のアタシもやらせてもらうぜい!」
「……まあ、よろしくな」
腕まくりをする仕草をするも半そでなのでめくりようの無いのでまったくもって空振りをユイがしながら俺とサッカーゴールの部品を持ち上げようとしたところで。
「ああ? なんで扉開いてるんだ? そんなことしたら冷気が逃げて腐っちまうだろうが」
そんな知らない男子生徒の声が入口辺りから聞こえて、なぜにそんな冷蔵庫みたいなことと思った次の時――
「締めとかないとな、うん」
その時俺はぐいと振りかえり、叫ぶものの。
ガタァン、ガチャ。
扉が閉まり指しこむ明かりが激減し、鍵の締まる音。
あれ、これってまさか――