第307話 √a-7 彼女は彼に気付かれない
「サプライズないの? ねえ!」
必死でそんなことを訴えてくる会長だが、もちろん俺はだんまりを決めた。
というか曲がりなりにも意見は出したのだ。他の生徒会役員はというと「うーん、自分はナイカナー」というようにはぐらかしていたので律儀に答えた自分が馬鹿らしくなった。
「会長は何かないんですか?」
「え、私? そうねー」
ふっふーんと突然に胸をはる会長を見る限りだと……このフリを待っていたのだろうか。プライド高いというか、なんというか。
「砂城作りなんてどうかしら」
『恐ろしいまでの幼稚ッ!?』
まさかの幼稚園児から小学生低学年まで許されそうな幼すぎる意見が繰り出され生徒会の空気が固まる。
正直それは「どんな反応すれば正解なんだろうか」というような異国迷路の出口に辿りつくことの数倍も難題な突破口だけに困惑の表情を各々(おのの)見せる。
「あの、会長。それは体育祭でやるべきではないのでは?」
「へ? だって会場はグラウンドじゃない」
「いえ、確かにそうですけど安全対策に軽く撒いて有る程度で幅跳び部の砂場を使わない限りは無理ですよ」
「そこを使うんだよ!」
「片隅じゃないですか! なんて小規模すぎる競技なんでしょうねえ!」
「うーん、だめかー……じゃあねえ」
生徒会役員達も飽きがき始め、また何か言いだすのかと身構えながらも「げ」と嫌な表情を皆が形作る。
「耐久デスマラソン」
『温度差ッ!?』
さきほどの一見可愛らしい競技とは一転して、さらに転がって三回以上のアクロバティックを迎えた末のそれである。
名前を聞くだけで嫌な予感しかしない。デスとかついているものにロクなものなんてない!
「あのー、会長。それは一体どんな競技なんですか?」
「言葉通りだよ? ――倒れるまで走り続けるんだよ」
まあ予想通りでしたよ。
「秋に体育祭をやらないこの学校の特性から仕方ないですけど初夏真っ盛りに時にそんな競技をやったら死人が出ますって」
「……えっ、言わなかったっけ? ――デスって」
「ガチで殺す気かよ!」
「いやあサプライズだよ、サプライズ」
「そりゃあ驚きはしますよ、会場が沸きはしますよ!」
――もちろんブーイングの嵐で。
「で、誰が出るんですか? 全校生徒が対象ならプロ市民の方々のクレームで学校潰されますよ」
「もちろん男子のみだよ」
「――流石女性優遇社会なだけ有る! 女尊男卑の時代を感じるな」
「いや、それは偏見だと思うよ。ただ単に体力的問題だよ」
この時の発言ではっとして見渡すと女性陣の表情が冷たくなっていた。
チサさんも福島も、そしてクランナの表情を見るに日本語の理解力が凄まじいようで。
なぜかユイの表情も芳しくない。
いやー、女性陣の中って本当にやり辛いですなあ。
「……ユウジ、あとで晒し首な」
「どこに晒す気だよ福島!?」
「ユウ、あなたには失望するしかないわね」
「ええ、と言い過ぎたかもしれません」
「(なぜその問題に食いついてデスマラソンの明確な否定はしないの?)」
「(え、まあ生徒会がその準備に奔走するのは分かりますけどそっちなんですか)」
「(私は自分の手は汚したことはないの。言動でも行動でも、ね)」
「(意味深なこと言わないでください!)」
「ユウジ、アタシは言わせて貰うぞ――女の子は可愛い!」
「それを聞いてどうすりゃいいんだよ!?」
「――そんな時代遅れな思想だからこそ、あのような行動を起こせるのですわね」
「だからセクハラは関係ないだろ誠に申し訳ありあませんでした」
そのカオス状態になってきた会長は、面倒になったのか。
「サプライズはなし! で、うんそこまでこだわって無かったからね。ということで今日の生徒会終了!」
そんなこんなで俺の好感度が落ちただけの生徒会はいつもより短く終わった。
ちなみに俺から姉貴にはメールを打って生徒会が終わった旨を伝えておく。
「じゃあ、ユイ帰るか?」
