第308話 √a-8 彼女は彼に気付かれない
それはある朝のことだった。過ごし易い、寒くも無く暑すぎもしない春陽気を感じさせるが近づくのは夏の香りで今日の気候は珍しい。
たまにある桐の「突撃☆隣の通い妻」と本人が称して朝っぱらから鍵と言う最後の砦も虚しく侵略しにくこと以外はいたって普通の起床を俺はしている
毎日は流石にしないものの週三は確実に多い時は週五でやってくる桐の寝起きという隙を狙った巧妙で下劣な襲撃を仕掛けてくる。
まず自分の体のどこかの部位に布団では到底ない重さを感じてからその桐の存在の有無を理解する。
手なれた物で、布団を引っぺがすことで現れる桐の首根っこを掴んで部屋の外へと放り出す。日常茶飯事のことだった。
今日もきっとそうだと、思った矢先のことで――
「……ん?」
重さがいつもと違って段違いで、そして布団に入る図体が二倍以上にあった。
増えるワカメでもあるまいし、そのようなマンガ的展開にありがちだけども良く考えたらかなりにキワドイ「薬を飲んだら体が大きくなっちゃった☆」ということではないだろう、まったく某漫画の巨匠は時代を先取りし過ぎだ。
桐でないとしたら誰だろう、と考えてホニさんと思うと笑みがこぼれ、姉貴だと顔面蒼白になる。
ホニさんはここまで大きくない、いやでも姉貴だとしたら少し小さくないか?
そうして百聞は一見にしかずということで即実行。布団を払い除けると――
『すぅすぅ』
「!?」
……だ、誰だこの人? 少なくとも容姿的には肩幅はなく水色の無地の寝巻きという飾り気のない服装だがどことなく丸みを帯びながらも引き締まった肢体を見るのと胸部に男性にはない膨らみを見つけ女性であることを確信する。
背は高くスラッと、肩口で整えられた黒い髪は思いのほか艶やかでどことなくボーイッシュな印象を受ける。
寝息を立てるその顔は幼くそれでいて非常に整った、美少女の太鼓判を押せるものでもあった。
しかし、だ。
「本当に誰だ?」
見覚えがない。少なくとも知っている限りでこんな美少女は知らん。
新たなヒロインだろうか? でもどうして俺の家のそれも俺の部屋に?
「……ミユではないよなあ」
妹であるミユのことを思い出す。確かに姉譲りの美少女だがそこまで背が高くは無く、ホニさんより高い程度でここまで長身ではない。
それに――いや最近会っていないから分からないが、アイツが短髪にしていたことは無かった気がする。
だから可能性はなくはない。
『ん……』
「お」
寝息が止まり僅かに開く眼の夢の世界半分な表情のままベッドにぺたんと座りこんで起き上がり小法師よろしくに小さな頭を揺らしている。
なにこれ可愛い。
『ふにゃ……?』
あざとい! だが見惚れてしまう……でも、あれ? そういえばこんなこと前にも無かったっけ?
あれは確か謎の棺桶登校をしたその日に見た夢の中で――
俺はもしかしてこの子と会っているのか?
『あ、あれ……え、え――』
その子は俺の名前を呼ぶそして、俺はその時にはっとまさかと気づきその名前を呼んだ。
* *
五月十日
体育祭まで一か月ほどまで押し迫ったある日のこと。
正直生徒会なんぞ付き合ってられんわ、と言わんばかりにテストの勉強させたほしい。
入学早々、最初のテストでつまずくなんて幸先が悪すぎる。
ということで休み時間を最大限に使って学校は勉強を進めつつも、ほぼ命令な(一度無断で下校しようとしたらまたしても福島に拉致られた)生徒会活動も自分を褒めたいほどに参加している。
まあ俺は真面目に勉強をしてはいるのだが。クラスの風潮はというとプール開きにワイワイと体育祭にワイワイとテストなんて有って無いようなものに捉えて学校生活を存分に楽しんでいる。
律儀に勉強しているのは”良い”大学に行きたいが為に塾と家庭教師に家庭学習を駆使しつつも成績を上げて入学試験本番に適応すべくと必死に猛勉強をするガリ勉優等生ぐらいで、俺は結構に例外だ。
ユキは十分に良い成績を残し姫城さんは言わずもがな、ユイとマサヒロは嫉妬を通り越して殺意を覚えるほどの普段の行いからは想像しがたい成績の良さなのでへこむとしたらまず考えられるのが俺である。
まあそれでも試験から二週間経たぬ間に体育祭なのでそれほどこの生徒会に余裕はなく、学校側の用意した生徒を考えない行事構成に悪意さえ感じる。
一応不本意とは言え請けてしまった仕事はやらなければと、良く分からない使命感で生徒会室に俺とユイは向かった。
「おーきたきた! シモノにユイっ」
小さな会長と生徒会のスケジューリングも担う書記のチサさんがパソコンから顔をあげて微笑んで手を振ってお出迎え。
「会長、体操着持ってきてって何かするんですか?」
「シモノ、君は――汚れたくないよね?」
「ええまあ」
「ユウ、あなたは――汚れたくないわよね?」
「……チサさんが言うと何か別の意味に聞こえます」
「なぜ? 誰も間接的な――」
「皆まで言わないでいいですから」
「ユウくん呼んだ?」
「うわあ!?」
「呼び捨てで呼ぶなんて教育上はあまり良いことではけど……この関係なら仕方ないよね」
「いやいやいやいや背後から突然現れたと思ったらそんな姉貴の妄想の塊みたいなことをぶつけられても困惑するしないんだが!」
「……困って照れるユウくん可愛い」
「照れてはいないな、うん」
そうして何故か俺が言った皆という言葉がまさかの姉貴レーダーに引っ掛かって生徒会に会長・副会長・書記のスリートップが揃った……まあすげえどうでもいいけど。
「じゃあ、はい」
突然会長が何か掌に握っていた何かを俺に手渡した。それは――
「えっと?」
キラキラと飴部分の光るペロペロキャンディ、いや会長なら似合いそうだけども――
「間違えた、それ”ふし○なアメ”だった」
「現実に有るのかよ!?」
と言って俺の手から奪い返して制服のポケットをまさぐる会長。
「えーと……これはグッ○マのセ○バーでしょ……これはふ○やの明太子で……これがソウ○ジェムで……赤○恋人に……これがPFPで――」
なんですかそのありがちな四時限――四次元ポケットは。というか聞こえる物品が大体規制音が入りそうなものばっかってどうなんだ?
「あった! これこれ体育祭の鍵」
「体育祭の鍵……体育祭!?」
ちょっとまて俺は一体どれだけ大そうなものを探されて手渡されそうになってるんだ?
体育祭の鍵って……そうか、なるほどな――見えたぞエンディングが!
「じゃないじゃない、体育倉庫の鍵ね」
「ああ、やっぱりそうですか」
見えたエンディングは忘却するとして。
「で、これを?」
「胸で回すと”終わらないアリスのページ”が手に入るわ」
「そんな誰も分からないネタ捻じ込まないでくださいよ……」
「それも冗談で、体育祭の準備の為に色々と催しで使う用具清掃しなきゃいけないから、うん。だからとりあえず着替えて先行ってて?」
「は、はぁ」
と、いうことで体育倉庫に眠る体育祭で使う用具清掃をやることになったわけで――
いやオチとかないよ? でも続くらしい。