「うむう」
夕焼けの支配する空の下。俺たちは生徒が完全に消えうせ静まりかえる昇降口を出た。
「ふむ生徒会に入ったもう二週間近くかぬぅ、時が経つのは早いじゃけんのう」
「そうだなー」
俺はユイよりも少し前に入れられてしまったのだけども。それにしてもあの時は驚いた。
――俺が生徒会で強制的に入れられて少しの困惑状態に居たら、その直後にユイがまるで今まで聞いていたと言わんばかりにやってきたからな。
『アタシも入れてくださいー!』
と生徒会室をバンと開けて呆然とする生徒会役員達の中でチさんだけが『許可するわ』と席を立って言ったのは印象的だ。
なぜにチサさんはユイを生徒会に入れたのだろうか。てか席を立ちあがるタイミングが扉を開けるのと同時だったような……って、ああ。
「そういえばユイはなんで生徒会なんか入ったんだ?」
「ん、アタシがか?」
「ああー……」
するとグルグル眼鏡を夕日に反射するようにして少し上を見上げて通学路の途中で立ち止まり、
「面白そうだったからぬ」
「え?」
「ユウジの周りは面白いことばかりが起る。神様連れてきたり、桐やミナ姉との戯れとか、ぬ」
「…………」
そんな意図的に起こしたことではないんだがなあ。
「そゆことだよ」
「ふーん」
俺とユイは二人とぼとぼと家へと歩いて帰った。
* *
またまた時を遡ります。なんか時間軸を毎回巻き戻してお送りする辺り、ナレーションの私って時をかけてる少女みたい。
え、そんなことどうでもいい? はいはい……
舞台はというと、かつてミユの画面で見ていた桐の部屋。
「えと、桐。なにかな?」
「うむ呼んだのは他でもない――お主、前の世界の記憶を残しておるじゃろう」
「え――」
ホニは途端に気まずそうな表情で言葉に詰まる。
「分かっておる。当初はお主のその異常な事態を疑問に思い危険視もしていた。場合によっては――」
「場合によってって……」
「しかしそれよりも優先すべき異常事態が起こっておる。ホニ、少しは分かるじゃろう?」
そう聞かれて思いつくことと言えば、
「まだ我はユウジさんと出会えてない時期なのに、こうして家にいること?」
「うむ。更には時が遡ったということでもあるのう、わしは勿論”このゲーム”のリセットは作動していない」
「りせっとって言うのはやり直しのことだよね? というか桐はそんなこと出来たの!?」
「……わしはお主の前で色々力を使っておるじゃろうに、それも考えられなかったのか」
「それは無茶だと思うよ」
「ともかく、ただでさえユウジの起動したゲームの混在したこの世界にまた別の要素が紛れこんでおる」
「???」
「あ」
するとしまったと言わんばかりに口を抑える桐。ゲームの混在をホニは知らない、何かの暗喩と捉えるなら特に気にすべきことではないが、そのまま取るということは。
「桐、我のいるこの世界はニセモノなの?」
ホニはテレビゲームというものが有り、それは架空の事象をテレビの画面の中で再現する――そのことを知っていた。
「ニセモノではない。あくまでゲームと現実が混ざった世界じゃ――」
そこまで言って止める。
「……桐。何か我に隠してないかな?」
そうして真剣な表情でホニは桐を見つめる。
「ホニよ、後悔はしないか?」
「え」
「それを知ったことで後悔はせぬか? 自分の存在を、自分の正体を知って」
「我の正体……?」
いきなり何を言い出すのだろうと、普通なら思う。でも桐はいつになく真剣で冗談を言っているようには到底見えなかった。
「……うん、分かった。後悔しないよ、我自身のことを知らないままは気持ちが悪いからね、だから――知りたい」
「うむ――」
そうして桐は口を開いて、明確にはっきりと言った。
「お主はゲームの登場人物なのじゃ」
その時の桐の言った言葉は様々なことをひっくり返し、否定した。
しかしホニさんは。
「もしかして、桐と同じだったりする?」
「……うむ」
そう一言答えた。